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楼主: wewewe

[转载作品] (小说断更及作者失踪)提督が幻想郷に着任しました 序章 東方風神録

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 楼主| 发表于 2021-11-20 10:57:02 | 显示全部楼层
027 大漁旗を掲げよ!

 砂浜沿いにて佇む青年。同じ青でありながら違う青で境界を引いている水平線を見渡すと、そこには楽しそうにはしゃぐ艦娘たちの姿があった。

 

「電、レディならしっかり釣竿を起こしなさい!」

「はわわわ、スゴイビクビクしてるのです!」

「おいチビたち大丈夫か! 待ってろ、今手伝ってやる!」

 

「――ッ! そこだクマ!」

「あら~、素手で捕まえるなんてすごいわねぇ」

 

「青葉たちは大物を狙っていきましょう」

「いっぱい食べるところあるもんね!」

 

「くっ、なかなか手ごわいなコイツ! 誰か、手を貸してくれ!」

「長門さん、クジラを釣り上げようとするなんて……ロマンがありますね!」

「鳥海、わかってくれるか! 今だけはこの長門、捕鯨船になろう!」

 

 和気藹々とキャピキャピした雰囲気――中にはたくましい艦娘もいるが、艦娘たちは概ね楽しそうに魚釣りに励んでいるようだ。

 

 沖合に出ている漁業艦隊旗艦の叢雲によると、漁は好調らしい。鎮守府の食料を賄うには十分すぎる量が既に確保できた上に、魚が減る様子も一向にないという。獲りすぎれば生態系にダメージを与えることになるのだが、叢雲の報告を信じるならばいらぬ配慮であるようだ。

 長門と赤城が鎮守府にやってきたことで、食料の消費量が増えることが懸念されたが、何ということはない。深海棲艦から制海権を取り戻したことで、海洋資源に手を出せるようになった。当面は食料に関して心配はないだろう。

 

 尚、砂浜では拗ねた早苗が砂の城を築いていた。話しかけてもそっぽ向かれるために理由を尋ねるのだが、「もっと乙女心を勉強してください」と言われてしまう始末。

 仕方ないので、その傍にいる吹雪に、早苗が何故怒っているのか聞こうとしたが、

 

「あっさりー、しっじみー、はーまぐーりさーん♪」

 

 潮干狩りに没頭しているので、話しかけるのはやめておいた。

 

(それにしても、潜るのは少しぶりだな)

 

 青年は今、幻想郷に持ってきた荷物の中から引っ張り出してきた、潜水装備を身に付けている。目的など、一つに決まっている。

 幻想郷に来て食事量が増えた結果、ある程度肉も付いた。加えてダイビングスーツを着用しているために、体の下の傷も見えない。かつては仕事の同僚に痛々しい視線を向けられたこともあったのだが、もう問題ないだろう。

 

 ゴーグルを着用して水辺に近寄ると同時に、青年はにとりとの会話を思い出す。

 

『えっ、漁船は造れないの?』

『正しくは、航海に耐えるだけの強度と剛性を持つ船、だね。川に浮かせる小舟程度ならできないこともないけど、波に耐えるような船の技術はもう“廃れた”んだ』

『廃れた……艦娘の艤装じゃ参考にならないかな?』

『靴の形はそれっぽいけど、残念ながら艦娘の艤装は“人型に与えられた設計”だから、実物の船への転用はできない。要望に応えられる実用に耐えうる船を造るとなると、流石の私も三年はかかるね』

『三年……』

『まあまあ、釣竿ならいくらでも作ってあげるよ。なんなら網だって作っちゃう。それから盟友、潜れるんだよね? だったらこれとこれもプレゼントするよ』

 

 身体を海に浸しながら、青年はにとりから受け取った水中呼吸器と、やけに大きく重たいモリを装備し、海中へと挑むのであった。

 

 

 

 

 

 不機嫌そうな顔で、曙は釣竿を振るっていた。これで釣れないならばまた愚痴の一つも増えるのだが、生憎と釣り糸を垂らした瞬間に魚が食いつくため暇などない。

 

「ブツブツ――全く、どうして私がこんなこと」

「曙、口より手を動かしなさい」

「あんたは悔しくないわけ? 仮にも誇りある軍艦が漁船の真似事をしてるのよ?」

「はにゃ? 私たちは軍艦じゃなくて補助艦艇だよ?」

「漁船の皆さんにも色々お世話になりましたし……」

「うー、もう! そうだけどそうじゃないのよ!」

 

 ちなみに誇りある軍艦の代表中の代表。かつて日本の誇りとまで呼ばれた長門はその時、未だにクジラと格闘を繰り広げているのだが、曙はそんな様子を視界に入れない。

 

 曙はかつて、軍上層部より大きな非難を受けた。それは主として、空母を守りきれなかったことに対するもの。だが、自身の役割以上の無茶を押し付けられた結果としての非難は、あまりにも自身にとっては無情なものであった。

 それには姉妹艦の潮の影が見え隠れするのだが、潮のことを恨んでいたりするわけではない。むしろ、恨めしく思ったのは命令を出した軍上層部に対してである。

 どうせ青年も同様に自身を扱うのだろう、と。記憶の共有があるならば、自分に対する接し方など分かりきっているようなものなのだから。

 

 と、思っていたのだが、あまりにも青年が軍とのイメージからかけ離れていたために、曙も調子が狂うのである。青年に対するものではない憤りを理不尽にぶつけても、当の青年はそんなものどこ吹く風の対応なのだ。

 これではまるで自分が阿呆ではないか。もしかすると、青年はこのように悩む自身を笑っているのではないかとも思い込んだが、やはりただの思い込みであるらしい。

 

 ともあれ、漁は続く。その中で、やはりどうしても腑に落ちない疑問というのは、口に出してしまうのが曙の性分である。

 

「ねえ。アンタたち、あの提督についてどう思ってるのよ」

「どう……って?」

「好きか嫌いかとか、気に入らないとか、なんでもいいわ」

「あの、潮は……私は、こうやって戦うわけでもなく魚を獲ることなんて、戦争をしていた頃は考えもしなかった……です」

「そうね……少なくとも、今をこうして平和に過ごせているのは、どんな形であれ司令官の采配があったから、だと思うわ」

 

 潮と朧が、それぞれ答える。少なくとも、悪印象を持っているわけではない、との意思表示なのだろう。

 青年自身が艦隊に影響を与える指揮を下したことは数える程しかない。艦娘が青年に心身ともに振り回されている部分は多かれ少なかれあるが、それによる事態の好転は、果たして采配に含めてもいいものなのだろうか。

 青年は逆に、艦娘に振り回されていると思っているとは思うが。

 

「……まあ、確かにそうかもしれないわね。で、でも、この艦隊の運用に関しては、私は認めないわよ。こんな指揮初めてだわ!」

「そりゃ、司令官は元々一般人で、私たちの記憶の中の運用を頼りに指揮してるわけだし。でも、近々長門さんが司令官に指揮とか色々教えるらしいわよ?」

「朧、それ本当? ……まあ、長門なら安心でしょうけど」

 

 その長門はというと、クジラを取り逃がして落ち込んでいた。鳥海が気を遣って慰めの言葉をかけているのが、むしろ長門の哀愁を引き立てる。

 

「漣、あんたはどうなのよ。一番最初に提督の艦娘になったんでしょ?」

「曙ちゃんの言いたいこともわかるよー。確かに、ご主人様の能力で上下関係は“暫定的”に決まってるけど、正直従う理由がないといえばないからねー。刃向かおうと思えば別に刃向かえるわけだしぃ?」

 

 イタズラっぽく、漣は笑みを浮かべる。

 

「命令も強制じゃないし、この体と幻想郷ならどうとでも生きていけるし、望めばご主人様も止めないだろね」

「……なら、なんでよ」

「自分の事でも一杯一杯なのに、漣たちのこともちゃんと考えてくれてるから。漣は幻想郷の鎮守府、軍じゃなくて家族みたいだにゃーって思ってるし」

 

 家族、と漣はいう。

 思えば、かつて艦だった頃の自分はどうだっただろう。上層部からの非難こそあれ、艦内はそれこそ家族のようなまとまりがあった。

 青年を罵れば何かが変わるのか? 青年に従わないことで自己が確立されるのか? 否。それは子供の我儘にも近い、ただの八つ当たりだ。

 漣が家族のようであると言った意味。青年が何を求めて今の艦隊があるのかわかっていようものなのに、自分だけが意地を張り続けることに意味はあるのか――。

 

 考えた込もうとしたところで、曙は遠目に見える海面に、チラリと怪しげな物体を見る。そしてそれが何かを瞬時に理解したことで、顔を青ざめさせた。

 

「ね、ねえ、潮。近海の制海権、本当に奪還したのよ、ね?」

「そ、それは間違いないです。長門さんが空母を沈めたから……」

「水上艦だけ……?」

「……え?」

 

 

「深海棲艦には……水上艦しかいないの?」

 

 

 瞬間――朧が、漣が、潮が、顔を青ざめさせる。

 誰よりも早く動いたのは、朧であった。

 

「――ッ! 全艦に引き上げるように打電! 駆逐艦は対潜哨戒! 司令官は!?」

「い、今潜水して魚とか獲ってた気がするかも。やばいよ、下手に爆雷使えないじゃん!」

 

 かつて、姉妹艦である漣も含めて、曙の目の前で様々な艦を沈めた艦――潜水艦。

 大戦中に何度も痛い目を見た自身たちにとって、深海棲艦に潜水艦がいないという思い込みと、それを青年に伝えていないことは、酷く迂闊すぎたのである。

 

 

 

 

 

(魚、本当に沢山いるんだな。水の透明度も高いし、塩分濃度も知る限りじゃ普通。これじゃ、本当にただの綺麗な海としか言いようがないや)

 

 視界一面に広がる透き通った水色と、その中を気持ちよさそうに泳ぐ魚たち。青年はその中を一緒になって泳ぎ、いつしか魚を仕留めることすら忘れていた。

 

(気持ちいい……。ずっと泳いでいたいけど、そろそろ戻らないとな)

 

 全身に自然を感じるのは青年としても非常に心安らぐのだが、残念ながら時間は限られている。これから青年もやるべきことがあるのだから。

 と、海面に浮かぼうとしたところで、何やら見慣れぬ物体を海中の遠くに見かける。

 

(ん、クラゲ? タコ? いや、白いからイカ? 人より大きいみたいだけど)

 

 触手のようなよくわからないものがウネウネしているのはわかるのだが、いかんせん見慣れない生物である。もしかしたら幻想郷にのみ存在する新種なのかとも思い、青年はその生物にゆっくりと近づいていく。

 

(……気味が悪いなあ。深海生物っぽい形だけど……深海生物? 幻想郷に特有の深海生物って……)

 

 あと2mもすれば触れられる距離に近づいたとき、その生物はおもむろに口と思われる部位を開く。それは、生物がエサを捕食する体勢と酷似していて――

 

 

(うわああああああぁッ!)

 

 

 心の中で叫び、無我夢中ににとり製のモリをその生物に突き刺した。

 

 瞬間――青年は目の前に広がる謎の爆発と同時に、気を失ったのである。

 

 

 

 

 

「あれ、ここにもない。こっちにもない」

「あら、にとり。どうしたの?」

「あ、夕張。いやあ、ここに置いておいた指向性爆薬の試作品がなくなってるみたいで」

「指向性の? それなら、私があの変な形の魚雷に組み込んでおいたわよ」

「変な形の魚雷? あっ……」

「な、何、どうしたのよ」

「あれはいろんな機能を集約させたモリなんだ……光学迷彩とか」

「海中で使うモリにどうして光学迷彩……。モリなのね、道理で推進装置が見当たらないと思ったわ」

「ち、ちなみに爆薬の向きは……」

「ちゃんと相手側に向けてあるわよ。そこに置いておいてはずだけど」

「盟友がモリを欲しがってたから渡したんだ」

「…………」

「…………」

 

 

 

 

 

 意識が戻ると同時に青年を襲ったのは耳鳴りであった。爆発による衝撃は不思議とそれほどなかったが、身がすくむほどの爆音が耳に届いたのはよく覚えている。

 どうやら砂浜に寝かされているようだが、なにやら周りが騒がしい。

 

「起きなさいよ……起きてよぉ、ねえ……」

「対潜哨戒終了――。『全艦帰投セヨ』っと」

「なんでまた私の目の前で潜水艦なんか……。起きてったら……提督……クソてーとく……」

「む、叢雲さん! カミツレさんは無事なんですか!」

「怪我はないわ。気を失ってるだけよ」

 

 周りの声も聞き取りづらくはあったが、徐々に聴力も戻りつつある。目を開けた青年はその場で上体を起こし、ゆっくりと周囲を見渡した。

 

「カミツレさん、大丈夫ですか!?」

「……あー、うん。多分平気っぽい」

 

 立ち上がって身体を動かすも、特に異常はない。身体をブラブラと動かしている様子を見てか、早苗はホッと胸をなで下ろしていた。

 

「叢雲、何があったの?」

「アンタが一番よくわかってるんじゃないの?」

「……確か、海中で変な生物を見かけて、襲われそうだったからモリで突いたら何故かモリが爆発して……後でにとりさん問い詰めないと」

「その生物、間違いなく潜水艦の深海棲艦よ。アンタが倒したの以外にもいたみたいだわ」

「潜水艦、そういうのもあるのか……!」

「曙が気づかなかったら艦隊が危なかったわ。近海はこれで本当に安全よ」

 

 見れば、曙はいつものツンツンとした表情ではなく、どこか何かに怯えているような顔であった。服をギュッと握り締め、目尻に大粒の涙を浮かべている。

 青年は曙と目線を合わせるようにしゃがみ、できるだけ優しく微笑みかけた。それは、提督と艦娘という上下関係など関係なく、小さな子を慰める大人のように。

 

「曙?」

「――っ、な、何よっ」

「ありがとう。曙が皆を守ったんだ。本当にありがとう」

 

 目線を合わせないようにしていた曙が、驚いた顔で青年を見る。

 

「潜水艦が現れたのは初めてだ。でも、曙が潜水艦を見つけてくれたから、今みんなは無事でいられるんだろう? 曙のおかげだ。“曙が艦隊にいてくれて”、本当に良かったよ」

 

 

 

 

 

 その言葉は曙にとって、酷く心を揺るがす。ただ当たり前のことを言われただけなのに。ただ自分がするべきことをしただけだというのに。

 どうしてこんなにも、涙が止まらないのか。

 

「う、うあ、うっ……」

「あ、曙!? ど、どこか怪我してる!?」

 

