(小说断更及作者失踪)提督が幻想郷に着任しました 第一章 紅き狼
作者:小说:水無月シルシ视频:イコ(同一人)
为生肉小说,熟肉有谁可以翻译的可以再开一个帖子,谢谢
作者已经失踪,无法联系作者
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序章 東方風神録:
https://bbs.nyasama.com/forum.php?mod=viewthread&tid=1846283 009 それぞれの幕開け
早朝、青年はストレッチを実施した後、ジョギングを行っていた。適度に体が温まったところで境内に戻り、石畳の上で上体起こし、腕立て伏せ、スクワット。
乱れた呼吸を整えつつ、冷たい石畳に座り込んだ。澄み渡った空気、小鳥の鳴き声、風に揺れる木々の葉音が心地よい。
汗を腕で拭っていると、タオルが差し出される。差出人を見れば、そこには朗らかな笑顔を浮かべた緑色の髪の巫女。
「カミツレさん、どうぞ」
「あ、うん。ありがとう」
青年は早苗からタオルを受け取り、顔や首を丁寧に拭く。ほんのりといい香りがしており、安らぎを覚えつつ気持ちを落ち着かせた。
チラリと早苗を見れば、ニコニコとした笑顔を浮かべたままである。
「随分、機嫌が良さそうだね?」
「あ、わかりますか? 幻想郷に来る時からいいことばかりでしたから」
「そっか……良かったね?」
「はい!」
汗を拭くフリをして、赤くなった顔を青年はタオルで隠す。ひょっとしたら勘違いかもしれないのだが、早苗の嬉しそうな眼差しを見れば、そうも思っていられない。
早苗は基本的に本心を隠すことはない。それは誰に対しても同じで、長所ではあるものの短所ともなる。
青年にとってそれは、面倒なやり取りをする必要がないために歓迎すべきことではあるが、不意をついてくるのは勘弁してもらえないかなと切に願うのであった。
「洗濯しますので、そのタオルと今着ているものはカゴの中に入れておいてください。あと、ついでにお風呂で汗も流すといいですよ」
「あ、うん。ありがとう」
「お世話するって言いましたから。掃除した後で、一緒にご飯食べましょうね!」
早苗はそう言って、箒を手に鼻歌を歌いながら掃除を再開した。それを見て、青年は一つ息をついてから神社とは別の建家の中へと入っていく。
幻想郷で暮らし始めてから2日が経過した。日々穏やかであり、これまでの苦労が嘘であったかのように信じがたい、青年にとって幸せな日々。
願わくば、何事もなくこんな日常が続かんことを。
廊下を歩いていると、料理の材料が入っていると思われるザルを持った五月雨を見かけた。五月雨は青年に気づくと、ザルを左腕に抱えてその場で敬礼する。青年もぎこちないながら、五月雨へと答礼した。
「司令官さん。おはようございます!」
「おはよう、五月雨。朝食の用意かな?」
「はい! もうすぐできますから、待っててくださいね!」
「うん、ありがとう。火傷や怪我には気をつけて」
「お任せ下さい!」
ペコリと頭を下げる五月雨。それと同時にザルも下げてしまったために、中に入っていた野菜が転がってしまった。微笑ましく思いながら、謝る五月雨と一緒にそれを拾う。
ペコペコと会釈しながら厨房へと去っていく五月雨。あの調子ではまた転ぶかもしれないな、などと思いながらも、青年は浴場へと向かった。
守矢神社は生活機能が充実している。青年はてっきり神社は神社の機能だけしかないものだと思い込んでいたのだが、本殿とは別に厨房であったり浴場であったりと、人が暮らすには十分な機能があったのだ。
ライフラインは外の世界と異なるため、初日は電気も水も止まっていた。しかし、諏訪子の手によって水が、神奈子の手によって電気が供給されるようになったために、一部は外の世界と変わらない水準で生活できる。
浴場の湯に至っては、神奈子が二日目にして温泉の湯を引いていた。どこで源泉を見つけたのかと尋ねれば、少し技術交流があっただけだ、と肝心なところは教えてもらえない。
が、青年からすれば、艦魂の子達の部屋を用意してもらえただけでも十分であった。
神様の力ってスゲー。
浴場の前に到着する。扉が閉まっているのを確認してから、青年は脱衣所をノックする。中からは、一人の少女の声が聞こえた。
「は、はい! 現在吹雪、叢雲、電が入渠中です!」
「使ってたんだ、ごめん」
「司令官!? いえ、三人とももうすぐ入渠は終わります!」
慌てるような吹雪の声と、中でドタドタと走るような音。それを耳にしてから、急がせてしまったかなと青年は指で頬をかく。
神奈子が引っ張ってきた湯の効能として一つ。幽霊という存在である彼女たちを“癒す”効果が確認された。
吹雪から聞いた話では、彼女たちの怪我は放っておいて治るようなものではない。その説明を受けた際に、神奈子がもしやと入浴させたのである。
かといって、そのお湯に浸かれば直ぐに治るというようなものでもない。怪我の度合いによって治る速さは変わり、ゆっくり治っていくというのは人間となんら変わりない。
その姿も人間の少女と変わりなく、人格があるところも感情を持つところも、むしろ人とどこが違うのかと目を疑いたくなるほどである。
彼女たちと自分の違いは一体何なのだろうか、と尋ねられれば、真っ先に答えられるのは幽霊と人間という点。それと、戦えるか戦えないかという点である。
しかし、それ以外。人間らしさとでもいうような部分については、すぐに答えられるようなものではない。まるで少女のように笑う少女たちを、どうして人格がないなどと否定できようか。
物思いに耽っていれば、慌て気味に脱衣所の扉が開かれる。
「司令官、お待たせして申し訳ありません!」
「いや、僕もタイミングが悪かったから反省してた。えっと、この前の怪我はもう治ったのかな?」
「はい。みんなかすった程度の損傷でしたので、問題ありません!」
ほんのりと熱を帯びた頬に、湯気をホカホカと全身から立ち昇らせている三人。まだしっとりしている髪と赤く染まった唇は、少女の姿ながらどこか妖艶さを感じさせる。
(見た目子供なのに、こんなに色気が……って、いかんいかん)
ほんの僅かにでも抱いてしまった驚きの気持ちを振り払うように、青年は口を開いた。
「三人はこれからどうするの?」
「私たちも、厨房で朝ごはんを作るお手伝いをするのです」
「そっか。僕も後で向かうから、それまでお願いね」
「私たちがミスをするとでも言いたいの?」
「ううん違う。どんな朝食が出るか楽しみだから、見に行くのと合わせてね」
「なら、食卓に並ぶまで待っていなさい。驚かせてあげるわ」
どこか優しさを感じさせる叢雲の言葉に、青年は少しだけ苦笑する。口元を押さえて、吹雪と電も微笑んでいた。
三人が厨房へ向かう背中を見送ってから、青年は脱衣所へと入る。
着替えは既に持ってきている。青年は靴下を脱ぎ、脱衣カゴの中へ丁寧に入れる。服を脱ぎながら、青年は吹雪たちと改めて相談した時の話を思い出していた。
『私たち艦娘がこれからもこの幻想郷で暮らしていくためには、まず“燃料”が必要となります』
燃料。軍艦にとって動くために必須であり、それなくして実体化することは困難、戦闘も不可能となる。
ただし、これは解決している。艦娘全員に食事を食べさせると、燃料として認識されたのだという。なんということはない、ただの栄養摂取が彼女たちの原動力なのだろう。
幽霊がものを食べられることにも、食事で体力が回復することにも驚きではあったが、これからは艦娘と一緒に食事を取ることになったのである。
『それから、今の私たちのように、戦闘で傷ついた場合は“入渠”しなければなりません。ご命令とあらばそのままでも進撃しますが、一定以上の損傷を負えば十分に戦闘を行うことは難しくなります』
これについても問題はない。今のところ幻想郷に来た日以降に戦闘はないのだが、怪我をした場合は守矢神社の浴場で修理と同等の効果が得られるようになっている。
本来ならば“鋼材”が必要になるそうだが、湯に入るだけで問題ないという。彼女たちが装備する“艤装”が壊れた時は修理する際にそれも必要にはなるが、諏訪子が精製可能というのだから問題はない。
だが、残る最後の一つは解決できなかった。
『戦闘をする際には“弾薬”が必要です』
弾薬は予め必要となる。装備に憑く付喪神に弾薬を預けておき、付喪神と意思を交わしつつ武装を使用するのだという。
この弾薬だけは、青年もどうしようもできない。他の問題は勝手に解決されたために、せめて何か一つぐらいは、建前のようなものであろうと彼女らの上司として何かできないかと模索しているのだ。
結果は、全て空回りであったが。
(頼りない提督さんだよ、全く)
下着も全て脱ぎ、汗を流すために青年は丸裸となった。浴室に入ろうかと思った時に大きな鏡が目に入り、鏡に映る自身の体を少しばかり見つめる。
(3年もまともに食べたから……流石に肉は人並みについたかな?)
ため息を一つ吐き、浴室の扉を開ける。
乾いたドアの音。視界を遮る湯煙の中を突き進み、青年は整頓されて置かれている洗面器を取り、湯を頭からかぶった。
気持ちよさが全身を伝う。僅かばかりの間その快感を感じた後、青年は体を洗い始めた。
(もう外の世界には戻れないなあ)
身体をこする音が浴場に響く。
今更戻ったところで、路頭に迷うだけであることはありありと想像できる。後戻りができなくなった今時分、幻想郷で生きていくしかない。そしてもう、その思いに迷いもなかった。
今の自分に出来ることは、目の前の出来事を正面から受け止め、真摯に向き合うことなのだから
頭と全身を洗い終わり、青年は再び頭からお湯を被る。三度ほどかぶった後、青年は――
浴場から出ようと、扉へ足を向けた。
「ま、待て待て! ちゃんと湯船につかっていけ!」
背後から聞こえた声は――神奈子のものであった。
一人だけで入浴していたと思っていたために、青年はその驚きの声に対して飛び上がるように驚いてしまった。
まるで機械のように、ぎこちない動きで首を後ろへ向けようとするも、
「わあああああ待てこっちを見るな! そのまま動くんじゃない!」
神奈子の慌てた声に、青年は質の悪いロボットのように首を正面に勢いよく向けて直立する。
が、青年とて疑問を抱かないわけではない。
「か、神奈子さん!? なんで神奈子さんがここに!? さっき吹雪に聞いたら駆逐の子達が3人だけという話でしたが!?」
「朝風呂をしてたら彼女たちが入ってきて、仲が良さそうだから邪魔しないように気配を消してたんだよ!」
「そ、それで、出て行った後は僕が入ってきたと?」
「あ、ああ、そうだ!」
それは気まずいかもしれない。誰だって、自分が入浴中に異性が入ってくれば戸惑いもするだろう。
ところで、神奈子が自分の方を向いているとするなら、神奈子は自分の尻を凝視していることになるのだろうか、などと間抜けなことを考えるより先に、青年は疑問を口に出す。
「じゃ、じゃあ、どうして声をかけたんですか? 隠れられるならそのまま隠れておけばよかったんじゃ……?」
「い、いや、それはカミツレがお湯に入ろうとしないから……」
「えっと……なんというか。風呂に入ろうとすると途端に体が震えてしまって。ただの水は怖くないんですけど」
「怖い……? ……その身体のこと、早苗は知っているのか?」
「……言うつもりはありません」
「……わかった、そういうことなら」
「助かります」
神奈子の指摘する青年の体。現在の状況は、扉に向かう青年と、それを湯船の中で背後から見る神奈子。
その位置取りで神奈子から見えるのは、青年の背中。“大小様々な傷”、その多くが切り傷や内出血の痕であり、所々変色すらしていた。
「理由……聞くのはダメかい?」
「……聞いても、気分のいいものではないと思いますし」
「私がお前にしてやれることはないのか? なあ?」
「幻想郷に来れた事、それと守矢神社においてもらえることは、素直に嬉しいんです。身体も、“今はもう”痛みませんのでお気遣いなく」
孤児院から解放された、幻想郷へ来た今となっては、それら全ては過去の出来事となった。
隠すつもりもない。だが、知られて余計な気苦労をかけるのは望まない。恥ずかしさもあるが、何より面倒。
今更早苗に知られれば、どうなるかぐらい青年でもわかる。あの優しい友人なら、今から孤児院を滅ぼしに行きましょうなんて言いかねない。
だから、神奈子の深く立ち入らない対応に、青年は安堵の息を漏らした。
「そうか……なら、“いつか”話してくれ。で、どうしてお湯に浸からない?」
「神奈子さんがいるからですよ。混浴なんて嫌でしょう?」
「うっ、そ、そうだな。私も恥ずかしい――ではない! さっきと言ってる事が違うだろう!」
「昔、同じ孤児院の子に気味悪がられて、一緒にお湯に浸かりたくないと言われたことがありまして。で、院長から直々に“教育”されたんですよ。それだけです」
「教育……とは?」
「湯船に顔を沈めて溺れさせる。ね? 子供がお風呂を怖がるようになるの、簡単でしょう?」
「……あのな」
神奈子の重いため息をついた音が青年の耳に入る。
「私は叱らないし、諏訪子も早苗も叱らない。叱るとすれば、カミツレがちゃんと湯に浸からないことについてだ。身体の疲労も取れるんだぞ」
「……浸からないと怒られるんですか?」
「そうだ、怒ると怖いぞ? 特に諏訪子が一番怖い。昨日天龍という艦娘が湯呑を割って叱られて涙目になっていたぐらいにはな」
「それは怖そうです」
「ああ。だから叱られたくなければ、ちゃんと湯に入れ。いいな?」
「叱られるのは怖いですからね。……まあ、善処することにします」
満足そうに相槌を打つ神奈子の声が聞こえる。
「ところで」
「うん、どうした?」
青年は顔が暑くなってくるのを感じていた。ずっと湯気の中に晒され、全身が暑い。更には頭がボーッとしてきている。長時間浴場にいるという経験もそれほどない。
加えて、神奈子に長時間見られていることに気恥ずかしさは増すばかり。青年も一人の男児。裸を見られて羞恥心を感じないわけではない。特にお尻は恥ずかしい。
「そろそろ、限界なんで……ここから出ても――」
様々な感情が混ざる中、言葉の途中で力が抜ける。世界がうねり、全身がタイルに打ち付けられるも、痛みに悶える暇もなく青年は目を回した。
畳の香りが脳を刺激する。
目を覚ませば、青年は自身が寝所として利用している部屋で布団に寝かされていた。上半身をゆっくりと起こし、何が起きたかを振り返る。
(思い……出した!)
特に大したことではなかった。
ふと横を見れば、神奈子と諏訪子が布団のそばで座っている。
「カ、カミツレ。その、大丈夫か?」
「えっと……大丈夫です」
「すまなかった。まさかのぼせるなんて思ってなくて」
「自分でも驚きです。後ろ姿とは言え、ずっと見られてたのは恥ずかしかったですし」
途端に、神奈子が顔を赤くして俯いてしまった。神様がこれほど恥ずかしがるのだ。自分の身体はもしや、男性的にセクシーダイナマイツだったのだろうか。いやそうに違いない。
ふと、自身が服を着ていることに気づく。
「あ、手当したのは私だよ」
と、諏訪子がニヤニヤと笑いながら口を開く。気のせいか、被っている帽子もケタケタと笑っているように見えた。
「神奈子ったら可愛かったよ。裸のまま私のところに来て、カミツレ君が風呂場で倒れたなんて報告しに来るんだもん」
「えっと……」
「あ、もちろん君の裸も見たから。まあ、それは色々とね」
「う、く……」
「まあ、タオルでぐるぐる巻きにしてここまで運んだから、私と神奈子以外は誰も君の裸は見てないよ」
「……助かります。ありがとう……ございました?」
傷を見られたのを2人、否、2柱までに抑えられたのは僥倖だろう。青年としても、その点についてだけは感謝する他ない。
「うん、色々と見たよ。色々とね」
「諏訪子、そこまでに――っ」
「神奈子は可愛いなあ」
その笑みを青年だけでなく、神奈子にも送る諏訪子。神奈子は諏訪子の言葉でナニかを思い出したのか、更に顔を伏せてしまった。
もちろん、青年も同様である。
「カミツレさん、何もない廊下で滑って転んで頭をぶつけて意識を失ったと聞きましたよ! だらしないですね、大丈夫ですか!」
ドタドタと廊下を鳴らして駆けつけたのは早苗であった。早苗は部屋の障子を開け、2柱の隣に座る。
非常に不名誉な意識の失い方――事実の方も不名誉であるが――となっていることに苦笑いするも、心配して来たのであろう早苗に何とか笑みを返す。
「うん、まあ大丈夫。心配してくれてありがとう」
「怪我がないなら良かったです。でも、カミツレさんでも転ぶんですね!」
「別に運動神経が特別優れてるわけでもないから」
「そんなわけないじゃないですか! でも、新しい発見ができたので私としてはちょっと嬉しいかもです」
「酷い言いようだね……」
「私の知るカミツレさんって、今まで欠点らしい欠点もありませんでしたし」
そうだったかなと思い返してみるも、かと言って特別優れた点があるわけでもなかったように青年は思い返す。
幼い日の思い出は美化されるんだな、としみじみ思うのであった。青年の中に残る早苗との思い出も同様に、である。
「おっす、おはよう提督。失礼するぜ」
「ご主人様、朝食をお持ちしましたよ」
早苗の後ろから、天龍と漣が料理を載せたお盆を持って現れた。二人は青年の布団の傍に座り、お盆を畳の上に置く。
味噌汁の芳醇な香りが鼻をくすぐり、揚げ物の香ばしさが食欲を掻き立てる。切られた漬物の乗った白米は、これでもかと言わんばかりに茶碗に盛られていた。
「今日の朝食は竜田揚げセットだ。このオレが作ったんだから、しっかり食えよ?」
「朝から揚げ物って……あの、かなり量が多くない、かな?」
「ご主人様、おかわりもあるよ!」
ふと、神奈子と天龍がアイコンタクトを取り、唇を歪ませるのを見た。青年はそこでようやく神奈子が何か言ったのだろうと気づき、喉を唸らせる。
「まあ、うん。有難く頂くよ」
「おう、もらっとけ」
天龍が少しばかり照れるように頬をかき、漣がテキパキと箸を準備しお茶を入れた。
とは言ったものの、まるで漫画のように盛られたこの白米を食べきれるのだろうか、と青年は不安を抱かざるを得ない。
「あ、天龍。私たちのご飯もここに持ってきてね。皆でここで食べよ」
「あぁ? なんでオレがお前の分まで――」
「天龍、湯呑」
「わ、わかったよ、湯呑の件はホントに許してくれよ……」
少しばかり情けない返事をした天龍は、重たい足取りで漣を連れて部屋から出て行く。それを手伝うと言って、早苗も二人について行った。
部屋の中には、再び神の2柱と青年が残るのみ
「まあ、なんだ」と、神奈子が落ち着いた表情で口を開く。
「私たちはまだ幻想郷に来て日が浅い。対外的な立場もまだ安定していないんだ。そんな私たちに必要なのは、何より内輪で協力することだな」
「は、はあ」
「神奈子ーはっきり言いなよ。家族に遠慮するなって」
「バ、お前は、人がいい話をしようとしているのに!」
「そもそも私は幻想郷に来るのは賛成もしてなかったよね?」
「それを今言うのか! あのまま外の世界に残っても無駄だと言っただろう!」
「私はそれでも良かったよ! このバ神奈子!」
「お前のためでもあるんだよ、カ諏訪子!」
ぐぬぬ、と2柱が共に鋭い目つきで睨み合う。内輪で協力と言った傍からこの始末。しかしこれも家族の一つの形と思えば、そう悪いものではないのかもしれない、と青年は目を伏せる。
家族なんてどうでもいいと、少なくとも自身の中では、横暴で粗悪で忌まわしいとさえ思っていた。自分勝手で他人行儀で、自身のことは物扱い。
だがもしも許されるなら――。家族をそういうものだと認識していたというのに考えを改めてもいいというのなら。
今この瞬間、この時間の守矢神社という場所での人生は、過去どんな想いを抱いていたとしても、新しく受け入れるべき――宝なのだ。
「じゃあ、さなちゃんと神奈子さんと諏訪子さん、それに艦娘の皆……と僕。揃って『守矢一家』ですね」
神奈子と諏訪子の拍子抜けした顔に、青年は照れ隠しのように目を逸らす。
やがて、艦娘全員と早苗が料理を持ってやってきた。青年を含んだ円を作るように座り、それぞれが笑顔で食事を始める。
青年も、それを見て微笑みを浮かべたまま食事を始めていた。
「わ、私脂っこいものはちょっと」
「ね、ねえ、味噌汁の玉ねぎ食べてくれないかしら」
「ナスは嫌いなのです!」
「こら、お前たち、好き嫌いするんじゃない! ほら、ちゃんと三角食べしないと体に悪いぞ!」
思い思いに食事をする駆逐艦の少女たち。それはそれで子供らしくていいのだが、それをまとめようとする天龍はまるで幼稚園の先生のようだと青年は苦笑する。
「神奈子の揚げ物もーらい」
「あ、こら諏訪子!」
「私に相談しなかった罰だからね。これでぜーんぶ許してあげる」
神の2柱は、行儀が悪いことにおかずの取り合いを始めていた。箸と箸の喧嘩などではなく、力と力の殴り合いで。
「はい、カミツレさん。いっぱい食べてくださいね」
「い、いや、おかわりは流石に……」
青年がなんとか山盛りの白米が盛られた茶碗を空にした途端、早苗が二杯目をこれまた山のように盛る。悪気がないのが余計に辛い。
賑やかな団欒。楽しい食事。ありえないとすら考えていた幸せが、目の前にあった。どこかで求めていたものに、青年の手は届いていた。
だから。
自分はこれで良かったのだろうと、今はそう思える。
守矢神社の境内。朝食をとり終えた青年は、本殿前の石段に座って空を眺めていた。たかだか一日二日で気候が変わるわけでもなく、相も変わらず9月の心地よい風と揺れる木々の葉音が安らぎの音楽を奏でる。
ボーッと空を見つめる青年。穏やかなのはいいことであるが、その一方で焦りのようなものも感じていた。
(これじゃただの寄生だな……)
海に現れる怪物が現れたという情報は、初日以降耳にしない。ここ数日間は大人しいもので、だからこそ艦娘たちがゆっくり休憩することができたとも言えるが。
しかし、直接的に怪物を屠る艦娘と違い、青年自身に出来ることはほとんどない。だからこそ、己の存在意義について悩みを持った。
艦娘は海でやることがなくとも、神社で掃除や料理などするべきことを見つけて実行している。掃除ぐらいならばと青年も箒や雑巾を持ったのだが、全て早苗や艦娘が仕事を取っていってしまうのだ。
一度は食事を作ろうとはした。だが――
『あれ、材料が足りないや。紫さんに頼む――いや、自分で“とってこよう”』
敷地からなるべく出るなという神奈子の忠告をこっそり破り、“食べられるもの”を採ってきたのだ。
その結果。
山菜はともかく、爬虫類や虫の類は火を通しても全員のヒンシュクを買った。魚とキノコはどうにか食べてもらえたが、それ以来厨房に立つことを禁止されてしまったのである。
艦娘はどうにか食べようとはしていたが、あまり好んで食べたいものではなかったようで、士気に関わっても困るので結局取り下げた。
今の自身は、やるべきことが見つからず、ただ女子を働かせて食って寝て運動するだけの男であった。
(やっぱダメだ。仕事を探しに行こう!)