 自分の方が重症のくせに人の心配をするなど、やはりこの提督はどこかおかしいのだろう。だがそのおかしささえも、今の曙にとって薬にはならない。

 

(ああ――そっか)

 

 本当に望んだもの。心の隅で願ったこと。

 

 それは――認められることだったのかもしれない。

 よくやったな、と、褒めてもらうことだったのかもしれない。

 

 が、涙が止まらない。青年に返事をしたいのに言葉も出てこない。

 今更素直になるのが恥ずかしくて。素直になったらなったでからかわれるのも嫌で。

 

「私に十分感謝しなさい」

 

 目元の涙を拭いながら、すぐに喉元に出てきた憎まれ口を叩く。

 素直になれるかも知れないこの幻想郷で、少なくとももうしばらくは、自分のわがままに青年を付き合わせることとしよう。

 

 僅かばかり微笑んで、

 

「このクソ提督!」

 

 少しばかりの親しみを込めながら。

 

 

 

 

 

 青年は早苗と艦娘とを伴って人里に来ていた。にとりの用意した大型の保冷箱は優秀なようで、太陽がジリジリと照らす中で運んでも、中の魚は傷んでいない。

 獲れた魚の半分は鎮守府と守矢神社へ運んだ。そして、もう半分はというと、

 

「みなさーん! 守矢神社、守矢神社からお魚を届けに来ましたよー!」

 

 人里にて、魚の配布を行うことになったのである。

 

 

 

『カミツレ、一つ相談があるんだが』

『はい、なんでしょう神奈子さん?』

『私と諏訪子が神であることはお前も知っていると思うが、我々は信仰によって生かされている。幻想郷へ来たのは、外の世界で信仰を得られなくなったからだ』

『あ、以前話してましたね』

『今現在信仰を得ているのは、妖怪の山の一部の妖怪からのみ。紅魔館や鎮守府で私たちの力は見たと思うが、正直な所このままでは信仰が足りずに消えてしまう』

『消え……えっ?』

『そこで、だ。一つカミツレにも協力してもらいたい。艦娘たちに私たちを崇めろとは言わん。私たちが信仰を得るための手段を、お前なりに考えて欲しい』

 

 

 

 ある日の神奈子との一幕。そう言われては、守矢神社にお世話になりっぱなしの青年としては断ることはできない。そもそも断るつもりもなかったが。

 ただ、

 

 

 

『ううーん、もう飲めない』

『ちょっと神奈子、重たい。私も頭痛いんだけど』

『いいだろ諏訪子―。抱き枕の早苗が今出かけてるんだから、代わりにお前を抱く』

『はあー。……ま、たまにはいいかもね』

『何、本当か? クンカクンカスーハーペロペロペロ……幼女はいい匂いがするな』

『キモ。やめてよ、加齢臭が感染るじゃん』

『お前も大して年は変わらんだろうに。あと加齢臭なんてしない、酒臭さだ』

『くっさ。もう、さっさと寝るよ。二日酔い直さないと』

『ああ、そうだな。こんなとこ誰にも見せられ……』

『…………』

『…………』

『カ、カミツレ君、いつからいたの?』

 

 

 

 神社に魚を届けた際に見た、あの柱のだらしない姿は、人々教えるわけにはいかないだろう。信者が減るどころか幻滅しかねない。

 

「海の幸だが!? ありがてえありがてえ……」

「ええ。今後共、守矢神社をよろしくお願いします」

「海の魚ってのは美味いんでや? 捌き方なんで知らねど?」

「捌き方は今から――ほら、彼女が教えてくれますよ」

 

 と、人里の中の人だかりにて、用意されたステージに登るのは鳳翔。

 

「鳳翔と申します。僭越ながら、今から魚の捌き方をお見せ致しますね」

 

 ニッコリとした笑みを浮かべる鳳翔に、人だかりの中で頬を染める男が数名。そしてわかりやすい説明とともに、鳳翔は丁寧に魚を捌いていった。

 

「カミツレさん、どうですか?」

「まあ、かなり満足のいく結果になったんじゃないかな? 感触はいいと思う」

 

 その言葉に早苗は「良かったです」と息をつく。青年としても、これで守矢神社に少しでも恩が返せるならこれからも続けるつもりである。

 加えて、

 

「守矢神社の人だっぺ? 魚もらって嬉しんだげども、オラ今は金なんがねっぺ?」

「ああいえ、今回はお代は結構です。元々僕らのことを知ってもらうためのものですし」

「んだげども……んだ、じゃあこれもらってぐれ」

 

 魚の代わりに、野菜やら米やらをこれまた沢山もらったのである。魚から得られる利益としては十分ではないだろうか。

 

 本来ならば人里の者に漁を任せる予定だったのだが、船の技術がないならば仕方ない。今後の艦娘の任務には、漁と魚の輸送は欠かせなくなりそうだ。

 

「おや、カミツレ。これは何の祭りかな?」

「あ、慧音さん。いえ、艦娘の皆と漁をしまして、人里の方に守矢神社や鎮守府のことを知ってもらうのとついでに、魚を配っているところです」

「ほう、魚か。確かに、海の魚は食べたことがないなあ」

「慧音さんにもお世話になりましたから、遠慮せずにもらってください」

 

 他にも、

 

「おや、カミツレ。高速修復材を届けに来たんだけど、何の騒ぎだい?」

「あ、てゐさん。ちょうど良かったです。永遠亭の方々の分の魚をお渡ししますね」

 

「あ、どうもこんにちは。この前の宴会では、幽々子様共々お見苦しいところをお見せしました」

「これはこれは。こちらこそ、うちの赤城がご迷惑をおかけしたようで……」

 

「ゆかりんは渡さん! しかし魚は渡してもらう!」

「は、はあ。どうぞどうぞ」

 

 一通り配り終えたが、人里において、守矢神社と艦娘の名前は十分に知れ渡ったはずである。次回からは人里に魚の販売所を設ける予定のため、販売前の知名度向上としても十分だろう。

 紅魔館には艦娘が届けた。残るは人里の郊外であるが、これは直接出向くしかない。

 

「さなちゃんは……」

「守矢神社、守矢神社でございます! ありがとうございます!」

「忙しそうだから……えっと、白露と時雨、ついてきてくれるかな?」

 

 近くを通りがかった二人を呼び止める。丁度手が空いていたらしく、青年は人を伴って人里の郊外へと向かった。

 

 

 

 

 

「それで提督。早苗とはどうなのさ」

「あはは、いやーそれはちょっと、ね」

「とかなんとか言っちゃって、本当は好きなんでしょ? でも、提督が一番好きなのは白露だよね!」

「こやつめ、ははは」

 

 他愛もない話をしつつ、郊外にある民家にも魚を配り歩いていく。比較的好印象を持たれているようであり、青年としては満足のいく結果となった。

 ところが、しばらく歩いていると、

 

「提督、森が見えてきたけど……」

「森、か。危ないから入らないようにしよう。とりあえず、一旦引き返して……」

 

 特に情報を持たない状態で森に入るのは危険であると判断し、青年は一度人里に引き返そうとしたところで、森の入口近くに民家のような家屋を発見する。

 あの家で最後かな、と思いつつ近寄れば、建物には『香霖堂』の文字が。見当違いでないならば、どうやらここは何かのお店であるらしい。

 

 

 

 

 

「おや、初めて見る顔だね」

 

 店内は少し煩雑に物が置かれていた。売り物とみられるが、その種類もモノもてんでバラバラである。

 そして、人を迎えてくれたのは銀髪の男性。金色の瞳にメガネをかけ、大柄な身体に黒と青の和服を身に纏っている。

 

「あ、ど、どうも初めまして。茅野守連といいます」

「ん? これはご丁寧に。『香霖堂』の店主、森近霖之助だ」

「あれ、カミツレじゃんか」

「魔理沙、お知り合いかい?」

 

 と、そこで聞き覚えのある声。霖之助から視線を移すと、店内に腰掛けていたのはボサボサの金髪を煌めかせる魔理沙であった。

 

「どうしたんだぜ。こんな埃っぽくてジメジメしたところに」

「え、あ、うん。実は…………」

「ははーん、なるほどな。こーりん、魚貰っとこうぜ」

「僕までもらっていいのかい?」

「はい、知ってもらうことが目的ですから」

 

 魚を渡したところで椅子を勧められたので、少しばかり世間話をする五人。霖之助がお茶を持ってきてからは、本格的に話が盛り上がり始めた。

 

「ここはなんのお店なんです?」

「香霖堂と言って、しがない古道具屋だよ。幻想郷に流れ着いたものを主に取り扱っている」

「……見れば確かに、ブラウン管テレビやら電子レンジやら、色々ありますね」

「あれは僕のお気に入りでね、残念ながら売り物じゃないんだ。まあ使えないんだけど」

「物好きですねえ」

「ああ。ところで、その口ぶりからするに、君は外の世界からやってきたのかな?」

「あ、はい。実は――」

 

 キラリと、そのメガネが光ったような気がした。何を望んでいるのかは知らないが、隠すようなことでもないため青年は幻想入りした経緯を説明する。

 

「…………と、いうわけです。幻想郷で暮らしていくことを決めたのは、守矢神社と艦娘の皆、それから紫さんの後押しがあったからなんですよ」

「ほう、八雲紫の手引きで幻想郷にね。それで提督と」

「ええ、でもあの人は正直苦手です。何を考えてるのか全くわかりません」

「気が合うね、僕も同じ考えさ。よし、友人になろう」

「勿論歓迎ですが……そんな理由でいいんですか?」

 

 聞けばこの霖之助という男性。言われなければ気付かなかったが、実は人間ではなく、妖怪とのハーフであるらしい。以前魔理沙の実家の道具店で修行をしていたらしく、そのためか魔理沙が幼い頃からの付き合いであるという。

 

 湯呑に口をつけたところで、次は魔理沙が話しかけてきた。

 

「そういやお前、早苗とはどうなんだぜ?」

「どう、とは?」

「ん? お前たち恋人同士じゃないのか?」

「ブッ――!」

「うわ、きたねっ!」

 

(どこで何を勘違いしたんだろう……)

 

 覚えている限りでは、魔理沙が早苗と仲良くなりだしたのは、紅魔館での宴会でのお喋りからぐらいなものだが、そこで早苗は何を話したのだろうか。

 

「いや、間違っても僕ら恋人じゃないから……」

「えー、嘘だぜ! 早苗、いっつもお前の事しか話さないんだぜ?」

「そ、そう? それは魔理沙ちゃんがその話しか覚えてないだけじゃなくて?」

「なんだとテメエ! で……ちょっと男心ってものを聞かせてくれよ、な?」

 

 と、魔理沙は最後だけ青年にだけ聞き取れるかのような声で話す。

 よく見れば魔理沙が霖之助の方をチラチラと見ているのは目に見えて分かり、頬すら染めてもいるのだが、残念ながら早苗が魔理沙たちに話した内容というのが気になって、青年がそれに気づくことはない。

 

「あ、聞き取れなかった。今なんて?」

「もういいぜ!」

 

 気づいたときには、理由が分からず魔理沙が怒っているだけであった。

 

 と、そこで更に、霖之助が足を組みながら口を開く。

 

「そういえば、最近気になる人ができてね」

「え、な、なんだってこーりん!?」

「この人なんだが……」

 

 魔理沙が頬を染めて慌てているのを尻目に、霖之助は懐から何かを取り出した。が、今度は逆に、青年が目を見開くことになる。

 白を基調とした巫女服のような服装。身にまとう大きな装備はその威圧感を物語るが、長門よりは凛々しさが抜け、どこか幼ささえ感じさせる女性――が描かれたカード。

 

「この子たちなんだけど」

「ちょっ、ま、ええっ!?」

「提督、あれ!」

「こーりん! 二次元に恋したのかよ! ……ってあれ?」

 

 慌てていた魔理沙も冷静になったのか、人は揃って霖之助の持つ“4枚”のカードに目を向ける。

 

「特にこの比叡さんという子、なかなか活発そうな子で、好みといえば好みだ」

「そ、そうか、活発な子が好みか……へへへ」

 

 再び話から逸れだした魔理沙は置いておき、青年は霖之助に向き合う。

 

「霖之助さん、その子達、僕の仲間です!」

「あ、やっぱりそうなのかい? 軍艦であることと、過去に何があったかはわかったけど、それ以上どうしようもなくてね」

「……過去がわかった?」

「ん? ああ、僕の能力は言わば、『道具の名前と用途が判る程度の能力』。道具自身が持つ記憶を読み取ることができるんだが……そちらの彼女達と同様にこの子達も“艦娘”であるというなら、道具呼ばわりは少々頂けないか」

「ええ、そうしてもらえると助かります。霖之助さん、お願いです。その子達を渡して頂けませんか?」

「唐突だね。うーん……」

 

 霖之助が取り出したカードは、いずれも“戦艦”。長門が一人来ただけで、鎮守府近海を制圧できるほどの優位性を得られたのだ。

 みすみすその力を、そして旧き仲間たちに会わせる機会を、見逃すわけにはいかない。

 霖之助は少々考えた後、その語り口は淡々と、答える。

 

「これは売り物じゃない。僕も気に入っているからね」

「――っ、そこを、なんとか!」

「わざわざ無縁塚まで行って拾ってきたんだ。それ相応の苦労もあって大切なわけで」

「……ダメ、なんですか? 僕に出来ることなら何でも――」

「――売り物じゃない大切なものだから、“友人”である君に差し上げることにしよう」

 

 その時の霖之助の顔は忘れられない。年上の余裕たっぷりそうな微笑みに、少しだけ意地の悪そうな表情。差し出されたカードは、輝いて見えた。

 

 思わず青年は霖之助の手をとり、半ば感動で泣きそうになりながら霖之助を見上げた。

 

「霖之助さん、ありがとうございます! ありがとうございます!」

「おいおい、大げさだよ。落ち着きなさい」

「うわあ……こーりんもカミツレもそんな趣味があったなんてな。……道理でこーりんが私になびかないわけだぜ」

「ん? 何か言ったかい魔理沙?」

「んにゃ、立派なおホモだちって言っただけだ」

 

 心静まったところで、改めて青年は霖之助からカードを受け取る。霖之助が早く比叡という少女を見たいと言っていたために、青年はその場で戦艦の少女人を同時に具現化させた。

 

 

「テートク! 会える日を楽しみにしていましタ!」

 

 

 それは、至高の柔らかさであった。最初はぷにょんとした布が顔に当たったかと思えば、次の瞬間には顔全体が押しつぶされる。怪我をする? と思い顔を庇おうと一瞬思ったのだが、押しつぶしてきたその物体は、今度は顔を包むようにその形を変えたのである。

 さらに襲い来るのは温かさ、人のぬくもり。目の前は真っ暗になったが、その温かささえあればいい。これが自分にやすらぎを与えてくれるのだから、と。

 それが、この艦娘。金剛型戦艦一番艦、金剛に対する第一印象であった。

 すなわち、やわらかくてあったかい。

 

 その身を顕現させた瞬間に自身に飛びついてきた金剛は、随分とスキンシップの激しい艦娘であるらしい。

 

「これがテートクネー。会えて嬉しいデース! アレー、元気がないデスカ?」

「もご!? もごもご!」

「テートクも嬉しい? Oh! 相思相愛ネー!」

 

 両手両足を駆使して抱きつかれては、青年もひっぺがしようがない。突然のハグにも驚いているが、それよりも青年が慌てているのは、

 

(何これ窒息する! 苦しい! 助けて!?)