決断し、立ち上がる。自身を司令官と、提督と慕ってくれる艦娘たちのためにも、自身を養ってくれている守矢神社の3人のためにも。
自分に出来ることを見つけなければ、幻想郷に来た意味は、ここで暮らしていくと、やり直すと決めた意味はないのだから。
「お邪魔するわよ」
「ホワァ!」
立ち上がった青年の目の前に、突如としてスキマを開いて現れる紫。あまりに驚いたために、奇声をあげながら尻餅をついてしまった。
紫の隣には、九つの大きな狐の金色の尻尾を携えた、ワンピースのような服を来た女性が立っていた。白磁の如き透き通った白い肌の顔とナイトキャップ。ピンク色の唇と儚げな表情。それでいて切れ長の瞳を持つその女性は、まさしく傾国の美女と称するに相応しいかも知れない。
突然現れた美女2人に放心していたが、ひとまず立ち上がって尻の砂汚れを払う。少しの間紫とその美女の顔を行ったり来たりと見比べていたが、どうしても狐の美女の方に見とれてしまった。
しかし、青年も社会人として3年間働いてきた身である。小さく咳をついて喉を整えると、深いお辞儀とともに口を開いた。
「お、お初にお目にかかります、茅野守連と申します。紫さんのお知り合いでしょうか?」
「これはご丁寧に。この前はご挨拶叶いませんでしたが、紫様の式神、九尾狐の八雲藍と申します。主人がいつもご迷惑をおかけしております。どうぞ藍とお呼び下さい」
青年の態度にわずかばかり目を見開いたかと思えば、八雲藍という女性は青年と同様に頭を下げながら丁寧に言葉を発した。
顔を上げたその表情。優しく慈愛に満ち溢れており、隣に立つ胡散臭い、いや本当に胡散臭い表情の紫とは大違いである。
「式神、といいますと?」
「簡単に言えば、あなたとその配下の子達との関係のようなものですよ」
簡単に説明をし過ぎているようにも感じられるが、要は主従関係にあるということで間違いないのだろう。式神とは――と詳しく説明されたところで、青年自身も理解できないことなどわかっているのだから。
紫より一歩引いた位置に控えていることからも、主従関係にあることは伺える。
「随分……紫さんと物腰が違いますね?」
「私の恥は主人の恥ですから。まあ、どちらかというと主人の恥が私の恥になっている場合の方が多いのですが」
「ははあ……苦労されている、と。心中お察しします」
「お気遣いが誠に胸に沁みます。カミツレ殿にも大変なご迷惑をおかけしたようですし」
「いえ、お気になさらず。悪い気分ではありませんでしたから」
「そう言っていただけると、私としても安心です」
青年と藍、二人揃ってハハハと笑い合うのを、紫は面白くなさそうな瞳で見ていた。口を尖らせている様子は子供のようである。
「二人共、仲良くなれそうで何よりよ」
「ええ、それはもう」
「紫様、私カミツレ殿のことがいたく気に入りました」
「あなたの主人は誰だったかしら」
「紫様ですが」
「……もういいわ」
藍は表情からわかるほどご機嫌である。対する紫は、まるで拗ねているかのように眉を寄せていた。
藍との話もなかなか面白いのだが、青年も本題を聞かなければならない。
「それで、紫さん。今日は何か用事でしょうか?」
「ええ。早速あなたと艦魂の子達の協力が必要になるから」
「怪物でも現れたんですか?」
「現れるかもしれないから、その護衛をお願いしたいのよ。私たちが目的にしているのは“塩”よ」
「塩、ですか?」
以下、紫の話の要点をまとめるとこうなる。
幻想郷において、塩は岩塩からのみ採取される。塩不足になりそうな時は紫が外の世界から持ち込むのだが、勿論安定して供給されることが望ましい。
そして、現在は海がある。沿岸の監視で中々手出しもできなかったが、青年が現れたことにより、塩の確保に乗り出せる算段がついたらしい。
「紫様は本日他にも用事がありますので、私八雲藍が付き添います。それから、紫様が塩の精製方法の知識をさずけた里の人間も来ます」
「で、僕は艦娘たちに海上の警備をさせる、ということですね」
「はい。陸の上ならば私が守りますので、海はお願いします」
とは言ったものの、青年も命令を出せばそれっきりである。基本的に青年は指示を出したらその後はただの人なので、青年も藍に守られるしかない。
最も、怪物が襲ってこなければ何も問題はないのだが。
「事が上手く進みそうなら、守矢神社に塩を無償で提供するつもりよ?」
「……なるほど。なら受けましょう」
「いいのかしら? 今日は彼女たちに確認を取らなくても」
「僕に任せると言ってくれました」
「いい返事ね」と紫が微笑む。青年も、これでようやく神社の役に立てると思い、胸をなでおろした。
塩は生活に密接に関わってくる。もし塩の製造に成功したならば、塩が足らんのです、などと厨房を困らせることは少なくともなくなるだろう。
「そういえば、紫さん。他の用事というのは……」
「ええ、そろそろ来るはずよ」
「来る、とは?」
紫の言葉に青年が怪訝そうな表情を浮かべると、その途端境内に突風が巻き起こった。落ち葉と砂が舞い、青年はたまらず目を瞑る。
何かが破砕されるような甲高い音が響いた後、ようやく風が収まったかと思えば、境内の中心には二人の人物が立っていた。
「あやや、本当に神社の結界を破壊するとは思いませんでした」
山伏風の赤い帽子を被った、黒い短髪の少女が唖然とした表情で話す。
「私の技術力を舐めてもらっちゃ困るよ」
その少女が脇に抱えていた、青緑色のツインテールの背の低い少女。緑色のキャップを被り、背中には彼女の体躯ほどもある大きなリュックを背負っていた。
「えっと、どちらさまですか?」
「どうも、幻想郷の伝統ブン屋『文々。新聞』の記者の射命丸文です」
「私が呼んだのよ」
垢抜けた笑みを見せる射命丸文という少女。紫は扇子を開き、そのまま続ける。
「妖怪の山の天狗が、この神社と交渉がしたいけど結界があって話すらできないって困っていたの。交渉自体は介入しないけれど」
「あやや、お恥ずかしい限りです。我々天狗ではこの結界の対処が難しかったものですから。結果的にはにとりさんの道具でなんとかなりましたが」
「私が手を出す必要もなかったわねえ」
文という少女はどうやら天狗であるらしい。比喩ではなく、種族としての天狗。
青年も幻想郷についてある程度紫から話は聞いている。人間、妖怪、幽霊、あらゆる種族が住まい、暮らす場所。
驚きはするものの、知識があるのとないのでは大きく違う。ただ――
「ふふん、河童に頼るなんて天狗もまだまだだね」
「ははは、その通りです。とは言っても、私は今回交渉役として来ただけですので、その言葉は戦闘部隊の方にかけるのが望ましいですねえ」
「嫌だよ、あいつら容赦ないし」
その言葉だけは、青年も逃しようがない。
「かっ……ぱ?」
「ん? おや、確か数日前に私からものすごい速さの泳ぎで逃げていった人間じゃないか」
「え、あの時の?」
「そうだよ。いや、突然のことだったとは言え、私も驚いたよ。まさか私とドスコイドスコイの速さの泳ぎを見せつけてくれるなんてね」
「相撲とってどうするんですか……」
違う、と青年は首を振った。青年の知る河童はこんなに可愛くはなかった。少なくとも幼い日に襲ってきたあの河童は恐ろしい、それこそ妖怪のような形相をしていたのだ。これが幻想郷なのか、と呆れてしまう。
「まさか、滝壺に飛び込んでくるなんて思いもしなかったよ」
「あ、いえ、僕も上空から落とされましたし」
「それってどういう状況なの。……空、飛べないよね?」
「え、はい」
「……下が滝壺で良かったねえ」
と、河童の少女は自分のことでもないのにしみじみと微笑んだ。その顔を見て、ひとまず青年は心に飼っていた警戒心を解く。
「僕は……守矢神社に居候している茅野守連といいます」
「私は河城にとり、技術屋さ。確か、外の世界から来たんだよね? 私は外の世界の技術には目がなくてね。何か持ってないかい?」
「技術、ですか?」
技術といっても、すぐには思いつかない。青年も荷物を整理した上で幻想郷に来ているため、幻想郷で使えないものは処分してきたのだ。
しかし、習慣からかポケットに入っていたそれはすぐに思いつく。
「これ、携帯電話と言うんです。もう使わないので、これで良ければ……」
「ホントかい? 嬉しいよ!」
大した特徴のない携帯電話。それを手に取ると、にとりは目を輝かせた。
「カミツレだっけ? 君はいい奴だなあ。もし良かったら、色々と外の世界の科学の話を聞かせておくれよ」
「こんなことでいい奴って……。えっと、僕も専門ではないのですが、それでも良ければ」
「十分さ。ありがとう、盟友!」
携帯電話を胸に抱きしめ、満面の笑みを浮かべるにとり。携帯電話一つでここまで人――否、妖怪は笑顔になれるのかと青年は眉尻を下げる。
周りを見れば、紫も藍も、文さえも困ったような顔でにとりを見ていた。もちろん青年も、初対面から勢いに押されていることは間違いない。
しかしそこで、青年は技術屋という言葉に心惹かれる。
「あの、一つお願いを聞いてもらえないでしょうか?」 010 山の神
運命というものを知っているだろうか。たとえ今この一瞬にいかなる選択肢があろうとも、結果は全てひとつに行き着く。在るべくして有る因果の流れは初めから一つで、限りある未来は元より二つとなく、可能性を感じていた過去は全て選択の末路。
遠くの景色には手が届くはずもない。何故なら、自分の世界は自身の選んだもので囲まれているから。
なれど、選ばずとも、選ばされた者もいる。
選びようもなく、与えられた――否、奪われた者もいる。
世は突き詰めずとも弱肉強食。誰もが周りに誰もにとっての強きを選び、強きを並べ、強きを拾う。弱きは切り捨てられ、忘れられるのが常である。
強きが運命を手繰り、運命が強きを生かす。
そう、だから。
諏訪子との戦いも、巫女の遺児である早苗を育てたのも、青年との出会いも、いずれも運命であったが。
幻想郷を目指したのは必然であったのだと――神奈子は己にとっての弱きを受け入れたのである。
その日、神奈子は一日の過ごし方を決めあぐねていた。幻想郷に来て数日、ようやく神社のライフラインを整備したところであり、まだまだ守矢神社が広く知られるための準備は整っていない。
今日は何をするべきだろう、と日々考えるのだが、気がかりが多すぎてどれがベストかまるでわからない。例えば八雲紫の思惑への警戒、例えば妖怪の山との決着、例えば深海棲艦たち――そして茅野守連。
(うーん、いかん。こんな時はひとまず、風呂にでも入ってさっぱりすることにしよう。朝風呂もいいものだからな)
早朝。自身の部屋で、隣に眠る諏訪子を起こさないように部屋を出て、つい先日湯を引いた浴場へと足を向けた。
この温泉、一番の特徴は幽霊たる艦娘の傷を治す力があることだが、そのほかにも勿論、疲労、肩こり、腰痛、むくれ、切り傷擦り傷その他諸々と、神だろうが何だろうが癒してくれること請け合いであるのだ。が、どうやら恋の病には効かないらしい。
誰も入っていないことを確認し、すっぽんぽーんと服を脱いで入浴する。
(あ~、心がぽかぽかするなあ)
手のひらでお湯を掬い、肩にぴしゃっとかけた。温もりを感じた後に、絹のような白い肌が水気を弾く。サラサラの身体は、妙齢の人間の女性と比べても遜色ないだろう。
(まだまだ私もイケるな! ……なんちゃって)
少し太ってしまったかなと、しばらく二の腕をふにふに揉んでいたのだが、脱衣所の衣擦れ音を聞くにどうやら来客らしい。
「うわあ、やっぱりここのお風呂すっごーい! って、いたたたたっ」
「ふ、吹雪ちゃん、大丈夫なのです?」
「うん、平気だよ!」
「はしゃがないの吹雪。小破とはいえ、あんたが一番重傷なんだから」
入浴、ではなく入渠しに来たのは吹雪、電、叢雲の三名であった。それぞれが身体を流し、恍惚とした息を漏らしながら肩までゆっくりと浸かる。
三人とも神奈子には気づいていない。何故かと言うと、
(ふむ……A、A、A、といったところか。見事に壁だな。しかし、諏訪子もそうだがなぜロリっ子はこうも肌がモチモチしてそうなのか。いや諏訪子はもちもちで間違いないが)
浴槽の隅で、気配を完全に消して姿を見えなくしていたためである。これも神の力なり。
(気配の遮断は完璧か。ふっ、当たり前だ。諏訪子にさえ3回に1回しか気づかれないほどの偽装だからな。一緒に入るのもいいが、一人で入って油断している時の諏訪子も可愛いもんだ)
尚、基本的には神奈子と諏訪子は、おはようからおやすみまで終始べったり共にいる。
しばらくの間、きゃいきゃいと楽しそうに話す3人。話している内容は過去の戦いで探照灯がどうだとか鼠がどうだとか救助がどうだとかまるでわからなかったが、ある時気になることが話題に挙がる。
「ねえアンタたち」
「叢雲ちゃん、どうしたのです?」
「あの司令官のこと、どう思う?」
そう、彼女たちが指す司令官とはすなわち、青年のこと。
艦娘と腹を据えて話し合ったことこそないが、彼女たちは彼女たちなりに青年のことを気遣っているというのは誰でも気づくだろう。最も、その気遣いが行き過ぎて、却って青年が手持ち無沙汰で過ごす事になっているのだが。
(まあ、私や諏訪子もまだ暇だから、そんなカミツレを眺めるのも余興の一つなんだけど)
これぞ、暇を持て余した神々の遊び。
「どうって……全然軍人っぽくはないよ?」
「いや、吹雪。そんな当たり前のことじゃなくって」
「司令官さんはきちんと心配りのできる方なのです。昨日、電にこっそりと牛乳を分けてくれたのです」
「電アンタ……言っとくけど私たち、多分身長なんて伸びないわよ」
「なのです!?」
外の世界から持ってきていた牛乳の減りが早いのはそれが原因だったのか、と神奈子は溜息をつく。言えばいくらでも調達してこようというものなのに。
なんて思っていたら、吹雪が屈託のない笑みを浮かべて首を傾ける。
「でも、私は司令官のこと好きだよ?」
「なんだと!?」
「え、今の誰? 電?」
「電はおばさんみたいな声は出せないのです!」
思わず声を出してしまった。しかし、電という艦娘、大人しそうな見た目とは裏腹になかなか酷い言いようである。
が、吹雪の発言が気になった神奈子は、その発言を聞かなかったことにして耳を傾けた。
「で、吹雪。どういうこと?」
「どうって……指揮ができるかどうかは別として、私たちのことをちゃんと見てくれようとしてるんだもん。私もそれに応えなきゃ、って」
「そういうことね。まあ、それは確かに……」
「電も、司令官さんのことは信じたいって思ってるのです。確かに、司令官としての能力は軍人さんではないのでダメかもしれません。早苗さんの話では……その、あんまり他人に興味を持つ人ではなかったそうなのです……でも」
「でも?」
「何かを決意した人が強いってこと、電たちはよく知っているのです」
「ええ……そうね、本当に」
ああ、早苗は本当にあの青年のことをよく見ている。そして、この子達もまた、きちんと青年と向き合おうとしていた。
青年も艦娘も、互いに出会って数日であるというのに、よくぞそれほど信じ合えるものだ。お互いの記憶を知っているからこそ、かとも思ったが、きっとそうではなく、そしてそれだけでもなく、今のお互いを見ているから。
お互いがお互いにとって、その存在が強きになっているのだろう。
だから――彼と彼女たちの運命はここから始まるのだ。
「それで、叢雲ちゃんは?」
「私? そりゃアイツのこと……そ、その、嫌いじゃないわ」
「それって好きってことなのです!」
「なんだと!?」
「え、今の誰? 叢雲ちゃん?」
「私はおばさんみたいな声は出せないわよ」
「そもそも皆、艦齢で言えばとっくにおばあさんなのです!」
「それもそうだね、あはははは!」
(わたしゃ君たちよりババアなんだけど……)
そのうち、吹雪の傷が治ったのか、三人は浴場から出て行ってしまった。脱衣所でも何やら話していたようだが聞こえず、神奈子はそこでようやく姿を現してポツリと呟く。
「やれやれ、思ってたより心配はいらないみたいだな」
もし艦娘が青年を裏切るようなことがあるなら――とも考えていた。その場合、あの子達のように小さな魂であればまだ対応できるが、例えば青年が持っていたあの写真のクラスの艦娘の魂ともなれば、ましてやそれが艦隊を組むともなれば、さしもの神奈子でさえ、全盛期の力量であっても戦ってどうなるかはわからない。
不安の目は小さなうちに潰す。それがどんなことであろうと、だ。無論、杞憂に終わって何よりであり、神奈子自身もあの子達に手を出すことがないまま終わってホッとしている。
(心配事が一つ減ったな……これも必然、いや運命か。お互いにとって)
このようにして、艦娘は知らず知らずのうちに、守矢神社に受け入れられたのであった。
浴場から出ようとしたら青年が入ってきて、すったもんだでひと騒動あったもののそれはさておき。
青年から素敵な文言を聞くことができた朝食の後、神奈子はこの日を山の者と交渉することを決めた。艦娘たちが海で戦う場合は八雲紫や藍が案内してくれるため、青年は特に気にしていないようだが、神奈子にとってはこの山でさえも敵の勢力のど真ん中であるのだ。おまけに早苗による勝手な敵対宣言付き。無論ちゃんと叱ってある。
神社には神奈子の結界が張られている。境内であれば自由に歩き回ることは可能だが、そこから外に出れば山の者たちがすぐに駆けつけてくる。これでは自由に散歩もできない。むしろ、神奈子の言い付けを破って食材を採ってきた青年、言い方は悪いがなぜ無事だったのだろうかと不思議なくらいである。
山との交渉。何かしら威厳を見せつけなければ、力が落ち切った今の状態では、相手によっては厳しいかもしれないな、などと思っていると、誰かが結界内に侵入してくるのを感知した。
(ん……なんだスキマ妖怪か。いきなり現れるのは本当に心臓に悪いな、全く)
ホッと、溜息をついた次の瞬間、
耳をつんざくような甲高い――結界の割れる音が神社内に響いた。
「結界を……ぶち破りやがった」
フッと、神奈子の顔から柔らかいものが消える。
「そうかそうか、フフ……つまりお前たちはそういう奴らなんだな」
紫の仕業ではないだろう。結界を素通りできる力を持っているのだから、壊す必要はない。深海棲艦もこの神社まで近づくことはできないだろう。つまり、
「山は我らとやり合う気らしいなぁ、諏訪子」
「舐められたもんだ。いかに力が落ちたとは言え、私たちは神様なのにねぇ」
柱の影からひょっこり現れた諏訪子。帽子を深くかぶっており、その表情を伺い知ることはできないが、声に温もりなどない。まるで諏訪の冬のようである。
ゆっくりと二人で歩みを進め、境内へと向かう途中で。
「ここが守矢神社かぁ! 外の世界から来たって話だし、何か面白そうな機械……は……」
河童が走りながら突然現れたのだが、自分たちの顔を見るなり白目を剥いて気絶し、その勢いのまま壁に激突してしまった。気に止めることもなく、二人は歩みを進める。
「にとりさん、人のお宅なんですからあまり勝手に歩き回っては……」
先ほどの河童に比べて、のんびりと現れたのは鴉天狗。気絶こそしなかったものの、二人の表情を交互に見て、滝のように冷や汗を流しながら頬を引きつらせる。
「結界を壊したのはお前たちか?」
「あ、あやや……やや……」
鴉天狗、微笑んでこそいたが、その膝には大地震が到来していた。
「で、山の要求は?」
「は、はい……そ、その、できればすぐに立ち去って欲しい、というのが基本的な方針で――」
ドンッ、と神奈子は畳に拳を叩きつける。「ヒッ」という声が聞こえたのは、河童の方からである。
「え、えっとあのー、一応方針は方針というだけですので、はい。交渉ですから、私としても守矢神社さんの要望は聞いておきたいなーと思いまして」
ハハハと乾いた笑いを浮かべる鴉天狗。相も変わらず冷や汗が流れ出ているが、そんなことはお構いなしに神奈子も諏訪子も腕を組んでふんぞり返る。
場所は守矢神社の客室。上座に諏訪子と共に隣り合って座る、神奈子に至っては胡座をかいて座っているのに対面して、射命丸文という鴉天狗と河城にとりという河童が緊張した様子で正座していた。
威圧感たっぷりに、それこそ空気を震わせるような雰囲気を纏いながらも、神奈子は文の言葉に応える。
「まず、我々は外の世界で信仰を失い、この幻想郷に流れ着いたことを話しておく」
「神奈子、そんな弱みを見せるようなこと聞かせていいの?」
「構わん。が、一つ名誉のために言っておくが、我々も外の世界ではトップクラスに名前を知られている神であったことは覚えておけ。そんな我々が力を失うほど、外の世界では神々への信仰が薄れているということは知っていてもらいたい」
堂々たる答えを投げかけた神奈子に対し、にとりは興味深そうに相槌を打つ。文もまた顎に手を当てて頷いていたのだが、目をパッチリ開くと質問を続けた。
「なるほど。確かに今のあなた方であれば、不肖ながら私でも五分には持ち込めそうですからね」
「ほう……喧嘩か?」
「あやや、ただの確認ですよ。信仰をさえあれば一気に力を取り戻しそうですからねえ。敵意がないのであれば、私たちから手を出すつもりはありません」
「だが、我々はこうして山頂に湖ごと居座っているわけだ。そちらからすれば侵入者であることには変わりないと思うが」
「それについてなんですが――」
と、そこへ。文の声を遮って、にとりが興奮した様子で身を乗り出す。
「君たちのことを監視してた天狗から聞いたんだけどさ、何でもすごい技術持ってるらしいじゃん? 電気水道に温泉まで引いたって聞いたよ!」
「ん、見られていたのか。そうだ。あれは我々の神の力で無理やり再現したものではあるが、元はといえば外の世界の技術だ。まあ、我々が見せた技術など、ライフライン程度ではほんの一部に過ぎないがな」
「やっぱりそうなのかい? すごいよ! 是非とも教えて欲しいもんだ!」
「ん? いや……教えるといっても、だな……」
「代わりに、君たちのこと手厚く歓迎するからさ!」
今にも飛びついてきそうなにとりを押さえる文が、やってしまったと言わんばかりに溜息をついた。しかし、その発言に動揺したのは文ばかりではない。
神奈子も諏訪子も、目を見開いて驚愕する。
「どういう……ことか」
「あやや……まあ、にとりさんが話してしまったので今更ですが、私が天魔様より秘密裏に命令されたのはそういうことです」
「居座るつもりなら見返りをよこせ……いや、共存するつもりなら利益をもたらしてもらおうといったところか」
「ついでに、その恩恵に預かれるなら多少は信仰しますよ、ってとこですね」
「待て、秘密裏にということは、お前たちは公式の交渉役ではないのか?」
「だって結界があるから、何もできなかったんですよ。そこで、天魔様から命令を受けた私が、にとりさんを誘ってこうして伺ったわけです」
「ふう……む」
そういえば結界を割られたのであった。交渉が終わってからそれはみっちり叱るとして。
タイムリミットは――天魔の刺客である文以外の天狗が、命令を受け体勢を整えて割れた結界の奥、この神社へと攻め込んでくるまで。
「意外と狡いな」
「いえいえ。ついでに、あののんびりした男性と不思議な少女たちのことも教えてもらえるとなー、なんて思ってますが」
「それはできないな」
「あや?」
「私にもわからんからだ」
ここへ来て、初めて訝しげな表情を隠さない文を尻目に、神奈子は諏訪子をチラリと一瞥。諏訪子がゆっくり頷くのを確認すると、神奈子は不敵に口元を歪めた。
「いいだろう。たった今この瞬間から、我々がこの山の神だ。食料資源その他諸々を捧げてもらう代わりに、絶えることのない安寧と、心揺さぶられる繁栄をこの地に約束しよう。先住の神がいるなら、よろしく伝えておいてくれ」
その後。
風より疾く神社を去っていった文により、山の妖怪たちは神社に対して武装解除。にとりを中心とする河童たちに順を追って技術を教え、山のために役立てることを約束した。
(これで……良かったのだろうか)
自分が幻想郷へ来ることになった理由は何だ。本当にそれが神社を守ることになるのか。雨あられと降り注ぐ自問を続けるのだが、部屋で悩む神奈子の肩を誰かが叩く。
「悩んでるねえ、ハニー」
「……悩みもするさ、ダーリン」
諏訪子がその胸に、自身の頭を正面から抱きしめた。ふにふにと柔らかいようで柔らかくない感触に包まれるが、それ以上に安心したのは――その温もり。
ずっと傍にいてくれたのは、この変わらない温かさだった。
「もしかしたら……私は取り返しのつかないことをしたかもしれない」
「そうだね。早苗にも、カミツレ君にもひょっとしたら迷惑がかかるかも知れない。いや、カミツレ君はともかく、その次やそのまた次の世代はもしかしたら、ね」
ギュッと、頭を抱かれたまま諏訪子の矮躯にしがみついた。諏訪子もまた、優しく頭を撫でてくれながら、抱きしめ返してくれる。
「私は……間違えたのだろうか。目先の欲に囚われ、目先の安全を追って……自分に力があればと、これほど後悔したのは久しぶりだ」
「好きにしたらって言ったでしょ? どんな結果でも、私が受け止めてあげるからさ」
「その時は……一緒だな」
「その時も、また一緒。ね?」
ああ、諏訪子はなんと心に響く声をかけてくれるのだろうか。まるで神様みたいだなあと思ったが、そもそも神様であり自分も神だった。
この選択が、自身らの首を絞める可能性は十分すぎるほどある。かつて辿った道をなぞるように、もしかしたら自身らは消えてしまうのかもしれない。
だが、先のことはわからない。過去のことさえ曖昧で。神であろうとも時間に縛られてしまうのだから、後悔も致し方ないことなのかもしれない。
それでも、これが間違っていないのだと信じ続けよう。
良い結果でも悪い結果でも、いつの日か受け入れられる日が来ると待ち続けよう。
これこそが――己で手繰り寄せた運命なのだから。
迷いが渦巻く己の心を落ち着かせるように、神奈子は諏訪子の形の良い尻を迷うことなく揉んだ。
運命は頬の紅葉に帰結した。 011 製塩業者を護衛せよ!
砂浜に到着し、青年は潮風を全身に感じた。爽やかな風と少しだけツンと香る潮の香り。しかしそれが海の魅力であり、青年の好きな海である。
生まれて初めて海を見た日のことは忘れない。湖より広く、どこまでも続いていく群青に、文字通り魅せられたのだ。
「いつ見ても、海とは素晴らしいものですね」
「藍さんもそう思いますか?」
「はい。外の世界では幾度か見たことはありますが、やはりこうして幻想郷の海となるとまた違った、格別な気持ちになります。もちろん、いい意味で」
「それは良かったです」
自分のことでもないのに、どこか穏やかな気持ちになる。何ということはない、自分が好きなものを同じように好きという者がいたら、誰だって嬉しいだろう。最も、その気持ちを共有する相手さえ、青年には数える程もいないのだが。
するとそこへ、不精ヒゲを生やしたみすぼらしい格好の男たちが、青年に声をかけてきた。
「ほんじゃ、カミツレさんとか言ったかいの。わしらは塩作るけえ、よろしくお願いしもす」
「あ、はい。任せてください」
「しっがし、海なんて初めて見だわな。でっけえ水たまりと思っとったが、おっだまげたわ」
「海の中には色々な生物が生きているんですよ。陸の上と何も変わりません」
「そうけえ。ほったら旨いもんもいっぺえあるってことか。こりゃ頑張らんとな」
藍が話していた、塩の製造技術を学んだという人間の里からやってきた人間たちである。格好こそ質素なものであるが、その腕には仕事人としてのたくましい筋肉が覗く。
比較的運動はしていた自身の体と比べても、身長は低いのにも関わらずとても大きく、たくましく感じられた。
ふと、天龍が眠たそうにあくびをして水平線の向こうを見つめる。
艦娘の中には上下関係を重視する者もいれば、重視しない者もいる。天龍はその中でも、上官がいようと自分を隠さないタイプであった。自分自身に威厳も何もないと自覚している青年からすれば、その方がどちらかといえば話しやすいのだが。
「なあ提督。昨日は敵も来てねえけど、本当に来るのか?」
「わからない。ただ、海の上から攻撃された場合、幻想郷の中で余裕を持って対処できるのは君たちだけなんだ」
「けどよ、戦艦でもない限りは、幻想郷にいる奴の方がぶっちゃけ強いぜ?」
「海の上で空が飛べなくなるらしいからね。君たちと違って、海を移動するなら泳がないといけないし、船を浮かべようにも造る技術がないらしいし」
「まあ、オレたちの方があいつらとの戦い方もわかってるしな」
初日に青年が見た、紫や早苗の戦闘。あれがもしこの幻想郷において普通のことであるならば、艦娘たちより戦闘力が高いことは素人の青年から見ても間違いない。
しかし、幻想郷の常識も海では通用しない。海上で人が空を飛ぶことはできないし、音速以上の速度で迫ってくる攻撃を回避し続けることなど困難だろう。
装甲という名の障壁によって、ある程度ダメージを受けることを前提とする艦娘に対して、避けることを前提とする幻想郷の戦い方では、怪物と相対する場合に不利な面があるのは事実。
適材適所とはこのことだろう。単純に幻想郷の戦い方と艦娘の戦い方ならば、幻想郷側に軍配は上がれども、怪物との戦いにおいては艦娘の方が有利なのだ。
紫はおそらく初日でこれを予見、看破したのだろう。今回の塩の件も含めて、紫が何をどこまで考えているのかなど、青年には予測のつきようもないが。
「藍さん。紫さんは僕と艦娘の子達に何を求めてるんでしょう?」
「それを――私がお答えすると思いますか?」
「うっぐ……できれば教えていただきたいです」
青年の質問に、一瞬で目つきを鋭くする藍。その声音も先程までとは打って変わって、底冷えするような雰囲気をまとっていた。垂れていた尻尾は立ち、警戒心を隠すようなことをしない。
しかし、青年にとっては自身と艦娘たちに関わること。何も知らないまま利用されるというのはまっぴら御免なのである。特に、艦娘たちは実際に海で戦っているのだから。
紫の目的は塩だけなのだろうか。それ以外――何か目的があって、自分や艦娘を幻想郷に留めたのは間違いないだろう。善意だけで引き止めてくれるほど、あの紫が優しい人物であるようには思えない。
「紫さん、僕に色々と話はしてくれますけど、核心は避けるので、重要なことがわからないんですよ。誤魔化されるだけでは、正直言ってこちらのリスクが大きすぎます」
「紫様には紫様の考えがあってのこと。そして私は紫様の式神であり、その意思に基づいて動いている。勝手に話すわけにはいかないのです」
(勝手に話せない……つまり、“何か”は知ってるってことか。藍さんなりに教えてくれたんだろうけど、まだ足りない)
例えば、紫は自分の考えというものを教えてはくれない。幻想郷での青年の生活を手助けしてくれた人物であるとはいえ、疑問に思う部分は間違いなくあった。
他人を信用しきれない自分が愚かしい。だが、そういう生き方しかして来なかったのだ。これぐらいは勘弁してもらえないだろうか。
「何を隠しているんですか? それとも、教えられないようなことを僕たちにさせようとしているのでしょうか」
「……そうですね。もしかしたら、最悪の場合は命にも関わってくることになりかねないかもしれません」
「それは……僕らがしなければいけないことですか?」
「ほう、勇ましいですね。私のような者を相手に引きませんか」
藍の目つきは険しいままである。我関せず、といった態度とはまた違う、配慮こそすれど教えるつもりはないと表情が語っている。
どうしたものか、と青年は考える。こうした正面切っての説得は青年も得意ではない。そもそも大した頭もないというのに説得などしようがないのだ。
だから青年は道をずらす。さも狐が化かすかのように。
「藍さん、あとで油揚げ差し上げますね」
「何でもお答えしましょう」
一転して、藍の表情は爛々と輝いた。尻尾がフリフリと揺れ、目をパッチリと開いて口角を上げる。
「と言いたいところではありますが、いかに私でも、油揚げの誘惑に負けるわけにはいきません。どうか諦めてください」
「ダメですかあ……」
「まあ、油揚げを頂けるというなら、一つだけ申し上げておきましょう。紫様はあなた方を害するつもりは一切なく、敵ではありません。何かあれば、必ずあなた方の助けになるでしょう。私から言えるのはここまでです」
引き下がる部分はここしかないだろう、と青年はその言葉を信じて深呼吸をする。これ以上追求してもおそらく何も情報は出ないし、藍にも藍の立場があるのだから。
話がついたと判断したのか、藍も眉尻を下げて安心したような表情をする。九本の狐の尾も垂れ、ホッとしているようである。
息抜きに、隣に立つ天龍を見た。諏訪子になんだかんだ頭が上がらないらしい天龍だが、腕を組み堂々と立つその姿が、今はやけに頼もしい威圧感を感じさせてくれる。
「頼りにしてるよ、天龍」
「お? お、おう! この天龍様に任せとけって!」
「……笑うと可愛いんだ。喋らなければ格好いいんだけどなあ」
駆逐艦たちより目立つその胸を張り、自信満々の笑みでドンと叩く天龍。しかしその様子を見れば、青年も期待せざるを得ない。
えいやほいやと塩の製造を行う屈強な男たち。しばらくその様子を眺めていたのだが、やがて天龍が顔を上げて目を凝らせた。
「敵艦隊発見! 軽巡洋艦1、駆逐艦2!」
「私の方でも見えます。化物が3体ですね」
このまま怪物が現れなければいいと思っていたのだが、どうやらそうもいかないらしい。青年はポケットの中からカードを取り出しつつ、頭を切り替えた。
今回するべきことは怪物の上陸阻止。上陸できるのかそもそも知らないが、なるべく陸に近づけないことが求められる。陸には艦娘より強いと思われる藍もいるが、できるだけ沖で戦闘をすることが望ましい。
カードを重ねて、艦娘の少女たちをその場に実体化させる。 軽巡洋艦の天龍を旗艦とするその艦隊を呼び出せば、頭の中で声が響いた。
フフ符『天龍幼稚園』
――軽巡『天龍』
駆逐『吹雪』『叢雲』『漣』『電』『五月雨』
「なんだよその艦隊名!」
「僕だって知らないよ!」
「もっとカッコイイ名前に変えろよ! 恐怖の艦隊とかさ!」
「天龍さん、早く行くよー」
「あ、ちょ、オ、オレは認めないぞ!」
小馬鹿にした顔の漣に急かされて、天龍は文句を言いながら沖合へと向かっていった。
(やっぱり引率の先生に見えるよなあ)
身長の低い駆逐艦の少女たちを引き連れて、先頭に立って一列で進むその姿。まさしく立派な幼稚園の先生である。
遠のいていく天龍たちの姿を見て、藍がわずかに眉尻を下げる。
「羨ましいですね。海の上を自由自在に」
「僕も戦えればいいんですが……口惜しいです」
「おや、無理に力を得る必要はないのですよ? 直接的に戦えないならば、他の方法で彼女たちを助けてあげれば良いではありませんか」
「他の方法、ですか。それは一体……」
「カミツレ殿ご自身で見つけることです。やり方などいくらでもありましょう」
そう言って、藍は塩を製造している男達に声をかけた。
「皆様。何か手伝えることがあれば、こちらのカミツレ殿に。何でも手伝ってくださいますよ」
「ん? 今何でもって言うたか?」
「えっ? ……えっ?」
何だか尻がむず痒く感じたのは気のせいだろう。
藍は主同様のシニカルな笑みを浮かべて、青年の手を取った。
「彼女たちが気負う必要がなくなるように、早く終わらせましょう。今の仕事はこのぐらいでしょう」
「……じゃあ、その代わりにちゃんと怪我しないか見ていてくださいよ?」
青年は恥ずかしさからその手を振りほどきながらも、眉を歪めて苦笑した。どの道艦娘の出撃後は手出しできず、見えもしない戦闘の景色を見ているだけなのだ。
ならば、確かに藍の言うとおりである。艦娘たちが少しでも気持ちを楽にできるように、塩の製造を早く終わらせた方がいい。
青年は頬を叩くと、作業中の男たちの元へと歩き出した。
旗艦の天龍を戦闘とした縦一列の単縦陣。その3番目に位置する叢雲は、岸にいる青年の姿を繰り返し振り返りながら考え事をしていた。
(アイツ、少しはまともになったかしら)
青年の元に“着任”した当初は、自身らに指示すること自体を忌避していたような彼。それどころか、自身らそのものを忌避していた。
初めこそ、力を持ちながら戦わず、それどころか逃げるなど嘆かわしいと叢雲も思っていた。しかし自身の過去を振り返って、そして青年の過去の記憶を覗いて、考えを改める。
日々の安寧すら得られなかった彼にしてみれば、それを求めることは至極当然のこと。そして、自分たちという力を面倒に感じることは責められない。
それでも、青年は選んでくれた。自分の力で意思で幻想郷に残ることを選択し、自分たちと共にあることを望んだ。
過去を知った艦娘たちは皆甘やかしている。吹雪などはいい例で、最初に青年の元へ着任したという理由からか、非常に親身になって接しているのが傍から見ていてもよくわかるのだ。
叢雲も、どうしても突き放すことはできない。厳しく当たろうとしても、青年の記憶がそれを邪魔してしまう。
(それでも、誰かが叱る役をしないと)
このままではダメな人間になってしまうだろう。本人もどうにかこの状況を抜け出そうと手を尽くしているようだが、周りがそうさせてはくれないのだ。それは艦娘然り、守矢神社の面々然りである。
厳しくしたいわけではない。だが厳しくしなければならない。自分たちを従えるからには、立派な人物になって欲しいと願うこと。それは果たしておかしなことなのだろうか。
胸を張って誇れる上官になってもらいたい。それは見栄とか意地とかではなく、本人のために願う叢雲なりの表現。
いつかそれは、きっと青年のためにもなる。
「敵艦隊見ゆ、対水上戦闘用意! 目標は敵駆逐艦、方位40度! 主砲、撃ちー方――始め!」
天龍から威勢のいい指示が飛ぶ。
艦隊名こそ頼りないものの、軽巡洋艦1人と駆逐艦5人による、速度を活かした近距離での砲雷撃戦を目的とした水雷戦隊である。決して馬鹿にできる戦力ではない。
(それにしても幼稚園って……いいセンスだわ。ふふふっ)
合図とともに、自身が持つ主砲を発砲する。排莢され、装備に宿る付喪神が次弾を装填する。火薬の匂いが鼻を抜け、体に染み渡った。
艦隊から全員の主砲が発砲された後、敵からも砲撃が行われる。両艦隊の間で放物線を描いて砲弾が飛び交い、やがて着弾する。
今自身にできることは戦うこと。そして、その結果として青年を守ること。軍艦の魂である自分には、それぐらいしかできないのだから。
周りが甘やかすなら、せめて自分だけは厳しく。そしてそれが青年のためにもなると信じ。
「沈みなさい!」
叢雲は今日も、怪物たちと戦う。
「どうやら、終わったようですね」
「ふっ、はっ――え、何か言いました?」
「あ、ええ、思ったより作業姿が馴染んでいるようで」
一心不乱に作業に没頭する青年は、藍から声をかけられてようやく我に返る。体力にもまだ余裕があり、地味に楽しくなってきたとはとても言えない。のだが、心なしか藍の自分を見る目が少し引き気味である。
「えっと、終わったん……ですか?」
「はい、彼女たちの完勝ですね。怪我一つ負っていません」
「良かったです……」
「どうやら、塩の方も何とか最終工程に入ったようですね」
「ええ、後は僕がいなくても大丈夫でしょう」
男連中に背中をバシバシと叩かれる青年。口々に「よう頑張ってくれた」「うちの娘の婿に来ねえか」などと言われ、青年も照れながら頬をかく。
「幻想郷はいいところですね。僕でもこんな扱いをされるなんて」
「幽霊が見える、なんてものは些細なことなんですよ。私や紫様なんて妖怪ですし。幻想郷の人間にとっては今更問題にすることではありません。私個人の意見としても、あなたは幻想郷に残るべきだったのだろうと思いますから」
「あ、藍さんは尻尾があるからともかくとして、紫さんもやっぱり妖怪なんですか?」
「紫様は妖怪の賢者とも呼ばれていますからね。スキマを操るお方で非常に長命でありまして、確か今年で御歳――いえ、何でもありません」
藍は一瞬だけ顔を青ざめさせたかと思うと、次の瞬間には冷や汗を垂らしながら澄ました顔に戻っていた。その瞬きの間に何が起きたのかなど、青年の知るところではない。
「と、ともかく、カミツレ殿は幻想郷において、艦娘の皆様を従えていること以外は、至って普通の人間なのですよ」
「普通、ですか」
「ええ、普通です。紫様から聞いていますが、人里でも十分暮らせるかと」
少しばかり目を伏せていた青年だが、ゆっくりと瞼を開く。わずかに微笑むと、「それはよかったです」とこぼすように呟いた。
が、次の瞬間、藍は顔を起こして海の彼方に目をやる。目つきは動物のように鋭くなっており、尻尾はわずかに逆立っていた。
「カミツレ殿、新しい敵が現れたようです」
「また……? 数はどれぐらいでしょうか」
藍が目を凝らし、水平線を見つめる。
「数は5。そのうち2体が、他の3体より少し大きいですね」
「5、ですか……。艦娘の皆はどうしてますか?」
「距離を取っているようです。お互いに攻撃できないようですね」
5体のうち2体は、おそらく天龍のような軽巡洋艦クラスの怪物だろう。ともなれば、いかに数で上回っていようとも、被害が出る可能性は否めない。
魚雷の射程まで近づくにしても、軽巡洋艦級の砲撃を被弾する可能性が高まるため、迂闊に近寄ることは避けたほうがいいだろう、などと吹雪たちからの聞きかじりの知識で考える。
結局自分には何もできないのか、と青年は空を仰いで嘆いた。彼女らのために頭を回したとしても、手段を考えつくことすらできないのだから。
せめて陸上だったなら、幻想郷の住人たちの力を借りることもできただろう。しかし海上では、空を飛べない場において戦力として活躍することを求めるのは、些か心苦しく無理がある。
――しかし、ふとそこで青年は思い出す。
紫はどのように戦っていただろうか。加えて、幻想郷の住人の戦い方の何を青年は知っているのだろう。
湧き出る疑問を解消すべく、藍に話しかける。
「藍さん。幻想郷での戦い方というのを教えてください」
「戦い方……ですか? 今はスペルカードによる“弾幕ごっこ”で揉め事を解決する手法がとられています。私ももちろん、紫様ほどではないですが腕に覚えはありますよ」
突然どうしたのか、と戸惑うような表情で藍は答える。
しかしその答えこそ、青年が求めていたものであった。
「藍さん。あの場所まで、その弾幕を飛ばしてもらうことはできますか?」
「……ほう。かつて大陸を恐怖に陥れたこの九尾狐を、ただの砲台同然に扱うとは、実に愉快ですよカミツレ殿」
藍はニヤリと八重歯を剥き出しにした不敵な笑みを浮かべ、海岸線の上空へと舞い上がっていった。
突然現れた増援の敵艦隊に対し、天龍は逸る気持ちを抑えながら距離を取るように指示を出した。旗艦の天龍を先頭とした単縦陣。天龍は艦隊を率いながら、その増援艦隊の様子を伺う。
(軽巡洋艦が1、駆逐艦が3、……それに重雷装巡洋艦が1、か)
思考を巡らしながら、重雷装巡洋艦――雷巡を視野に捉える。より人に近くなった身体をしており、右腕の艤装が左腕に比べ大きい。顔ぐらい拝んでやろうかとも思ったが、残念ながら仮面により眼しか見えなかった。
軽巡洋艦級と駆逐艦級だけならば、砲撃戦で駆逐艦級を倒しながら接近し、天龍が攻撃を引きつけている間に魚雷で倒すことはできただろう。それが最も被害が少なく、そして駆逐艦の魚雷数を活かせるのだから。
が、魚雷攻撃に特化した軽巡洋艦、すなわち雷巡がいるともなれば話は別である。砲撃戦こそ恐るるに足らないものの、接近すれば魚雷により迎撃され、かといって砲撃戦では天龍だけで倒しきるのは難しい。
後ろについてくる駆逐艦たちを見る。思い思いの表情を浮かべているようだが、やはり不安そうな顔の者が多い。
責めることはできない。天龍自身にも有効的な打開策が見つからないのだから。
雷巡がいる限り、接近することは難しい。大きな損傷が見込まれる魚雷をわざわざ受けに行くのは自殺行為に等しく、旗艦としてそのような選択をするわけにはいかない。
夜になるのを待つのもあまり上策ではないだろう。早朝から作業を始めて数時間が経っただけでまだ昼時であり、夜まで長引かせるとなれば砲撃戦の距離でひたすら牽制をするしかない。
しかし、他に思いつく手段はない。根気よく戦線を維持するしかないと判断した天龍は後ろにつく駆逐艦たちにそれを伝えようとする。
その時、である。
「あのー天龍さん、上空から砲撃が来るの」
「はあ、上空? 敵の砲撃が届くわけないのに、何寝ぼけたことを――」
漣の声に、天龍は白昼夢でも見ているんじゃないかと疑い、漣の示す方向を見た。しかし、白昼夢かと疑ったのは自身の方。
支援射撃
――式神『仙狐思念』
人間の子供ぐらいはありそうな大きさの紫色の球体が、上空を通り過ぎていく。それは一つだけではなく、合わせて九つ。
そして、その球体は敵の上空にて突如弾け飛び、その下方へと緑色と黄色の砲弾のような物を無数に撒き散らす。もちろん、一つだけではなく、合わせて九つ。
敵艦隊の海域だけ、まるでスコールでも降っているかのように緑と黄の砲弾に覆われる。そのスコールの中で怪物が動いているようにも見えるが、避けきることはできていないようだ。
砲弾はその多くが怪物の外殻に弾かれているものの、幾つか貫通しているものも見受けられる。
その圧倒的攻撃力ももちろんだが、天龍はむしろその攻撃が織り成す砲弾の乱舞から、絵画の如き芸術のような美しさを感じていた。
(三式弾の対艦射撃――? いや違う、これは……!)
紫色の球体が飛んできた方角を見れば、青年のいるはずの砂浜。そしてその上空には、藍と思しき女性が宙に浮いていた。
「各艦最大船速! 砲撃を行いつつ接近し、魚雷をばら撒いてこい!」
手に持っていた刀を振るい、前傾姿勢のまま水上を滑走する天龍。背中に背負う機関に外付けされた主砲が幾度となく火を噴いた。
足の速い駆逐艦の5人の少女が、自身より右前方へ向かって移動する。
それを見送った天龍は、駆逐艦たちの砲炎の煙に包まれながら歯を剥き出しにして戦意を昂らせた。
「硝煙の匂いが最高だなぁオイ!」
藍のものと思われる攻撃は、駆逐艦の一体を撃破、2体を大破、雷巡と軽巡を中破させた。そして、天龍と駆逐艦の5人の砲撃により、更なる追撃が行われる。この機は逃せない。
大破している駆逐艦級はもちろん、中破している重雷装艦級と軽巡洋艦級の魚雷発射管とみられる装備は破壊されている。
こうなってしまえば、最早押し込むのが望ましい。
吹雪たちが魚雷を発射し、戦線を離脱しながら砲撃を行う。
敵まで辿りついた魚雷は、駆逐艦2体と雷巡を爆音と共に撃破。水柱が上がり、飛沫が降り注ぐ中を天龍は濡れることさえ厭わず猛進する。
残る軽巡洋艦級が天龍に対し砲撃を行う。天龍は腰を低くし、刀を両手で構えたまま体重移動により砲弾をかわす。
再び砲撃が行われる。天龍は機関部外付けの主砲をもぎ取り、投げつけることで砲弾の命中を防いだ。
肉迫する天龍。その動きを軽巡洋艦の怪物は止めることかなわず。
――その体は、天龍の刀によって真っ二つに分断されたのである。
距離を取り、天龍は額に垂れる汗か飛沫かわからない物を拭い取る。
「天龍さん、格好いいのです!」
「おう、お前らのおかげだ、助かったぜ!」
駆逐艦の5人と合流し、天龍は電の賛辞に満面の笑みを浮かべた。近接戦闘は確かに強力ではあるが、それは駆逐艦の少女たちの働き合ってのもの。
倒したのは自身であるが、彼女たちがいなければ近づくことすらできなかっただろう。
駆逐艦は砲も弱い。しかし、その速度と魚雷による一撃離脱は決して侮ってはならない。特に、夜戦は駆逐艦がいてこそであるのだから。
駆逐艦がいるからこそ、他の艦は安心して戦闘ができるといっても過言ではない。
「あの藍さんという方にもお礼を言わないといけませんね」
「ああそうだな。あいつがいなかったら、誰かしら怪我してただろうし」
「あの天龍さん、天龍さんの主砲壊れてますよ?」
「いや、これは、その、仕方なくだな……っ」
吹雪に指摘され、照れながら言い訳を始める天龍。だがそれも虚しく、漣と電がからかうような笑みを浮かべて、
「硝煙の匂いが最高だなー」
「フフフ怖いかー、なのです」
「お、お前らぁ!」
戦闘終了したばかりであるのにこの始末。やはりこの艦隊名は間違っている。
こんな舐められた先生がいてたまるかと、天龍は喚くのであった。
「……お見事です」
「これぐらいならば朝飯前です。ただ、ここまで遠距離で弾幕を使用したのは初めてです。少しばかり計算に狂いがありました」
戦闘が終了したらしく、青年は心の底から安堵した。上空から降りてきた藍を労ったのだが、どこか不満そうな顔をしていた。
「そうなんですか?」
「命中性に難有りです。それから、やはり小さな弾幕では装甲を貫通できないようですね。そう考えると、艦娘の方々の命中精度はすさまじい……」
「なるほど。それにしても、遠目からでも綺麗なスペルカードでした」
「それは……ありがたく受け取っておきましょう」
その言葉でようやく、藍は小さな笑みをこぼす。更なる増援も見られないため、これにて今日の警備は終了と考えても問題はなさそうである。
(やっぱり、単純な戦闘力なら幻想郷の弾幕の方が強いのか……な?)
幻想郷の弾幕ごっこの攻撃はばら撒いて命中させるもの、艦娘の攻撃は弾道計算に基づいて貫徹するもの、とひとまず考える。
怪物に対する場合、空を飛べない幻想郷の面々は不利だが、陸上からの攻撃ならば問題ない。しかし単純攻撃力に劣り、単発当たりの命中性は高いとも言えないだろう。陸から離れれば尚更である。
逆に艦娘の場合は数こそ撃てないものの、弾道計算に慣れているのか命中性と徹甲弾の単発当たりの攻撃力はなかなか高い。しかし流石に空を飛ぶことはできない。
量的攻撃と空中機動力に長ける幻想郷の住人と、質的攻撃と水上機動力に長ける艦娘。
どうにかこれを活用することはできないだろうかと考えているうちに、艦娘たちが海岸にまで帰ってきていた。
「やっと作戦完了で、艦隊帰投かあ」
「ああ、みんなおかえり。それからありがとう」
無事に戻ってきたことを、青年は何より誇りに思う。特に今回は天龍の主砲以外に被害らしい被害もなく、無事であったことが青年を安心させた。
「おうよ。そうだ提督、これやる。新参者の登場だってよ」
「また……カードか」
天龍から手渡されたのは二枚のカード。いずれも軽巡洋艦であるらしく、青年は流れ込んでくる艦娘の記憶を読み取った後に、まずは一人その場へ実体化させた。
「初めまして、龍田だよ。天龍ちゃんがご迷惑かけてないかなぁ~」
耳が蕩けそうな声。現れたのは、天龍と同じく駆逐艦より発達した体を持つ少女。長い槍を持っており、頭の上には天使のような輪が浮かんでいる。
「えっ、た、龍田!?」
「あら~、天龍ちゃん久しぶりねぇ」
しかし、青年が口を開くより先に驚いていたのは天龍であった。
「知り合い? と、いや待って。ああ二番艦……そっか、姉妹なんだ?」
「ええ、そうよ。ふぅん……あなたが提督ね~、よろしくお願いします」
「うん、頼りない提督で悪いけどよろしく。あ、関係ないかもしれないけど、龍田といえば朝食に天龍が竜田揚げを作ってくれたんだ、よね……」
その言葉を口にした瞬間、龍田が笑顔で天龍の方を向く。
笑顔を浮かべているものの、青年は龍田の笑顔にどこか冷徹さが含まれている気がしてならないのだ。
「天龍ちゃん、どうして私が発祥の竜田揚げなんて作ったのかしら~?」
「い、いや、オレたち随分の間会ってなかっただろ? そ、それで……」
「私のことを思い出しながら作ってくれたのね~。天龍ちゃん、嬉しいわぁ」
槍を砂浜に刺し、天龍に抱きつく龍田。天龍は引き剥がそうとしていたが、頬ずりをする龍田が離れようとしないために諦めたらしい。
助けを求めている視線を天龍から送られるも、青年も龍田の機嫌を損ねることだけは回避しなくてはならない気がしたために、首をそっぽ向ける。
天龍からの抗議の声を聞こえないふりをして、青年は改めてもう一枚のカードを持ち直した。
(さて、じゃあもう一人は、っと)
カードからの記憶を読み取る。自分の記憶も流れ込んでいるのだと思うと少し気恥ずかしいが、もうどうにでもなれと半ば自棄になりつつ実体化を行った。
紺のセーラーにオレンジのネクタイ。緑色のリボンで髪を結っているその少女は、快活な声で挨拶をした。
「はーい、お待たせ? 兵装実験軽巡、夕張、到着いたしました!」
夕張というその軽巡洋艦は真っ直ぐとした瞳で青年を見つめていた。真面目そうな顔つきは非常に好感が持て、粗暴な言葉を使う天龍とはまた違った印象を受ける。
今更だが、容姿と艦の種類には一定の法則でもあるのだろうか、と青年は不思議に感じた。
「えっと、夕張さん? 僕が提督です」
「夕張でいいわ。あなたが……提督。成程、よろしくお願いしますね!」
元気に答える夕張。挨拶と共々笑顔が眩しく、見ていて清々しい。
「うん、よろしく。この艦隊のことについては、新しく着任した龍田と一緒に、同じ軽巡洋艦の天龍に聞いてほしい」
「え、天龍がいるんですか!」
と、天龍の名前を出した途端、夕張は目を輝かせて青年の襟元を掴む勢いで迫る。驚いた青年は、たまらず天龍のいる方へ指をさした。
「あ、お前夕張じゃないか! 元気だったか!」
「懐かしいわね天龍、ソロモン以来かしら!」
龍田に腕を取られていた天龍がようやく気づいたのか、夕張に助けを求めるかのように龍田の腕から抜け出して夕張のもとに駆け寄る。
ところが、意図しない人物がもう一人、夕張の元へと近づいた。
「夕張さーん!」
「え、五月雨ちゃん! あなたも!?」
五月雨が涙目になりながら夕張の元へと駆けていく。夕張のところまであと少しというところで転びそうになるも、夕張が慌てずに五月雨を受け止めた。
「夕張さん、ごめんなさい、私、私は――」
「気にしないで五月雨ちゃん、最後まで私を助けようとしてくれたじゃない。感謝こそすれ、恨んでなんかないわ」
嗚咽とともに泣きじゃくる五月雨を、夕張は胸元で抱きしめてその頭を優しくなでる。
青年が覗いた、夕張の最後の記憶。それは、沈みゆく体をどうすることもできないというのに、必死に引っ張りあげようとする五月雨の姿。離れるように忠告すれど、尚引っ張り涙を浮かべる五月雨の記憶。
そして五月雨の記憶。潜水艦らしき姿を発見していたというのに甘さ故に見逃し、夕張が魚雷を受ける。自身の責任であったというのに助けようにも助けられなかった、悔やんでも悔やみきれないであろう記憶。
かつての歴史など知らない。しかし、今こうして自身の手元には歴史がある。
もしこれからも艦娘が増えるのならば、それは歴史も増えていくということ。青年の知らない戦いの記憶が、艦娘の数だけ存在するということ。
戦いを繰り広げた彼女らの、あるいは道半ばで倒れてしまった彼女らの、はたまた生き抜いた彼女らの、歴史を受け止めきることはできるのだろうか。
――時代を知ろうともしなかった自分に、受け止める資格などあるのだろうか。
「カミツレ殿。積もる話も有りましょうが、塩の製造に成功の目処が立ちました。紫様に報告もしなければなりませんから、ひとまず神社へ戻りましょう」
「はい、わかりました」
ないならば、その資格を得るために少なからず努力は必要になる。
それは、彼女たちの提督としての義務だろう。
守矢神社の青年の自室。幻想郷でも使えると思った物や服などの持ち込んだ物が整理されており、布団も丁寧に畳まれていた。
天龍は早速入渠している。龍田と夕張は寝所を確保するために、神奈子と共に余った部屋を探していた。
守矢神社の方針としてはカードのまま過ごすのは流石に窮屈だろうという意見でまとまっているため、艦娘が増えてもこうして部屋が割り当てられる。際限なく増えるというならば、流石に何か手を考えなければならないが。
「というわけで、塩自体は週に一度作ることになるからその時はつきっきりで警備をお願いしたいの」
「わかりました。僕の方から皆に話しておきます」
「普通の警備も忘れないでね? 現れたら報告するからとりあえず倒して頂戴」
部屋の中に八雲紫と藍。守矢神社に戻ってから1時間が経過したが、その間ずっと紫と今後のことについて相談していたのである。ちなみに、藍は守矢神社から出された油揚げに恍惚とした表情を浮かべていた。
「そういえば、天狗の文という方はどうしたんですか? 守矢神社との交渉というのは一体?」
「妖怪の山と守矢神社でお互い協力するということで和解したらしいわよ。怯えていたけど、心底安心した顔で帰っていったわ」
「何事もなかった……ようで何よりです?」
「……そう、あとは――」
「博麗神社だけね」
耳慣れない言葉に、青年は眉を寄せる。藍がわずかに目を細めていたが、青年はそれに気づくこともなく口に出す。
「博麗神社……?」
「ああ、気にしなくていいわ、ただの寂れた神社よ。これは私の問題だから」
「そうなんですか?」
「ええ。少なくともこの件に関してカミツレさんが出る幕は全くないわ」
語気を強める紫。念を押すかのように睨みつけられたが、青年としては睨まれることなど慣れている。
だからこそ、そうまでして紫が隠そうとしている事実に興味が沸いた。
「僕はその件には必要ないんですね?」
「ええ、全く」
「わかりました。そういうことでしたら」
紫はこわばった表情のまま、わずかに俯いて瞳を伏せる。
揺れる長い睫毛が再び開いたとき、紫はいつもの人を小馬鹿にしたような不敵な笑みを浮かべていた。
「さあ、では私たちは帰りましょうか、藍」
「え、でも油揚げがまだ残っていますよ?」
「あなた、油揚げと主人どちらが大切なのよ……」
「む、むむむむむ……」
「あの、あまり悩まれると私も困るのよ?」
あまりにも口惜しそうな顔をしていたために、油揚げを載せていた皿ごと藍をスキマの向こうに見送った。絶世の美女だというのに、油揚げに執着して主を困らせる。
カフェでこぶ茶を頼んだ紫にせよ、どこか残念というべき部分を含んでいるのは主従共通なのだろうか。
(しかし、どうしたもんかな、これ)
紫と藍が帰ったあと、青年は部屋の片隅に視線をやる。そこに座していたのは、天龍が背負っていた機関部である。
天龍がもぎ取った主砲が被弾したこともあってか見事に壊れており、青年の目からも完全に修理は不可能のように見えた。
これから天龍はどうやって戦うのだろうか、と考えていたそんな時である。
「やっほう、盟友。さっき頼まれてた件だけど――って、何それ! 新しいカラクリかい!? ちょっと見せておくれよ!」
青年の部屋に、河童こと河城にとりが現れたのだ。
「ああいや、これは艦娘の装備……えっと、艤装っていうもので――」
「面白そう、面白そうだよ! あ、その前に、頼まれてたこれ、渡しとくね」
新しいおもちゃを手に入れた子供のように喜ぶにとりだが、一度冷静になったようで青年に物を手渡した。
それは、駆逐艦が使用する弾薬。主砲に装填される弾薬と、魚雷発射管に装填される魚雷――が2つずつ。
「艤装の付喪神に協力してもらって、完璧な複製に成功したよ。沢山必要かい?」
「……それは凄いな。まだ作れるなら、作れるだけ作って欲しい」
「いいよ。どうせ廃材を加工して作ってるから、材料に困ることはないし」
「少し大きなサイズのもあるけど、できるかな?」
「任せておくれよ。現物があるなら、何だって作ってやるさ」
なんと頼もしい言葉だろうか、と青年は歓喜する。予め天龍から預かっておいた主砲弾をにとりに渡し、さらに言葉を続ける。
「全く同じものがあればいいんだよね?」
「ああ、何だって作るよ」
「なら、後でこの機関と同じものを見せるよ。丁度同型艦の子がいるんだ。だから、これを修理してくれないかな? 多分、同じ艦種の子は艤装が共通する部分もあるだろうし」
今度はにとりが目をキラキラと光らせ、花のように微笑んだ。
「いいの!? 触れるだけでも嬉しいよ! ありがとう、盟友!」
感極まったのか、にとりは両腕を開きに開いて青年に飛びついてきた。
「ちょっ――と」
リュックを背負ったまま青年に飛びついたにとり。その重量を含めた体当たりにも近い抱きつきを受け止めきれるはずもなく、青年は畳に背中を投げ出すように転がってしまった。
「ねえ盟友! よかったらさ、色々見してもらえるお礼に私が君の艦娘たちの装備をメンテナンスしてあげてもいいんだけど、どうだろう!」
「え、ちょ、顔が近いって!」
話を聞いていない青年。それどころではないのだ。人と触れ合うことすら未だ慣れていないというのに、顔が、唇が触れそうな距離で会話など出来ようもない。
しかしにとりは気にした風もなく、むしろ顔を近づけるかのように青年に畳み掛ける。
「ねえねえどうなのさ盟友! 私としては珍しいものに触れるだけで嬉しいから、メンテナンスの他にもいっぱいサービスしてあげるよ!」
「そ、その前にそこをどいて!」
「私に頼んだことを考えても、他に頼む奴がいないんでしょ? 私がしてあげるからさ、ね!」
「わ、わかった、わかったから!」
「え、いいの? 私がシてもいいの!?」
「して欲しいです! お願いしますにとりさん! だから――」
「やったー! じゃ、じゃあ早速!」
「ひ、昼間から何の話をしているんですかあッ!」
突如、障子を開けて乱入してきた早苗。そして、部屋の中で自身に乗る興奮した様子の肩で息をしているにとりを見て、さらに声を荒げる。
「こ、ここ、こ、ここ、ここは神社ですよ! ななな何を淫らなことを!」
「お、落ち着いてさなちゃん。多分勘違いしてるから――」
「どう勘違いしろと言うんですか! カミツレさん……カミツレさんの……」
「スケコマシ!」と、顔を真っ赤にしながら廊下を大きな足音を鳴らして駆けていく早苗。
入れ替わりに、諏訪子が姿を見せた。部屋の中を一望し、青年に視線を落ち着ける。何が起きたのかを察したのか、諏訪子はニヤリと笑う。
しかし同時に、その笑い顔には恐怖すら感じられた。
「で? やるのかい?」
「やりません! 勘違いです!」
「別に構わないけどさあ。カミツレ君、私との約束忘れてないよね?」
「……は、はいもちろん」
「じゃあ、今度からやめようね? どういうつもりでもちゃんと話はつけること」
「えっと、すみませんでした?」
なんで自分が怒られているんだろうか、と首をひねる。しかし、約束は約束である。早苗を悲しませれば自分は死ぬ。おそらく冗談抜きで。
露知らず、青年の上で豪快に笑うにとり。それを見て、青年はますます頭が痛くなり、畳の上に体を投げ出した。
油断していると、諏訪子が更に青年の腹の上に飛び乗ってきた。体重自体は別段気にならないものの、腹部への衝撃はなかなかに応える。
「ほらほら、可愛い美少女が上に乗っかってるよ。何も思わないのかな?」
「さっきと言ってる事が違うじゃないですか」
「これはただのスキンシップだって」
楽しげに笑う諏訪子とにとり。上に乗られている青年としては重苦しくてかなわないのだが、抗議する気にもなれず、深い溜息をつく。
その内、様子を見に来た早苗が青年の部屋に戻ってきたとき、諏訪子までもが青年の上に乗っかってるのを見て真似しようと部屋に入ってきた。
流石に3人分の体重を乗せていては体が持たないと起き上がった青年は、3人を部屋の外へ追い出した。早苗は更に機嫌が悪くなっていたが、あとは諏訪子に丸投げするとしよう。
改めて寝転がり、天井を見て物思いにふける。
燃料はクリア、弾薬もクリア、入渠に関しても問題は見つからない。装備の修復も目処は立った。ひとまず艦娘が幻想郷で戦い続けることは可能である。
幻想郷の住人の弾幕という援護が得られるならば、それは艦娘達にとって少なくない負担減となる。これは今後の課題となるだろう。
今、青年自身が抱えている悩みとしてはもう一つ。戦っている艦娘たちがどのように戦っているのかわからないことである。
せめて会話だけでもできれば違うだろうな、と思ったところで、青年は一つの可能性に行き着いた。部屋を出て、追い出した彼女の姿を探す。
上官として。司令官として。提督として。戦えないなら戦えないなりに、サポートしなければならない。彼女たちが怪我をしないためにも。
まだきっと何か出来ることがあるはずであると思い、思考を停止させることなく青年は動き出した。
着任
天龍型軽巡洋艦二番艦『龍田』
夕張型軽巡洋艦『夕張』
012 博麗神社を偵察せよ!