 

 柔らかなモノが顔に押し付けられ、呼吸が出来なくなっていることであった。

 

(ああ――長門は本当に真面目だったんだなあ。同じ戦艦でもこんなに違うなんて)

 

「お姉さま、抱きつくなら私にしてください! さあどうぞ!」

 

 と、その時、比叡が金剛を青年から引き剥がし、両手を広げてお迎えの体制をとる。とるのだが、

 

「むー、折角テートクに会えたというのに、比叡は分かってまセン」

「そ、そんな……、私、お姉様に嫌われましたか!?」

 

 拗ねる金剛と涙目になる比叡。傍らでは霖之助が「比叡さんは男に興味はないのか……」と、落ち込む様子が見られる。

 

「お、お姉様たち落ち着いてください、ね?」

「そうですよ。提督の前なんですから、もう少し礼節をわきまえましょう」

 

 榛名と霧島が、その場を宥める。この二人はまだ常識的な考えを持っているのだろうか、と思ったが、これだけイロモノの姉二人を抱えているのだ。きっと何かしら驚くべき特徴があるに違いない。

 

(なんてことはさておき。金剛型戦艦の金剛、比叡、榛名、霧島ね。皆立派に戦った艦なんだな)

 

 ともかくこれで、戦艦が4人増えたわけである。戦力的な増強の度合いは、水雷戦隊がメインである現状からすれば計り知れないものとなるだろう。

 おまけに、金剛型姉妹は戦艦としては比較的速力が高速な部類に入る。何かしら、便利に運用していくこともできそうである。

 

 と、呑気にそんなことを考えていたその時。

 

『艦隊旗艦長門ヨリ提督ヘ。緊急事態発生』

「ん、長門? 『提督ヨリ長門ヘ。詳細ヲ求ム』」

 

『妖怪ノ山北西方面、及ビ近海北西方面ニ敵大規模艦隊ヲ発見。速ヤカナル指揮ヲ乞フ』

 

 

 

 

 

 青年の思考に緊張が走った。それにいち早く気づいた霖之助が、自身へと声をかけてくれる。

 

「どうしたのかな?」

「妖怪の山、それと鎮守府近海の北西に深海棲艦が現れたそうです。対処に向かわなければなりません」

 

 艦娘をカードに戻し、人里へ向かう策をひとまず青年は思いつく。人里の艦娘もカードに戻した後で、早苗に鎮守府まで空輸してもらえれば時間は短縮できるはずであるが――。

 

「妖怪の山の北西……三途の川? 閻魔が黙ってないはずだが……」

「霖之助さん、どうしました?」

「……近道を教えようと思うが、どうだろう?」

 

 提案する霖之助の目は真面目そのもの。なにやら心当たりがあるのだろう。改めて青年は考え直し、無線に手を当てる。

 

 

『提督ヨリ鳳翔ヘ。現在地送レ』

『我ノ現在地人里。長門ヨリ報告アリ。現在撤収作業中』

『人里ノ艦隊ヲ率イテ、河川ヲ伝イ近海ヘ全速転進。早苗ヲ守矢神社ヘ帰投サセ、二柱ヘノ伝令トセヨ』

『了解』

 

『提督ヨリ長門ヘ。鎮守府残留ノ艦隊ヲ送レ』

『赤城、夕張、第十八戦隊(天龍、龍田)、第七駆逐隊(朧、曙、漣、潮)ガ残留。現在ノ警戒航行ハ吹雪、及ビ叢雲』

『第十八戦隊ハ鎮守府ニ残留、残ル艦隊ハ近海北西方面ノ邀撃セヨ。人里カラノ援軍到着マデ持チ堪エルコト』

『心得テイル』

 

 一通りの指示を終え、青年は無線から手を離す。これが正しい指揮なのかはわからない。だが、長門の反対がなかった以上、ひとまず納得するしかない。

 カードに戻そうか悩んでいた人の艦娘を前にし、青年は口を開く。

 

「この六人で艦隊を組んでほしい。戦艦四人と護衛がニ人でね」

「ちょっと待つネ。敵の航空戦力がきた場合はどうするデス?」

「魔理沙ちゃん、一緒に来てくれるかな?」

「いい加減ちゃん付けやめろよな。いいぜ、私だけでも何とかしてやる」

「……ナルホド、わかりまシタ。安心できそうデス」

 

 ニカッと笑う魔理沙と青年とを見て、金剛は息をつく。記憶を見たのだろう、どうやら魔理沙の戦いぶりを楽しみにしているらしい。

 

「霖之助さん、近道を教えてください」

「北西……三途の川……無縁塚……。再思の道……あの死神がまたサボったのか?」

「霖之助さん?」

「……すまない、少し調べたいことがある。魔理沙、案内は頼めるかい?」

「おう、任せとけ!」

 

 顎に手を当てて何かを考えこんでいる霖之助。

 気にはなるものの、魔理沙の案内で、青年たちは突如現れた深海棲艦の元へ向かうこととなったのであった。

 

 

 

 

 

 



着任
金剛型戦艦一番艦『金剛』
金剛型戦艦二番艦『比叡』
金剛型戦艦三番艦『榛名』
金剛型戦艦四番艦『霧島』

目前着任:序章:特Ⅰ型駆逐艦一番艦『吹雪』
特Ⅰ型駆逐艦五番艦『叢雲』
特Ⅱ型駆逐艦九番艦『漣』
特Ⅲ型駆逐艦四番艦『電』
白露型駆逐艦六番艦『五月雨』
天龍型軽巡洋艦一番艦『天龍』
司令長官『茅野守連』
第一章:天龍型軽巡洋艦二番艦『龍田』
夕張型軽巡洋艦『夕張』
青葉型重巡洋艦一番艦『青葉』
古鷹型重巡洋艦一番艦『古鷹』
古鷹型受巡洋艦二番艦『加古』
青葉型重巡洋艦二番艦『衣笠』
鳳翔型航空母艦『鳳翔』
球磨型軽巡洋艦一番艦『球磨』
第二章:白露型駆逐艦四番艦『夕立』
特Ⅱ型駆逐艦七番艦『朧』
特Ⅱ型駆逐艦八番艦『曙』
特Ⅱ型駆逐艦十番艦『潮』
特Ⅲ型駆逐艦一番艦『暁』
特Ⅲ型駆逐艦二番艦『響』
特Ⅲ型駆逐艦三番艦『雷』
白露型駆逐艦一番艦『白露』
白露型駆逐艦二番艦『時雨』
白露型駆逐艦三番艦『村雨』
海風型駆逐艦四番艦『涼風』
初春型駆逐艦四番艦『初霜』
球磨型軽巡洋艦三番艦『北上』
長門型戦艦一番艦『長門』
赤城型航空母艦『赤城』
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 楼主| 发表于 2021-11-20 11:00:05 | 显示全部楼层
028 針は動き出す

空符『空母機動部隊』

――空母『赤城』

    軽巡『夕張』

      駆逐『吹雪』『叢雲』

 

狂喜『長門先生の遠足引率』

――戦艦『長門』

    駆逐『朧』『曙』『漣』『潮』

 

『発、空母赤城。宛、戦艦長門。第一次航空攻撃完了、敵艦隊ハ空母ナシ、残存戦力ニ重巡一、軽巡二、駆逐三ヲ認ム』

『艦隊旗艦長門ヨリ赤城ヘ。見事ナリ、帰投後ニ秘蔵ノ菓子ヲクレテヤル。引キ続キ我ノ艦隊後方ニテ索敵ヲ密トシ、第二次攻撃ヲ敢行スベシ』

『約束! 長門サン、約束デスヨ!』

 

 赤城からの報告を受け、長門は無線から手を離す。背後に追従する駆逐艦たちの表情を伺うが、流石は海軍の誇る水雷戦隊。肝が据わっているのか、怖気づいている様子はない。

 

「朧、怖くはないのか? 敵の方が数は多いぞ。増援が来ないとも限らないし」

「数くらいどうってことありません。そもそも私たち、敵より味方の方が少ないのが常だったじゃないですか」

「ハハハ、それもそうだな」

「それに、長門さんがいてくれるんです。敵には空母も戦艦もいません。有利なのはこちらの方ですよ」

「嬉しいことを言ってくれる。その期待に応えねばなるまいな」

 

 駆逐艦に頼りにされていることに胸の熱さを感じながら、長門は水平線の彼方へと視線を戻す。

 

(赤城は先制攻撃で駆逐三隻を撃沈……。流石、初代一航戦というべきか)

 

 現在、長門が位置するのは鎮守府近海の北西方面。確保した制海権を踏み越えない範囲に位置し、警戒を行っているところである。赤城の艦隊はその後方、鎮守府の存在する諏訪湖から流れる川が海に流出する地点にて、ひっきりなしに航空機の離発艦を行っている。

 

 鎮守府残存戦力に対し、倍以上の数の敵が鎮守府の北西には確認された。しかし半数が艦隊から分離し、現在向かってきているのが赤城の確認した戦力。

 残る半数も気になるものの、長門はひとまず目前に迫る脅威に対峙する。

 

 ふと思い返せば、青年と出会って早くも一週間を迎えようとしている。だがこの一週間は、自分にとって忘れられない一週間となるだろう。

 

(着任した時は、なんと情けない御仁かと思ったがなあ……)

 

 青年を初めて目にしたときのことは忘れようがない。覚悟という意味で締まりのない瞳、他者の視線を気にするだけの物腰、挙句の果てには周囲に押し負けて追い詰められた過去。なんと情けない人物だろうか、と。

 果たしてこんな者に、誇りとまで呼ばれた我が身を預けることはできるのか、自身を指揮する信用に足りるのか、破壊をもたらす力を扱う覚悟があるのか。

 

 だが、接してみてわかる。その記憶故に人との距離を測りかねていること、その経験故に優しさを知っていること、その過去故に気骨を太くしたこと。

 そしてそれは、ちょっとしたことで壊れてしまいそうなほどに脆い精神力が支えていることを――悟らざるを得なかった。

 

「赤城が数を減らしてくれた。これより我が艦隊は、残存戦力の掃討を行う」

「残存の掃討って言っても、私たちより多いじゃないですかヤダー」

「そう言うな。頼りがいのある駆逐隊が護衛についてくれる。そう思うだけで私としては百人力だ。重巡は任せてもらおうか」

「フ……フン、どうせ駆逐艦を狙うんでしょ?」

「……ちょろちょろしてると気になってしまうんだよ」

 

 それに気づいたのは最近のことである。

 

『長門って、優先的に駆逐艦を狙うんだねえ』

 

 しかも、青年に指摘されてのこと。

 戦艦としては最も警戒すべきは水面下の魚雷であるが、無意識にそれを恐れて接近する駆逐艦を狙ってしまっているのだろう。はたまた別に理由があるのかもしれないが。

 

 水平線上に敵艦隊を視認する。それを駆逐艦に伝え、長門は艤装を稼働させた。

 整備に異常なし。天候は晴天なり。心身ともにこれ以上なく健常である。

 

(心配症な提督よ、不安は捨てろ。この長門、二度は沈まんさ)

 

 自信に満ち溢れる笑みを浮かべ、長門は声を張り上げた。

 

 

「よし! 艦隊、この長門に続け!」

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府の門番の任を一時的に解かれ、美鈴は守矢神社へ向かっていた。守矢神社へ向かうと言っても直線的に向かったわけではなく、一度紅魔館を経由して。

 門番の任を解かれたとは言っても、クビになったわけではない。仮にクビになったとしても、また紅魔館に戻ればいいだけの話である。

 

(そう、戻れば……。……ちゃんと戻れますよね? あれ、門番なしでも紅魔館は運営できてるってことは、私って必要かな?)

 

 鎮守府の門番を離れたのは理由あってのことである。繰り返すが、理由あってのこと。決して仲間外れにされたなどと思ってはいない。

 その理由は、少し前にさかのぼる。

 

 

 

『おう美鈴! 俺と龍田は鎮守府に残留だってよ!』

『仕方ないわ天龍ちゃん、私たちは旧式なんだから~』

『何言ってんだ、世界水準軽く超えてんだぜ! それに、残留って鎮守府防衛を任されたってことだろ? たった二隻に任せるって、つまり俺たち頼りにされてるってことじゃねえか!』

『はいはい天龍ちゃん賢いわねーその通りよー』

『つーわけで美鈴、長門の指示を伝えるぜ! ここは俺たちに任せて先に行け!』

『美鈴ちゃん、私たちが鎮守府にいるから、今のうちに紅魔館にこのことを伝えてきてくれるぅ? 増援もー、いると嬉しいわぁ』

『増援つっても、海の方じゃないぜ! “守矢神社の防衛”だ! 妖怪の山方面はどうも……深海化した連中もいるみたいだし』

『怪我しないようにね、美鈴ちゃん?』

 

 

 

(お二人共キャラクターが濃ゆいですね……。まあ、でも)

 

 隣を共に行く咲夜を見れば、ひとまず自分の役目は果たせたと言ってもいいだろう。

 

「わざわざ連絡助かったわ、美鈴」

「いえいえ。咲夜さんこそ、忙しいのに来てもらって……」

「正直な所あなたに丸投げするつもり満々だったけれど、そういうわけにもいかないのよ」

「苦笑せざるを得ない言葉ですが……そう言いますと?」

「紅魔館で起きた深海化の異変の時、守矢神社は妖怪の山に援軍を求めたのよ。そして天狗と河童がそれぞれ参戦。守矢神社はその借りを返すために、守矢神社に対して借りがある私たちを援軍として呼んだ、と考えるべきでしょうね」

「ちょっと待ってください、まだ神社には何も連絡がいってないはずです」

「これを指示した人物の手腕、と見るべきかしら。私たちとしても手を抜くわけにはいかないから、なかなかどうして頭が回るじゃない。カミツレ?」

「いいえ。戦艦長門です」

 

 青年からの話を聞く限りでは、長門という艦娘は外の世界で広く知られて“いた”名前であるらしい。海軍の中でも有数の立場、誉れ高き栄光をその身体に背負っていたそうだ。

 軍を代表する者が乗艦し、長門のみならず艦隊全体の指揮を執る。その影響もあって『長門』という艦娘が形を成しているというなら、少なくとも長門は、寝て起きて身体を動かしてご飯を食べるのが楽しみの自分より、余程賢いのだろう。

 

(我々では、そういうのはお嬢様が考えることですからねえ)

 

 ひとまず、守矢神社としては妖怪の山と紅魔館との間に抱える貸し借りはこれで帳消しとなる。だが貸し借りが消えても、レミリアのことである。守矢神社との関係は続けるのだろう。自分という門番を差し出して。

 

(慣れたからいいんですよ? ご飯も美味しいですし、皆さん優しいですし)

 

 門番の仕事中に眠っていれば怒られるのは、どこに行っても同じである。

 

 それはそうと、守矢神社と鎮守府は同一の勢力と考えていいのだろうか。それともそれぞれ独立していると考えた方がいいのだろうか。

 咲夜の話では、紅魔館に届けられた魚は“守矢神社”からのものであるとのことである。それを考えると同一の勢力と考えてよさそうであるが――。

 

(両方を知る私としては、複雑な気持ちですねえ)

 

 その気持ちはおそらく、独立していると考えているからこそ。

 だが、そこで結ばれる、見えない確かな繋がりというものは、当人同士たちでしかわかりえないことなのだろう。それを知るつもりは美鈴にはないが……。

 

(いや、あるいはそれを知ることができれば――?)