透き通るような青と澄み渡った風。それらを全身いっぱいに感じながら、青年は空を飛んでいた。
早苗に抱えられながら。当然だが、青年が空など飛べるはずもない。
「さ、さなちゃん。あとどれぐらいかかりそう?」
「さあ、あと15分ぐらいでしょうか。もう少しかかります」
「う、うん。腕は疲れてない?」
「はい、大丈夫ですよ! 全然疲れていません!」
いわゆるお姫様だっこ。早苗は脇の下と膝裏に腕を通して青年を引き寄せるかのように抱えており、当の青年は為す術もなく腕組みして虚空を見つめていた。
ふと顔を上げれば空が見えるものの、まず視界に入ってくるのは至近距離の早苗の顔である。かといって目線を下げれば、そこにはご立派なお山が二つ並ぶ――いや、青年を抱き抱えることでその山は少し形を変えていた。
恥ずかしいどころの話ではない。女性に抱えられ、情けなくもそれに甘んじる自分。胸が押し付けられているのはわざとではないにしろ、後でこれ訴えられたりしないよな、などと小心者の心が震える。
その上、抱えられているために胸と言わず早苗の体の柔らかさが直に伝わり、これが青年を悩ませるのだ。本人は自覚しているのかしていないのか知らないが、ただ前を見て空を飛んでいる状態である。おそらく無自覚だろう。
「も、もう少し体を離してくれないかな?」
「できないですね。それこそ腕が疲れてしまいます。私に触るのは……嫌かも知れないですけど、我慢してくださいね」
「あ、いや、こっちこそごめん……」
非常に申し訳なさそうな顔で謝る早苗。その顔を見ては、青年も最早何も言うことはできず、ただ目をつむって思考に没頭するしかなかった。
『神奈子さん、幻想郷には博麗神社というところがあるらしいです。紫さんはどうやらその神社で何か案件を抱えているようで……』
『ほう、幻想郷に守矢神社以外の神社があるのかい。しかもあのスキマ妖怪の悩みの種、と』
『昨日聞いたときには、紫さんは何やら触れて欲しくないようでした。幻想郷が今抱えている問題、残るは博麗神社だけ、とのことですが』
『ならカミツレ、早苗と一緒にその博麗神社に行ってきな。場所は河童に聞いとくよ。ああ、何人か艦娘も連れて行くといい』
『……どうすればいいんでしょう?』
『スキマ妖怪に恩を売るチャンスだ。交渉は任せる。もし解決した上で、守矢神社が信仰を得るために邪魔になりうるようなら――神社を奪ってきな』
『乱暴ですね』
『そうならないことを祈ってるよ』
といった経緯により、青年は早苗にそのことを話した。早苗は先日のにとりとの一件により、青年から露骨に目を逸らしていたが、神奈子からの頼みであると話すとすぐに引き受けることを了承する。
『私の力が必要なんですか? 仕方ありませんね、任せてくださいカミツレさん!』
『うん、頼りにしてる』
『カミツレさんとふたりっきりでお出かけですね、うふふ』
『あ、カードの状態で天龍と龍田も連れて行くから』
『あ、はい……わかりました』
『やることはわかってるよね?』
『要は、博麗神社を明け渡すように要求すればいいんですよね?』
『いや、ちょっと違うけど』
『ふふん。見事解決して、私のことを見直させてあげますよ。でも難しい話はお任せします』
そして、にとりから博麗神社の場所を聞き出し、ある程度距離があるために空を飛んで向かうことになったのである。
どうやって空を飛ぶんだよ、と疑問を神奈子にぶつけたが、返ってきたのはひどく単純な答えであった。
『早苗に抱えてもらえばいいじゃないか』
腕を掴まれて空を飛んだことなら、青年は初日に経験している。その際にそのまま戦闘に突入して振り回されたことを考慮しての発言だろう。
だが、青年としても抵抗がある。年の若い、それも自身より年下の女性に抱き抱えられて身を任せるというのは例え早苗であっても頭を痛めた。
しかし、徒歩となれば一日、下手をすれば二日かかってしまう距離である。歩かせて疲弊させることとの天秤にかければ、答えは一択であった。
『さなちゃん……や、優しくしてね?』
『任せてください! 最初はゆっくりで、徐々に速くしますね。最高に気持ちいいですよ!』
ということで、現在高速飛行中である。速度が上がっているのは、早苗も口では平気と言っているものの、おそらく腕が疲れてきたためだろう。
早苗は何も言っていないが、もしかしたらやはり恥ずかしさもあり、耐えられなくなっているのかもしれない。
「見えましたよ、カミツレさん!」
申し訳なさと気恥ずかしさが織り交ざりながら、青年は進行方向を見つめる。そこに見えたのは、小高い山の上に立つ小さな神社と思しき建物。
ようやくこっ恥ずかしい旅が終わるのか、と青年は思うのであった。
厳粛な雰囲気に包まれる鳥居前。それは周りに立つ木々がそうさせるのか、それとも神社そのものが荘厳であるからか。
小高い山の上、大木に囲まれるようにしてその神社は建っていた。鳥居前にて一礼し、青年は早苗と一緒に足を進める。
「随分と物々しい場所だね?」
「はい。にとりさんの話ではもう少し柔らかい雰囲気だと聞いていましたが、そうでもないようです」
境内を歩き、本殿へと続く石畳の道を進む。落ち葉があちこちに落ちており、掃除がされていないようである。人の手が加わっている様子はまるでない。
拝殿前にて、賽銭を投入し二礼二拍手一礼。
「カミツレさんともっと仲良くなれますように」
そういうのは心の内でお願いするものなんじゃないか、などと願いつつ、赤面しながら名も知れぬ神様へ祈りを捧げる。自分の願い事は世界平和でお茶を濁しておこう。
参拝を終えると、早苗と共に青年は神社の周りをうろうろと散策し始める。パッと見た限りでは神社の造りは古く、かなりの年数が経っていると思われた。
神社としての規模は大きくないものの、やはりどこか殺気にも怒気にも似たような厳粛な雰囲気に包まれており、気を抜くことができない。仮に何かが襲って来たとしても、自分は何もできないのだから、心配するだけ無駄かもしれないが。
我ながら何とも情けない、とため息をつく。
艦娘たちが語る“司令官”や“提督”というのがどのようなものかは青年も知らない。だが、流石に肉体一つで軍艦に挑むような人間でないことぐらいはわかる。
自分は艦娘たちにとってどのような提督になるべきなのか、何をしてあげられるのか。その答えを見つけ出すのは、長くなりそうである。
神社の周囲を散策したものの、結局何も見つからなかった。紫がこぼしていた“博麗神社の問題”というのが何であったのかは見当がつかない。
神社の屋根に見えるいくつかの落ち葉。紫が話していたように、本当に何もない寂れた神社という結論で間違いないのだろうか。
「カミツレさん、私から気になったことを一つ」
「ん、どうしたの?」
本殿の正面まで戻ってきたとき、早苗が思い立ったように顔を上げた。
「この神社、神様の力が全然感じられません。うちの神社でしたら神奈子様や諏訪子様の力が感じられるんですが、ここの神社は何もないんです」
「……確かに、あの2人に似た雰囲気は感じられない、かな。そういえば、ここは管理する人がいないんだね」
「神社によっては時代の変化で管理する者がいなくなってしまう神社もあります。もしかしたら、ここもそうなのかもしれません」
「神奈子さんが言ってたように、信仰がなくなったから神様としての存在を維持できなくなったってこと……?」
「かもしれません。ただ、神奈子様も諏訪子様も、外の世界ではそれはそれは有名な神様だったんです。人々に知られていないのに読み取れないような大きな力を持っている、とも考えられます」
定義が曖昧であるが、かと言って大して知りもしない神社について細かく説明させる方が酷である。その認識を持っておく、ということで今はいい。
と、思ったその時である。
「霊夢、帰ってきたのか!?」
拝殿の障子を開け、一人の小さな小さな少女が頬を赤らめて満面の笑みで廊下に現れた。しかし、青年たちの顔を見るとその顔からは徐々に明るさが失われていき、とぼとぼ神社の中へ戻っていく。
誰もいないと思っていた神社の中で突然の出現。青年も早苗と同じく驚いたものの、みすみす見逃してしまうわけにもいかない。明らかに神社に関係がありそうな人物を放っておいては、解決するものも解決しないだろう。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「……参拝客なんて珍しいな、本当に」
くるりと振り向いたその少女。長い金髪を持ち、後頭部は赤いリボンで結われているものの少し乱れ気味である。幼い顔に似合わぬ大きな瓢箪を手に持ち、機嫌が悪いのか目つきは凍りつきそうなほど鋭い。
そして、最も特徴的であるのが頭部に生える大きな二本の角。何かを抉り取るかのように曲がりくねっており、非常に攻撃的な形状をしていた。
「鬼…………」
早苗がポツリと呟く。それと同時に、早苗は冷や汗を尋常ではないほど流し、その瞳も戦慄していた。
「こんなちっぽけな神社に何の用があって来たんだい?」
「わ、私たちは、博麗神社が何か問題を抱えていると聞いたので、その事実を確認しに……」
「ああ、霊夢がいなくなったことか。姿を消してしばらくになる。私が原因で、何か、何か知らないうちに霊夢を怒らせたんじゃないかって不安で、不安で……」
泣き出しそうな表情で、鬼の少女が俯く。
早苗はそれを見て何か予想外だったのか、顔をハッと上げてオロオロ慌て、その場でウロウロと足を踏む。
そんな二人を見て、早苗はともかく鬼の少女の方は何か事情がありそうだと思い、青年は呼吸を整えた。
「話を聞かせてもらえますか? 霊夢さん、という方がいなくなったことも含めて、お願いします」
「けど、あんまり人に聞かせる話じゃないってあのスキマ妖怪も――」
「……紫さんも関わっているんですね? お願いします、僕らはそれを確かめに来たんです」
廊下に立つ鬼の少女の傍に近寄り、少しだけ目線を上げて離す青年。酒瓶を持っていることから予想していたが、やはり酒臭さが少女から漂う。
早苗が青年の背後で目を見張り、更に慌てる。しかし、そんなことを気にしている場合でもなく、青年は鬼の少女から目を逸らさない。
しばらく鬼の少女が青年を見つめていたが、やがて口を開いた。
「立ち話もなんだから、上がっとくれ」
本殿の部屋の中、酒瓶がいくつか転がっており、鬼の少女からも漂うアルコールの鼻につく匂いが部屋中に充満していた。
部屋の間取りは守矢神社とそう大して変わらないが、やはり散らかっているためか幾分狭く見える。
ふと、早苗を見る。どこか気分が悪そうな顔で、目をぐるぐると回していた。
「さなちゃん、大丈夫? 匂いに当てられた?」
「うう、それもありますが、相手はあの鬼ですよ鬼。カミツレさん、どうしてそんなに平気なんですか?」
「いや、鬼って言われてもピンと来ないし、外の世界じゃ会ったことないし……話もできそうだけど、そんなにマズイの?」
「マズイも何も、全種族中最強とも言われる鬼ですよ? もうダメですオシマイです、勝てるわけがありません……」
人間を食べる、との言葉に青年もようやく危機感を覚える。幻想郷には妖怪も人間も共存しているが、決して全員が全員仲良くしているわけではない。
紫にも注意されていた。妖怪をあまり信用しないほうがいい、と。
「散らかってて悪いけど、適当に座ってくれ。ああ、この神社には座布団なんてないよ」
「あ、はい」
空の酒瓶を蹴り飛ばして部屋の隅に追いやる鬼の少女。その荒っぽさは確かに物々しいが、傍から見れば少女が怒って酒瓶を蹴っているだけ。
早苗が言うほど危険な種族なのだろうか、とも青年は思う。
青年と早苗は部屋の中央に置かれたちゃぶ台の前に座る。その反対側に鬼の少女が座り、酒のツマミと思われる物を差し出してきた。
「酒もいるかい?」
「いえ、飲みに来たわけではないので。お気持ちだけ頂いておきます」
「そうかい」
ボサボサの頭を掻き、少女は部屋の周囲をキョロキョロと見渡す。酒しかないことに気づいたのか、ため息をついて額に手を当てていた。
その様子を見て、青年はかすれるような小さな声で早苗に話しかけた。
「何だか、もてなそうとしてくれてるみたいだけど……」
「え、ええ。聞いていた噂とは随分違います……」
そうして鬼の少女がようやく立ち直ったかと思うと、酒に酔っているからかおよそ焦点を合わせる気がない視線で青年に大して口を開いた。
「で、何の話だったっけか」
「博麗神社のこと、それから霊夢さんという方のこと、です」
「あー、そうだった」
「申し遅れました。僕は茅野守連といいます」
「わ、私は東風谷早苗です」
「二人共人間か。私は鬼の伊吹萃香だ。たまにここに遊びに来てる」
鬼の少女、伊吹萃香はそのまま続ける。
「ここは博麗神社って言うんだ。って、流石にそりゃ知ってるか」
「はい。ただ、どういった神社であるとか、霊夢さんという方がどういった方であるかは知りません」
「ここは外の世界と幻想郷の境界にある神社さ。時々外の世界の住人が紛れ込んでくるから、それを送り返す場所ってところだ」
「……なるほど。それは興味深いです」
「私も詳しいことは知らないがな。で、霊夢……博麗霊夢っていうちんまい女が、この神社の巫女をやってるってわけさ。早苗、とか言ったな。あんたから似た感じがしたから、てっきり霊夢が帰ってきたのかと思ったんだ」
ちんまい萃香の言葉を受けて、早苗は目を見開く。
博麗霊夢という人物が巫女であるというなら、同じく巫女である早苗から何か似通った部分を感じることもあるのかもしれない。
萃香は酔いが醒めてきたのか、赤みを帯びていた顔が徐々に白く戻っていく。が、酒が足りないと感じたのか、酒瓶を片手にその場でラッパ飲みをした。
ぷはー、と、酒臭さを帯びた息が部屋を包む。
「霊夢がいなくなったのは大体一週間前だ。さっきも言ったが、私が知らないうちに何か霊夢の気に障るようなことをしたんじゃないかって不安なんだよぉ」
「……失礼ですが、お酒の飲みすぎ、という可能性は?」
「ない」
「そうですか。霊夢さんというのはどんな方なんです?」
「良くも悪くも自分に正直な奴、だな。ケチで金にうるさくて、自分勝手で生意気で、鬼のように強い癖に、弱い者いじめはしない。困ってる人は放っとかない、マメで神社の掃除は毎日欠かさなくて、友人が多いのに――」
「――寂しい奴」と萃香は落ち込みを含んだ眼差しで語る。
青年は頭の中で博麗霊夢という人物についての情報を整理する。聞く限りでは自己中心的と言えなくもないが、決して利己的ではなさそうである。
積極的とまではいかずとも、他人との接触を拒んでいるわけではない。むしろ受け入れ、そしてどこかで孤独を感じている、と受け取るべきなのか。
「あの、その霊夢さんという方はどのようにいなくなったんですか?」
早苗の質問を受けて、萃香はわずかに俯いた。
「わからないんだ。私もスキマ妖怪から話を聞いただけだから」
「紫さんですか。参考までに、どういった内容でしたか?」
「アイツが博麗神社に来たとき、既に霊夢はいなくなってた。魔理沙っていう魔法使いが最後に遊びに来たのがその5日前。今から10日、いや11日前までには、確かに霊夢はいたんだ」
「となると、6日前から11日前の間に霊夢さんの身に何かあった、ということですか。その前後に何か変わったことはありませんでしたか?」
「変わったこと……そうだな、幻想郷に海が現れたらしい」
「……ふむ」
「確か、丁度紫が博麗神社に来た日だったかな。だから6日前だ」
萃香は指をぐるぐる回しながら記憶を探るような表情で語る。語られた言葉に、青年は顎に手をあて思考にふける。
博麗の巫女というのがどのような人物か、というのはとりあえず今は考えなくていい。気になるのは、博麗霊夢という人物がなぜ失踪したかということ。
「霊夢さんがいなくなると、何か問題が起きるんでしょうか?」
「……なんだお前、霊夢がどうでもいい奴だって言いたいのか?」
突如発せられた怒気と、心の奥底、心臓をわし掴みにされるような畏怖。ただの鋭利な視線ではない。これが鬼か、と青年は実感する。
「……聞き方が悪かったです、ごめんなさい。僕が言いたいのは、霊夢さんがいなくなることでどのような問題が発生しうるのか、紫さんが気にするようなこと、隠そうとしたことは何なのか、ということです」
「はん」
萃香は睨みつけるその視線をやめようとはしなかったが、「まあいい」とだけ言って言葉を続ける。
「博麗神社は外の世界と幻想郷を隔てる“博麗大結界”を持つ。博麗の巫女、霊夢はそれの管理者ってことだ。代々の博麗の巫女が管理を引き継いでいくんだが、今霊夢の奴がいない。これがどういうことかわかるか?」
「……次の博麗の巫女を決めないと、結界の管理者が空席となってしまう、ということでしょうか」
「そう。博麗大結界が破壊されるまではいかずとも、その効力が弱まるだけで隔たりが維持できなくなる」
「幻想郷と外の世界とで、人の行き来ができるようになってしまうということですか?」
「人間だけじゃなく妖怪もだ。あのスキマ妖怪は秩序の崩壊が怖いのさ」
萃香の話から考えるのであれば、少なくとも博麗の巫女がいないというのは無視できないことである。
幻想郷と外の世界とが繋がれば、人と妖怪が無為に行き来するようになる。
紫から聞いた話では、幻想郷には外の世界で忘れ去られたモノや妖怪が安寧を求めて辿り着いた場所、とのこと。
妖怪を頭ごなしに悪と決めつけているわけではない。しかし、何も知らない人間にとっては恐怖となり、また安全な妖怪だけではないことも事実。同様に、力の弱い妖怪もいる。そういった妖怪は世界から忘れ去られれば存在が失われる。つまり、消滅してしまうのだ。
だが、同時にこうも考えてしまう。博麗大結界が消滅することで現世と幻想郷が融合することに、どのような利害が発生するのだろうか、と。
しかし、青年はまだまだ幻想郷を知らない。そして、知らないにも関わらず一定の恩がある紫の意思に背くことは、青年にはできなかった。
「なら、その霊夢さんを見つけないといけないですね」
「捜索チームがいるよ。強さは粒ぞろいの奴らだが、それでも見つけられないとなると……。博麗大結界は残ってるから、生きてることはわかるんだ」
「……手がかりは?」
「ない。霊夢がいなくなったところを見た奴はいないし、既に幻想郷のほとんどを調べ尽くした。調べてないのは……紫が差し止めてる海だけだな」
「海だけ――」
萃香は寂しげな表情で酒瓶をあおり、深い息を吐く。その息が酒臭いだとかそんなことを考える暇もなく、青年は頭を働かせた。
紫、博麗の巫女、突如現れた海、守矢神社、茅野守連と艦娘。
思い当たる節はある。だからその可能性に行き着いたとき、青年は苦悶の表情を浮かべ、眉間にしわを寄せて力の限りちゃぶ台を叩いた。
音に驚いたのか、早苗が肩を竦ませる。萃香は青年を小さく睨みつけるに留まっていたが、酒瓶を再びあおると瓶をゆっくりと畳に置いた。
「カミツレとか言ったな。そういや、アンタはあの紫とどういう関係だい?」
「……伊吹さん、妖怪の山に神社が現れたのはご存知ですか?」
「萃香でいい。妖怪の山か、懐かしい場所だなあ」
「その神社、実は外の世界からやってきたんです」
「外の世界から……ほう? それは最近のことかい?」
「つい3日前ですね」
萃香は不敵な笑みを浮かべ、ちゃぶ台の上に置いていた拳を握り締める。どれだけの力が入っているのか、部屋中にギリギリとした音が響いた。
青年は呼吸を整え、心を落ち着かせて萃香を見据える。
「落ち着いてください。今まで尋ねたことは嘘ではありません。霊夢さんがいなくなったことは、僕らも初めて知ったんです」
「海ができたこととアンタらが来たこと、何か関わりは?」
「全くない、とも言い切れませんが、少なくとも僕らは身に覚えがありません」
「いいだろう。逃げずにガンを返してくるその度胸に免じて信じてやる」
「……睨んでるつもりはありませんが、ありがとうございます」
「で、何をイライラしてるんだ?」
ようやく萃香の殺気を帯びた視線が緩み、小さく笑みを浮かべた顔になる。それを見て、青年もようやく心を静め、自身の考えを改めて詰める。
紫の思惑は一体何か、自分を呼び止めた言は真実か。幻想郷は正義か、知らぬ間に操られていたのか、一体海が持つ秘密は何か。
考えていると、早苗が袖の端を引いて青年の気を引く。何事かと思えば、耳元に頭を寄せてヒソヒソと話し始める。
「カミツレさん、カミツレさん」
「ん、どうしたのさなちゃん?」
「私たちがここに来た理由、忘れてないですよね?」
「もちろん、それも含めて今考えてるとこ」
「細かいことは私にはわかりませんので、お任せします。ただ、二つだけいいですか?」
「うん?」
「この神社は守矢神社の商売敵になることはなさそうです。それから、鬼を敵に回してはいけません。私をドキドキさせるのはまた別の機会にお願いします」
「……わかった、ありがとう」
冷や汗を垂らした早苗が離れると、萃香はコロコロと笑っていた。
「私の前で隠し事とは、なかなか命知らずだね」
「すみません、僕らも必死でして」
「本当に度胸がある奴だ。どこでそんな胆力手に入れたんだい?」
「……まあ、外の世界も外の世界で、なかなか鍛えられる場所だということですよ。図太さだけは折り紙つきですから」
「面白そうだ。一度行ってみたいね」
「遠慮ってご存知ですか?」
「アンタほどじゃない」
萃香はもう一度酒瓶をあおり、その中身を飲み干した。一升瓶であろうそれは、この会話が始まる前にはまだ半分ほど残っていたはずである。
とんだ飲兵衛だと思いながら、青年は口を開く。
「萃香さん、実は僕、紫さんが苦手でして」
「まあ、私も気に入らない部分はある」
「怒らないで聞いてくださいね? 今日僕らは、我々守矢神社が信仰を得る邪魔になりうるなら、この博麗神社をどうにかするように言われました」
「続けろ」
「ただ、考えた限りでは問題なさそうです。それより、あなたを敵に回したくありません」
「ま、こんな貧乏神社、誰も来やしないからな」
多少皮肉のこもっていた発言であったものの、萃香はそれを気にする様子もない。それによって、萃香は博麗神社の味方ではなく博麗霊夢の味方であることを青年は確信する。
だから、あとは青年にできる死に物狂いの交渉をするだけ。カードを切るのは今しかない。
「萃香さん、僕らとしても霊夢さんのことは心配です。だから、取引をしましょう」
「聞こうじゃないかい」
「海の上の空を飛べないから調べられないんですよね? なら、僕たちが海の方を調べますから、どうか守矢神社の味方をしてもらえませんか?」
「海の方は紫が調べるとか言っていたが、どういうことなんだ? それに、調べるにしてもどうやって調べるって言うんだ。まさか泳ぐとでも?」
「……申し遅れました」
ポケットから艦娘のカード――天龍と龍田を取り出してその場に実体化させる。
堂々たる態度の天龍、微笑に冷たさを感じさせる龍田の二人に囲まれながら、青年は躊躇いを含む言葉で告げた。
「自分は茅野守連――艦娘を預かる提督です」
してやられたな、といった表情の萃香。微笑むと同時に――
その雰囲気は、凶悪なものへと変わった。
013 発令、『紅号作戦』
自分は、この場でこの選択を取るべきではなかったのだろうか、と後悔しても遅い。
凍りつく博麗神社の客間。萃香から漂う怒りのようなモノは、青年にだって感じ取れる。その雰囲気に早苗も、天龍と龍田も警戒するのだが――。
一瞬見せた鬼の表情はどこへ行ったのか。瞬きをすれば、萃香はどこか楽しんでいるかのような表情に変わり、白い八重歯を覗かせた。
「ほーう、提督ってなんだい?」
「……大まかに言えば、軍艦を指揮する者のことです」
「なら、やっぱりあんたらは海に関係あるんじゃないか? 海が現れて、すぐにそれと関連する能力を持つ人間が現れるなんて都合が良すぎる」
「……本当に偶然が重なったとしか」
「海、あんたらが現れたこと、霊夢がいなくなったこと、関係性は?」
「身の潔白を証明するためにも霊夢さんは僕らが探します。これは紫さんにもできないことです。だから、守矢神社の味方になってくれませんか?」
「ふうん……?」
品定めでもするように、そして早苗に対しても同様にジロジロと見る萃香。しばしの間考え込むように腕を組んでいたが、やがて萃香は顔を上げて神社の外へ顔を向ける。
「魔理沙、いるんだろう?」
「……ああ」
突然、障子をゆっくりと開けて現れたのは一人の少女。黒と白の服に先の尖った黒の帽子。ウェーブがかった金髪が部屋に入る風とともに揺れ、少女であるにも関わらずどこか悲しみを含むその表情には不思議な魅力があった。
部屋を見渡し、萃香を視界に収める少女。一度目を伏せたかと思うと、心臓を貫かれるかのような鋭い視線が青年と早苗に向けられた。
「そこの四人の神社が妖怪の山にあるんだとさ。ちょっと山に向かって力比べしてきてくれないかい?」
「なっ――!? ど、どういうことですか!」
「あんたらの実力がわからないのに、そんな交渉に乗れるわけがないよ。もし弱いなら、力づくで言うこと聞かせる方がてっとり早い」
「……こちらには紫さんもいます」
「他力本願だねえ。あんまり情けないと、私が手を出しちゃうよ?」
「守矢神社の味方にはなってもらえないんですか?」
「私は霊夢の味方だ」
想定していない展開に、青年は歯噛みする。戦闘を起こすことなど、ましてや鬼を相手取ることなど全く考えていなかった。
妖怪の山に災いを持ち込むために、この場に来たわけではない。この少女二人に高圧的に接するつもりもないし、力で物事を解決する気もない。
紫の抱え込む謎を解明しに来ただけであるというのに、どうしてこのようなことになってしまったのだろう。日頃の行いが悪かったのだろうか。
「そこの子達は皆やる気満々みたいだけど?」
天龍と龍田は既に剣と槍をそれぞれ構え、薄目で萃香と魔理沙に相対していた。早苗は未だ座ったままであるが、その握った拳には力が入り、細かく震えていることがわかる。
「なあ提督。コイツさっきから弱いなら力ずくで言うこと聞かせるとか言ってたけどよぉ、こっちが力で言うこと聞かせればいいんじゃないか?」
「やめてくれ。分が悪いのはわかってるはずだ」
「勝てはしないけど、負けることもないわよ~?」
「龍田も落ち着いて」
自分のせいだ。
他人と腰を据えて話したこともないというのに、人の生命に関わることに首を突っ込んで。甘えているだけでは嫌だからと功を急いて格好つけて。挙句の果てに、恩を仇で返そうとしているこの始末。
自分はもしかして、大変な仕事を預かってしまったのではないか。と、今更になって気がついた。
どうするか、この場をどう収めるかを考えていると、ポツンと立っていた魔理沙が障子を閉めて部屋の中にちょこんと座る。
ゆっくりと、顔を上げる魔理沙。そして早苗に一度視線を送ったかと思えば、やがてそれは青年にも向けられた。
「なあ……アンタ」
「茅野守連です。お嬢さんは?」
「霧雨魔理沙だ。魔理沙でいいぜ」
「じゃあ魔理沙ちゃん、何が聞きたい?」
唐突なちゃん付けに魔理沙は不快感を覚えたのか、露骨に嫌そうな顔をした。が、ひとつ息をつくと、帽子のつばを下げ、顔を隠すようにして言葉が投げかけられる。
「霊夢の奴が海と何かしら関係あるっていうのは……多分間違いないと思うんだぜ。悔しいけど、私じゃ海の上を飛べないから手も足も出ない」
「それは……何か根拠が?」
「調べた結果だよ。霊夢を捜してるけど、一向に見つからない。幻想郷のほとんどを飛び回ったんだ。海だけまだ調べてない」
「……それで?」
「アンタなら。アンタたちなら……海を調べられるのか?」
顔を上げ、目尻に涙を浮かべて訴えかけるように声を絞り出す魔理沙。その様子に、その場にいた萃香以外は全員がドキリと胸を鳴らす。
早苗がハンカチを取り出し、魔理沙の涙を拭き取ろうとする。しかし魔理沙は触られることを嫌がったのか、ハンカチだけ受け取って涙を拭く。でも流石に鼻を噛んでいるのまで見ると逆に早苗が可愛そうである。
霊夢を探した、と語る魔理沙は、おそらく萃香が先ほど話していた捜索チームの一人。強さも折り紙つきと言えるのかもしれない。
萃香の同意が得られずとも、魔理沙の同意が得られればあるいは、と考えるのだが、仮に海を捜索するとしても、霊夢という少女が見つかる保証はない。
「調べるだけ調べてみるつもりです。ただ、どのぐらい海が広いのか、どのような怪物がいるのかは見当がつきません。それと、本当に霊夢さんが海と関係しているのかも――」
「あれだけ調べたのに霊夢がいないんだぜ! 霊夢はきっと海にいる! 海で独りになったから、私たちが助けに来るのを待ってるんだぜ!」
「……落ち着いてください」
錯乱しているのか、涙目で悲鳴を上げる魔理沙。
萃香の話が本当なら、霊夢がいなくなったのは6日前から11日前までの間。およそ一週間ほど行方不明ともなれば、心配する気持ちは青年としてもわからないでもない。
しかし、今自分に何がしてあげられるというのだろう。
「霊夢、どこに行っちまったんだぜ……霊夢、霊夢ぅ……」
「心当たりのある場所は全て調べたんですね?」
「当たり前なんだぜ! 伊達に霊夢の親友はやってない!」
「霊夢さんが嫌がるようなことをした覚えは?」
「しない! 絶対だ! 嫌がってるならあいつはすぐ口に出すし、それでも聞かないなら手を出してくるんだぜ!? 第一――私は霊夢のことが大好きなんだよ!」
それまで溜まっていた鬱憤を吐き出すかのように、魔理沙は叫ぶ。
よくよく見れば、魔理沙はあちこち汚れていた。スカート部分はいくつかほつれた場所が有り、靴も泥だらけ。手には生傷、顔は涙の跡。髪には葉っぱが引っかかっており、その髪すらもボサボサである。
気持ちを落ち着けてこそ気づけることもある。おそらく魔理沙は、それこそ草の根をかき分けるように探したのだろう。
親友と呼ぶまでの人物。ならば、調べた場所は山のようにあるはずだ。それでも見つからないとなれば、抱える不安は想像するに難しいほどだろう。