 

 守矢神社と鎮守府とを繋ぐ何かしらの理由こそが。

 レミリアの渇きを満たすモノであるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 守矢神社に到着し、二柱が境内でのんびりと日なたぼっこしているのを見つける。

 

「おお、遅かったな。来ると思っていた」

「実はですね神奈子さん、妖怪の山の北西に――あれ?」

「気づかないとでも思ったの? 怪しい気配は感じてるし、天狗たちから救援要請も来てるから、君たちを代わりに戦わせようと待ってたの」

 

 あるいは、長門という艦娘はここまで予想していたのだろうか。仮に青年に話を通さず、柱にも知らせず指示を出したとなれば身勝手なものであるが、事態がこうなることを予測していたのだとすれば――

 

「手のひらの上、ってわけね」

「どうせカミツレ君の指示じゃないんだろけどね。カミツレ君がそこまで考えられるんだったら、神奈子おばさんが感激して泣いちゃうよ」

「私が泣くんかい。あとお姉さんと呼べ諏訪子おばさん」

「何、また諏訪大戦する? ん?」

「あ? 上等だ、相撲とるか?」

 

 呆れにも似た溜息を吐いた咲夜が、美鈴を見つめる。

 

「じゃ、行きましょうか美鈴」

「頑張ってねー。私たちはここでお日様に当たって二日酔いを治すから」

「うう……はい」

 

 あまりにも青年との扱いの差が酷いなあ、などと思いつつ美鈴はトボトボと歩き出す。

 そんな時であった。

 

「か、神奈子様諏訪子様、ただいま帰りました! 超特急で飛んできましたよ!」

「ありゃ、早苗? カミツレ君と一緒にいたんじゃないの?」

「へ? わ、私は鳳翔さん伝いに、カミツレさんに神社に戻るように言われたんですが」

 

 戸惑う両者。美鈴も傍から聞いていて、何かがおかしいとは気づいていた。何がおかしいのかまでは、残念ながら自身の頭ではわからない。

 

「えっと、カミツレさんからお二人にお願いです。妖怪の山北西に現れた深海棲艦に対応して欲しいとのことです」

「カミツレが……そう言ったんだね?」

「はい、間違いないですよ!」

「読みが外れたね神奈子……。カミツレ君は私たちを頼らないと思ってたよ」

「全くだ。ここに戦力を割く必要がないのはある意味正しいがな」

 

 やれやれ、とそれぞれ表情を歪める神々。だが、それにしては嬉しそうに見えるのは地震の気のせいなのだろうか。

 

「さて、天狗たちにお礼を返しにいきますか」

「天狗たちが紅魔館の残党狩りにかけた時間は?」

「大体20分かな」

「我々は10分で終わらせるぞ」

 

 転々と話がもつれたが、頼もしい人物たちが味方に加わることを知り、美鈴は一つ息をつく。だが、安心したのも束の間、美鈴はやはり同様の疑問を抱くことになる。

 時を操る咲夜に奇跡を操る早苗、言わずもがな存在そのものが天変地異クラスの神奈子と諏訪子が、妖怪の山の深海棲艦征伐に向かうのだ。

 

(あれ、これ私って必要かな?)

 

 かくして、戦場である北西へと、一行は移動を始める。

 

 

 

 

 

「比叡さーん、その、あのね!」

「比叡、その……」

「私は本当に気にしていませんから! さあ、行きましょう!」

 

 魔法の森を流れる小さな川を移動する艦隊の中で、白露と時雨がおずおずと話しかけるのだが、比叡が笑いながら流しているのを見て、青年は一つ息をつく。

 偶然にも、人里の外に連れてきた白露と時雨は、戦艦比叡の最期に関わる艦であった。青葉のように何らかのしがらみが残っているならどうしたものかと考えていたが、どうやらその心配は杞憂に終わったらしい。

 そんな姿をのんびりと見ている青年はというと、

 

「おいカミツレ、体調は大丈夫か? 私もホントは魔法の森なんざ飛びたくないが、早く抜けるためだ。我慢して欲しいんだぜ」

「ああうん、さっきの薬が効いたみたいだから、森の影響はもうなさそう」

 

 魔理沙の箒に、一緒になって跨っていた。ただ、好きで箒に乗っているわけではない。魔法の森に入った途端に気分が悪くなったために、仕方なくである。魔法の森は人間には悪影響を及ぼすとのことだが、艦娘に影響がないだけでも青年としてはありがたい。

 ただ、箒に跨るというのは存外に辛いものがある。主に股間的な意味で。

 

 とはいえ、事態が事態である。青年も状況を把握するのに必死であった。

 

(鎮守府近海は交戦中。援軍の艦隊が到着するまでは耐えられる。気になるのは妖怪の山か。さなちゃんに伝言を頼んだけど、神奈子さんたちは動いてくれるかな?)

 

 妖怪の山方面が最も戦力を割きにくいのである。陸地を移動するとなると艦娘では時間もかかるため、神社の神の人に対応してもらうのが最も望ましい。

 自分の言葉で動いてくれるのだろうか。あるいは、自分という存在を、確かなものとして見てもらえているのだろうか。

 連絡手段がない、という点が一番不安なのだが。

 

(あ、そういえば長門に妖怪の山方面の対応のこと伝えてなかった。さなちゃんは無線持ってないし、今からでも伝えとこうか)

 

 と、長門に向けて連絡を取ろうと思ったその時である。

 

 

「――ッ! 危ねえ!」

 

「おわっ!」

 

 

 魔理沙が急旋回したため、青年は振り落とされないように箒をしっかりと掴む。瞬間、髪を撫でて空を割き、すれ違ったのは――巨大な砲弾。

 心の底から精神が冷えた時に、遅れて聞こえてきたのはとてつもない轟音。空気すら震え、腹の底がひっくり返りそうなほどの。

 

 そして、遠くに見える、かの者の正体を青年は目にする。

 

「駆逐艦と……、戦……艦?」

 

 深海化したレミリアやフランドールを目にした時のような恐怖。

 あれが普通の深海棲艦ではない、というのは青年にだってわかる。肌の白い、美しい人型の女性というところまではいい。

 その背後に控える、女性の数倍の体格を持ち屈強な四足で立つ怪物が問題である。威圧的で不気味で、筋骨隆々とした骨格。それ単独で深海棲艦なのかとも思ったが、違う。あれは彼女の艤装なのだ。

 

 

(名前を付けるなら――戦艦棲姫)

 

 

 戦艦の中でも、とびきりの脅威となる存在だろう。

 

「魔理沙ちゃん、高度を下げて森の中に紛れて」

「なんだあいつ、とんでもねえ化物ってことは私にもわかるぜ?」

「わからない。ただ、艦娘じゃない生身の人間があの攻撃を受けたら、間違いなく死ぬと思う。艦娘……装甲の厚い戦艦でも危ういかも」

 

 魔理沙は舌打ちしつつも、素直に言うことを聞いてくれた。森の中へ入った時に、霧島から通信が入る。

 

『敵ノ詳細ヲ求ム。水偵ハ発艦準備中』

『戦艦一、赤ノ駆逐一。魔法ノ森ヲ流レル川伝イニ移動ヲ確認』

『了解。旗艦金剛ハ迎撃ヲ望ムトノコト』

 

 その電文を受け取って、青年は金剛の艦隊に目を向ける。そこには、必死に手を振って笑顔を向けてくれる金剛の姿があった。

 戦艦と思しき謎の敵は脅威には違いない。しかし、戦艦が列するのはこちらとて同じ。否、こちらには戦艦が四人もいるのだ。心配することはないだろう。

 

『金剛ヨリ愛スル提督ヘ。敵艦隊見ユ、全艦砲塔指向中』

『愛ハ兎モ角、交戦ヲ許可スル』

『照準ヨシ』

 

 最も攻撃力を活かせる単縦陣で進む金剛たち。その中で、金剛型四人の主砲が、一斉に火を吹いた。

 魔法の森の木々が揺れる。爆音が耳をつんざいてくれる。木の隙間を縫うようにして放たれた砲弾は一度空に抜け、放物線を描いて敵艦隊の付近へと着弾した。

 

『全艦初弾夾叉。比叡、榛名、霧島ヘ。帰投後オ仕置キノ用意アリ』

 

「初弾で照準バッチリ合わせたってことじゃん。十分すごいと思うんだけど……」

 

 外したことに対して、金剛が悔しそうな顔をしていた。青年からも見えたが、砲弾は全て敵戦艦の周りを取り囲むように綺麗に着弾。水しぶきが盛大に跳ね上がり、敵の姿が見えなくなるほどであった。

 が、水しぶきを破って現れた駆逐艦が、その赤い瞳を光らせる。

 

 

毒符『憂鬱の毒』

 

 

 赤い駆逐ハ級の放った弾幕が、森中に放射状にばら撒かれた。直線的な小さな弾幕が進路上の草を押しつぶし、頭ほどの大きさの弾幕が木々を薙ぎ倒していく。

 そのほとんどが森に阻まれて減衰し、到達したとしても金剛たち戦艦の装甲を貫くには至らない。

 しかし、

 

『正体不明ノ攻撃。艦隊ニ被害ナシ』

 

「カミツレ、あんまり吸い込むな! ようやくわかったぜ、これはメディスンの毒だ!」

 

 どす黒い紫色の煙が漂い、森を包んでいく。艦娘たちは平気であるようだが、青年や魔理沙はそうもいかない。

 仕方なく、魔理沙の判断によりその場を離れることになるのだが――

 

 

「――アマイワヨ」

 

 

 どこからか、声が聞こえた気がした。底冷えする、心臓を握られているような悪寒を伴う声。

 そして、その発生源はというと――

 

 

「塵ト化シナサイ」

 

 

 今しがた“極太の光線”を艦隊に向けて放った、戦艦のものであった。
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 楼主| 发表于 2021-11-20 11:02:13 | 显示全部楼层
029 Shoot the Bullet

「ふむ、迎撃には成功したな」

「な、長門さん、カッコイイです……」

「何、そうか? そうだろう! 私は長門だからな!」

 

 重巡を基幹とする艦隊の迎撃には成功した。残る半分の敵艦隊の行方が気にはなるものの、長門はひとまずそこで息を休める。

 

『長門ヨリ赤城ヘ。航空偵察ヲ要請スル』

『既ニ発艦済デアル』

『流石ダ。我々モ良ク食ベル分、働カナクテハナラン』

『我ノ本懐、幻想郷ノ美食追求ニアリ。敗北ハ許サレナイ』

 

(全く……ほどほどにしておけよ? フフフ)

 

 無線越しの冗談はさておき。

 一つ気になることがあった。紅魔館と守矢神社へ向かわせた美鈴のことである。無事にたどり着けたのなら、妖怪の山の迎撃に問題はないはずであるが。

 

(独断ではあるが……現状では紅魔館の力を借りるのが最善だ。守矢の神々もまだ本調子ではないようだし)

 

 その叱りはいくらでも受けるつもりである。勝手な命令を出してしまったことは当然のこと、青年に確かな知識を授けようと思ったにも関わらず、間に合わなかった自分の責任である。

 その罰はしかと、鎮守府の防衛という任を務めることで果たすつもりだ。

 

(ふふふ。未熟であるならば、共に苦心するのもよかろう。あの提督が、どのように成長を遂げてくれるか今から楽しみだ)

 

 晴れ渡る空を見上げ、照らす太陽に長門は手をかざす。

 今も昔も変わらない、この青き空。どこの国でも世界でも変わらない、美しい空。

 望んだものは今度こそ手に入れよう。弱々しくも力強く歩む、青年のためにも。

 

 

「――――ん?」

 

 

 異変に気づいたのは、空を見上げて5分後のこと。その青空の中に、まとまりとして動く多数の黒い点を発見したことである。

 

 襲い来るのは、深海棲艦のものと思われる航空機たち――。

 

「輪形陣に移行! 赤城はなにをしている!?」

「赤城さんと連絡取れません!」

「対空戦闘用意! 我三式弾装填中!」

 

 長門を中心とし、その前後左右を第七駆逐隊が囲み、対空戦闘を行う。主砲で三式弾を発射するのだが、残念ながら撃破に至らない。

 

「敵機はどれだけいる!?」

「概算で60、攻撃機はおよそ30機よ!」

「赤城! 応答せよ赤城!」

 

 無線で呼びかけた瞬間、対空火器の雨をくぐり抜けて接近してきたのは――爆撃機。

 

「長門さん、敵機直上!」

「ちいっ、間に合わん!」

 

 急降下爆撃を仕掛ける敵機を撃墜、した時には遅かった。既に爆弾は投下されており、それは吸い込まれるように長門へと直撃した。

 刹那、破片をまとう閃光。爆風が身を包み、粉塵が己にまとわりつく。

 

 

「長門型の装甲は伊達ではない、その程度か!」

 

 

 だが、その損傷は小破に収まった。対空火器の一部を破壊された程度であり、長門自身はまだまだ健在である。

 その時、ようやく赤城からの無線が届く。

 