ボロボロの状態の魔理沙を汚らしいなどとは微塵も思わない。それは魔理沙が霊夢のことを心配したが故の結果であり、思いの強さであるのだ。
それほどまでに思われる、慕われ好かれる霊夢とは一体どのような人物なのだろうか、と青年は大きな興味を抱く。
同時に、青年は気づかれない程度に早苗に視線を送る。
中学校を卒業後、青年は早苗の前から姿を消した。お互いに友人として認識していたにも関わらず、一週間どころではなく6年間も。
早苗はどのような気持ちだったのだろうか。恨んでいただろうか、それとも待っていてくれたのだろうか、はたまた忘れていたのだろうか。
最初に出会った時に気付かれることがなかったのは、久しぶりだったからということもあるだろう。だから、早苗がどう思っていたかはわからない。
そうして初めて、神奈子や諏訪子はどのように青年のことを知らされていたのだろうか、そしてそれにどう思っていたのだろうかと疑問を抱く。
自分は守矢神社にとって何なのか。否、守矢神社にとって何“だった”のか。早苗の口からはっきりと聞かされたことはない。
自分は早苗にとってどういう人物であるのか聞かねばならないだろう。決して自惚れなどではなく、むしろ恐怖すら感じながら。
だが、それは今するべきことではない。
魔理沙をかつての早苗と同じような立場にさせてはいけない。魔理沙には、待ち人を待つのではなく、自分から追わせよう。
自身と早苗のことなど、それが解決してからでも決して遅くはない。事態が収束して落ち着いたとき、青年自身の口から話せばいい。
「魔理沙ちゃん」
「……魔理沙でいい」
「魔理沙ちゃん、とりあえず霊夢さんは僕らも探す。できることはするし、海の方は任せて欲しい」
「……1ヶ月以内に探し出せるのか? 紫はそれ以上の場合次の博麗の巫女の育成に着手しないといけないって言ってたんだぜ」
「……1ヶ月、か」
再び紫という言葉が場に出る。
博麗の巫女が世襲制でないと仮定するならば、おそらく才覚のある者が就くものなのだろう。そして、“紫が”育成をするということ。
紫と博麗神社には、少なくとも浅くない縁があるとみて間違いない。
紫が何を考えているのか、青年にはある程度予想はついてきた。しかし、紫を信じるかどうかはまた別の問題である。
「今、海の方の状況は決して優勢とは言えない。怪物がどこに現れるかは不明で、戦力も十分とは言えないんだ。だから幻想郷の実力者の協力が必要になる」
「で、それを私にやらせようっていうのか?」
「少し違うかな」
萃香の方を一瞬だけ見る。しかしその一瞬で視線を向けたことに感づかれたようで、萃香もまた青年の方を見る。
青年はその視線に応えるように、胸を張って口を開いた。
「幻想郷の皆さんには、少しの間沿岸の警備をお願いしたいんです。上空ならば怪物の攻撃が届くことはありません。そこから一方的に弾幕で攻撃してもらえれば、攻撃がはじかれることもありますが、決して被害は出ません」
「じゃあ、あんたらは何をする? 察する限り、事実上海の上で自在に戦えるのはそいつらだけみたいだが」
「沿岸の警備を任せられるなら“遠征”を行い、霊夢さん捜索と兼ねて近海の調査に乗り出します」
「……なんだと?」
青年が艦隊を運営する上で考えていたこと。それは、襲いかかってくる怪物を受動的に攻撃するのではなく、艦娘が能動的に海上を徘徊・警備することで沿岸部までの海域を安全地帯とすることであった。
近海が安全となるなら製塩の護衛をわざわざ付ける必要もなくなり、他の作業も行えるようになる。
加えて、更に艦隊を出せば海のその向こうを調べることができる。その向こうまでの海域を安全地帯としたならばさらにその向こうへ。
要約すれば、目的は“制海権の確保”。
現状では艦娘の人数が足りない。広い幻想郷の海をカバーするには人数も速度も足りないし、維持もできない。
しかし、現状を補うだけなら、空中機動力に優れる者が沿岸の警備に当たればどうだろうか。艦娘は安心して海の向こうへ進めるし、霊夢の搜索も可能となる。
「“今の”紫さんを信用するのは少し不安になりました。だから万が一に備え、守矢神社は守矢神社で独自に友好を築くことにします」
「海の情報を事実独占する立場か。スキマ妖怪を出し抜くには現状ではもってこいだな」
「出し抜くまでは考えていません。ただ僕らは自分たちの幻想郷での立場を安定させたいだけです。もちろん、霊夢さんの捜索は真面目にさせてもらいます」
その場に正座し、姿勢を正す青年。萃香と魔理沙をそれぞれ一瞥、ひとつ瞬きをした後に、両手をついてその頭を畳へと擦り付けるように下げた。
「だから、どうかあの場所を壊さないでください。僕は守矢神社に来ることができて、本当に幸せなんです」
目の前に映るのはくたびれた無数の畳の目。シン、と静まる空気が耳に痛みを感じさせ、息が詰まる様な空間を形成する。
そんな状況でも、青年の心は落ち着いていた。自分の頭一つで大切な場所を守れるなら、いくらでも下げてやるとでも言うように。
「土下座までして頼み込むことなのか?」
「土下座で済むなら、この安い頭ぐらいいくらでも下げる」
「……頭を上げるんだぜ」
魔理沙からの声に、青年は目線を下げたままゆっくりと頭を上げた。天龍、早苗は目を見開いて驚いており、龍田も薄目のまま青年を見つめている。
情けないと思われているだろうか。だが、それでも構わない。家族という地位を与えられた場所を守るためならば、と青年は口を開く。
「答えを……聞きたい」
「……萃香が言ってたのは、単純に性格が伴わない奴と約束をしたくないってことなんだ。霊夢がいなくてイライラしてたのもある」
「望むに見合うだけの実力が伴っているかわかりませんが、努力はします」
「紫の奴が認めるだけの神社なんだろ? それに、男が頭一つ下げてるんだ。なら――」
「私は」とまで魔理沙が口にしたところで、障子が勢いよく開く。
現れたのはこれまた少女。セミロングの銀髪に青と白を基調としたエプロンドレス。生真面目そうな雰囲気をまとっている人物のその表情は、決して穏やかとは言えないものであった。
「魔理沙! ここにいたの!?」
「咲夜、どうしたんだぜ? そんなに慌てて――」
「大変なのよ! 紅魔館が、お嬢様が!」
酷く狼狽した様子の咲夜と呼ばれる少女。魔理沙がそれを落ち着かせようとするも、それどころではないのか魔理沙の両方を掴んですがるように揺さぶる。
「しっかり話してくれ! 一体何があったんだぜ!? レミリアがどうした!」
「お嬢様が――紅魔館の皆が、海の怪物みたいな姿に――――っ!」
瞬間、青年の表情は凍りつく。
「チビども! 非常呼集だ!」
「先ほどの電文で準備万端です! いつでも出撃できます!」
早苗に抱えられ、鎮守府へとんぼ返りした青年。最高速での飛行に多少酔いを感じながら天龍と龍田を実体化させると、怒鳴り声のような号令が神社内に響き渡った。
当然である。“深海棲艦”が幻想郷の内陸部にまで侵入しているともなれば、それを撃退することが自身らの信用につながるのだから。
(まあ……放っておけないだけなんだけど)
深海魚のような姿、どこか軍艦と似た特性を持つ怪物。それらをまとめて“深海棲艦”と呼ぶことに決めた。
その中でも駆逐艦、軽巡洋艦と様々なタイプがあるために、ある程度似通った個体ごとに名前を当てはめる。そうすることで、敵戦力の把握がより一層簡単になるのだ。これは青年であっても、実際に戦う艦娘であっても同じこと。
まさか、海洋調査員としての知恵がここで生きるとは想像もしなかったが。
「待ってたよ、盟友」
「にとりさん、来てたんだ?」
「随分な物言いだね。折角便利なモノを持ってきてやったっていうのに」
「仕事が早くて助かるよ」
拝殿から現れたのはにとりと夕張。二人共何かをいじくりまわしていたのか、あちこちに油による汚れが付いていた。
にとりは技術屋、夕張は兵装実験軽巡洋艦。夕張は機械いじりが好きな一面があったらしく、今では意気投合して艦娘の艤装のメンテナンスをしている。
「じゃあ、確かに渡したよ」
「……何これ?」
「無線電信機さ! 受け取った電文は自動音声で読み上げてくれるよ! 入力は携帯電話のキーを使ってね!」
「あ、あれ……? 普通の無線機頼んでたはずなのに……」
そうして、逆パカ状態の片割れの携帯と、黒いカチューシャのような物を渡してくるにとり。青年はそれを受け取ると、困惑しながらも装着して付け心地を確認した。
艦娘が戦っている状況をある程度把握したい。その思いでにとりに通話できる無線機を作ってもらうように頼んだのだが――。
「ごめん、集積回路の部分がどうしても復元できなかったんだ。でも、艦娘は皆電文が打てるみたいだから、お兄さん許して!」
「そっか……ごめんね、無理を言って」
「ちなみに自動音声はゆっくりボイスさ」
「え、遅いの?」
「違うけどそういうことにしといて」
試しにと、電へ電文を打ってみる。
『好キナ食ベ物ハ何カナ』
『ナスハ嫌イナノデス』
まったりとしたやる気のなさそうな声がカチューシャ型のヘッドホンから流れてきた。読み上げ音声はともかく、こんなものでもあるだけありがたいと思い、青年はにとりへと感謝の旨を伝えるのであった。
守矢神社本殿の一室にて、早苗、神奈子、諏訪子と共に青年は座っていた。神奈子と諏訪子はどこかピリピリしており、傍から見ても何かに警戒しているような雰囲気が感じられる。
「あの、お二方ともどうされたんですか?」
「いやね、何か変な気が空気中に漂ってるのさ。結界は張り直したから心配ないけど、あまりいい気分にはなれないね」
「空気が汚れてるみたいなんだよね。理由がわからないけど」
若干緊張した面持ちの2柱。早苗も若干ながら何かに違和感を覚えているような様子だが、青年には何も感じられない。
いつまでも話を進めないわけにも行かないだろうと思い、青年は博麗神社で得た情報について簡単に説明する。
「結界の管理者の行方不明か……なるほど、それは私たちも困る。信仰が得られないから幻想郷に来たというのに元通り、では生きていけないからな」
「その霊夢って子がいる可能性があるのが海ってことなんだね」
「紫さんが示した期限は1ヶ月、それ以降は次期巫女の育成に入らないといけないということらしいです」
「ふうん……。ならカミツレ、アンタはあのスキマ妖怪をどう見る?」
唐突に質問をする神奈子。このタイミングでその質問となれば、おそらく神奈子も青年と同様の疑問を抱いているのだろう。
「正直、僕を引き止めたのは利用している部分があると思っています。いくら戦力になりそうとは言え、見ず知らずの人間を手厚く歓迎することはなかなか考えられません」
「“霊夢とやらを捜索するため”だけに幻想郷に残された可能性、というのもちゃんと考えてるみたいだね」
「気づいたときにちゃぶ台を叩いてしまうぐらいには」
「それはちょっと見てみたかったな」と、神奈子は口角を上げる。
『紫様はあなた方を害するつもりは一切なく、敵ではありません。むしろ、何かあれば必ずあなた方の助けになるでしょう』
藍の言葉を信用するのであれば、紫は味方であるように伺える。しかし、敵ではないと言っているだけで、味方であるとは一言も言っていない。
ただ利用している可能性は否めないし、霊夢を捜索する手段としての価値のためだけに残された、優遇されたと考えても反論は考えつかないのだ。
霊夢を捜索する、という紫の意思の下で働くなら助けになる。だがもしも歯向かうなら、紫の意思に背くならば、それは見放されるのと同義なのかもしれない。
思い違いならそれでいいが、確たる証拠もないために青年は揺れる。
「で、この空気について何かわかるかい?」
「妖怪の山の麓にある紅魔館という洋館とその周辺で、生物が深海棲艦に変化するという異常事態が発生しているそうです。僕にはわかりませんが、おそらくそれかと」
博麗神社に現れた人物は十六夜咲夜。今異常が起きている紅魔館でメイド長を務める人物であり、異常を発見した最初の人間。
博麗霊夢の捜索チームの1人であり、今日も捜索をしていたのだという。昼時に昼食を仕込みに戻った時は何もおかしな点はなかったが、搜索から帰って紅魔館に戻るとほとんどの人物が深海棲艦と化していたらしい。
紅魔館の近くに、霧の湖と呼ばれる湖がある。深海棲艦となった者たちはそこに集まっており、自我が強い者は陸上ですら活動しているという。
「ただの不思議な現象なら見逃すべきだが、深海棲艦が現れた以上、艦娘を擁する我々としては無視できないだろうな」
「僕もそう思います。ただ、気になることが一つ」
「人間、妖怪、妖精の深海棲艦化、か」
「原因がわからない以上、僕らに飛び火してくる可能性も考えられなくはないです。それに、深海棲艦になった人たちを、攻撃した後に考えられる可能性……」
あるいはこれが深海棲艦による侵攻なのか。もしくは原因は別のところにあるのか。情報が少なすぎるために、迂闊に手出しもできない。
そう、思っていたのに。
「んじゃ、早苗と一緒にさっさと叩いてきな。諏訪子はお留守番だけど、私も後で向かうから」
「…………は?」
「責任は私が持つ。今はこの事態を一刻も早く収束させることの方が大事だ。ボヤボヤしてると、同盟を結んだ山にまで被害が出るんだ」
「ほ、本気で言ってるんですか?」
「冗談では言えんさ」
仕方ない、とでも思っているのか諏訪子がため息をつく。既に2柱の間で意思を共有しているのかは知らないが、その様子からを見ると二言は出てこないだろう。
万が一自らも深海棲艦のようになってしまったら。倒すというのは殺すということ。自身も殺されてしまうのだろうか。
あるいは、自身が早苗を殺すことになってしまうのだろうか。神奈子を、諏訪子を。艦娘を殺すことに――。
「……後悔、しませんね?」
「多少の無茶は覚悟の上。今までが上手くいきすぎた。神を侮らないことだ」
「……では、諏訪湖から流れる川のルートで向かいます」
青年は苦々しく思いながらも強く頷き、早苗と共に立ち上がる。不安は拭いきれていないものの、考えすぎていても何もできない。
神奈子のような度胸の強さは自分に足りないところだな、とも思うが、強気になりすぎて誰かを失うことは最も避けねばならないだろう。
だが、自分が未熟であることなど、自分自身が一番よく知っている。
「あまり一人で悩まないでくださいね?」
「……ありがとう、さなちゃん」
まるで心の中を見透かしているかのような早苗の言葉に青年は一瞬固まるも、その気遣いに心が安らぐのを感じて言葉を漏らす。
もしかしたら、この戦いの後には、結果として業が生まれてしまうのかもしれない。恨まれ、憎まれ、疎まれて、突き放される。
(責任は……僕にある)
望むところだ。生まれてこのかた、負の感情ばかり押し付けられてきたのだ。今更悪口の千や二千程度で怯むほど臆病ではない。この叩きのめされた精神に、まだ叩くところがあるなら叩いてみせろ。
いざとなったら自分の首ぐらい差し出してやるさ、と。
拝殿を出て、整列する艦娘たちの前にて、青年は頭の中を整理しながら作戦を伝達する。
「場所は紅魔館! 目的は周辺水域に居座る深海棲艦の撃滅! 皆の健闘を祈る!」
「提督よぉ、大事な戦いなんだ。作戦名ぐらいつけてくれよ」
「え、あ……じゃ、じゃあ、『紅魔館の人たち救出作戦』でどうか――」
「聞いたかオメーら! 『紅号作戦』が発令された! 艦隊抜錨! オレの旗に続け!」
『はーい!』
こうして締まりのないまま、戦いは幕を開けたのである。
さて、次回以降は皆様お待ちかねの“東方VS艦これ”でございます。
自分もウンウン唸りながら書いておりますので、遅れてもどうか許してクレメンス。 014 暗闇より出でし暗闇
闘符『水雷戦隊』
――軽巡『夕張』
駆逐『吹雪』『叢雲』『漣』『電』『五月雨』
軽符『第十六戦隊』
――軽巡『天龍』『龍田』
守矢神社の近くにある湖より、霧の湖と呼ばれる場所へ流れる川。その川の上空で、青年は早苗に抱えられて空を飛んでいた。
時は夕刻。清流のせせらぎと、茜色に染まりつつある夕空が気分によっては絵画の如き印象を与える景色だが、残念ながら取り巻く問題が青年にそれを許しはしなかった。
遠くから響く爆発のような音。心に不安という矢を突き刺すには、十分すぎるものである。
『我ガ艦隊、河川ノ流レト共ニ急行中。提督ノ判断ヲ乞ウ』
「ん? あ、夕張からだ。ええっと、『ソノママ霧ノ湖ニ進撃シテ下サイ。敵艦ヲ発見シタラ戦ッテネ』、と。こんなんでいいのかな?」
カチューシャ型の電信機から読み上げられる夕張の意見。そのまったりとしたボイスだけは如何ともしがたいのだが、やはりこうして直接連絡を取ることが出来るのは青年としても諸手を挙げて喜びたいところである。
下を見れば、艦娘達から手を振られていた。ちゃんと見守っていることを伝えるためにも、ぎこちない微笑みを浮かべつつも小さく手を振る。
「ちょ、ちょっと待ってぇ、置いてかないでよぉ!」
夕張だけ遅れているのは気のせいなのだろうか。一応二個艦隊の旗艦を任せているはずなのだが。
(本当に大丈夫かな……)
夕張型軽巡洋艦一番艦、夕張。コンパクトなボディに重武装が特徴であるが、その分重量、排水量と機関に問題を抱えており、速度は一般的な軽巡洋艦より僅かに劣る。
「み、みんなごめんね」
そのため、艦隊運動の際に旗艦を務めると、僚艦が彼女の速度に合わせなければならなくなる。
艦娘ごとの特徴を把握していなかった自分の責任だな、とも思い、青年は心の中で小さく夕張に謝った。
この異変。神奈子の案としては、神奈子が周辺捜索を行い、原因かそれに準ずるものを調査し、青年たちは守矢神社の湖から霧の湖へつながる川を利用して紅魔館に向かうというものである。
よって、青年と早苗、艦娘に与えられた目的は、移動中に守矢神社の湖へ向かおうとする深海棲艦がいればそれを撃退しつつ、先行しているであろう魔理沙や咲夜と合流することである。
「さなちゃん、紅魔館っていうところについて何か知ってる?」
「はい。射命丸さんとの話し合いの時に、幻想郷のことについて色々聞かせてもらいました」
「結界を壊したことは許せませんけどね」とぷりぷり怒りながら、早苗は思い出すように続ける。
「妖怪の山の麓にある洋館で、吸血鬼の少女が主人を務めているそうですよ。吸血鬼は姉妹で、使用人としてメイド、門番、それから大きな図書館も内蔵しているとのことです」
「……吸血鬼、ねえ」
「フフフ、この体勢。私もカミツレさんの首筋を狙えるんですよ?」
「そういうのはちゃんと相手を選びなさい」
と、青年が苦笑してそのからかいを制したのだが、返す早苗の反応は唇を尖らせる、といったものであった。理由は不明だが拗ねさせてしまったらしい。
吸血鬼、と聞いてすぐに思いつくのはやはり吸血鬼ドラキュラ。ヴラド・ツェペシュをモデルとした吸血鬼の小説である。
外の世界において様々な超常現象に遭遇した青年でも、流石に吸血鬼と出会ったことはない。ただ、その噂はよく知っている。曰く、心臓に杭を打たれると死ぬ。銀の弾丸を受けると死ぬ。日光を浴びると死ぬ。十字架が嫌い。流水が嫌い。ニンニクが嫌い。香草が嫌い等々……後半は子供かよ、と思う部分もあるのだがそれはさておき。
他には、男の吸血鬼は処女の血を好むとか。仮に異性の血を好むということであれば、その吸血鬼の少女が好むのは――。
と、そこまで考えたところで思考を捨てる。考えたところで埓が明かないし、それ以前に深海棲艦化しているのだ。まずはそこからどうするかを考えることが必要だろう。
「メイドっていうのはあの咲夜さんって人?」
「はい、おそらくは」
「昼食を作りに戻った時は何もなかったみたいだから、その間に何かあったって考えるのが妥当なのかな」
日頃の哨戒は紫や藍が行っている。そのため、何かあれば知らせに来るのは間違いない。
考えられるのは、深海棲艦が新たな方法で攻め込みに来たということ。目的も何も不明な彼らだが、明確に攻撃の意思を示しているために応戦せざるを得ない。
深海棲艦と化した人々も、襲って来るのだろうか。その場合、戦えばどうなってしまうのだろうか。
考えうる最悪は生命の損失、すなわち――死。
だが、そこに現れた恐怖は、苦悩をあざ笑うかのごとし。
『艦隊旗艦夕張。我、敵艦ヲ発見セリ』
「なん……ですかあれは……」
誰もが、その姿を目で追った。釘付けにされ、離すことなどできなかった。
遥か遠く、夕日に重なるようにして、仁王立ちするかの如く顕在する深海棲艦。
一瞬、少女が見えたかのように空目した。しかし、そこに存在したのは単独、たった1体の駆逐艦級――“駆逐イ級”であった。しかし、どうにも様子がおかしい。
(遠くに居るからわかりにくいけど……目が赤い?)
その瞳。憤怒に呑まれたかのような赤みを帯び、ゆらゆらと川の流れに揺れるごとに、体の周りに纏う陽炎の如き深紅が揺れる。
その威圧感たるや、青年がかつて幻想郷に来た日に目前にした深海棲艦とはまるで違う。研ぎ澄まされた、もっと洗練されたかのような怨恨。
「カミツレさん、マズいですよ」
「あんなの相手にしたくないんだけどなあ……」
目蓋を震わせる早苗。返事こそしたものの、青年も内心穏やかではない。
おそらくあれは、深海棲艦と化した幻想郷の住民だろう。だが、果たして本当に戦ってもいいものだろうか。
などと未だに悩む青年を取り残して、深海棲艦はその主砲をためらいなく発射した。
『回避運動。急イデ距離ヲ取ッテ』
悩む暇は与えてくれないらしい。やらなければやられるという、明確な事実。
艦隊が深海棲艦から十分な距離を置いて、自身らも十分な高度を維持した。ある程度安全な位置まで移動した時に、夕張から電文が入る。
『提督ノ判断ヲ乞ウ』
『皆ハドウ思ッテルノ』
『正体不明ニツキ懸念アリ。命令アラバ戦闘ニ移行ス』
不安があるなどと言われてしまっては、青年も命令が出しにくくなってしまう。実際どうなのだろうか、と思って川を航行中の艦隊を見れば、確かに警戒している様子が見られた。
艦娘の士気が低下しているのはよろしくない。このまま仮に戦闘を命令すれば、思わぬ被害が出るだろう。
なら、何をしてあげれば、艦娘の皆はやる気を出してくれるのだろう。
『提督ヨリ達ス』
艦娘は命を賭している。それは彼女たち自身が掛金になることと同じ。
『今回、全テノ戦闘終了後』
自分の命令で、彼女たちはそうして戦っているのだ。
『最モ活躍シタ子ヲMVPトシテ選ビ』
ならば、自身もそれに全力で応えよう。代え難い貢献には、代え難い感謝を以て報いねばなるまい。
『僕ガソノ子ノ願イヲ一ツ、出来ル限リノ範囲デ叶エマス』
電文を打った後、下方の川から大きな音が聞こえる。騒ぎ立てるような声が耳に届いたため、どうしたのだろうと思って下を見れば、艦隊は既に単縦陣を敷いて敵艦に向かい始めていた。
(まだ命令してないんだけど……)
やんややんやと騒ぎながら敵艦へ向かっていく艦娘たち。先程までとは違い、旺盛な士気に満ち溢れているようだ。満ち溢れさせた原因がそれでいいのだろうかとも思うが。
『司令官トノデートヲ希望シマス』
「あれ、これ誰だろ? 吹雪?」
『好キナダケ機械弄リシタイデス』
「夕張? お堅い文章以外も打てるんだ……」
『チクマ大明神』
「誰だ今の」
油断だけはしないようにと追加で電文を打つと、「はーい」と大きな声が川から響いてきた。
(や、やる気が出たならいいけど)
青年も半ば頬を引きつらせながら手を振り返した。無事を祈るばかりである。
攻撃された以上、倒す他ない。それが艦娘のためであり、早苗のためともなる。同時に、完全に正しい、全てを手に入れようとする選択肢などないのだと、青年はようやく理解したのだ。
ふと、早苗に満面の笑みで見つめられていることに気づく。誰が見ても、それは何かを企んでいると思しき顔に見えることは間違いない。
「カミツレさん。活躍した子には何でもするって言いましたよね?」
「え……いや、その……」
「“艦娘の子達が”、とは言っていませんよねー?」
「え、あの、さなちゃ――」
その瞬間、世界がブレる。
青年が幻想郷に来た日にも味わった、立体的な高速機動。それは、先日博麗神社に連れて行かれた時の比ではない。
赤い駆逐イ級が早苗に気づき、その口から砲撃を行うも、早苗は回避。その上空に達した時、早苗は豊かに実った懐から一枚の札を取り出した。瞬間、その札は輝き出す。
秘術『グレイソーマタージ』
早苗が使用したスペルカード。弾幕で形作られた赤と青の星が重なり、周囲へ拡散したと思えば更に星が形作られ、放射状に放たれる。
最初の弾幕が向かっていくのを確認した時に、早苗は既に二度目の星を形成していた。そして、三度目の星が広がり、赤いイ級へと着弾する。
大きな音の連なりと水柱。上空にいる青年と早苗のところにまでその飛沫が舞い上がるが、そんなものを気にしている余裕はない。
弾幕は針の穴を通すような精密攻撃ではない。幻想郷におけるスペルカードルールとは、あくまでもお遊びとしてのルール。避けられる隙間を適度に作り、かつ広範囲にばら撒くものである。
早苗の弾幕も、水面に吸い込まれていくものがほとんどであった。しかし、面制圧という形で押さえ込まれたイ級は、少なくとも大破程度にまで追い込まれているだろう。
水柱が収まり、その中から赤い駆逐イ級が姿を現した。だが、先程まで抱いていた期待は水泡と化す。
「小破止まり……」
多少甲殻が剥がれた程度。早苗もまた、驚きを隠しきれていないようだ。
いかに機動力に優れる駆逐艦とはいえ、すべての弾幕を避けたわけではないだろう。考えられるのは、装甲によるダメージ緩和。
しかし、昨日藍の弾幕が駆逐艦級の装甲を貫き、それこそ大破にまで追い込んでいたことは、青年だけではなく戦っていた艦娘も知っている。
当たり所が悪い、では説明がつかない。早苗のスペルカードは少なくとも三度に渡って広範囲高密度の弾幕を放っているのだ。
と、そうやって悩んでいれば、赤い駆逐イ級が動き始めた。
動きこそ、早苗の空中機動力をもってすれば速いとは言えない。口からの砲撃が行われるも、高速飛翔中の早苗に当てるなどまず難しい。
対空砲でもあれば話は別だっただろうな、と青年は胸を撫で下ろす。
艦娘の記憶から得た知識の限りではあるが、対空砲や対空機銃でハリネズミのような敵艦だったならば、いかに空を飛んでいようとも脅威となる。
だが、いくら装甲が多少厚いとは言えイ級はイ級。十分な対空性能を備えていないことは幾度にも渡る戦いの中で知っている。
――が、青年はとある可能性に行き着いた。
「さなちゃん、一旦離れて」
「え、そ、そんなぁ……。急に言われても今は降ろせませんよ?」
「違う、あのイ級から距離を――」
夜符『ナイトバード』
直後、駆逐イ級から三日月状の青色と緑色の弾幕が交互に放たれた。狙いは早苗であり、そして抱えられた自分。
早苗は青年が言葉を紡ぐより先に体で理解したのか、目視の後に急いで距離を取り始めた。その速度の変化に、青年は内蔵を圧迫されるような感覚を覚える。冗談抜きで、イ級よりも早苗に殺されるのが先かもしれないな、などと考える暇がある分、まだまだ自分には余裕があるのだろう。
気づいたのは本当に偶然である。赤い駆逐イ級を目撃したとき、一瞬だけ少女が見えたこと。そして、幻想郷の住人が深海棲艦と化していること。
つまり深海棲艦は、深海棲艦化させた者の能力まで使う可能性があるのだろう。
「さなちゃん、牽制しながら回避! 絶対に攻撃を受けないで!」
「わかっています!」
『宛、夕張。敵イ級、装甲強化型ノ可能性アリ、軽巡ノ主砲デ貫徹ヲ試ミテ欲シイ。コチラハ弾幕ヲ上空ニ引キ付ケル』
『了解』
早苗が星型の弾幕を放つ。その攻撃は赤いイ級に避けられてしまったものの、その注意を艦娘から逸らすことには成功したらしい。
再び、駆逐イ級から弾幕が放たれる。それは野球のボールほどの大きさのものであったり、直進するレーザー状のものであったりと様々。それらを目の当たりにする、スレスレで早苗が回避するのだが、その規則性や輝きに、青年はどこか芸術に似たような物を感じていた。
交戦距離に侵入した艦隊は、やる気に満ち溢れている天龍が最初に砲撃を始めた。続いて龍田、夕張が砲撃を行う。少し間を置いて、駆逐艦が砲撃を行った。
軽巡3人による砲撃は1発、駆逐艦の砲撃は2発が着弾した。爆音とともによろめくその姿を見れば、ダメージを与えていることぐらいわかる。しかし、駆逐艦の砲は弾かれてしまったために、やはり軽巡が要となるらしい。
『夕張ヨリ提督ヘ。好キ勝手ヤッテ構イマセンカ』
『怪我シナイヨウニ』
軽巡の砲撃が装甲を貫徹するならば、この場は彼女たちの砲撃に任せよう。自分たちに出来ることは、艦娘にイ級の弾幕が向かわないように引き付けることだ。
だが、既に遅かった。軽巡洋艦の砲撃を一度受けた駆逐イ級は、破損した自身の魚雷発射管を投棄し、川の流れに逆らうように上り始める。
「さなちゃん!」
「わかっています!」
早苗が再び、星型の弾幕を放つ。今度は命中したものの、イ級は止まらない。
急に接近してきた赤いイ級に驚いてはいるものの、艦娘たちは慌てず、それぞれの仕事をこなしている。
軽巡洋艦3人による連続砲撃、駆逐艦3人による近距離砲撃。そして、残る2人が魚雷を発射する位置に達した時――。
闇符『ディマーケイション』
赤いイ級は、砲撃によってボロボロになりながらも弾幕を放った。
赤と緑の楕円形の弾幕が交差しながら波状に展開する。そしてそれは、魚雷を発射するために接近していた吹雪と叢雲を襲った。
バリアのように装甲が起動し、弾幕をあらぬ方向へと弾く。しかし一発だけではない。
何度も何度も、弾幕が襲うたびに、吹雪と叢雲は回避行動を取りながら装甲で弾幕を阻み、進んでいく。
だが終わらない。その波状攻撃と共に、こぶし大ほどの青い弾幕がまるで魚の卵のように集まり、早苗を正確に狙って襲って来るのである。
その攻撃に当たるまいとして、早苗は今までより速度を上げて縦横無尽に回避した。そして、その早苗に抱き抱えられている青年の様子は言わずもがな。
(あ、あれ? 僕ってこの戦闘についてくる意味あったのかな……?)
雨あられと襲い来る弾幕の中、吹雪と叢雲が弾幕を回避しながら前進しているのが揺れる視界の中で見える。しかし、早苗の速度がさらに上がり、もう何も見えない。
――やがて、遠くで聞こえる爆音と瀑布のような音。鳴り止みゆく砲撃音。落ちていく早苗の飛行速度。
頭を振って視界を安定させる。そして目の前に飛び込んできたのは、深海棲艦の姿が消え、艦娘たちが怪我もなく残心に浸る光景であった。
『味方ノ損害ハ軽微。継戦ハ可能』
『了解、オ疲レ様。各艦ヘ、今ノ戦闘区域ヲ探索シテ欲シイ。手ガカリニナル何カガ見ツカレバ嬉シイ』
『探索ヲ実行ス』
結果として倒すことができたのは艦娘の安全には貢献しただろう。皆が無事であることは素直に嬉しいし、青年としても考えるべきことはそこが第一である。
しかし、その結果として深海棲艦化したであろう何者かを、見捨ててしまったことには変わりない。
その責任は艦娘のものではない。指示を出したのは自分であり、誹りを受けるとすれば自分であり、罵られるとすれば自分。罪は己のものだ。
もし禍根が残る形で事が収まるようであれば、その非難は自身が受け止めるしかないだろう。
「カミツレさん。あなたは何も間違ったことはしていませんよ?」
「……うん、ありがとう」
心を見透かすかのように、早苗に声をかけられた。まるで準備していたかのようなタイミングだが、その気遣いが本物であることなどは考えるまでもない。
『電ヨリ提督ヘ。我、人ノヨウナ者ヲ発見ス』
人のようなもの、という言葉に青年は最悪の状況を考える。すなわち、攻撃を受けたことによる怪我、その結果としての“死”。
『詳細ヲ聞カセテ』
『怪我ラシイ怪我ハナイノデス! 生キテイルノデス!』
その言葉に、青年は心から安堵する。思わず体の力が抜け、全身がずしりと重くなったように感じた。
『深海棲艦ジャナイノ?』
『夕張デス。面影ハ全クアリマセン。小サナ女ノ子デス』
早苗にそれを伝えると、早苗も安心したようで徐々に高度が下がっていく。あまりにもフラフラと浮くために指摘すれば、すぐさま元の高度へと戻った。
艦隊に囲まれている、その子供の姿を捉える。確かに、黒い洋服とロングスカートを着た、金色のボブカットの少女がそこにはいた。意識を失い、水に濡れてぐったりしている様は見ていて痛々しい。
「カミツレさん、あれは妖怪みたいですね」
「妖怪? ああ、紫さんや藍さんみたいな……」
「種族は違いますが、総じてなかなか死にませんよ。大丈夫です」
全てを理解したわけではないが、早苗の言いたいことはある程度理解できる。だが、いくら死の概念がないとはいえ、それが遠慮なく攻撃していい理由になるとも思えない。
だが――
(深海棲艦化した場合、倒せば元に戻るってことか?)
早合点かとも思う。しかし、深海棲艦を倒した結果、深海棲艦化したと思われる者たちが、元の姿と思わしき姿を取り戻している。
無論、例外もあるだろう。もしかしたら、今回がその例外かもしれない。
ならば、ひとまずその少女の様子だけでも確認しに行こう。もしかしたら、謎の深海棲艦化について、手がかりを得られる可能性もある。
「さなちゃん、腕も疲れたよね? 一回降りよう」
「……えー。カミツレさんはケチです」
「確かに僕はケチだけど……え?」
そう言って、早苗は少し不満そうな顔をしながら高度を落として。
岸辺に寝かされた少女の元へ、青年と早苗は降り立った。
「吹雪、叢雲。接近していたけど怪我はない?」
「はい、装甲は貫通しなかったので大丈夫です!」
「怪我なんてしないわよ、あのぐらい」
「そっか……本当に良かった」
一つ息をついて、青年は胸をなでおろした。
振り返り、青年は黒いワンピースを着た少女の傍にしゃがむ。その顔を覗き込めば、衰弱しているのか、弱々しく気を失っている様が目に飛び込む。
「しばらく目を覚ましそうにありません」
「そっか、ちょっと残念だ」
「それから不思議なことに、さっきまでの戦闘の傷が、綺麗さっぱり残っていないんです」
「……ふうん?」
少女の頬をペチペチと叩く。それでも反応がないため肩を揺すってみるも、やはり目を覚ます様子はない。
どうしたものか、と青年は悩む。これでも急ぎで霧の湖へと向かっているため、少女を同行している暇はない。かといって、気絶した少女を自然の真ん中で放置するのも良心が咎める。
腕を組んで唸り声を上げていると、漣がゆっくりと岸辺に近づいてきた。その手には、何かが握られている。
「ねえご主人様、新入りみたいよ」
「……これって」
漣に渡されたその艦娘のカード。それは、表も裏も、否、表か裏かわからないほど真っ黒に染まっていた。何を示しているのだろうか。もしかしたらこのカードの艦娘には何か異常があるのだろうか、とも疑う。
(考えられるとしたら、艦娘自身に異常があるか……もしくはあの少女の能力か何かが関係してるのかな?)
何せ、記憶を読み取ることができないのは初めてなのだ。読み取ろうにも、黒いもやがかかったようにその先へ手を伸ばすことができない。宵闇に紛れて身を隠すその記憶を知りたい、知っておきたい、受け入れたいというのに。
現状の戦力は乏しい。軽巡洋艦3人と駆逐艦5人。物量で押せるうちはまだいいが、一人一人の装甲はそれほど強力ではない。
早苗のサポートにも限界がある。今の状況からすれば、戦力が1人でも増えるというのなら疑心を抱いている場合ではない。
「ども、恐縮です、青葉ですぅ! 一言お願いします!」
身構えていたにも関わらず、現れたのは快活な艦娘であった。少女と呼ぶには大人びているが、大人と呼ぶには幼さが残る顔立ち。銀色のようなセミロングの髪の毛を後ろで束ね、その瞳は爛々と輝いていた。
艤装の規模を考えれば、軽巡よりも少し大型――いわゆる重巡洋艦であることが考えられる。
軽巡よりも砲戦に重きを置いた重巡洋艦の着任。思っていたより、彼女は艦隊にとって大きな戦力となってくれそうである。
と、思っていた。
「あ、青葉、さん……」
「青葉……」
「え? あ、吹雪さんと叢雲さん……」
だが、そんな青年の考えは吹き飛ばされる。吹雪、叢雲、そして新たな青葉という艦娘との間で、青年の目の前で重く押し掛かられるような暗い雰囲気が流れていた。
「あの……。その……。青葉は――」
「……いえ。失礼します」
「あっ……」
青葉は身振り手振りも交えて何か話をしようとしていたが、吹雪が言葉を飲み込むように首を振り、その場から離れていく。
「私は……あんたのことは別に気にしてない。ただ、私も助けられなかったけど、古鷹にはちゃんと謝った方がいいわ。ここにはいないけど」
「…………はい」
そう言って、叢雲も去っていく。
何が起きているのかわからない青年は、目の前で起きる艦娘同士の初の諍いに呆然とするばかりであった。
「えっと……青葉?」
「は、はい! あっ、司令官ですか?」
「うん、僕が提督の茅野守連。青葉は……重巡洋艦だよね?」
「はい! 旧型の重巡ですが、十分に戦ってみせますよぉ?」
軽巡洋艦より排水量が多く、より強力な主砲を搭載した艦が重巡洋艦である。速度こそ軽巡洋艦に劣るものの、全体的に非常にバランスの取れた艦種であり、戦艦や空母と呼ばれる艦種の次に主力とされた。
(……頼もしいけど、吹雪や叢雲とは過去に何があったんだろ)
記憶を知らなければ何もできないのか、などと無力さを思い知るのに加え、現実が急を要していることに急かされる青年。
「急にごめん。この艦隊についてはまたゆっくり説明するよ。今は一人でも戦力がほしいから、戦ってくれる?」
「はい、青葉でよければ戦いましょう!」
だからこの時は、青葉を知ることを後回しにするしかなかったのである。
暗闇を見つめることを――ためらってしまって。
着任
青葉型重巡洋艦一番艦『青葉』
やっぱり、扶桑姉妹の水着グラを……最高やな!
目前着任:序章:特Ⅰ型駆逐艦一番艦『吹雪』
特Ⅰ型駆逐艦五番艦『叢雲』
特Ⅱ型駆逐艦九番艦『漣』
特Ⅲ型駆逐艦四番艦『電』
白露型駆逐艦六番艦『五月雨』
天龍型軽巡洋艦一番艦『天龍』
司令長官『茅野守連』
第一章:天龍型軽巡洋艦二番艦『龍田』
夕張型軽巡洋艦『夕張』
015 凍てつく記憶
少女は岸辺に放置することとなった。早苗曰く、「ある程度力のある妖怪なので放っておいても大丈夫です」とのこと。妖怪のとはいえ少女を一人放置していくことに後ろ髪引かれたものの、それはそれで早苗のお気に召さなかったらしい。
艦隊の隊列を組み直して川を下り、早苗は上空へと向かう。もちろん、青年は早苗に抱えられていた。
『我夕張、敵艦見ユ』
「カミツレさん、敵です!」
やがて来たる次の敵。目で追わずとも、その威圧感だけは肌で感じられる。
川の彼方には、2体の深海棲艦が厳然として存在していた。
赤い駆逐ロ級が1体と、赤い駆逐ハ級が1体。やはり少女のような姿が見えた気もしたが、先ほどの戦いで攻撃をされている以上、最早迷いなど持ちようがない。
「さなちゃん、僕のことは気にせずに遠慮なく」
「弾幕を引き付ければいいんですね? わかりました」
『艦隊ヘ。弾幕ハ気ニセズ攻撃セヨ』
『夕張、了解シマシタ』
瞬間、視界がブレた。そして、耳に聞こえる風を切る音の中に、早苗の吐息の音が添えられる。
「先ほどのようにはいきませんよ!」
視界が安定したかと思えば、今度はほぼ真っ逆さまに落ちる。否、若干角度はついているものの、滑空しているかのように空を駆る。
耳元で聞こえた早苗の叫び声。それをうるさいと思う暇はなく、目の前に突然2体の赤い駆逐艦が現れていたことに青年はしばし硬直。
視線と視線が交わされる。時が止まったようにすら感じた。
「あ……ど、どうもぉ――ぉッ!」
そして時は動き出す。すぐさま上空へと舞い上がり、早苗は上空へと退避。
下方で響き渡る爆音。そこには、赤い駆逐ハ級がすでにボロボロの状態で大破している様が見て取れた。
『夕張ヨリ提督ヘ。早苗ノ急降下爆撃ノ効果絶大。第二次攻撃ヲ求ム』
「急降下爆撃……? だってさなちゃん」
「わたしがですか?」
「ちなみにさっき、何したの?」
「急いで接近して、そのまま弾幕を近距離で放って逃げたんですよ?」
その説明を聞く限りでは、確かに急降下爆撃のようだ、と納得する。距離による弾幕の威力の減衰や拡散を考慮して突発的に行動したというのであれば、そのセンスはすさまじいとすら言えるだろう。
同時に、藍の弾幕がいかに規格外であったかも思い知ることになったが。
「もう一度行きますよ。舌を噛まないようにしてください!」
『夕張ヘ。第二次攻撃ノ用意アリ』
『了解。全艦、近接戦闘用意』
と、夕張の返事を聞く頃には、既に早苗は弾丸のように飛び出していた。
二度も同じ手は受けないとでも言いたいのだろうか、無傷の駆逐ロ級が早苗に対して向き直る。
――その瞬間、身体が文字通り凍り付くような恐怖を脳で感じた。
雪符『ダイアモンドブリザード』
突如、赤いロ級の周りから視界を覆い尽くすほどの弾幕が展開される。いや、弾幕というよりは氷の結晶のようなもの。
その弾幕に周期性はほとんどなく、無造作にばら撒くように展開される。それはさながら、雪国における冷徹で容赦のない猛吹雪のように。
「さなちゃん!」
「う、く――なんのぉっ!」
早苗は弾幕を右肩に受けてしまった。巫女服が破れ、赤くなった肌が露出する。
だが、突貫する勢いが弱まることはない。先程同様、上空より急角度にて接近した早苗は、赤いロ級に最接近した瞬間に弾幕を張り、振り子のごとく上空へ舞い上がる。
大破した駆逐ハ級と、今しがた中破した駆逐ロ級。そこへ向けて、軽巡3人による砲撃が行われる。
鼻につく硝煙の匂いと、耳に残る砲撃音。
『我天龍、敵艦ヲ撃破セリ』
下を見れば、すでに砲撃により駆逐ハ級は倒されていた。その場には緑の髪の少女が浮かんでいるのを確認した後、残るロ級へと砲が向けられる。
駆逐艦たちは更に接近する。その中でも、吹雪は艦隊運動を外れて突出していた。
「吹雪ちゃん戻って! 一人じゃ危ない!」
だが夕張の話を聞いていないのか、吹雪は更に前へ進む。
吹雪は主砲を放ちつつ、赤いロ級へ向けて速度を上げた。ロ級の口から放たれる砲撃を巧みに回避しながら、吹雪は魚雷を発射する体勢に入る。
が、赤いロ級が氷の如き弾幕を放つと、吹雪は2発を被弾してしまう。魚雷発射管を破損したらしく、負傷によりその速度も落ちてしまった。
(まずい、吹雪が――)
接近したというのに、魚雷を発射することができない。主砲は稼働するものの、赤い駆逐ロ級に対して有効的なダメージを与えること叶わず。
孤立した吹雪。駆逐ロ級の方が向けられ、そして――
(――ッぃ!? な、何の音!?)
鼓膜が破れるのではないかとさえ思った、重巡洋艦の砲撃音。
青葉の放ったその攻撃により、赤い駆逐ロ級は一撃で沈黙した。
吹雪は、目前で倒れた深海棲艦が青い妖精に変化していくのを見ながら、一人呆然として立ち尽くしていた。
漣、五月雨が吹雪の元へ水上を滑り、腰が抜けかけている彼女の肩を左右から支えた。水上に浮かぶ緑色の妖精と青色の妖精を、叢雲と電が担いで岸辺へと送る。
青葉による砲撃。重巡洋艦の砲撃というものを初めて見たが、他の艦種の主砲とは全く異なる。その威力、その砲音、その迫力。駆逐艦の砲撃とは違い、発射時の衝撃波などは内蔵を掴んで揺さぶられているようである。
中破状態であったとはいえ、未解明な敵の装甲を貫徹し、一撃のもとに粉砕したその力。これが重巡洋艦か、と改めてその力に戦慄する。
戦力として頼もしいことこの上なく、どのような敵が現れても倒してくれるのではないか、と期待を抱かせるほどにその攻撃は衝撃的であった。
しかし、悩みが消えることはない。今回と言わず先程の戦闘でもそうだが、幻想郷の住人が深海棲艦化している状態、これが非常に厄介である。
その理由や原因は今のところ不明であるが、それはいい。青年が気にしているのはもっと別のところ、すなわち戦闘面。一発一発を精密に放つ艦娘や深海棲艦と、多量の弾幕を展開する幻想郷。これらが合わさった者と今戦っているのだ。
深海棲艦と化した幻想郷の住人は、深海棲艦の主砲だけではなく弾幕すら展開する。これは接近したときの緊急的な防御手段ともなるため、事実上魚雷を封じられたも同然である。
加えて、上空への攻撃にも適応している。弾幕によって三次元的な攻撃をすることにより、早苗の攻撃も阻害されてしまうのだ。
更に、強い個体が放つ赤い気配。あれが原因かは分からないが、装甲が一回り強化されている。現状、駆逐艦では手を出すことは困難であるかもしれない。
「あ、あの、カミツレ……さん」
「え、あ……」
「ごめんなさい、一度降りますね」
思考に没頭するあまり、早苗が弾幕を被弾していたことを忘れていた。しかも、早苗は肩に傷を負いながらも青年を抱えているのだ。
「あ、ご、ごめん、今――ってうわわわわぁッ!」
思わずその事実に慌ててしまい、降下中であるにも関わらず早苗に負担をかけまいとして腕から抜け出そうともがく。
だが、宙に浮いているという事実を忘れていた。青年は早苗の腕を離れて、水面からおよそ5メートルの高さから落下する。
「でっ――」
「痛っ!」
運悪く、龍田の頭上に落下した後に着水してしまった。青年は浮かび上がろうと立ち泳ぎに移行し、龍田に謝るべく顔を上げる。
「あ、えっと――あっ! あの、その……ごめんなさい」
「死にたい人はどこかしらぁ?」
顔を上げて見えたのは、翻るスカートとその中身。美しいラインを描く白い太ももと、それを飾る白の下着。その脚線美が織り成す女体の美しさはまさしく芸術品ではないか、と思いつつ青年は龍田に沈められた。
「ちょ、ぶ、わざとじゃ、あぶっ、助け――溺れるっ! 溺れるっ!」
「おイタが過ぎるわよぉ、提督?」
水面で浮き沈みを繰り返し、水を飲みかけたり呼吸に苦しんだりと、このままでは龍田に沈められてしまうと思った青年。
断末魔の一瞬、青年の精神内に潜む生命力が、とてつもない冒険を産んだ。
逆に、青年はなんとさらに――水中へもぐった。
川に潜水し、その場を離れてから水面へ顔を出す青年。岸辺へと上がり、髪についた水を払いつつ龍田をチラチラ見る。
龍田は何も言わず、ただ槍を鳴らしてニコニコと青年を見ていた。その笑顔にビクビクしながら、青年は降りてくる早苗を迎える。
ペコペコと謝る早苗だが、青年も抱えさせていたため何も言えない。
「さなちゃん、怪我は?」
「思ったほど痛みはないので戦闘は続けられそうです……が、残念ながら、カミツレさんを抱えて飛行するのは厳しいですね」
先ほどの急降下時の被弾。早苗がそのまま墜ちてしまうのではないかと心配もしていたが、どうやら比較的軽傷で済んだらしい。もっとも、早苗が痛みで顔を歪める表情は、青年も見たくはなかった。
「そっか……いや、無理はさせたくない。僕は走って向かうから」
「走ってって――妖怪もいるんですよ?」
「……改めて思ったけど、僕は来ない方が良かったのかもね」
自身がお荷物となっている自覚を持ちながらも、役目は果たさねばならない。早苗への心配もそこそこに、青年は艦隊へと目を向ける。
「吹雪、ちょっとこっちへ」
「……はい」
漣と五月雨の肩を借りながら、吹雪が岸近くに来る。魚雷発射管は完全に破損しており、以降の戦闘で使用することはおそらく難しいだろう。
また、その腹部も大きく被弾していた。服が破れ、そこから見える肌は赤くなっている。
「……大丈夫とは言えないね」
「いえ、大丈夫です! まだ戦えます!」
とは言うものの、吹雪は腹部を押さえ、苦悶の表情を浮かべていた。これをみすみす見逃してしまうことはできない。
「まだ戦うつもりなの? その状態で……」
「このくらい、怪我のうちには入りません!」
「…………」
「司令官、このぐらいで情けをかけていては、守りたいものなんて守れませんよ?」
「その守りたいものの中に、君も入っているから心配しているんだ」
吹雪のその言葉に、青年は納得することはできない。
今青年が戦わせているのは自分のためではない。守矢神社のため、ひいては艦娘たちの立場を確立させるためだ。
だから、無理をさせるつもりは毛頭ない。怪我をすれば撤退させるし、その場合に立場が悪くなるとすれば、それは従わせている青年の責任であって艦娘の責任ではないのだから。
だが、真面目な吹雪が艦隊運動から外れるようなミスを起こすとは珍しい。そう感じた青年は、これまでの中で思い当たる理由と思しきものを小さく呟く。
「もしかして青葉……が原因?」
「……わかってて仰るのはずるいです」
「いや、理由がわからないけど青葉の記憶は見れなかった。だから何があったかはあんまり――いや」
そう言いつつ、青年は吹雪の記憶をもう一度思い返した。
吹雪と青葉の関係はサボ島沖海戦から読み取れる。そしてその中で、青葉のミスにより味方艦隊が大損害を受けてしまったという記憶に行き着く。
吹雪はその損害を受けた艦であり、その戦闘において艦歴を終えた。
吹雪と青葉が互いに気まずそうな雰囲気になっていた理由がようやくわかったようで、青年は一つ息をつく。
もしかしたら、吹雪はそれが原因で先程艦隊運動から外れてしまったのかもしれない。焦っていたのか、もしくは精神に昂ぶりがあったのか。
ミスを犯した人物と一緒に仕事などできない、といった感情だろうか。だが、一刻を争い命の危険まである現状、それを認めるわけにはいかない。
「記憶を知ることはできても、君たちの感情まで知ることはできない。未熟な僕を叱りつけるのはいくらでも受け入れるけど、今は協力して欲しい」
「……はい、申し訳ありませんでした」
「謝ることじゃない。戦いが終わったらさ、二人で好きなだけ喧嘩するといいよ。それを咎めたりはしない」
「別に……そういうことでは」
吹雪が眉尻を下げ、落ち込んだ表情で顔を俯かせる。
こればかりは艦娘間の問題だろう。青年が解決できることではなく、あくまで艦娘同士で処理する問題。だから青年は、提督として現状を整理するために、言葉を伝えるしかない。
「吹雪。強がりじゃなくて、本当にまだ戦える?」
「……魚雷発射管は破損してしまったので使えませんが、主砲なら」
「怪我は?」
「まだ大丈夫です。それに装甲がありますから、ある程度は耐えられます」
「…………」
「私は、司令官を守るために戦いたいんです」
そう語る吹雪の目から、戦意は欠片も失われていなかった。
「なら、お願いできるかな?」
「はい、頑張ります!」
そう言って、吹雪は艦隊を組むために水上を滑っていく。
不安を持ちながらその背中を見つめる。だが、吹雪自身が決め、自身も認めたこと。それを覆すことは、吹雪を貶すようにも思えるため、拳を握り締めるに留める。
(逃げるな。艦娘が、みんなが傷つくことの責任から……逃げるんじゃない)
深呼吸をし、精神を落ち着かせる。
ふと気づけば、青葉がいつの間にか隣に立っており、同様に吹雪の背中を眺めていることに気付く。
「どうしたの、青葉」
「……さっきの戦闘、慌てて砲撃してしまいました。吹雪さんが敵に向かっていく姿を見て、昔を思い出してしまって」
そう語る青葉の表情は、どこか緊張しているのか表情が固い。そして青年も、急いでいたとは言え、どうして青葉と吹雪の関係を戦闘前にもっと理解しておかなかったのだろうか、と後悔の念が渦を巻く。
「……でも、今回は守れたからそれでいいと思うよ?」
「え? あ、あの、なんで知って……」
「吹雪には言ったよ。戦いが全部終わってから、青葉と喧嘩でも何でもするといいって。青葉はどうかな?」
「青葉は……」と言って、遠く離れる吹雪の背中を見つめてから俯く。
すぐに答えを出す必要などないだろう。どう足掻いても青年には本人たちの気持ちなど分かりようもない。だから、背中を押すしかないのだ。
彼女たちが望む方向へ、彼女たちが取る針路へ向けて。
「怖かったかな?」
「はい。また吹雪さんが沈んでしまうのではないかと思って……気が気ではありませんでした」
「中破した吹雪をどうするかは迷ったよ。でも本人の希望もあるからそのまま戦わせる。2人の間でどんな想いが交わされてるのか僕にはわからない。でもね、」
沈む、という青葉の表現に青年は胸を刺すような違和感に苛まれるも、青葉の肩を叩き、優しい声音に言葉を乗せる。
「吹雪が危ないと思ったら、青葉が助けてあげてほしい」
「青葉に……できるでしょうか」
「青葉がそれを望むなら、ね」
この時見せた青葉の表情は、年相応の微笑みを浮かべる少女のそれであった。
そうしていると、叢雲と電が岸辺に少女たちを寝かせた後、青年の元へとやってきた。2人の手には、それぞれカードが握られている。
「ほら、艦隊に新しいメンバーが加わるわよ」
「2人とも、介抱ありがとう。怪我はない?」
「あの2人に怪我らしい怪我はないのです。無傷なのですよ」
「そうじゃなくて、君たちに」
「な、なによ! 心配なんてする暇があったら新しい子とおしゃべりでもしておきなさい!」
そう言って、叢雲は青年の手にカードを握らせ、去っていく。電はカードを差し出すように渡すと、ペコリと一礼して同様に去っていった。
(2人増えるのか)
渡されたカードを見る。そして実体化を行えば、目の前には少女とも大人ともつかない容姿の2人の少女が現れた。
「古鷹型重巡の2番艦、加古ってんだ、よっろしくぅー!」
「古鷹と言います。重巡洋艦のいい所、沢山知ってもらえると嬉しいです」
加古という少女。ボーイッシュな顔立ちにざっくりとまとめられた髪。前髪を髪留めで止めており、両肩にはゴツゴツとした艤装。露出の多めなセーラー服のスカートから覗く脚は非常に健康的に感じられる。
そして古鷹。サラッとした茶髪にどこか儚そうな表情。右肩に装備された艤装はなんとも重量感があり、その割には細い体躯。左目は何か異常でも抱えているのか、右目と色合いが少し異なる。
重巡洋艦。先ほどの青葉の攻撃を見ればわかるように、軽巡洋艦より強力な主砲を備えた艦種。それが2人も増えるとなれば、心強いことこの上ない。
だが、率直に言ってしまえば、今の時点でこの古鷹という少女が加入することを、青年は危惧していた。なぜなら――青葉と違って二人の過去の記憶は知ることができたから。
「あ、あの、古鷹……」
「青葉……」
特に古鷹の記憶。それによって、何があったかを青年はようやく知る。
兵装実験軽巡、夕張の拡大・改良型として誕生した古鷹型重巡洋艦の1番艦。第六戦隊、珊瑚海海戦、第八艦隊、第一次ソロモン海戦、そしてサボ島沖海戦……。
古鷹が沈んだのはサボ島沖海戦。沈むに至るまでの経緯としては、夜間航行中、旗艦を務めていた青葉が敵艦隊を味方の輸送艦隊と誤認。
照明弾によって艦隊は先制攻撃を受け、青葉は初弾で艦橋に被弾し、指揮系統が壊滅。集中砲火から青葉を庇うために古鷹は身を呈し……。
しばらくの間お互いに見つめ合っていた青葉と古鷹。お互いに口を開いて何かを言おうとするものの、気後れしているのか一歩引いてしまう。
古鷹の表情。見ている限りでは何かを憎々しく思っているということはなさそうである。その儚げな表情の中に迷いを浮かべているものの、何か一言を言い出せないでいる。
対する青葉。顔を青ざめさせ、肩をプルプルと震わせている。そのどこか怯えた表情は見るに堪えないが、そこに介入すべきかどうかは青年にも判断することができない。
やがて、古鷹が視線をわずかに落とし、顔を伏せる。そしてそのまま青葉に顔を合わせることなく、青年に対して敬礼してからその場を離れていった。
実体化した時の快活さはどこへやら。青葉はすっかり落ち込んでいた。
しかしそこへ、加古がニッコリとした笑みを浮かべて話しかける。
「青葉ぁー、久しぶりじゃん!」
「えっと、加古もお元気そうで何よりです」
「どうしたよー。お前が元気じゃないとみんな落ち込むぞー?」
「え、へへ、そうですよね……」
笑顔を浮かべながらバシバシと青葉の背中を叩く加古。それを受けて、青葉も少しだけ気力を取り戻したのか、俯かせていた顔を上げる。
青年はそれを見て、どうにか青葉も艦隊の中でやっていけそうだと判断する。加古が自身に向けて小さくウインクした様子を見れば、ひとまず青葉のことを任せてもいいのかもしれない。
青年のもとにいる艦娘の中で、サボ島沖海戦に参加したのは青葉、古鷹、吹雪の3名。加えて、叢雲が翌日に古鷹の救援に参加しているため4名。
艦隊がギクシャクすることはもちろん望ましくない。だがそれよりも、悩みを抱えたまま戦い、怪我をすることこそ青年は望まない。
前途多難な艦隊だな、と思いつつも、誰を嫌いになるということは全くない。それが彼女たちであり、彼女たちの歴史なのだ。
むしろ自分自身も、周囲からすればなかなか対応が面倒だっただろうという自覚もあるため、そのぐらいのことを受け入れる度量ぐらいはある。
過去にどんなことがあろうと、前に進むべきであると青年は誰よりも知っていると自負している。だからこそ艦娘たちの、戦いの記憶を持つ彼女たちの行く先を見守らなければならない。
自身が助けを得て乗り越えたように、今度は自身が彼女たちの助けとなる。それは、戦いという役目を生まれながらに持ち合わせる彼女たちに、戦うからこそ誰よりも熱望するであろう平和な時を過ごさせたいがため。
艦娘から与えられた幸せを、今度は艦娘に。それはおそらく、この時代この世界で、艦娘の記憶を知る青年に与えられた“運命”なのだろう。
着任
古鷹型重巡洋艦一番艦『古鷹』
古鷹型受巡洋艦二番艦『加古』
目前着任:序章:特Ⅰ型駆逐艦一番艦『吹雪』
特Ⅰ型駆逐艦五番艦『叢雲』
特Ⅱ型駆逐艦九番艦『漣』
特Ⅲ型駆逐艦四番艦『電』
白露型駆逐艦六番艦『五月雨』
天龍型軽巡洋艦一番艦『天龍』
司令長官『茅野守連』
第一章:天龍型軽巡洋艦二番艦『龍田』
夕張型軽巡洋艦『夕張』
青葉型重巡洋艦一番艦『青葉』 016 守護者
夕暮れ時、青年は霧の湖に到着した。辺りはうっすらと霧が立ち込めている中、呼吸を整えつつ、茂みに潜んで周囲を見渡す。
古鷹と加古には、移動中に夕張から経緯を説明させている。霧の湖で敵艦隊と思しき部隊を発見したとの連絡を受けたため、艦娘たちは湖の入口にて待機中である。
『夕張、状況報告ヲ求ム』
『敵戦力ハ24。内、駆逐艦18、重雷裝艦1、軽巡洋艦2、重巡洋艦1。湖ニテ警戒航行中。以降、重巡ハ“リ級”ト呼称ス』
『赤イ個体ノ姿ハ?』
『確認出来ズ。現在霧ニヨリ、敵艦隊ハ此方ヲ未発見ト思ワレル』
気づかれていないならば、やはり先制攻撃だろうか。ただ、数の上での戦力差は厳しい。こちらは駆逐艦5、軽巡3、重巡3であり、駆逐艦の数では負けている。敵艦隊の接近を許してしまえば、重巡洋艦といえども被害は免れない。
重巡洋艦の砲撃ならばどの敵艦の装甲も貫徹可能だろう。だが、数の差を押し返すとなればそう簡単にはいかない。
と、考えていた。
魔符『ミルキーウェイ』
「おらおらああああああああああああッ!」
魔理沙が上空に現れ、弾幕を放つまでは。
箒に乗って空を飛ぶ魔理沙。敵艦隊の中央と思われる場所の上空にて停止したかと思えば、その地点から下方へ向けて大小2種類の星形の弾幕を放射状に展開する。
遠くから聞こえる爆音、水柱の音。敵艦隊が主砲を発砲している音が聞こえるも、魔理沙は狙いをつけさせまいとしているのか、箒で自由自在に空を飛びまわっているのが見える。
一方、青年。突如現れたのが魔理沙であり、何とか合流できたかと一瞬安心する。だが、突然攻撃を行うとは露にも思っておらず、魔理沙の弾幕の流れ弾を走り回って避けていた。
「ちょちょちょちょちょあぶッ、洒落にならないって!」
『正体不明機ニヨル攻撃飛来。反撃ノ許可ヲ乞フ』
「そっちも!? ええっと、『反撃ハ許可シナイ。駆逐艦ヲ前ヘ、巡洋艦部隊ハ遠距離砲撃ニテ対処セヨ』 さなちゃんに魔理沙ちゃんを止めてもらえれば何とか……」
『了解』との電文の後、艦娘たちが全速航行するのを目にする。しかし青年は安心する間もなく、魔理沙の弾幕をどうにか避けようと必死になって走る。
「魔理沙ちゃーん! 聞こえる!?」
「うおおおおおおおおおおおォッ!」
「あ、やっぱり届かないか」
と、呆れた時、目の前に魔理沙の弾幕が迫る。足が止まり、右にも左にも動かない。体中に緊張が走り、ただ目前に迫る弾幕に対して腕を交差させ、どうにか頭を守ろうとした瞬間――。
弾幕が頭の真横を掠めて通過したのを感じると同時に、誰かに両肩を掴まれている感覚を覚えた。
「危なかったわね、大丈夫かしら?」
「あ、えっと、博麗神社に来た……」
両肩を掴み、青年が弾幕に当たらないようにしていたのは咲夜であった。いつの間にか背後に立っていたのも疑問であるが、ほぼ確実に当たると思っていた弾幕を、どうやって避けさせたのだろうか。
「自己紹介がまだだったわ。十六夜咲夜、紅魔館のメイド長をしているの。巻き込む……というより、手伝ってもらってごめんなさいね」
「茅野守連です。いえ、僕らにも全く関係がないとは言えませんので」
そう話す咲夜の表情は思わしくない。自身の職場が謎の変貌を遂げたとなれば、その気持ちも察するに易いものであるが。
「ここに来るまでにも何体か倒してきたわ。倒したら妖精とか妖怪に変化したのだけれど、あなたは何か知っているのかしら?」
「……原理は僕にもわかりません。ただ、今知っていることはお話しておこうと思います。お互いの安全のためにも」
疑問を投げかけられ、青年も答えないわけにはいかない。ひとまず深海棲艦のことについてざっと説明し、自身が艦娘と呼ばれる幽霊、艦魂を操る能力を持つことを話す。
説明を受けた咲夜は顎に手をあて、何かを悩むような素振りを見せてから青年に向き直った。
「想像していた以上に厄介ごとのようね。艦娘と深海棲艦、無関係と見ることはできないからここに来た、ということ?」
「はい。もちろん、紅魔館という所の皆さんのことも心配です」
話しながら、青年は無線を動かし、夕張との連絡を取る。
『夕張、状況報告』
『現在駆逐艦ガ強行、巡洋艦部隊ガ砲撃中。駆逐艦10体、軽巡洋艦1体ヲ撃沈』