『我赤城。敵航空隊ト接敵、奮闘スルモ戦闘機網ヲ抜ケラレ、航空攻撃ニヨリ中破ス』

「ぬ、赤城!? 『貴様偵察ハドウシタ!』」

『敵ハ空母二隻ヲ伴イ、戦艦一、重巡一、駆逐二ヲ主力トスル艦隊。単独航行中ノ戦艦ヲ発見、即座ニ攻撃セント気ヲ取ラレタ瞬間ニ強襲ヲ受ク』

「戦艦を囮にした……ちっ、敵も制海権を取り返そうと躍起になっているわけだ」

『我ノ戦闘機発艦済。然レド攻撃隊ノ発艦ハ不可』

 

 空母はそのデリケートな艤装から、少しの損傷でも航空機の発着艦に支障が出てしまう。ましてや、中破してしまえば戦闘の続行は難しい。甲板に大穴が空いているような状況で、発艦など不可能なのだから。

 

 尚も攻撃を続ける敵の航空機。対空戦闘による撃墜にも限界があり、赤城の戦闘機も奮戦しているが如何せん数が単純に倍は存在するのである。

 徐々に劣勢になり始める長門の艦隊。このまま敗北しては、折角取り返した制海権も、全て水の泡になってしまう。

 

(くっ、ここまでだというのか? 諦めんぞ、私は諦めん。例えこの身が沈もうとも、鎮守府だけは守って――)

 

 再び、猛火をくぐり抜ける敵攻撃機。

 自身へ近づいてくる雷撃機は、徐々にその高度を落としていき――

 

 

『我ノ航空隊、敵航空隊ヲ捕捉。掃討開始ス』

 

 

 鳳翔の戦闘機隊に、ほんの一瞬で沈められてしまった。

 火を吹いて、粉々になって海へ崩れゆく敵雷撃機。一機ではない、小隊を編成していたと思しき三機が、瞬きをする間にも、である。

 

『我鳳翔、現在地ハ鎮守府近海東南東。航空支援ヲ実施ス。赤城ハ指導ノ必要アリ』

「鳳翔……、感謝する!」

 

 先程までの弱腰から一転。長門は精神を奮い立たせ、駆逐隊へ指示を飛ばした。

 

「単縦陣をとれ! 敵主力艦隊へ切り込みをかける!」

 

 最も攻撃力を活かすことのできる単縦陣へと移行。赤城が見たという囮の戦艦のいる方向へと全速力で駆ける。

 

(戦艦は足が遅い。だがこの長門、危機とあらば機関を焼き焦がそうと駆けるのみよ!)

 

 駆逐艦も同様の速力で追従し、少し海を駆けたところで発見するは、単独で航行する敵の戦艦。既に敵は砲撃体勢に入っており、おそらくこのまま相対すればその砲は間違いなく発射されるだろう。

 だが、

 

 

「ビッグセブンの力、侮るなよ!」

 

 

 戦艦同士で砲撃し合うには少々近すぎる距離。その距離で放たれた敵戦艦の砲撃を文字通り“弾き返し”、お返しとばかりに、長門の主砲八門が劫火を上げる。

 速度を落とさず、更に接近する。長門の放った主砲は狙いもそこそこに、発全てが命中し、敵戦艦は瞬く間に沈んでいってしまった。

 

「やっぱり戦艦は頼りになります。あれだけ苦戦した戦艦をあっさりと……」

「次、いくぞ!」

 

 戦艦を撃破した地点にも航空機が来襲するが、鳳翔の戦闘機がそれをあっさりと撃墜する。加えて、先ほどまでの地点と現在の地点とで、それぞれ敵機がやってきた方角を計算したならば――

 

「――――ッ、いたぞ! 空母二、重巡一、駆逐二! 赤城の弔い合戦だ!」

「あれ、赤城さん沈んじゃったの?」

「長門なりのジョークでしょ、面白くないけど」

 

 航空機が迂回していないなら、自ずと空母の位置も知れようというもの。残る半数の敵艦隊を発見する。

 

「駆逐隊は前へ! 頼りにしている!」

「了解! 皆行くよ!」

 

 まだまだ長門は速度を落とさない。そして、背後の駆逐隊は朧を先頭に更に速度を上げる。

 先行する駆逐隊を援護するように、重巡を狙う長門。先ほどに比べ距離があるものの、八門の主砲は敵を逃さない。一度の一斉射にて、重巡をあっさりと撃破した。

 

 近づく駆逐隊と、それに対応して距離を詰める駆逐ハ級。上空からの航空攻撃は鳳翔に対応を任せ、駆逐隊は恐れずに突っ込んでいく。

砲撃、砲撃、砲撃。目標を集中して狙うことで確実に仕留め、駆逐隊は残る一隻に主砲を向ける。

 だが、駆逐ハ級は第七駆逐隊を無視し、長門に向けて魚雷発射の体勢を取っていた。

 主砲は装填中。対空戦闘は継続中。迫り来る駆逐ハ級に長門は――

 

 

「我々の勝ちさ。悪く思うなよ」

 

 

 あらん限りの力を振り絞り、拳をその図体へ向けて“叩きつけた”。

 

 ひしゃげて、海へ没する敵駆逐艦。

 駆逐隊が空母に向けて魚雷を、鳳翔雷撃隊がもう一隻に向けて航空魚雷を放ったのをみて、長門はようやくその速度を落としたのであった。

 

(フッ、いい仕事をしてしまったな)

 

 駆逐艦が苦笑しているのには全く気付かなかった。

 

 

 

 

 

「あれは……確か射命丸さん? 射命丸さんの気配に一番近いですね」

「もう一人は姫海棠はたてという天狗です。最も、我々天狗からすれば、あの姿は嘆かわしいにもほどがありますが」

 

 守矢神社より少々移動した地点にて、美鈴は山の麓付近で行われている戦闘を遠巻きに眺めていた。神奈子、諏訪子、早苗、咲夜、それから情報を伝えに来た犬走椛が集まり頭を突き合わせる。

 呆れ顔で、神奈子が問う。

 

「で、なんであいつらはああなった?」

「はたてさんが『念写をする程度の能力』により、三途の川付近に深海棲艦を発見したんです。それを聞いた文さんがはたてさんを連れて三途の川に向かったんですが、あとはご覧の有様でして」

「ミイラ取りがミイラになったのね。うちの紅魔館みたいに原因不明ならまだ良かったのに」

「お恥ずかしい限りです」

 

 しかし、厄介なのはその能力である。見た目からしても普通の深海棲艦とはどこか異なり、単純な戦闘能力も十分に強いのであるが、

 

「文さんの能力は……正直我々では手に負えません。しかも、敵のコウクウキというのが厄介で、文さんの能力で邪魔を受けたところで攻撃されてしまいます」

「『風を操る程度の能力』か。幻想郷最速との名も伊達ではないようだな。明らかに他の個体に比べて速度が違いすぎる」

 

 現在戦闘しているのは、妖怪の山の天狗たちと深海化した文・はたて率いる深海棲艦。彼女たちは麓の川を移動しているのだが、文と思しき個体は風を操り、自身の速度を向上させたり天狗の飛行を阻害したりと厄介極まりない。

 

(んー、二人共“クチクカン”のようですね。にしては、他のクチクカンに比べて姿かたちが異なるようですが。性能も高そうですし。カミツレさんに聞いた通りの命名基準なら、“クチクセイキ”でしょうか)

 

 ともかく、目に見えて天狗側が不利であることは、まず間違いない。

 

(でもこれまでの事例を考えても、深海化すると空を飛べなくなるというのが救いですねえ。あれで飛ばれたら、私の弾幕じゃそれこそ手出しできませんよ)

 

 例えば、文。いや、文に限らずはたてもなのだが。

 天狗は空を飛ぶことが得意である。文に至ってはその能力により幻想郷最速の名を欲しいままにしているのだが、深海化により翼をもがれたことは、不幸中の幸いだったといえよう。

 深海化は確かに脅威的である。だが、その特徴と功罪を把握し、的確な対峙策を取れるのであれば、それほど怖い相手ではなさそうだ。相手にもよるだろうが。

 

「さて。じゃあ神奈子、取り巻きをお願いね」

「美味しいところだけ持って行く気か?」

「紅魔館で散々暴れたんでしょ? 今度は見せ場譲ってよ」

「仕方あるまい」

 

 諏訪子と神奈子の駄弁りが終わり、作戦が決まる。

 早苗と咲夜が深海化した文・はたてを足止めする。美鈴・椛はその他の深海棲艦と戦闘し、それぞれ諏訪子と神奈子がタイミングを図ってスペルカードを使用するという流れである。

 

(作戦も何も……割と皆さんパワーで押せ押せですね)

 

 航空機については、それぞれ勝手に自分で潰せということである。なんとも自分勝手であるが、このアクの強いメンツばかりでは連携など期待できないため、ある意味では正しいのかもしれない。

 

 

 

 などと苦笑しているうちに、戦闘は始まった。襲い来る敵航空機を、空中にいる早苗と咲夜が弾幕で撃墜し、その足で一直線に体の駆逐艦の元へと向かう。

 

 

連写『ラピッドショット』

 

 

 弾幕が放射状に放たれる。ただでさえ深海化によって通常の弾幕が通りにくくなっているというのに、その敵が逆に弾幕を飛ばしてくるとなれば、

 

(確かにこれは厄介ですねえ。こんな状態の私やレミリアお嬢様、妹様とも戦ったって、艦娘さんたちはどれほど苦労したんでしょうか)

 

 妖怪の山の木々を吹き飛ばす弾幕をかいくぐり、早苗と咲夜がそれぞれ駆逐艦の元へ達する。流れ弾を回避した美鈴と椛も、残る敵艦隊へとたどり着いた。

 

「美鈴さん! まずは厄介なクウボという敵を倒します!」

「任せてください!」

 

 軽空母と重巡がそれぞれ二隻ずつ。護衛についている重巡の砲撃を回避し、美鈴は軽空母の懐へと呼吸をするかのごとく距離を詰めた。

 視線を交わせるほどの至近距離で、円を成す弾幕が回転しながら襲いゆく。

 しかし、

 

(……ははあ、これが装甲ですか。スペルカードルールがあってないようなものですね)

 

 軽空母は命中した弾幕のおよそ半数を弾き返していた。直撃させてもこれでは、弾幕などまるで役に立たないではないか、と。

 

「なら、私もルールを破りましょう」

 

 弾幕の効果は、軽空母を小破させ、僅かに怯ませた程度に留まる。しかし美鈴はそこから更に距離を詰め――

 

 

「破ァッ――!」

 

 

 軽空母の艦載機が放出される部位を、気を込めて“力いっぱい”殴りつけた。

 瞬間、軽空母は爆発。同時に美鈴は咄嗟に後退し、その爆発から逃れる。見れば、その放出口は完全に叩き壊され、骸しか残っていなかった。

 チラリと椛を見れば、盾で重巡を押さえつけながら、軽空母が発艦させている航空機を発艦した先から斬り落とすのが目に入る。

 

「あっはっはっはっ! お前たちよくやった!」

 

 

神祭『エクスパンデッド・オンバシラ』

 

 

 上空から巨大な光の柱が落下してきたのを見て、美鈴と椛は退避する。刹那――軽空母と重巡合わせて四隻が足を止めている場所へ、“その面を押しつぶす”ように御柱が降り注いだ。

 叩き潰された深海棲艦がどうなったかは、考える余地もないだろう。

 

そして、

 

「文さん、目を覚ましてください! ――って速い!」

「早苗、足を止めるだけでいいわ」

「むむむ、それなら!」

 

 既に咲夜は、ナイフの波状攻撃によりはたてを地面に叩きつけていた。

 

「私も負けてはいられません!」

 

 星形の弾幕を展開。その中心に駆逐を据えるように弾幕を広げ、まるで牢獄のように逃れられない包囲を形成する。

 駆逐艦も迂闊に被弾することを避けるためか、一瞬だけその動きが完全に止まった。

 

「早苗、やればできるじゃん」

 

 

開宴『二拝二拍一拝』

 

 

 無数に連なる細長い針状の光線と、大小合わせて百は下らない弾幕が、囚われた駆逐艦二隻へ向けて一斉に放たれた。

 被弾を避けることはできないのか、駆逐艦たちはその場に立ち尽くしたまま弾幕が命中し、水煙が立ち込める。

 

「ま、こんなもんだよ」

 

 宙に浮いていた諏訪子が、両手をはたきながら降りてくる。

 

「ここまですごいとは……正直私も驚いています。こうもあっさりと……」

 

 感嘆の呟きを漏らす椛。無理もない。神奈子と諏訪子の力を知っている美鈴でさえも、驚きを隠せないのだ。

 最低限のスペルカードのみで、天狗達が手こずっていた敵艦隊を壊滅させてしまった手腕、力量、無駄のなさ。

 

 美鈴もその目にしかと焼き付けた。守矢神社は、間違いなく敵にするべきではない。

 

 諏訪子と神奈子は、共に地上で互のスペルカードについて批判し合っていた。美しくない、芸術性がない、男に媚びている、耳にするのも奇妙な言葉ばかり。

 

 そんな中、未だに蠢く影が――一つ。

 

 

「本気デ掛カッテキナサイ!」

 

 

 水煙舞うクレーターより爆発。そこから目に捉えるのも難しい速度で飛び出したのは――深海化した文と思われる駆逐艦。

 その針路は、スペルカードを放った諏訪子へ向けられ、猛然と加速しており――

 

 

疾風『風神少女』

 

 

 諏訪子に迫るその中で、駆逐艦はスペルカードを発動させた。

 発動させたその瞬間――

 

 

「出来ると思って?」

 

 

 瞬間移動したように見えた咲夜が駆逐艦の目の前に立ち、その喉元へとナイフを突き立てる。

 

 崩れ落ちる駆逐艦。その手はひたすらに諏訪子へ伸びているものの、諏訪子は一瞥もせず。咲夜と美鈴とを見てただ一言笑顔で呟く。

 

「紅魔館を呼んだのは正解だったかもね」

 

 かくして妖怪の山方面の戦闘は、守矢の神々が参戦後、およそ5分でその幕を閉じたのである。

 守矢の神々だけでも余裕だったにもかかわらず、紅魔館からの援軍が参加したことによって、敵艦隊との大幅な戦力差が生まれていたことは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 敵戦艦の放った極大の光線は、魔法の森の地形を変えながら味方艦隊へと迫っていた。

 勿論その目標は――青年の艦隊。

 

「よけ――!」

『全艦最大戦速! 高速戦艦ハ伊達ジャナイネ!』

 

 青年は顔から血の気が引いていくのを感じていたが、無線越しの金剛の打電には闘志は失われていない。

 艦隊は最大速力で光線の射線上から逃れた。戦艦は通常、速度が遅いものだが、金剛型姉妹の速力は違う。一時的であれば、駆逐艦と共に高速艦隊運動を行うことすら可能なのだから。

 艦隊の逃れた地点。極太の光線は地を抉り、木々を吹き飛ばし、万物あらゆる存在を否定するかのごとく通過していく。通過した後には、何も残らなかった。

 その様子を見て魔理沙が露骨に、それはもう露骨に表情を歪める。

 

「うぇえ……まさかとは思ったけど、幽香かよ……」

「幽香?」

「風見幽香。『花を操る程度の能力』を持つ妖怪だぜ。ただ、あいつの一番の恐ろしさはスペルカードじゃない。純粋に肉体の能力が高過ぎることだ」

 

 今の光線もスペルカードではなく、ただの弾幕の一つ。加えて、そのような人物が深海化して強力な艦種である戦艦になっていると。

 

(勝ち目……あるの?)