『被害ハ?』
『現在被弾ナシ。敵全体ニ弾幕ノ被害甚大、混乱ヲ確認! 早苗ハ正体不明機ト接触』
夕張からの報告に、青年は安心しつつ戦場を覗く。駆逐艦、特に叢雲の動きのキレは見ていて感嘆するほどであり、深海棲艦の主砲をものともせずにかわし、魚雷を撒きつつ進んでいる。
重巡洋艦組の姿を見れば、砲撃を非常に正確に行っており、その表情に曇りなし。青葉、古鷹共に集中した顔であり、戦いにその関係のこじれを持ち込んでいるようには見えない。
「色々と聞きたいことがあるけれど、とりあえず一つ。あなたは戦わないのかしら?」
「えっと、的や囮ぐらいなら……」
「……わかったわ。呆れたけれど、私はあなたの護衛をすることにしましょうか。あの子達を指揮するのがあなたなら、あなたに倒れられても困るのだし」
咲夜はため息を一つ吐き、青年の手を取る。急に手を取られた青年は何事かと思い手を振り払おうとするも、次の瞬間には別の場所に立っていた。驚く間もなく、瞬きをするとさらに別の場所、湖近くの小高い丘に出る。
「あの、これは一体……」
「ここなら安全に、しかも湖がよく見えるでしょう? 私が妖怪たちが襲ってこないか周囲を見ておくから、あなたは艦娘さんたちを見ておきなさい」
「……ありがとうございます」
背を見せる咲夜は、ナイフを手に周囲を見渡すように立った。自身も心の中で整理がつかないはずだろうが、その気遣いに青年は感謝する。
そして、青年もまた自身の中で思考を整理させながら、艦娘の状況を知ろうとするのであった。
霧が薄くかかる湖にて、艦隊のほぼ中央。艦隊全員を見渡し、異常がないか、被弾していないかを確認しながら、夕張は砲を放つ。
夕張は青年の下に来てまだ二日目。しかしながら、青年のその思慮深さについて、夕張は一定の評価を下していた。
優しく責任感のある人物、なれど若く、感情によって心動かされる部分もある。それを含めて、“なかなかどうして悪くはない”。
「夕張、重巡から砲撃がくるぜ!」
「狙いは私たち巡洋艦組ね、回避運動!」
たった数日で何を理解したんだ、と天龍には笑われるかもしれない。だが、言葉に出さない部分があれども、その思いやりは十分に夕張も感じている。
「重巡の皆さんは敵重巡をまずお願いします! もうすぐ駆逐艦の子たちが魚雷を放ちますので、被雷したところを一挙に砲撃してください!」
例えば、自身がこの艦隊に来た時、好みや嗜好、今後の希望を聞いてきたこと。それは自分だけではなく、他の艦娘も同様である。
記憶を知ることができること。そして、その戦争という記憶にかかわらず、個としての自身を認識し、その希望を聞く。
夕張も無論、青年の記憶を覗き見ることができた。その過去と、今の性格とを照らし合わせれば、青年を上官に持つ夕張としてはその答えは一つだけ。
『機械いじりをさせてもらえるなら、あとは提督のお好きなように』、と。
戦況は急展開を迎えていた。魔理沙の弾幕により開戦したこの戦いは、敵に大きな損害と混乱を与えた状態から始まった。弱音など吐いてはいられない。
駆逐艦たちが敵艦に激突するかのような勢いで接近する。中でも叢雲は、過去に自身が助けようとした古鷹と戦場を共にしているためか、非常に戦意に満ち溢れていた。
重巡リ級、および軽巡ホ級に対して魚雷を放ち、離脱しながら中破状態にある雷巡チ級に対して制圧射撃。
轟音、そして水柱。チ級は天龍及び龍田の砲撃とも合わせて撃沈し、軽巡ホ級は大破、重巡リ級は中破状態へと損害を与える。残る駆逐艦は8体となり、流れは完全に味方にある。
「今です、全艦突撃してください!」
最初こそ魔理沙の弾幕には四苦八苦したものの、早苗の説得によりどうにか被害なく切り抜けることができた。魔理沙の弾幕が駆逐艦をおよそ半分にまで減らしたのは、大戦果といっても過言ではない。
駆逐艦が魚雷を放射状に放ち、周囲にいる敵駆逐艦へ向けて手当たり次第に主砲を撃ち込む。その素早い動きで敵を攪乱し、時には砲弾をスレスレで回避しながら主砲を撃ち返す。
天龍と龍田は装甲によって駆逐艦級の砲撃を阻みつつ、力押しで近接戦にもつれ込ませた。
そして、古鷹。大破状態となりながらも攻撃を必死に回避する軽巡ホ級であったが、正確な狙いにより一撃のもとにホ級は撃沈される。
青葉は重巡リ級に攻撃を行いつつ、互いに異なる方向へ進む反抗戦に持ち込む。重巡リ級は青葉との砲戦に気を取られていたためか、加古の接近には気づかない。
やがて、加古が至近距離にまで接近する。リ級が砲を向けるも加古はそれを蹴り飛ばし、その胸元へめがけて主砲を発射。リ級は砲弾の衝撃でその体を吹き飛ばされ、水面に落ちると同時に大きな水柱を上げる。
それを合図に――戦いは終結した。
開戦時には圧倒的不利であったにもかかわらず、大きな被弾のないまま戦局は幕となる。湖にはポツポツと少女のような少年のような小さな子供たちが浮き上がっており、電を始めとして救助活動が始まっていた。
戦闘が無事に終了したことは何よりである。夕張自身感じていたが、赤い気配を纏う敵がいなければやはりこの艦隊は強い。練度も高い水準を維持しており、艦隊運動など見事なものである。
夕張も救助活動に入る。それと同時に青年に対して戦闘終了の報告を行おうと思い、電文を打とうとした。
その時、である。
『提督ヘ。戦闘終了。ナレド戦闘ノ可否ヲ問フ』
『一段落シタト思ッタノニ。勝算ハ?』
『艦娘ダケデモ7割。但シ被害ハ甚大』
『撤退モ可能ダカラネ? 交戦ヲ許可スル』
霧のかかる湖。その中で、まるで霧を割って進むようにその敵は現れた。
格闘家のごとき独特の構え。赤い気配を纏う――重巡リ級が。
霧が晴れた遠く先、赤い重巡リ級の背後にそびえるは紅い館。夕日に照らされているもその赤さが夕焼け色に染まることはなく、荘厳にして厳然。
その紅い館を背負うかのように現れた重巡リ級は、構えを解かぬまま動き始めた。重巡洋艦であるにもかかわらず駆逐艦のように素早く、最も近くにいた叢雲へと肉薄する。
瞬間、轟音。音のした方向を見れば、古鷹である。その砲撃は赤いリ級の側頭部を捉え、リ級はその場にて体勢を崩す。
叢雲は怯まない。リ級に対して魚雷を発射し、主砲を放ちつつ後退。しかし、主砲はリ級の装甲によって弾かれ、ダメージには至っていない。
だが、魚雷は到達する。水中を泳ぎ、足元からどのような艦であろうと水底へ引きずり込むことのできる、駆逐艦が持つ強力な兵器の一つ――。
いかに赤い気配を纏う個体だろうと、その魚雷から逃れることは既に不可能だろう。既に足元まで迫っており、どう避けようとも直撃は避けられない。
懸念を抱いていた夕張も、想像以上に早くケリがついたと安心していた。古鷹と叢雲による目覚しい判断力に続いて、ジリジリと体力を削ればいいと。
だが、この幻想郷において、そのような楽観的な思考は通用しなかった。
赤いリ級はその場で水を強く踏みつける。魚雷の炸裂どころではなく、まるで小さな火山が噴火したかのように水柱が上がり、その中で魚雷の爆発音が同時に響いた。
降り注ぐ飛沫に髪が濡れながらも、夕張は水柱が晴れた先に見える赤い影に戦慄していた。全くの無傷であり、既に姿勢は格闘術の構えに戻っている重巡リ級。
こみ上げる恐怖を押し込みながら、夕張はその口元に笑みを浮かべる。ここまで戦意が高揚しながら戦いに臨むのはいつ以来だろうか、と。
「全艦複縦陣、一度後退します。距離を取って様子を見ましょう」
青年には申し訳ないと思っている。どのように戦っても、被害は免れないと既に直感しているのだから。怪我をしたと聞けば、きっと泣きそうな顔をしてしまうだろう。
だが、夕張もまた青年のために戦おうと決めたのだ。そしてそれは、少なくとも先ほど合流して間もない重巡以外の艦娘ほぼ全員が思っていること。
青年へと連絡を取った後、夕張は赤い重巡リ級を見据えて呟いた。
「さあ。色々試してみても、いいかしら?」
様子を見ていた青年は、あんぐりと口を開けたまま閉じようとしなかった。否、閉じることなどできなかった。
(何だあの動き。魚雷を……衝撃波で誘爆させた?)
夕張からはやれるところまでやる、との電文が入っていた。仮に大きな怪我、それこそ吹雪よりも酷い状態になれば、青年が駆けつけてカードに戻して撤退するだけで艦娘の命は保護できる。
だが、できる限り無理などさせたくはない。それこそ、今すぐ全員をカードに戻して撤退したいぐらいである。しかし、それを艦娘も望んでいないのは青年も知っている。
「美鈴……」
「え……咲夜さん、どうかされましたか?」
ふと、青年は背後で咲夜が悩ましげな表情で遠目に見える重巡リ級を眺めていることに気づいた。周辺を警戒するといっていた本人だが、思う所でもあったのだろうか。
「教えてもらえないかしら。美鈴は……あの深海棲艦とやらは絶対に元の姿に戻るの?」
「申し訳ないんですが、確証はありません。今のところ本物の深海棲艦以外は元に戻る例を見ましたが、無傷で戻るという保証も……」
「あの深海棲艦、私の仕事仲間なのよ」
「……ですが、野放しにしておくことは」
「わかってるわ」と呟き、咲夜はそっぽを向いた。その拳は強く握りしめられており、悔しさを表に出すまいとこらえていることは誰の目から見てもわかる。
その態度を青年も批判することはできない。自分に当たられても困るのは確かだが、気持ちが全く分からないわけではないのだから。
例えば早苗が、神奈子が、諏訪子が深海棲艦になったら。艦娘が深海棲艦になったら。戦いたくはないし、傷つけたくないのは当たり前である。
「艦娘さんたちと連絡が取れるみたいだから先に話しておくわ。美鈴の能力は“気を使う程度の能力”。気配りではなくて、気迫とか気合の方」
「なら、先ほどの魚雷を吹き飛ばしたのも」
「おそらくは能力と格闘術の併用によるものよ。近接戦はやめた方がいいわね。艦娘さんたちがどのぐらい強いのかはわからないけれど、美鈴は対人接近戦、弾幕勝負にこだわらない場合恐ろしいほど強いわよ」
それを聞き、青年は「ふ、む」と視線を戦場へ戻す。現在青年の艦隊は駆逐艦と軽巡洋艦が半数以上を占めており、接近戦重視の艦隊である。
加えて、あまり考えたくないことであったのだが、深海棲艦は艦種が強力になるにつれて人型に近くなっている。赤い重巡リ級は人型に近く、そして格闘術を使う人物が深海棲艦化している。
深海棲艦化した敵は、深海棲艦化前の素体となった人物の弾幕を使うことはわかっている。能力全てを使うことが可能になるとすれば、おそらく彼女は――。
『敵リ級ハ接近戦偏重、注意セヨ』
『了解。無線封鎖シマス』
だが、懸念事項はまだ残っていた。先ほどから上空で待機していたはずの、早苗と魔理沙の姿が見当たらない。
その姿を探す。そして、見つけた先は霧の湖の端、紅魔館という建物のすぐ傍の水辺。
艦娘たちが対峙している重巡リ級とはまた別に、深海棲艦がもう2体存在していた。2人はそちらを倒すべく戦闘を繰り広げており、その戦闘音は離れた位置にいる自分のところにまで聞こえている。
「パチュリー様と小悪魔も、ね。もう紅魔館は……」
「諦めないでください」
「随分と勝手なことを言うものね。戻る保証もない上に、魔法使いが敵に回っているのよ。真っ向から弾幕勝負を挑むなんて、それこそ霊夢じゃないと荷が重いわ」
そう言って、さらに落ち込む表情を見せる咲夜。魔法使い、なら魔理沙と同じかと考える。確かに、深海棲艦に向かって放った弾幕は強力であったという以外に評価しようがない。
「でも、やっぱり大丈夫ですよ」
「……なら、その根拠を聞かせてもらおうかしら?」
咲夜が目つきを鋭くし、青年に向き直る。
魔法使いならば侮ることはできない。仮に魔理沙を敵に回していたらと考えれば、背筋も凍る。だが、青年がその根拠のまるでないような発言は、一つの信頼が支えていた。
「だって、あの子たちは理不尽な戦いにも真っ直ぐ向き合ったんですから」
水上にて槍を構えた龍田は、赤い重巡リ級を薄目で捉えていた。
前衛に駆逐艦、その背後に軽巡洋艦。その後衛に重巡洋艦が控えているが、この陣形は崩れることを前提として組まれていた。無論、単純に崩れるわけではないが。
リ級に動きはない。両陣営とも一度射程外に出た状態であり、にらみ合いが続いている。その間、龍田は青年のことを思い返していた。
第一印象は頼りがいのない男、であった。今でも正直頼りがいがあるかと尋ねられれば首を捻らざるを得ないが、その心遣いだけは理解している。
常に艦娘、もしくは守矢神社のことを考え、自分のことは後回し。その体も、誇りさえも投げ出し、常に守ろうと、自身らのために奮闘する提督。
どこか抜けているというのに青年自身が持つ目的に関しては計算高く、そのためには過去さえも笑い話にしようとするような提督。
博麗神社で萃香と魔理沙を相手に土下座していたことは記憶に新しい。あれはその場にいた早苗と天龍も驚いており、青年の名誉のためにも他の者には他言しないことを話し合って決めていた。
龍田が青年に従う理由など、それで充分。姉妹艦たる天龍を悪く扱うようであれば制裁を考えていたものの、むしろ天龍自身が楽しそうに過ごしているのを見ればそんな気も起きない。
流石にスカートの中を見られたときは慌てはしたが。
認めなければならないだろう。提督は提督たるに相応しい人物であると。知識と経験など、艦娘が知っていることを教えればよい。あとは本人が勝手に学んでいくのだから。
「提督より入電、目標の重巡リ級は接近戦に強いからやめておけとのこと。……提督に話せば怒られますから、無線は切りました」
「うふふ。あらぁ、提督は私たちに喧嘩を売っているのかしらぁ?」
「多分、深海棲艦化する前の人が接近戦に強いとかじゃない?」
「早苗さんはあの小さな魔女さんを連れてどこかへ行ってしまったようだしぃ、私たちでどうにかしないといけないわねぇ」
「ふふっ、龍田。あなたこんな状況でも笑うのね。泣きそうな天龍とは大違いだわ」
「あんだとっ!?」
「天龍ちゃんは私の陰に隠れていてもいいのよ~?」
「へへっ龍田、冗談はよしてくれよ。え、じょ、冗談だよな?」
夕張、天龍とともに、龍田は微笑みながら槍を鳴らす。余裕そうな口上を述べてはいるものの、視線を重巡リ級から離すことはない。
砲撃戦を行おうにも、味方の重巡洋艦は3人。リ級が見せた重巡にあるまじき動きをもってすれば、単発単発の砲弾を命中させることは難しいだろう。現に、視認の難しい魚雷でさえ封じることがわかっているのだから。
「夕張さん、もう決まったわね~?」
「はい、この艦隊なら方法は一つしかありません」
「おう、行くか?」
軽巡の3人が顔を合わせ、頷く。近くでそれを見ていた重巡3人は少しだけ苦笑しているも、何も口には出さない。
駆逐艦、軽巡洋艦の多い艦隊。水雷戦隊の目的は、後方で砲撃を行う艦の前面に出て前線を形成し、懐まで潜り込むこと。
すなわち、艦隊が取った選択肢とは――
「駆逐艦は左右に展開して包囲戦、全巡洋艦――前へ!」
接近戦を得意とするという目標の赤い重巡リ級に対し、自身らの華とも呼べる接近戦を挑むこと、である。
駆逐艦が速力を上げ、重巡リ級の砲撃をかわしながら左右に展開した。その左右に展開した中央を、軽巡洋艦が全速で突っ切っていく。
龍田は砲撃を行いつつ、槍を両手で握る。恐怖など微塵もない。自身より強力な艦種だろうと関係はない。
鬼のように接近戦に特化した自分たちを相手に接近戦を挑んでくることを、それこそ楽しいとすら感じていたのだから。
重巡3人から同時に砲撃が放たれた。しかし、一発は回避、一発は目を疑うような反射神経をもって砲弾を叩き落とされ、最後は装甲に阻まれる。
「あはっ」
だが、龍田は急加速。その勢いを殺すことなく、装甲で砲撃を阻んだ結果、煙を上げているリ級の腹部へ向けて槍を突き出す。
リ級はその槍を腕で弾き、それと同時に龍田の懐へと飛び込んだ。リ級の掌底が龍田の鳩尾を捉えるかと思ったその瞬間――。
龍田の右膝が、リ級の顎に目がけて放たれた。鈍い音と共に、リ級は頭部と思しき部位を押さえながら一度飛びのいて距離を取る。
が、その隙を見逃すほど艦隊は甘くない。夕張の至近距離の射撃と、天龍による刀の追い打ちがリ級を襲う。
更に距離を取るリ級。駆逐艦の砲撃は全て弾かれてはいるものの、意識を逸らす等のほど良い牽制となっている。赤いリ級は確かに強敵だが、その分反応が良すぎるのか、装甲で受けるにしても全てその方向を向いてしまう。
艦隊は追撃を行う。重巡洋艦による接近しながらの砲撃と、夕張の近接射撃。そして、その砲火の中へと龍田は天龍を伴って突撃する。
しかし、リ級も被弾してばかりではなかった。魚雷を叩き潰したように水面を踏みつけ、水柱で姿をくらましたかと思うと、その中から輝きを放つ。
華符『芳華絢爛』
まるで花開くように、全方位に弾幕が放たれる。弾幕の一つ一つこそ小さなものの、その密度は避ける隙間が見えないほど。
「駆逐艦は退避しなさぁい?」
龍田の指示により駆逐艦はリ級から離れ、弾幕の隙間をかいくぐって回避を始める。万が一命中しても、距離による威力減衰により装甲が阻むため怪我はない。
そして、リ級の目の前に展開していた巡洋艦組。リ級の弾幕に対し、あらかじめ立てていた対策とは、
「ちょ、ちょっと、本当に大丈夫なんですか?」
「ね、ねえ加古、私たち沈まないよね?」
「当たり前だろ! 沈むならあたしが引っ張り上げてやるっての!」
重巡組が前に出て、その装甲にモノを言わせて盾となることであった。
「おー、すげえな。本当に弾いてら」
「流れ弾には注意してねぇ、天龍ちゃん?」
駆逐艦より軽巡洋艦の方が装甲は厚く、重巡洋艦はさらにその上をいく。それは深海棲艦に限らず、艦娘の艤装においても同様であった。
弾幕は確かに密度こそ高いものの、小さいものであれば一発一発は大した威力ではない。油断していると装甲を貫通することもあるが、現状において重巡洋艦の装甲を貫通することはないと見込んだのだ。
青年に具申していれば、確実に却下されただろう。艦娘思いのあの提督である。おそらく、艦隊をそのように運用することはダメだ、との一点張り。
しかし、これも戦闘における役割の一つなのだ。大きな艦が目標となれば、相対的に他の艦には攻撃が向かわず、安全となる。装甲で阻めるような攻撃ならば尚更のこと。
その辺りをまだ割り切れていない、と龍田は感じる。艦娘に必要以上に情をかけては、いずれ来るであろう別れが辛くなるだけであるというのに。
だが、それも青年らしいのかもしれない。少なくとも、龍田が気に入ったのは青年のそういう部分であるのだから。
「天龍ちゃん、行くわよ?」
「おうよっ!」
弾幕が止み、再び軽巡が前に出る。駆逐も既に牽制の主砲を放てる位置についており、包囲は盤石。
重巡の一斉射撃と共に、龍田は槍を構えて突撃する。隣には天龍。重巡の砲撃は一発が直撃弾となり、その装甲を削っていく。
迫る。なおも迫る。目的は無論、重巡リ級の懐。
だが、龍田が今にもその槍を振り下ろそうとした時、信じがたい出来事が。
「――クソッ、背水ノ陣ダ!」
一瞬、赤い重巡リ級が人の姿を取っているように見えた。それどころか、言葉を話すなど聞いていない。
しかし、脳内は既に興奮してやまない状態。龍田は天龍と共に、接近するのをやめることなく軽口を返す。
「あんた一人で『陣』なのか?」
「四面楚歌がお似合いよ~」
その間に、赤いリ級から接近される。その鋭い踏み込みは艦娘の瞳をもってしても捉えきることはできず、天龍がその腹部へと肘鉄を受けた。
「かはっ!」と苦悶の表情を浮かべる天龍。そこへさらに追撃を加えようとする重巡リ級。しかし、むざむざと見過ごすわけにはいかない。龍田は天龍を攻撃されたという怒りも込めて、リ級へと槍を突き出す。
が、リ級は槍を脚で弾き、龍田へと向き直ることなく、さらに天龍の胸元へ踏み込みと同時に掌底を放つ。天龍は吹き飛ばされ、離れた位置にて全身を水に打ち付けた。
そこへ、重巡リ級は容赦なく攻撃を継続する。
彩符『極彩颱風』
リ級の周りを取り巻くような弾幕。しかしそこから不規則に分散し、全方位を覆っていく。まるで台風のごとく周囲を食い散らかすかのように広がるものの、その弾幕にさえ美しさが感じられた。
だが見惚れている暇などない。体勢を立て直すどころか未だに立ち上がりかけの天龍を庇うべく、龍田は槍をリ級に投擲して天龍の元へ急ぐ。
驚愕に染まる天龍の顔。しかしそんなものを気にすることなく、龍田は天龍を抱きしめた。
背後の装甲にかかる負荷。重巡洋艦より装甲が薄くとも、曲がりなりにも軽巡洋艦。その装甲は駆逐艦よりは厚い。
が、全てを装甲で受けきれるわけもなく、装甲を貫徹して弾幕が背中に、機関に命中し、龍田は痛みに耐えながらうめき声を漏らした。
――やがて、轟音が鳴り響く。せめて天龍だけは守り抜こうと、龍田は必死に天龍を抱きしめる。
そんな時、他ならぬ天龍に背中をポンポンと叩かれ、顔を上げた。目の前には、心配した様子を見せながらも笑顔を浮かべる天龍の顔。
「もう……終わったぜ」
「そ、う……。良かったわぁ、天龍ちゃんが無事で」
「当たり前だろ。お前は、世界水準軽く超えてる俺の妹なんだから」
天龍は龍田を抱えて立ち上がる。被弾によるダメージにより少しふらつくものの、天龍が支えることにより龍田は自分の足で立ちあがった。
重巡リ級のいた場所には、腰まで届く赤い髪の女性が浮かぶ。緑と白で彩られた民族風の衣装を纏い、精悍な顔つきを苦しそうに歪め、その手には龍田が先ほど投擲した槍が握られていた。
「青葉の砲撃が決まったんだ。見事に顔面を捉えて、そのまま動かなくなったのさ。まあ、多対一じゃないと絶対に勝てなかったよ」
何にせよ、被害がこれ以上拡大する可能性はなくなったためひとまず安心である。と思いながら、龍田は自身の状態を確認した。
背後、機関が損傷したため、速度は落ちるだろう。魚雷発射管も被弾しており、既に魚雷は打てない。何より、自身が何か所も怪我を負っていた。
「中破してるが、まだ戦うのか?」
「提督は嫌がるでしょうねぇ。でも、私はまだ戦えるから戦うわ~」
「ったく、そういうところは俺とそっくりだな」
そう話しながら、龍田は天龍と共に倒れている女性の元へ行く。気絶しているようなその様子に申し訳なさを感じながらも、手にしっかり握られていた自身の槍を回収しようとした。
その時である。
「紅魔館には一歩たりとも入れさせません!」
跳ね起きるように女性が目を覚まして立ち上がり、龍田に向けて拳を放った。龍田は油断していたものの、頬を掠らせるようにその拳をかわす。そうして女性は、再び崩れ落ちるように水面へと体を沈めた。
「私がッ――わた、しが……」
執念か、と龍田は肝を冷やす。頬は掠めた拳によって出血しており、天龍が慌ててハンカチで拭き取っていた。
その執念が深海棲艦化に影響によるものなのか、はたまたこの女性自身の意思によるものなのか。天龍に礼を言いながらも龍田はため息をつく。
「守りたいものがあるのは、貴女だけと思わないことね」
湖のほとりへ向かい、青年は艦娘たちと合流する。咲夜も一緒について来ており、艦娘たちを一目見て驚きはするものの、状況が状況なだけにそれを口には出さなかった。
「みんな、お疲れ様。終わったばかりで悪いけど、もう一度戦って欲しい」
「少し離れた位置で音がしていましたが、そちらですか?」
「ああ、今さなちゃんと魔理沙ちゃんが戦ってる」
「道理で、早苗さんからの支援がなかったんですね」
艦隊全体を見回すと、龍田が中破状態になっていた。見るに痛々しく、その負傷は勝利との代償と考えたとしても決して安いとは考えられなかった。
「龍田、その怪我は……」
「あら、どこかおかしいところがあるかしらぁ?」
「……当たり前だろ。折角用意した無線は夕張に切られるし、重巡の皆が盾になるし、接近戦はダメだって言ったのに接近戦を挑むし。しかもそれで怪我までしてるんだ、心配しないわけがない」
「うふふ、優しいのねぇ。でもねぇ提督、覚えておくといいわ~。あなたのその気遣いは時に人を傷つけるのよ。身体だけじゃあなくて、ね?」
「それでも――」
「お叱りはぁ、全部終わってからにしましょう?」
そう言って、龍田は傷ついた姿ながらも笑顔を浮かべ、ポケットから一枚のカードを取り出し、それを自身に渡してきた。渋々ながらも、青年はそれを受け取る。
「新人ちゃんが来たみたいよ~」
咲夜が女性の介抱に回るのを傍目に見てから、艦隊全体を見回す。吹雪に続いて龍田も負傷してしまった今、戦力が増えることを望まないわけがない。
「はーいっ! 衣笠さんの登場よ! 青葉ともども、よろしくね!」
現れたのは青葉型重巡洋艦の2番艦、衣笠であった。銀色の髪をツインテールにまとめ、両手にはゴツゴツとした大きな主砲を持つ彼女。ハーフパンツの青葉とは異なり、女性らしくスカートを着用していた。
これで重巡洋艦が4人。戦力的にも、かなり安定してきたと言えるだろう。
「衣笠、よろしく頼むよ」
「うん、任せておいて!」
姉妹艦ということで青葉とどこか似通った部分があるのだろうか。その快活さに関しては、出会ったばかりの青葉のようである。
「あ、青葉!? また会えるなんて!」
「衣笠、久しぶりですね!」
「それに古鷹も加古も! うわぁ~、みんな懐かしい!」
青葉を見つけた途端、目を輝かせて抱きつく衣笠。その状態で古鷹と加古に声を掛け、笑顔を振りまく。衣笠にも、青葉のことを任せてもいいのだろう。艦娘に、姉妹艦にだけわかることもあるかもしれないのだから。
「よし、夕張。早速さなちゃんと魔理沙ちゃんの支援に行こう」
「はい! あ、それと……先ほどの女性、重巡リ級と化していた際に言葉を話していたのですが……」
「……わかった、頭に留めとく」
強く頷く夕張。深海棲艦が言葉を介するということ、それ自体は青年にとっても大きな疑問にはなるが、考える時間は今ではないだろう。紅魔館で起きているこの異常事態を先にどうにかしなければ、安息は得られない。
女性の様子を見ていた咲夜が、息をついておもむろに立ち上がる。
「怪我はないようね。これでひとまず安心したわ」
「あの、紅魔館というところの全員が深海棲艦化しているんですよね?」
「ええ、それがどうしたの?」
「僕らは今、咲夜さんの同僚の方を倒すことになりました。今後もおそらく、僕らが本当に危険にならない限りはこれが続くと思いますが……」
「……そんな事。本来なら……確かに私が戦うべきでしょうね。でも、私には……できなかったのよ。紅魔館の皆を攻撃するなんて」
「僕らを恨みますか?」
「全く不快に思わないというわけではない、かしら。でもね、必要なことだって、私にはできないことを代わりにしてくれているというのはわかっているわ。それでいて貴方たちを敵のように思うなんて……できないわよ」
歯噛みし、気持ちを落ち着かせるようにゆっくりと息を吐く咲夜。
咲夜という人物について、青年はあまり知らない。だが、今咲夜が抱えているであろう行き場のない沸々とした感情は、誰よりも理解できる。
「咲夜さん、はメイド長ですよね? となると、当然仕える主人、吸血鬼の女の子でしたか? その人を相手にすることにためらわないんですか?」
「……勿論、ためらうわよ。でもね、」
少しの間、目を伏せる咲夜。その睫毛が震えているにも関わらず、冷静な表情を見せる彼女が面を上げた時、その顔には覚悟が宿っていた。
「主をお諌めするのも、私の役目ですもの」
着任
青葉型重巡洋艦二番艦『衣笠』
目前着任:序章:特Ⅰ型駆逐艦一番艦『吹雪』
特Ⅰ型駆逐艦五番艦『叢雲』
特Ⅱ型駆逐艦九番艦『漣』
特Ⅲ型駆逐艦四番艦『電』
白露型駆逐艦六番艦『五月雨』
天龍型軽巡洋艦一番艦『天龍』
司令長官『茅野守連』
第一章:天龍型軽巡洋艦二番艦『龍田』
夕張型軽巡洋艦『夕張』
青葉型重巡洋艦一番艦『青葉』
古鷹型重巡洋艦一番艦『古鷹』
古鷹型受巡洋艦二番艦『加古』 017 第六戦隊の帰還
上空へと高度を上げながら、魔理沙は肩で息をする。
霧の湖にたどり着くまでにも、怪物は容赦なく倒してきた。妖怪や妖精が怪物化しているのであれば、倒しても死ぬことはないだろうと半ば曖昧な根拠ながらも確信していたのである。決して、霊夢が見つからないことへの苛立ちがそうさせたのではない。
だが今回ばかりは、違和感が己の中で渦巻いた。紅魔館を前にして、現れた2体の怪物。姿形が変われども、その雰囲気だけは間違えようがない。
「なあ、そんなに本を持って行くのが嫌だったのかよ、パチュリー」
「…………」
「だんまりか、クソッ!」
赤い雰囲気をまとう、青白い肌の人型のような物体。頭と思われる部分に仰々しい被り物を被っているようにも見えるそれは、間違いなくパチュリーが変態してしまった姿であると。
パチュリーからの攻撃が飛んでくるため、回避しようとする。ただし、それは決して弾幕などではなく――
「ちっ、なんだよこの虫みたいなの!」
パチュリーが放つ、コウモリほどの大きさの化物が10数体。その小さな化物は自身の周囲を飛び回り、小さな直線的な弾幕を展開してくるのである。動きも俊敏であり、一つ一つがまるで虫のようにまとわりつく。
「持ッテカ……ナイデ」
「やっぱり本のこと恨んでるのか、それならそうと言ってくれよ!」
海に現れた化物のようになってしまったパチュリー。今までの怪物同様話せないのかと思っていたが、その予想は外れたらしい。
「こんな時に限って外に出てきやがって。地下に引きこもってれば、そんな姿にならずに済んだかも知れないのによ!」
「……大事ニ」
「喋れるんなら攻撃をやめるんだぜ! 聞こえてるんだろ!」
「…………」
「ふざけやがって……ッ」
空を駆け回り、追尾してくる小さな怪物を弾幕により撃ち落としていく。速度と数こそ脅威であるものの、それほど耐久力があるわけではない。
全てを撃墜し終えた頃、もう一度魔理沙はパチュリーを見下ろす位置に滞空し、息を切れさせながら周囲を見る。
「これ以上はやらせません!」
湖に浮かぶ小悪魔――が元の怪物に急接近する早苗。放たれる砲弾に対し体を回転させながら回避し、目前に至ると弾幕を直撃させる。
全身に弾幕を被弾した小悪魔。まだ動けるのか、煙を吹き上げながらも早苗の姿を懸命に探す。だが、すでに早苗は上昇しており、その主砲が届く位置にはいない。
小悪魔が変貌しているのは、艦娘が軽巡洋艦と呼んでいた存在。なれど、その姿はパチュリー同様に赤い衣のような何かがにじみ出る。
「小悪魔ももう限界だ! パチュリー、目を覚ますんだぜ!」
が、パチュリーに容赦はない。その変わり果てた姿で魔理沙を睨みつけ、鋭い眼光を赤く光らせた。
火符『アグニシャイン』
パチュリーによるスペルカード。握りこぶしほどの大きさの炎がパチュリーの周りを死角なく取り巻き、円を描くように広がっていく。
宙を自在に飛び回る魔理沙を逃すまいと追い続ける炎。魔理沙はただ逃げるだけではなく、その隙間を縫うようにして距離を空けすぎないように維持していた。
炎に囲まれた状況下。やられているばかりではたまらない。と、魔理沙は舌打ちをしてから懐から白いカードを取り出す。
ところが、次の瞬間――
「おいおい、冗談だろ!」
炎が輝きを増したかと思えば――先程全て倒したはずのコウモリのような化物に変わったのである。
パチュリーのスペルカードによって放たれた炎、全てが。
およそ100ほどの飛び回る小さな化物に取り囲まれ、魔理沙は冷や汗を垂らしながら周囲を警戒した。カードは再び懐に収め、箒を強く握る。
「多すぎて手に負えないぜ! おい、早苗だっけか、一旦逃げるぞ!」
同様に上空で化物に取り囲まれていた早苗に一言声を掛け、歯がゆい思いを抱きつつ、魔理沙は弾幕を放ちながらその場から一目散に離脱した。
上空を飛び回るコウモリほどの小さな怪物の群れ、そこから飛んで距離を取る魔理沙と早苗の様子を遠目に、古鷹はじっと空を見上げる。
(艦上戦闘機が50、艦上爆撃機が30、艦上攻撃機が20、くらいかな。もしかして正規空母でもいるの?)
上空を制圧している、深海棲艦のものと思われる航空隊。どうやって現れたのかは目撃していないが、空を埋め尽くすようなその数に絶望するなと言われる方が無理な注文である。
古鷹は艦隊を見渡す。駆逐の5人を始め、軽巡の3人すら不安を浮かべていた。彼らは充分な対空兵装を搭載していないために、あの航空機部隊に襲われてはひとたまりもないだろう。
比較して、他の重巡の3人を見る。数の多さには圧倒されているようだが、駆逐、軽巡よりは対空兵装も充実しているためか、そこまで悩ましげな表情はしていない。
(あの数を相手にするのは……私たちでも難しい)
幸いにも、航空機を落とすための制空機種、“戦闘機”が大半を占めているため、半分は航行自体にそれほど影響を与えてくる相手ではない。
だが、爆弾を投下する機種“爆撃機”と、魚雷を投下する機種“攻撃機”は、合わせておよそ50。一斉に襲われれば、いかに重巡洋艦といえど対空戦闘において被害を免れることはできない。
いかにしてこの状況を突破するか。それを、まだ知識の浅い、優しいあのカミツレという提督に求めるのは流石に酷だろう。
「うわあ、すごい数だねっ。完全に制空権取られてるよ」
「う~ん、どうしましょうか。夕張さんの指示次第ですが」
「あのぐらい、さっさと突撃して母艦を叩けばいいじゃん!」
「50機の攻撃を、青葉たちだけで防げますかねえ?」
「私たちならできるって! ね、加古?」
「おうよ、あたしたちならそれぐらいどうにかできるさ」
衣笠、青葉、加古の3人が、どうやってこの状況を打開するかについて話し合っている。
半世紀以上もの刻を越えて再び集まった、古鷹型及び改古鷹型の4人で構成された“第六戦隊”。時を経ても、その仲の良さは全く変わらない。
「あ、あの……ふ、ふる、古鷹は、ど、どどどう思いますか?」
「…………」
「ご、ごめん……なさい」
自身と青葉の関係を除いては。
(ごめんね、青葉。ごめん、ごめんね……)
顔を俯かせ、古鷹は青葉から目を逸らす。それを拒否と受け取ったのか、青葉は顔を青ざめさせ、酷く怯えた声で謝る。その声音に古鷹は顔を上げそうになるも、押しこらえるようにして拳を握り締める。
喉元まで言葉が出かけているのに。あと一歩踏み出すだけでこの関係が変わるというのに、その一歩は果てしなく遠かった。
青葉が感じている責任。それは、古鷹自身よく知っている。サボ島沖海戦において、青葉の誤認により味方艦隊は大きな損害を被った。
しかし、古鷹は青葉の責任で、などとは微塵も思っていない。結果的に損害を負うことになり、自身は沈んだ。だがそれは守るために、“青葉を守るために自身がとった行動の結果”に過ぎない。
(私は恨んでなんかないよ……青葉ぁ)
身を呈して青葉を庇った時点で、既に命を賭す覚悟は出来ていた。時代も時代である。いつ沈んでもおかしくない戦時下、遅いか早いかの違いだったのだ。
その時代で、姉妹とも呼べる青葉を長女として庇う。傷を負いながらも青葉が戦場を離脱するのを見た時、己の中に湧き上がってきたのは安堵のみだった。
青葉と話せない理由。それはもちろん、気まずいというのもある。だがその気まずさは青葉の責任だと思っているため、などではなく、むしろ自身が沈んでしまったことにより青葉が責任を感じてしまっているため。
古鷹の考えるサボ島沖海戦の行方。それは、同士討ちの可能性を最後まで捨てきれなかった青葉だけを非難するのではなく、その重さを分かち合うこと。誰もが困惑し、敵も味方も混乱したあの戦いにおける責任を、同じ戦場にいた重巡として一緒に受け止めること。
青葉とは昔のように仲良くしたい。だがそれは、古鷹からもう気にしていないと話しかけてしまえば、気を遣わせてしまったと思わせることになり、青葉がこの先もずっと後悔し続ける事になってしまうだろう。
古鷹が聞きたいのはただ一言であった。建前でも構わないから、「また会えて嬉しい」、と。
「青葉、一度だけ水雷戦隊が前に出るわ。目標はまず、赤い軽巡ホ級。可能な限り、そちらで対空戦闘をお願いできない?」
「わ、わかりました、夕張さん」
夕張が青葉に指示を出し、すぐさま軽巡と駆逐からなる水雷戦隊を引き連れて全面へと押し出て行った。振り向き、青葉は指示を出す。
「じゃ、じゃあ皆さん、単縦陣です。青葉たちは支援砲撃を行いつつ、対空戦をしますよ」
全員が頷き、主砲を構えて夕張率いる水雷戦隊へと続いた。既に、前方では戦闘が始まっていた。
「後ろからの航空機は気にしないでください、前方の艦隊を援護します!」
深海棲艦の航空機が、幾重もの数機編成を織り成し、前方の艦隊へと波状攻撃を仕掛けていた。爆弾を投下する体勢に入り、その多くが撃墜されてしまうも、投下に成功する個体もいた。ただし、その爆弾が命中するとは限らない。
が、状況から言えば軽巡3人と駆逐5人の水雷戦隊はやはり劣勢であった。対空兵装が充実していない中で、雨あられのように爆弾が次々と投下される。時には足元に魚雷が忍び寄っており、慌てて回避することもある。
重巡の4人はしきりに対空砲火を行っていた。しかし、弾幕の厚い重巡の艦隊より、手薄な水雷戦隊の方へと攻撃が集中してしまうのは、やはり当然の結果だったのだろう。
そして、とうとう被害が出てしまう。
「きゃあっ! や、やだ、ありえない……」
対空射撃に夢中になり、足元の魚雷に気づかなかった叢雲が魚雷をまともに受けてしまい、中破の損害を負ったのである。
(叢雲ちゃんが……。あ、青葉に意見具申を――)
「よくも――。やっぱり私たちが前に出ます! 夕張さんたちは被害艦を援護しながら離脱してください!」
「叢雲ちゃん大丈夫!? ごめんね青葉、あとは頼んだわ!」
青葉の表情が引き締まり、夕張へと指示を出す。その言葉は、何も言っていないというのに、まるで自身が望んだことをそのまま代弁したかのよう。
夕張たちが後退する中、重巡4人は止まることなく前へと進む。
「複縦陣を! 対空戦闘に備えつつ、軽巡に接近します!」
青葉から大きな声で指示が飛ぶ。先程までの様子は欠片も見せず、ただ目の前の戦闘に目を向けていた。
青葉と古鷹が先頭、その後方にそれぞれ衣笠と加古が追従し、上空から来襲する深海棲艦の航空機の攻撃を防ぐ。
高角砲が、機銃が、硝煙の匂いを沸き立たせ、あの頃の戦闘を思い出させてくれる。
「敵艦が見えました! 衣笠と加古はそのまま対空戦闘をしてください! 我々は水上戦闘用意、一度で仕留めます!」
指示通りに、古鷹は対空戦闘を中止して主砲を構える。視界の先に見えたのは、一瞬だけ女性のようにも見えた赤いホ級。
「全速前進! 方位30度、目標ホ級、主砲撃ちー方、始め!」
重巡洋艦の砲撃、連装砲からなる計6発の砲弾が軽巡へ向けて、音速を超えて空間をかじる。
ホ級は弾幕を展開してその砲弾を迎撃しようとしたものの、質量的問題からか弾幕を突き破られ、計3発の砲弾が軽巡ホ級に直撃した。
膝から崩れ落ちるホ級。しかし水面に倒れこむときには、既にワインレッドの長髪の羽を生やした綺麗な女性へと姿を変えていた。
「対空戦闘始め!」
そうして、再び対空戦闘へと移行する艦隊。艤装に備え付けられた対空砲を、対空機銃をバラ撒き、急降下してくる爆撃機を、魚雷投下体勢に入る攻撃機を打ち落とす。
いつしか、来襲する航空機はいなくなっていた。上空には、戦闘機がブンブンとそれこそ虫のように飛び回っているだけ。
「爆撃機と攻撃機は全て落としたようです! 母艦の掃討に入ります!」
「おうよっ!」
「艦隊、単縦陣へ!」
軽巡ホ級を倒した先に見えた、航空母艦の深海棲艦。大型の空母に比べ少し小さめであることから、どうやら軽空母であったらしい。
「目標を軽母ヌ級と呼称! 全艦、撃ちー方用意!」
そうして、赤い軽母ヌ級へ向けて全速力で接近する艦隊。しかし古鷹は、青葉の指示を受け入れつつもどこか心に引っかかる部分があった。
(軽空母……しかいないけど、あの一体が100機も航空機を出したの?)
軽空母。一般的な航空母艦に比べ小型であり、その分搭載できる機数も少ない。通常は50機前後、多くて60機程度が限界であるというのに、到着した頃には既に100機が展開していたのだ。
単純に航空機の搭載数が多いと見るには多すぎる数。謎の赤い気配を纏っているからという理由で終わらせるには納得のいかない疑問。
が、古鷹の抱える不安ともとれるような懸念は一瞬で解決を迎え、それは瞬く間に目前に広がった。
金&土符『エメラルドメガリス』
視界一面が緑色に覆われる。握りこぶしほどの緑色の弾幕と、人の赤子ほどもある緑色の大きな弾幕。宝石のような弾幕たちがまるでダンスのごとく無数に踊り狂い、あるいは美しささえ伴って攻撃を織り成す。
更に、握りこぶしほどの弾幕。必死に避けてはいたものの、回避したものは背後で弾幕から航空機へと変貌を遂げ、思いもよらぬ攻撃となって古鷹たちを襲う。
「落ち着いてください皆さん、複縦陣を! 対空射撃に集中してください! 大きな方に当たらない限りは装甲はおそらく貫通しないはずです!」
自身の予想が悪い形で的中してしまったことに、古鷹は眉をひそめながら、前から来る切れ目ない弾幕と後ろから来る大量の航空機に対処する。
「お、おい青葉! 言いたくないけどこれちょっとヤバいんじゃ――」
「加古も重巡なら自分の装甲を信じてください!」
「ねえ青葉、弾幕って航空機に変わるものなの!?」
「そんなの青葉も知りません!」
必死に、それぞれがそれぞれ攻撃を受けないように立ち回る。それでも、陣形は円を描いたまま崩れることはない。
だがそれでも、弾幕と航空機による絶え間ない猛攻。いかに重巡洋艦で編成された艦隊であろうとも、航空機が際限なく増え続ければその対応にも限界が来る。
「はわわ! 痛いわね、この!」
大きな弾幕を回避したところで、衣笠が爆撃機の攻撃を受けてしまい、小破する。負けじとその爆撃機を撃墜したものの、受けた傷が消えるわけではない。
それを見た青葉は、何かを決心するように口を開く。
「衣笠が被弾しました。もう対空戦闘を維持するのは難しいです。そこで、せめてこれ以上航空機が増えないように、母艦を最優先に叩きます!」
「突撃ィ? いいけど、対空戦闘はどうすんのさ!」
「接近する敵機以外は放っといてください!」
「まあ、仕方ないよね!」
「へへ、燃えてきたぜ!」
「古鷹も――! いいですか!」
「!? う、うん、わかった!」
最高速度を維持したまま、陣形を輪形陣から単縦陣へと変化させる。そして、距離をとりつつある赤いヌ級を睨みつけるようにして。
青葉が指示を叫ぶ。
「戦隊全艦、突撃します! 砲撃は各個に行ってください!」
「衣笠さんにお任せ!」
「よっしゃあ! あたしの出番だね!」
「うん……うんっ、これでやっと……!」
重符『第六戦隊』
――重巡『青葉』『衣笠』『古鷹』『加古』
その指示に、衣笠も加古も血気盛んになる。昔馴染みの仲間、懐かしき雰囲気を思い出した古鷹自身も、少しだけ高揚感を覚えながら叫んだ。
「主砲狙って、そう――撃てー!」
声を上げた時、青葉が僅かに安心した表情になったのを古鷹は見逃す。
砲撃は装甲に阻まれることもあったが、命中弾はほとんど直撃となっている。重巡洋艦の重たい一撃に、ヌ級は被弾する事に体をよろめかせた。
そんな時、青葉の頭上に爆撃機が急降下してきたのを、古鷹は見逃さなかった。だが距離が近いために、対空射撃は行えない。
「青葉ぁ!」
「させませんよ!」
その躊躇いを抱いた一瞬の間に、その爆撃機をピンポイントで撃墜したのは早苗である。瞬間、あたり一面に弾幕が散ったかと思えば、軽母ヌ級の弾幕と航空機は一瞬だけ早苗によって相殺されていた。
ふと上空を見上げれば、魔理沙も上空に蔓延る航空機を片っ端から叩き落としている。
この苦しい場面を、一瞬にして転換した早苗。それに魔理沙。
その隙を、艦隊が見逃すはずがない。
「全艦斉射! ありったけ!」
やがて、徐々に距離を詰める艦隊。重巡4人による砲撃が続く。
重低音と腹の底に響く衝撃が続く。軽母ヌ級は未だ形が残っているのが不思議なまでに砲弾を撃ち込まれる。そして――
「ア、アア――ア……アリ、ガ……と」
青葉の放った一撃。轟音とともに赤いヌ級は水面へと倒れこみ、瞬きをする間にも紫色の髪の少女の姿に変わっていた。
艦隊全員がため息をつき、主砲を下ろす。航空機はいつの間に消え去っており、上空には魔理沙と早苗が辺りを見回している。
が、古鷹は状況を確認するより前に、青葉の元へと駆け寄った。
「青葉、さっきの爆撃の怪我はない!?」
「ひゃあ!? だ、大丈夫です、早苗さんのおかげで被弾はしてないので」
「よ、よかったぁ……」
体をペタペタと触り、怪我がないかを確認する古鷹。その様子に青葉は顔を赤くしたり青くしたりと大忙しであることに、古鷹は離れてため息をついてから気づく。
かつても、そして時代を超えて戦場を共に。乗り越えて手にしたものは、絆とも友情とも取れない、形容しがたい温かな慈愛であった。
早苗が赤い髪の女性を、魔理沙が紫の髪の少女をそれぞれ水辺から引き上げ、青年のいる陸へと連れて行く。
それを一目眺めてから、古鷹は視線を青葉から逸らしながらも口を開いた。
溢れ出す感情は止まらない。話をしないなどという曖昧な決心は消し飛んでいた。今はただ、この世界でもう一度出会えた喜びを伝えたい、と。
「あのね、青葉ぁ」
「は、はい……」
「私は……青葉が大好きだからね?」
「……えっ。あ、あの……ふ、古鷹……?」
「“昔から”……“ずっと”、大好きだからね」
「……あの、あ、青葉も、ふ、古鷹に会えて、また……会えて……ぇ」
そして、青葉は両目を大きく見開いてから、その目尻に大粒の涙を貯める。口を開けて閉じて、震える唇に両手を添え、双眸から雫をこぼした。
「う、うああああッ――青葉は、青葉は――ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい、古鷹……古鷹ぁ――!」
「最後まで……一人で……よく頑張ったね」
泣き崩れる青葉に寄り添い、その細い身体を力いっぱいに抱きしめる。胸にこみ上げるものがあるのは青葉だけではなく、古鷹も青葉に身体を預けて顔を埋めた。
抱きしめ、抱きしめられる力がお互いの身体を締め付ける。苦しくもあるそれは、古鷹が長年、それこそ最後に沈み、青葉の背中を見送った時から望んでいたものであった。
「蚊帳の外で寂しそうね?」
「自分たちで解決したようですから、僕は満足ですよ」
「でも凄いわね、あの4人。パチュリー様を倒すなんて……。それに、あなたの言っていた早苗という子、やるじゃない」
隣で咲夜が少しばかり呆然としているのを傍目に見つつ、青年は青葉と古鷹が湖の上で抱き合っているのを見て胸を撫で下ろす。加古と衣笠は少し距離をとり、やれやれといった顔で二人を見ていた。
青葉と古鷹。この二人の関係というのが、青年の艦隊において最も懸念すべき事項であった。だがそれも、予想より早く結末を迎える。
(良かった。本当に……良かったよ)
あとは紅魔館に関わるこの異変の原因を突き止め、早期に解決するだけである。霧の湖は完全に制圧完了し、残るは紅魔館だけとなった。
そして、咲夜の話では館の中に最後の人物がいるらしい。となれば、空を飛ぶことのできる魔理沙や早苗が主となって解決に当たるしかない。
だが、魔理沙や早苗が見せつけた強さを持ってすれば、おそらく解決はそう遠くないだろう。
「カミツレさん。先程戦った二人ですが、やはり怪我は一つもないですね。少し水を飲んでしまったぐらいのようです」
「わかった。怪我してるのにごめんね、さなちゃん」
「いえ、これぐらいでは怪我のうちにも入りません」
隣に現れた早苗が、ニッコリと微笑む。その笑顔にどうやら嘘偽りはないようで、肩の怪我は今はあまり気にしていないらしい。
「それから、これを。落ちていました」
深海棲艦を倒し、艦娘のカードが、または深海棲艦の素体となった人物が現れる。深海棲艦が言葉を話す時、紅魔館の面々と親しい咲夜の話によると、本人の意思に関係しているようなことを話すという。
純粋な深海棲艦が話した、という話は今のところ聞かない。しかし、もし素体となった人物の意思に基づいて話すとなれば、深海棲艦という存在は強い意思の結晶とも言えるのだろうか。
そして、深海棲艦を倒して艦娘が現れる、ということは――
「航空母艦、鳳翔です。不束者ですが、よろしくお願い致します」
「クマー。よろしくだクマ」
現れたのは、おしとやかな雰囲気を醸し出す軽空母と無邪気な印象を受ける軽巡洋艦であった。
軽空母、鳳翔。着物に身を包み、肩には甲板と思しき艤装。弓を持ち、まとめ上げた髪と柔らかく微笑むその姿は、大和撫子という言葉を連想するに易い。
軽巡洋艦、球磨。茶色の長髪と細い肢体。一風変わったセーラー服を身にまとっており、その場でくるくると回り出しそうなほどに身のこなしは軽い。
空母という艦種を、青年は初めて迎え入れた。咲夜の話していたパチュリーという少女が深海棲艦と化した時に軽空母になっていたが、あのような戦いをするのかと思えば非常に興味深い。
2人の歴史を知るように、2人は自身の歴史を知るのだろう。それをどう思うかは、今更気にすることではない。
2人に話しかけようと思ったその時、青葉と古鷹が陸へと上がってきた。青葉は真っ赤になった目元をゴシゴシと擦り、古鷹が苦笑しつつハンカチを渡す。
「司令官……」
「青葉、怪我がなくて良かったよ。それに……無事に終わったみたいだね」
「はい……」
強く頷き、再び涙をこぼす青葉。古鷹は青葉の背中をさすって落ち着かせながら、青年に対しても苦笑していた。
「司令官の……おかげです」
「どうして? 僕は何もしてないよ?」
「司令官には、吹雪さんとの問題の時にお言葉をかけてもらいました。その後古鷹が来て……ずっと動転してましたが、青葉は青葉なりに司令官の言葉を噛み砕いてみたんです」
「……それは?」
「過去に囚われるだけじゃなくて、望む未来を捕まえることが大切だって」
「……僕は関係ない。青葉が気づいたことだよ」
青葉の回答に、青年は一つ息をついた。自身とは違う形で過去に縛られていた青葉。だが、そこから前へ進むことを、自分で見つけたのだ、と。
青年が発したあの言葉にそのような意図はなかった。今目の前にあるのは、あくまで青葉が気づき、見つけ、そして繋げたもの。
「青葉は過去に取り返しのつかないことをしました。でも、古鷹が許してくれて、青葉も古鷹が大好きで、昔みたいに戻りたくて、それで――っ」
「……うん。大事なものは、手放したらダメだよ?」
「はい!」
泣きながら太陽のように笑い、敬礼をする青葉。古鷹は青葉の手を握り、同様に青年にお辞儀をしていた。
これで良かったのだろうか、と悩まないわけではない。だが、現に青葉と古鷹は関係を取り戻し、とても幸せそうに笑っている。
――過去の記憶を乗り越えて。
(僕ももっと――。いや、僕は……)
幻想郷に何が待ち受けているのだろうか。自分は幻想郷に受け入れられているのだろうか。
自分は本当に過去を乗り越えられたのだろうか。世界を超えただけで、人一人の意思は本当に変わるのだろうか。変われるのだろうか。
艦娘を指揮する立場といえど、艦娘に学ぶことは少なくないだろう。それは、同じく過去に一物抱えている者同士として。
――まるで傷を舐めあうように。
「――面白イ“運命”ヲ感ジルワ」
日は完全に沈み、夜が訪れていた。霧の湖の霧は晴れたものの、突如として赤い霧が辺りに漂い始める。その出処は、目標としている紅魔館からであった。
その背後、上空には、真っ赤な月が暗闇の世を照らす。
「――コンナニ月ガ紅イカラ」
――再び、小さな少女の声。鋭く、それでいて優しさを伴うが、その声音からは例えようのない畏怖しか感じられなかった。
声の聞こえた方向に、青年は全身に鳥肌を立たせる。
白い肌、白い髪。どことなく不気味さを帯びながらも子供の可愛らしさを持つ“それ”は、酷く冷静に、酷く嘲笑的に。
まるで自身こそ崇高であると主張するかのように、不敵に微笑んでいた。
「楽シイ夜ニナリソウネ」
着任
鳳翔型航空母艦『鳳翔』
球磨型軽巡洋艦一番艦『球磨』
目前着任:序章:特Ⅰ型駆逐艦一番艦『吹雪』
特Ⅰ型駆逐艦五番艦『叢雲』
特Ⅱ型駆逐艦九番艦『漣』
特Ⅲ型駆逐艦四番艦『電』
白露型駆逐艦六番艦『五月雨』
天龍型軽巡洋艦一番艦『天龍』
司令長官『茅野守連』
第一章:天龍型軽巡洋艦二番艦『龍田』
夕張型軽巡洋艦『夕張』
青葉型重巡洋艦一番艦『青葉』
古鷹型重巡洋艦一番艦『古鷹』
古鷹型受巡洋艦二番艦『加古』
青葉型重巡洋艦二番艦『衣笠』