 

 青年が指示を一つ出せば、艦隊は撤退してくれるだろう。だが――

 

『テートク。撤退ハ許サナイネ』

「……でも」

『私モ自分ガ低速艦デアレバ撤退シテイマス。多少ノ被害ハ覚悟ノ上。デモ、高速戦艦部隊ナラ、アレノ相手ハ十分デキマス』

「ああ――もう、わかったよ! 『金剛ニ判断ヲ委ネル』!」

『貴方ニ愛ト感謝ヲ』

 

 そして、未だに健在である戦艦に対し、艦隊は動き出した。

 

 金剛と榛名と白露、比叡と霧島と時雨がそれぞれ分艦隊を編成し、速力で劣る敵戦艦に対して挟撃の形をとる。

 

『目標、敵駆逐艦。ゴ自由ニ』

 

 比叡の艦隊は、戦艦をスルーして駆逐ハ級に向けて砲を放つ。戦艦二隻と駆逐艦からの攻撃をその身に浴びた赤いハ級は、一瞬のうちに撃破されてしまった。

 

『毒ハ取リ除イタ。繰リ返ス、毒ハ取リ除イタ』

 

 続けて、戦艦に対して砲撃を行う。大口径の砲から放たれた徹甲弾は、金剛の艦隊に視線を奪われている敵戦艦へと雨のように降り注いだ。

 

「グッ、オノレェ!」

 

 戦艦の主砲すら装甲に阻まれながらも、その砲撃は確実に敵戦艦へと届いている。

 敵戦艦が、その化物のような主砲を発射する。しかし、最大戦速で回避し続ける艦隊へ命中弾を出すことは難しいのか、敵戦艦の攻撃が当たることはない。

 

「弾種徹甲。榛名、多少荒くいきマース!」

「我々もお姉様に負けていられません! 霧島、いきましょう!」

 

 いつの間にか見入っていたらしい。戦艦同士の殴り合い、大口径砲による質量のぶつかり合いという、暑苦しくも華々しい戦いに。魔理沙も夢中になっているのか、いつしかフラフラと箒が近づいていき、金剛たちの声が聞こえる距離にまで到達してしまった。

 

 続けざまに、金剛の艦隊から大口径砲が浴びせられる。更に、比叡の艦隊からも同時に、交差するように主砲が火を吹いた。

 敵戦艦に比べ、自艦隊からは既に夾叉が出ていたために命中弾が多く出ている。容赦のない徹甲弾の嵐は戦艦といえど被害を免れられるものではなく、金剛たちは反撃開始からものの数十分で中破へと追い込んでしまった。

 

 否。逆に、あの戦艦はそれだけの攻撃に見舞われながら中破で耐えられるタフネスを持っているということだろう。戦艦の砲撃の威力は、青年もよく知っている。

 

(でもすごい、これが高速戦艦か……。これなら、あの戦艦だって――)

 

 

 

「沈ミナサイ」

 

 

 

花符『幻想郷の開花』

 

 

 

 油断などできないと、やはり青年は理解した。

 戦艦を中心に花が咲くように、弾幕が全方位に幾重にもなって花開く。それは、挟撃状態にある両艦隊のどちらにも煌きながら向かっていた。

 

「そんなもの、私の装甲で――ヒエー!」

「比叡何してるネ! 隙間くぐって避けなサイ! 私の妹でショウ!」

 

 ほとんどの艦娘が弾幕をかわす中、比叡だけが自信満々に装甲で受け止めた。結果、およそ半分は弾き飛ばしたのだが、もう半分は直撃して小破となってしまう。

 

「比叡!」

「大丈夫です提督! こんなの、かすり傷程度です!」

 

 敵戦艦は更に極大の光線を繰り出す。が、命中するはずもなくその間にも被弾する。主砲を一斉射して手負いの比叡を狙う。しかしやはり命中せず、被弾は増すばかり。

 敵の猛攻はともかく。このままいけば勝てるだろうと、おそらく誰もがそう思ったはず。

 だが、中破すらしている敵戦艦は、それを許してはくれなかった。

 

 

「――――ッ! ああっ!」

 

 

 再接近して砲弾を撃ち込んでいた金剛に対し、弾幕と主砲と合わせて集中的に攻撃を始めたのである。あらゆる方向から飛来する砲弾全てに対処するより、一人一人を確実に攻撃していくとの判断だろうか。

 その攻撃は金剛の装甲を削り取るように徐々に命中し始め、遂にはその装甲を打ち破り、直撃させるに至ったのである。

 

 小破する金剛。そのまま撃たれ続ければ更なる被弾は免れない。比叡、榛名、霧島が砲撃を続けるも、金剛の被弾に焦ってしまったのか攻撃が外れ、命中しても装甲に阻まれる。

 このままでは金剛は無事ではすまない、と思ったその時――

 

 

「くっ、私は――もう沈みまセン!」

 

 

 苦し紛れにか、金剛が照準も正確に揃えないまま主砲を一斉に放った。

 外れる――そう思ったのは青年だけではないだろう。それだけ金剛の体勢が無茶なものであったし、砲があらぬ方向を向いていたし、何より軌跡を描く砲弾があさっての方向へと向かっていたのだから。

 

 

「フウン……ソンナ攻撃ガ当タルト――」

 

 

 と口にした戦艦は、一瞬だけ視線を止めて言葉を詰まらせた。そして信じられないことに、“外れるはずの砲弾へ向けて飛び込んだ”のである。

 

「ア……アあぁ――」

 

 装甲が貫かれ、金剛の砲弾が全弾突き刺さる。

 動きが止まり倒れたかと思えば、その身体は静かに、しかし大きな音を立てて爆発――轟沈したのである。

 

 

 

 

 

「金剛、どうかな?」

「二人とも無事デス。仲良く隣に寝かせておきまシタ」

「……金剛、一つわからないことがある。その、風見幽香さんという人、どうして最後は自分から飛び込んだのかな?」

「相手の心配をするなんテ、テートクは優しいネ。でモ、私にもわかりまセン。たダ、」

「……ただ?」

「風見サンという人。倒れていた時、そこに咲いていた花を――守っていまシタ」

「…………、先を急ごう」

「了解デス」

 

 

 

 

 

 かくして魔理沙の案内で魔法の森を抜け、再思の道を抜け、辿り着くは三途の川。

 霖之助の話によると、この川の下流に向かえば妖怪の山の北西、更には鎮守府近海の北西に出られるだろうという話であったが、

 

 

「騒々しいから、様子を見に来てみれば……」

 

 

 どうやら、勘違いであったらしい。

 

「小町も今日は真面目に働いているようですね。しかし、」

 

 元凶はむしろ、この三途の川にあったのだろう。

 

「見逃すわけには参リマセン」

 

 三途の川の対岸より聞こえる声は、きっとそう応えてくれていた。

 

 

 

「ソウ、アナタタチは少シ――罪ガ重スギル」
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 楼主| 发表于 2021-11-20 11:05:09 | 显示全部楼层
030 Phantasmagoria of Flower View

 広々とした三途の川。青年自身もいつかここを渡ることになるのだろうか、と半ば現実から目を逸らしつつも、対岸に座す陸上型の深海棲艦からは目を離さない。

 魔理沙に箒から降ろしてもらい、岸辺に立つ青年。上空で箒を操る魔理沙は、対岸の存在に苦い顔を隠しきれていない。

 

「アナタ達ガ、コノ異変ノ原因デスカ?」

「……何を」

「幽霊ガ蔓延ルコノ事態、彼ラト同ジ匂イヲ漂ワセル彼女タチ、知ラナイトハ言ワセマセン」

「ああ……やっぱり」

 

 青年がかつて感じた問いは、間違っていなかった。

 深海棲艦の正体とはすなわち――幽体、なのだろう。深海棲艦を倒してカードへと変化する艦娘が幽霊であるとするならば、深海棲艦もまた幽霊であると考えることにそう不思議はない。

 

 だが、なぜ紫はそれを教えてくれなかったのだろうか。

 深海棲艦と近距離で戦った紫なら、艦娘を幽霊であると見抜いていた紫ならば、深海棲艦が幽霊であるということにも気づいていそうなことであるというのに。

 自分が何か間違っているのか、あるいは紫が何かを隠しているのか。疑問は埋まれど、更に疑問が沸いてはキリがない。

 

「でも、同じ匂いというのは頂けません。訂正してもらいましょう。彼女たちは深海棲艦のように敵意の塊ではなく、立派な魂と誇りを持った、僕にとってかけがえのない存在です」

「テートク、そんなに私のことを愛してくれてるなんテ……」

「……語弊はありますが、彼女たちが大切である、ということは変わりません」

 

 わずかばかり首をひねりつつ、青年は言葉を絞る。

 

(……紫さんのこと思い出したら、幻想郷に来た時のこと思い出しちゃったな)

 

 早苗に巻き込まれ、吹雪と出会い、叢雲と、漣と、電と、五月雨と。優しく。温かく自身を受け入れてくれた彼女たちの存在なくして、今前を向く青年はない。

 いつだって自身の傍には艦娘がいて、いつだって艦娘の傍には自分がいて。

 その影にはいつだって――

 

 

 いつだって、深海棲艦の姿が見え隠れしていた。

 

 

(――待て、……待て)

 

 思えば、最も重要な点を見逃してきた気もする。

 艦娘とは何か。かつての軍艦の魂である。

 

 では、“深海棲艦”とは何か。

 

「茶番ニ付キ合ウ心ノ広サハ持チ合ワセテイマセン。モウ一度尋ネマス」

 

 深海棲艦がどこから来たのか、などという疑問は今はどうでもいい。

 深海棲艦は幻想郷にとって災いをもたらす存在――敵であるというのは、他ならぬ紫が保証している。それは間違いない。

 

 間違いない、のだが。

 

(艦娘は……そのほとんどが倒した深海棲艦からカードとして現れる……)

 

 艦娘は味方か?

 どうして、“艦娘が密偵ではない”などと言い切れるのだろうか。

 

「ナゼアナタハ、外ノ世界ノ幽霊ナド引キ連レテイルノデス?」

 

 目を背けてきたかもしれない事実に、目を背けたくなるかもしれない現実に、青年は一人言葉を失った。

 艦娘と深海棲艦の存在の違いが、敵意の有無だけであると。

 

 

 

 

 

 青年の声が唐突に聞こえなくなったのを感じ、魔理沙が代わりに問答に参加することに。自身とて話し合うより手を出すほうが早い性格なのだが、深海化した四季映姫はある程度自我を保つことが出来ているらしい。戦わなくていいならそれに越したことはない。

 

「あー、お前映姫か? なんでこんなところにいるんだよ。休日か? そこのサボり常習犯の死神はともかく」

「幽霊ガ幻想郷ニ蔓延ッテイルカラ、様子見ツイデニ裁キニ来タノデスヨ」

「幽霊ってのは艦娘たちのことか? 違うぜ映姫、艦娘は深海棲艦と違って――」

「同ジ、ナノデス。川ヲ渡リ、私ノ元デ裁カレル必要ガアリマス」

「取り付く島もねえなあ。六十年周期はこの前のことだろ。艦娘が外の世界の幽霊だってんなら、お前の管轄じゃないぜ、ひっこんでな」

「幻想郷ニイルノナラ私ノ管轄デス」

「いや頼むから引っ込んでてくれ。お前の相手なんか面倒くさくてゴメンだぜマジで」

 

 軽口を叩くように魔理沙は口上を述べるも、実際映姫と事を構えたくないのは紛れもない事実。その強大な力が深海化によって更に増しているなど、想像もしたくない。

 

 

(ん……深海化? いや待てよ、うどんげの話だと確か映姫の奴は……)

 

 

 だが考えるより先に、映姫は言葉を続ける。

 

「アア、オゾマシイ歴史。幻想郷ニハ不必要ナモノデス」

「おいおい、艦娘たちはいい奴らばっかりだぜ。深海棲艦のこと言ってるのか?」

「ドチラモ同ジデショウ? 私ハ悪シキ者ヲ裁キニ来タノデス」

「はあ? いや全然違うだろ。幽霊裁きすぎて頭でもおかしくなったのか?」

「ナラバ、問イマショウ」

 

 並ぶ艦娘たちを一瞥し、映姫は対岸よりただ一言、冷たい声でこぼす。

 

「アナタ達ノ存在ソノモノガ、罪デナクテ何ト言ウノデス」

 

 瞬間、頭に血を上らせる魔理沙。気づいたときには、手に持つスペルカードを発動させていた。

 

 

 

 

 

 魔理沙の放つ弾幕を呆然と見ていたのだが、魔理沙が映姫と事を構えたとようやく理解した時、青年はふと我に返る。

 

(魔理沙ちゃん、それはまだ早い……っ)

 

 戦闘は強制的に始まってしまった。出来うるものならもう少し情報を引き出したかったのだが、始まってしまったものは仕方がない。

 

(艦娘の皆のために怒ってくれるのは……嬉しい、けど)

 

 艦娘を信じていいのだろうか。深海棲艦と何が違うのだろうか。

 浮かぶ疑問は絶えないまま、青年の心を深く食むのだが、

 

「提督、指示をお願いします!」

「……榛名?」

「まずはあの敵を倒してから! そうですね?」

 

 この言葉を深海棲艦が発していると思うと背筋が凍る。しかし、目の前で話しているのは誰だ? そう、艦娘。榛名だ。

 深海棲艦と艦娘が同じであるはずがない。両者の違いなど、青年が一番よく知っている。

 

(それでも僕は、皆に敵意がないことを……優しく接してくれる皆を頼りたい)

 

 例え裏切られたとしても。

 先の見えぬ暗闇が待ち受けているのだとしても。

 

 光を与えてくれた彼女たちには、己の命の輝き全てをもって報いねばならないのだから。

 

『提督ヨリ全艦ヘ。現在地三途の川。アリッタケノ支援ヲ要請スル』

『了解、急行ス。高速修復材ノ使用許可ヲ乞フ』

『許可スル』

 

 提督として、己にできることはここまで。

 あとは、彼女たちの判断に任せよう。

 

(四季映姫さんは自我を保った状態で深海化してる……? いや、あれが本人の意思そのものとは限らない。でも、レミリアさんの例に比べれば明らかに……。完全な自己でも、完全な深海棲艦でもない。白でもなく黒でもない灰色の存在――中間棲姫か)

 

「――全艦、砲戦用意」

 

 その指令に、艦娘が艤装を稼働させることで応えてくれた。ものの数瞬で戦闘態勢に入った彼女たちを見つめ、瞳を閉じる。

 

 対岸の存在への回答は、このようにして為されたのであった。

 

 

「君たちを信じてる」

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘が展開され、榛名は旗艦である金剛の指示を待っていた。敵は兵装も勿論だが、その存在としての威圧感が生半可なものではない。この6人と魔理沙をもって挑んだとしても、勝てるかどうかはわからないだろう。

 しかし、姉である金剛なら。あの戦争に参加した戦艦の中で最も古参、経験の豊富な金剛なら。この局面を打開するだけの戦術を何かしら考えてくれるはずだ、と。榛名は、期待の眼差しをもって金剛を見つめていたのだ。

 

 だが、

 

「あの……金剛お姉様?」

「うぅ……はる、な」

「金剛お姉様、ご指示を!」

「…………私は」

「――っ、比叡お姉様!」

「艦隊は比叡が指揮を執ります! 提督、金剛お姉様を!」

 

 青年に大きな信頼を預けられ、士気の高い艦隊の中で一人。金剛のみが顔を青ざめさせ、どこか呆けたような顔で、その場から動こうとしなかった。

 比叡が機転を利かせて指揮を執り、榛名は霧島や時雨、白露と共にそれに追従する。

 

(お姉様……どうして)

 

 青年も何か察したのか、慌てているような、苦虫を噛み潰しているかのような表情で、岸辺から動かない金剛を連れて三途の川から距離を取った。

 その内心を推して知ることはできない。いくつもの疑問や推測が脳裏に浮かんでは消えゆくが、青年の内心にも、金剛の考えにも、確実に至ることはできなかったから。

 

「――ッ、砲炎確認! 回避運動を!」

 

 だがそれよりも、今は目の前の戦闘である。戦闘を終わらせて、また金剛や比叡、霧島と一緒に過ごすのだ。この姿になって、やりたいことは沢山あるのだから。

 

(そのためには――あなたたちを倒します!)

 

「左60度砲戦用意! 目標敵戦艦、弾種徹甲! 撃て!」

 

 対岸より接近しつつある赤い戦艦に対し、統制射撃を行う。金剛が一人抜けたとは言え、金剛型の練度は伊達ではない。砲弾は目標へとまっすぐ伸びていき、敵戦艦の艤装へと――

 

 

「――甘イネエ」

 

 

 届かない――否、通り過ぎていた。

 何故なら、戦艦が既に、“比叡の目の前にまで接近”していたのだから。

 

「……えっ?」

「少シハノンビリシトキナ」

 

 迫撃、轟音。

 至近距離にて比叡は一斉射を受け、装甲も虚しく全弾を被弾、中破してしまった。

 

「……っく、う……ぅ」

「時雨ちゃん、比叡お姉さまを連れて距離を!」

「わかった!」

「指揮は私が執ります!」

 

 比叡の目の前に現れた戦艦に狙いを定めるも、戦艦は再び離れた別の地点へ移動していた。それはまるで、瞬間移動でもしているかのような足運びであり――

 

「霧島も一斉射、撃て!」

 

 再び放った砲撃も瞬間移動のような動きに翻弄され、まるで見当違いの方角へと放たれていた。

 

(あの戦艦は一体……?)

 

 攻撃を当てようとしても逃げられ、更には接射に近い距離でいつ砲撃を受ける事になるかもわからない。しかも戦艦である、その砲火力は間違っても侮ることはできない。

 

 故に、その一合だけで榛名は確信する。まともに相手をするのは危険すぎる、と。

 

「最大戦速! 魔理沙さんと一緒にあの基地を叩きます! 三式弾装填!」

 

 急激に速度を上げ、対岸へと距離を近づける艦隊。映姫が対空砲火により、空中を飛び回りながら弾幕を放つ魔理沙を攻撃しているのが目に入ったところで、主砲を向ける。

 しかし、映姫が自身へ向ける双眸は、憎くてたまらない相手へと向けるそれであり、

 

 

「罪ニ塗レタ歴史、私ノ元デ裁カレルトイイ」

 

 

罪符『彷徨える大罪』

 

 

 自身らへと放たれる弾幕を以て、確信へと変わる。

 棒状の弾幕と球状の弾幕が螺旋状に広がった。その弾幕は溢れ続け、艦隊の行く手を阻むように、隙間を埋めるように舞う。

 咄嗟に回避するも間に合わない艦もあり、装甲である程度は弾くも、霧島が弾幕を被弾し小破してしまう。

 

「シブトイデスネ。流石ハ兵器、ト言ッタ所デショウカ」

「榛名たちが何を間違えたというのですか! 守るために、私たちは大切な人たちを守るために戦ったのに!」

「ソンナモノハ関係アリマセン」

「どうして……どうしてわかろうとしてくれないのです!」

「ナラバソノ意思、見セテモライマショウ」

 

 避けた弾幕が航空機へと変化し反転、空へ舞い上がる。更に、映姫自身からも航空機が発進しており、計200にも及ぶ航空機がいとも容易く空を覆い尽くした。

 その空を埋める様は、戦いの記憶を呼び起こすには十分な光景であり、

 

(あ、あぁ――)

 

 守りきれなかった空と、全てを喰らった太陽のような光が、脳裏にいとも容易くフラッシュバックし、

 

「榛名!」

 

 動かない身体は爆撃機の攻撃を受け、簡単に小破してしまった。

 

 

(どうして……私はあの時動けなかったのでしょう)

 

 

 かつて呉に大破着底し、空を見上げることしかできなかった。かつてのように海を往き、波しぶきをかき分けることはもうできなかった自分。

 街が焼かれるのを、仲間が焼かれるのを、死の炎が浮かび上がるのを、ただ空を眺めて呆然とするばかり。

 

「悔シイデショウ? 悲シイデショウ? 無力ナ自分ガ憎イデショウ」

 

 そんなことはない。呉でも空襲する航空機への反撃を行い、終戦後も復興の礎となったのだ。そんな我が身を、憎いと思うわけもない。

 

 だが――

 

(もっと多くを守れたはずなのに……!)

 

 有り得たかもしれない未来を想像しながらも、それを成し遂げられなかった過去の幻惑を。

 

 届かなかった小さなこの手を、嘆かずにはいられない。

 

「罪ノ意識ニ苛マレルノハ怖イデスカ? 安心シテクダサイ、私ノ裁キハ絶対デス」

 

 薄ら笑うかのように、映姫が嘲るような声を上げる。

 

 

 

 それでも――

 

 

 

「榛名は、悪くありません」

「……ホウ?」

「金剛お姉様も比叡お姉様も霧島も、白露ちゃんも時雨ちゃんも、誰も悪くありません」

「ナラバ、ソノ罪ハドウスルノデス。“兵器デアルトイウ原罪”ハ!」

「……兵器が罪。それが運命ならば、受け入れます。でも私は、私たちを――」

 

 仲間と共に戦った過去を。守るべくして刻んだ時を。砲火を束ねた歌を。

 掲げた旗を。流した汗を。握った手を。泣いた瞳を。滲んだ血を。紡いだ絆を。

 

 鳴り止まぬ鼓動を。鳴り止んだ鼓動を。

 

 そして鳴り始めた鼓動を――

 

 

「黒歴史とは、絶対に言わせません!」

 

 

 三式弾は、その音が絶えることなく空に放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 金剛と共に戦場から距離を取って随分と時が経った。青年は岸辺で、魔理沙や艦娘たちが戦っているのを見て、そしてその会話を聞いて口を閉ざす。

 

(兵器が持つ原罪……)

 

 人類初の兵器・武器は、道具として使われた石や骨のナイフであるという。ナイフそのものがそもそも殺傷を目的としてものであり、そこから転じれば、確かに兵器は原罪を有すると言えるのかもしれない。

 

(でも……それでも、さ)

 

 幻想郷で人格を宿された彼女たちは、既に罪を背負っていたというのだろうか。青年が幻想郷に来てしまったために生まれたとも言える彼女たちは、ずっとその罪に悩み続けなければならないのだろうか。

 闘いの日々を終え、幻想郷に来てまでも苦悩を抱えなければならないというのか。

 青年に幻想郷で暮らして欲しいと願った彼女たちは、青年のわがままで残った幻想郷で責められなければならないというのだろうか。

 

(みんながいなければ……僕は今頃、外の世界で腐ってた)

 

 絶対に違う。認めてはならない。彼女たちに罪は無い。そしてそれを証明しなければ、青年もまた同じく心を痛みに蝕まれるだろう。

 

 

『長門ヨリ提督ヘ。間モナク海域ニ到着スル。戦況ノ詳細ヲ望ム』

『金剛小破、戦意喪失ニツキ戦線離脱。比叡中破、時雨ヲ伴イ一時離脱。榛名、及ビ霧島ガ小破シツツ、白露ト共ニ戦闘中。敵ハ瞬間移動スル赤ノ戦艦、弾幕ヲ航空機ニ変化サセル陸上型。敵航空機ハ現在200程度』

『卒倒モノダナ。戦力差ガ酷イヲ通リ越シテエゲツナイ。撤退ヲ勧メタイノダガ』

 

(でも、それは皆の誇りを傷つけることになる……気がする。勝手な思い込み? いや違う、僕は皆のことを信じるって言ったから、僕が撤退させちゃいけない。撤退するなら……艦隊の誰かが、撤退を判断したとき――)

 

 長門率いる艦隊がもう間もなく到着する。

 たった三人にも関わらず、榛名はよく奮闘してくれている。対空戦闘においては霧島より秀でているのか、次々と敵航空機を撃墜していた。

 そして霧島。敵戦艦が瞬間移動するために厄介極まりないというのは青年でもわかるのだが、予想される瞬間移動先を先読みし、攻撃を命中させることが叶わずとも、敵戦艦が迂闊に艦隊へ近づくことのできないように牽制に徹して戦っていた。白露の魚雷もまた、それに一役買っている。

 比叡は損傷の応急修理が終わったのか、未だに辛そうな顔をしてはいるものの戦意を失っていない。時雨もまた、比叡が無事だったことに安心してか頬を引き締める。

 

 これほどまでに戦いに誇りを、そして力強さを感じさせる彼女たちをどうして邪魔できよう。青年には、艦娘を愛する青年には到底判断ができなかったのである。

 あるいは――その誇りや力強ささえも原罪であるというのだろうか。

 

「金剛」

「……テートク」

 

 肩を抱くように震え、目に見えて金剛は意気消沈しており、戦闘前とは随分と気力が異なっていた。

 

「ハ、ハハ、情けないデス。私たちの罪を問われテ、何も反論できないなんテ……」

「でも、榛名は――」

「あの子は生き延びましタ。それ故、見える風景の色が違って視えることもあるでショウ。でも、私は違うんでス。私は違う……」

「……生きて戦いを終わらせることができなかったから?」

「違うんでス。あの時代を代表する戦艦として、反論できないことは沢山見てきたのでス。敵も味方も、それは酷いことばかりでしタ……」

「……そっか」

 

 金剛の記憶を辿ればわかる。相手国も勿論だが、自国でも多くの戦争犯罪があったことを。

 生体解剖事件、退艦者への機銃掃射、ビハール号事件、陸軍海軍問わず戦時中に起きたこれらを、金剛はほぼ全て把握している。

 自分が関わったものであろうとなかろうと、その全ては軍の行い。だからこそ金剛は、映姫からの言葉に反論を持てなかった。いや、持たなかったのだろう。それが当然であると受け入れて。

 青年にとっては、艦娘たちの抱える罪というものは直接的に関わりはないのだが――。

 

 

(でもね、覚悟はもう……決まったよ)

 

 

 彼女たちを守らなければならない。自分に光を見せてくれたのが艦娘であるならば、艦娘に光を見せるのは自分の役目だ。例えそれが、暗闇に進むとわかっている道だとしても。

 選ばなければならない。幻想郷における、艦娘の未来のために。

 

 震える金剛の手をとって、危険であるはずの岸辺へと近づいて。

 

 大きく息を吸い込み、青年は対岸の存在に向け。

 

 およそ生涯出すことのないだろうという程の轟声を。

 

「聞こえるか、深海棲艦!」

「……今、私ノ事ヲ呼ビマシタカ?」

「そうだ! いいかよく聞け! 閻魔だかなんだか知らないが、艦娘に罪はない! わからないとは言わせないからな!」

「……サテ、何ヲ言イタイノデスカ?」

 

 こみ上げる静けさを、しかし中で燻ぶる怒りを。

 気がつかないうちに金剛の手を握り締めて、艦娘への慈しみを胸に抱いて。

 

「兵器に意思なんて存在しない! そんなものは誰にだってわかることだろう!」

「――――っ」

 

 視界の端に、悲壮感いっぱいになったり戸惑ったりと顔の忙しい金剛が映る。だが青年は、次々と漏れ出る言葉を抑えきることなどできなかった。

 

「エエ、ソウデスネ。普通、兵器ニ意思ハ宿リマセン」

「存在しない人格に罪を着せるなんて職権乱用が許されるのか、閻魔様!?」

「デハ、彼女タチハ何ダト言ウノデス。ソシテ貴方タチガ深海棲艦ト呼ブ者タチハ?」

「兵器に意思が存在しないなら、意思を持つ彼女たちはただ人格を与えられただけだ! そこには、彼女たちを操っている人間が存在することになる!」

「……ツマリ?」

 

 

「兵器そのものより、兵器を扱う人間の方が悪に決まってんだろうが! つまり僕のことだよ!」

 

 

 無茶を言っていることは分かっている。無理な道理と理解している。

 例え彼女に、彼女たちに嫌われようとも。

 

 彼女たちを助けることにつながるならば、この務めを果たそう。

 己一人で皆が助かるなら、喜んで身一つ差し出そう。

 

「戦争犯罪!? 原罪!? 兵器である彼女たちに決定権なんて与えるわけがない! 悪いのはいつだって“僕ら”じゃないか!」

「アナタハ――」

「裁くなら! 命令を出す僕一人に決まってるだろ!」

「…………」

「さあ、僕を連れて行くといい! それとも、僕一人を裁くことができないほど、閻魔様とやらは“白黒”はっきりさせられないのか!」

 

 吹けば飛んでしまうほどの、弱く小さく歪で性根の曲がった脆き魂。口を閉じるどころか、二度と口を利けなくすることぐらい、映姫にとっては造作もないことだろう。

 そして青年の論理。映姫が艦娘の正体を魂の集合体と見抜いているなら、この主張はほとんど通らないも同然である。

 

 しかし、映姫はそれらをしなかった。瞳を閉じて小さく息を吐いたかと思えば、一言。

 穏やかに、透き通った通りの良い声ではっきりと。

 

 

 

「――ならば、深海棲艦の罪も貴方が背負うのですね?」

 

 

 

「ああ……、受け止めてみせるよ」

 

 

 

 兵器でありながら平和を渇望した彼女たちのために。

 兵器でありながら人を救うために奔走した彼女たちのために。

 

 

 青年はこの時、初めて己の中の提督を自覚したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 手を握られた時から、金剛は嫌な予感がしていた。だからこそ、その青年の一言一句を、聞き逃すまいと耳に刻みつけた。

 否、刻みつけようとせずとも、その叫びは確かに刻まれた。

 

 自分たちのどこに、そんなに熱心になってくれる必要があるのだろう。少し前まで何も、興味すら持っていなかっただろう自分たちに。

 何を、そんなに。

 

 

「ああ……、受け止めてみせるよ」

 

 

 悪い予感は見事的中した。被りたくもない罪を背負い、纏いたくない汚名を着せられ、それでも尚、自分たちを愛そうというのか。

 やめてほしい。自分たちはそれこそ兵器だ。突き詰めれば鉄の塊なのだ。悪名高き鉄の塊に、何を求めているのだ、と。

 

 思ったところで、金剛はその考えを捨てた。

 思考すればするほど、この青年の覚悟を貶してしまうような気がして。

 

 未だ強く握られている自身の手を見た。そしてその手の先にいる、見違えるように表情の引き締まった青年。震えているのは果たして、青年と自身、どちらの手だったろうか。

 

 もう、震えていないからわからない。

 

(ああ――最初はただ距離を縮めるためのcommunicationだったというノニ……)

 

 ――本当に気になってしまうではないか、と。

 

(想像してたより、ずっとずっと熱い心を持っているのですね)

 

 金剛型の長女として、英国ヴィッカース社へ委託建造された巡洋戦艦。高速戦艦へと改修を遂げた金剛は、開戦時には旧式もいいところであったが、諸作戦で北へ南へ駆け回る。対地艦砲射撃等の作戦も行い、金剛型戦艦は旧式でありながら、日本海軍で最も活躍した戦艦と言わしめるに至ったのである。

 

 長女としては鼻が高い。我ら金剛型姉妹はかのようにして語り継がれているのかと思うと胸が高鳴る。だがそれだけに、“榛名と映姫の言葉”が胸に刺さるのだ。

 

 しかしこの青年は、それを真っ向から否定した。幻想郷に意思を持って生まれながらも、自身らは兵器であるとして非情さを見せることで。

 詭弁であることなど、誰にでも分かることであるというのに。艦娘に嫌われる発言であると、わかっているはずなのに。

 

 

(貴方の気持ち、確かに受け取りました。ありがとう)

 

 

 それを理解している“自分たちが、反論する”ことを考えなかったのだろうか。

 

「Heyテートク、後は私がやりマース!」

「え……金剛?」

 

 ほくそ笑む、とはまた違う。儚げに微笑みながら金剛は青年の手を引き、青年の前に立つ。弁舌を自在に操る映姫から、守ってあげるように。

 

「エーキとかいうアナタ、私からも一言言わせてくだサイ」

「……何デスカ?」

「“私たちの未来”を、アナタは知っていますカ?」

 

 それは、青年の記憶から拾った知識。艦の魂として外の世界に留まる中で得た希望。

 

「榛名と比叡は、航空機を積めるようになりましタ。私と霧島は、“盾”の名で呼ばれているそうですネ」

「……外ノ世界ノ未来ナド。幻想郷デハ――」

「守りたいという意思は、確かに未来にまで伝わっていましタ。あの時代を代表する戦艦の長女として、どうしてこれを喜ばずにいられましょうカ」

「デスガ、アナタ達ハ――」

「今は私が、妹たちが、皆がこのテートクの盾。もう私にとって、過去は忌まわしいものではありまセン。罵倒され、それでも受け止めて、ようやく決心がつきましタ」

 

 例え罵詈雑言という汚泥に塗れようと、例え底の見えない水に足を絡め取られようと。

 

 この想いを、止められるものなら止めてみせろ。

 全身全霊を以て、灰塵に帰してみせよう。

 

「ソレデモ、アナタ達ノ罪ハ消エナイ。ソノ存在モ、過去ノ行イモ」

「テートクは私たちに針路を示してくれましタ。なら私たちはこの方を信じて愛して戦って、沈みゆく最期のその時まで共に寄り添うダケ。これが兵器に与えられた運命――そうですね、提督?」

「ああ……その通りだ」

「では簡単に沈んでやりませン。テートクは泥船に乗ったと思ってるかもしれませんガ、私たちは軍艦なのですカラ」

 

 金剛は名残惜しさを感じながらも青年の手を放し、水上に浮かぶ。そこで青年の方へと振り返り、金剛は言葉を紡いだ。

 自身の顔が、少しだけ嫉妬に染められていることを理解しながらも。

 

「先ほどの戦いのカード、渡し忘れていまシタ。さあどうゾ」

「あ、ああ……その、金剛、僕は――」

「早苗という子が羨ましいデス」

「え……?」

「出来うるものなら、アナタの一番深くにいるのは私でありたかっタ」

 

 それだけ言い残すと、金剛は青年に背を向けて艦隊の元へ動き出す。

 その心に根ざすのは、紛れもない“戦艦金剛”の鋼鉄の意志であった。

 

 

 

 

 

「ねえ、さっきの聞いたかしら?」

「司令官の啖呵、格好良かった」

「流石司令官ね! 今度ナデナデしてあげないと!」

「皆、今は戦闘に集中するのです!」

 

 

駆符『第六駆逐隊』

――駆逐『暁』『響』『雷』『電』

 

 

「曙どうしたの? 唇震えてるわよ?」

「わかってて言ってるの? 意地悪ね全く……」

「はにゃー、曙氏は愛いですな~グフフ」

「あ、わ、私もそう思います!」

 

 

駆符『第七駆逐隊』

――駆逐『朧』『曙』『漣』『潮』

 

 

「折角留守番変わってもらったんだ。活躍するぜ?」

「あらあらぁ~、バケツをぶっかけられた赤城さんみたいに油断しちゃダメよ?」

 

 

軽符『第十八戦隊』

――軽巡『天龍』『龍田』

 

 

「ねえ加古。大丈夫?」

「いやぁ~正直きっつい。昨日萃香ってちびっ子に飲まされたのが響いてる……」

「それにしても、司令官は敵を作るのがお上手みたいですね!」

「青葉ぁ、怒られるよ?」

 

 

重符『第六戦隊』

――重巡『古鷹』『加古』『青葉』『衣笠』

 

 

「いいですか赤城さん? あなたは基礎さえ怠らなければ空母3隻が相手でも勝てるでしょう。絶対に基礎を忘れてはいけません」

「気を引き締めます。航空隊、発艦始め!」

 

 

空符『初代・第一航空戦隊』

――空母『赤城』

    軽空母『鳳翔』

 

 

「待たせたな提督、この長門がいる限り大丈夫だ。む、いい知らせ……新しい戦艦だと?」

 

 

戦符『第一戦隊』

――戦艦『長門』『陸奥』

 

 

「ついでに覗いてみれば面倒なことになってるみたいね」

「えへへ、お邪魔します」

「咲夜さん、美鈴さん、どうして……。長門ですか?」

「正解よ。ほら、妖怪の山の戦闘のカード。あなたに預けるわ」

「……ありがとう。艦隊を再編する!」

 

 

駆符『第二駆逐隊』

――駆逐『村雨』『夕立』『春雨』『五月雨』

 

 

駆符『第十一駆逐隊』

――駆逐『吹雪』『白雪』『初雪』『深雪』

 

 

軽符『第九戦隊』

――軽巡『北上』『大井』

 

 

闘符『第十六戦隊』

――重巡『足柄』

    軽巡『長良』『球磨』

 

 

空符『第四航空戦隊』

――軽空母『龍驤』『祥鳳』

 

 

 これだけの艦隊を目前にすれば流石に壮観である。などとこぼすより先に、冷や汗を垂らしながら青年は長門に尋ねていた。

 

「うちって……こんなに女の子いたっけ?」

「何を言う。志を同じくした者たちはまだ半分にも満たないぞ」

「あっ……はい」

「さて提督よ。これだけの艦隊をいきなり指揮しろとは言わん、黙って見ていろ。そして学べ。我らがいかなる存在であるか、そしていかなる罪とやらを持っているか、その目でしかと見届けるのだ」

 

 頼もしい笑みを見せて、長門が艤装をポンポンと叩く。

 

「Hey長門、久しぶりに会ったというのに、人の戦いに横槍ですカ?」

「強がりはよせ金剛。我ら皆、提督の盾なのだろう?」

「うぅー、まさか聞かれてたなんテ……」

「え、皆に聞かれてたの!?」

「あれだけ大声を出していれば聞こえるさ。何、曙を始めとして皆喜んでいる。かくいう私もさ」

「フン、獲物は譲りませんヨ?」

 

 

 

戦符『第三戦隊』

――戦艦『金剛』『比叡』『榛名』『霧島』

 

 

 

 美鈴は青年の傍に。艦隊運動が行いにくそうということで、白露と時雨も青年の傍に。三途の川は、既に艦娘によって覆い尽くされていた。

 戦端は、長門が切って落とす。

 

「さて、そこな戦艦と閻魔とやら。覚悟はいいか?」

「……野蛮ナ。ソレデモ、私ガアナタ達ノ罪ヲ、白黒ハッキリサセテアゲマショウ」

「ほう、白黒ハッキリとは実に愉快。深海棲艦に身を許しながら精神は健常なつもりか? 白黒どころではない。今の中途半端な存在の貴様が誰かを裁こうなど……まして我らの誇り、我らの提督を試そうなど――これでも私は怒っているんだぞ!」

 

 

「ソノ口ヲ――閉ジロッ!」

 

 

死神『ヒガンルトゥール』

 

 

「良イ働キデスヨ小町」

 

 

審判『ラストジャッジメント』

 

 

 戦艦の弾幕。銭の様な弾幕が広がる中を、白い弾幕が流れるように泳いでいく。そして映姫の弾幕。棒状の弾幕をばらまきつつ、細いレーザーと太いレーザーとを組み合わせて艦隊を襲う。種類の弾幕は、艦娘に負けじと三途の川を覆い尽くした。

 その弾幕に対し、駆逐艦と巡洋艦、それと金剛型はひたすらに弾幕を避け続けた。長門と陸奥はレーザーこそ流石に回避し、その他の弾幕も多少避ける素振りを見せるものの、そのほとんどを真っ向から弾幕を受け止め、弾き返す。空母たちはそもそも離れた位置にいるため、被害など皆無であった。

 

「全水雷戦隊、複縦陣。“隙間を埋めろ”。魚雷発射用意」

 

 長門の指示を受け、艦娘たちは三途の川の流れに対して二列の陣形を組んだ。全艦の魚雷発射管が同時に、同じ角度、同じ速度で動く。それはあたかも、一つの芸術のような統制であった。

 

「発射用意よし!」

「はらわたが煮えくり返る思いだろう、私とて同じだ。交互に発射、全弾叩き込んでやれ」

 

 川を埋め尽くすような魚雷の群れが、列を組んで放射状に放たれた。その目標は勿論、唯一の水上目標である赤い戦艦。

 確かに避ける隙間はなかなかないだろう。しかし、あの戦艦には瞬間移動する能力がある。その能力によって魚雷が命中しない場所へ移動されてしまえばそれまでであるが――

 

「十六夜咲夜、頼んだ」

 

「メイド使いが荒いわね」

 

 瞬間移動に対し、時間停止。咲夜の能力であれば擬似的な瞬間移動を行うことが可能であり、魚雷の当たらない箇所へナイフを放ち牽制することで、戦艦は逃げ場をなくす。

 放射状に放たれた川を飲み込む魚雷のうち、4発が戦艦に命中。それでも中破に収まる敵戦艦に対し、

 

「陸奥、及び第六戦隊、足柄は砲戦用意。目標敵戦艦、好きに撃て」

 

 重巡と戦艦の度重なる連続砲撃により、魚雷で足を止められていた戦艦は避けることも叶わず。

 大きな音と噴煙を立て、水面へと沈んでいった。

 

「小町ッ! クッ――ヤラセハシナイ!」

「さて、金剛よ。あとは貴様たちに任せるとしよう」

 

 先ほど回避した映姫の弾幕が航空機へ変化する。その数は、先ほどの残存機と合わせておよそ300にまで達していた。

 

「赤城さん。あなたで半分、やれますね?」

「え、空母四隻もいるのに、半分私ですか鳳翔さん?」

「もっとお望みかしら?」

「いいいいいえいえ、半分でももったいないです。頑張ります!」

「相変わらずやなあ鳳翔」

「ええ、懐かしいです」

 

 うわずった赤城の声が遠くから聞こえるが、その直後には戦闘機隊が敵の航空機と接敵していた。正規空母赤城、軽空母鳳翔、龍驤、祥鳳による制空戦闘が、既に上空では始まっていたのである。

 

「エーキ! ここでfinishデス!」

「バカメ! 私ヲ倒セルト思ッテイルノデスカ? 何度デモ沈ンデイキナサイ!」

「アナタこそ、私たち金剛型四姉妹を何だと思っているのデス!」

「金剛お姉様を筆頭に!」

「海軍を支え続けた!」

「大艦巨砲主義の立役者です!」

 

 制空権は確保できず、しかし拮抗状態には持ち込めている。だがそれは、敵攻撃機の接近すらままならないということであり、戦艦にとっては千載一遇の機会。

 

「知っていますカ、エーキ。私と榛名はある日、飛行場を砲撃しまシタ」

「エエ。結果的ニハ失敗シタヨウデスネ」

「あれは私たちも不覚でしタ。なら、私と榛名が作戦で使用した弾薬の数ハ?」

「……キサマ」

「副砲と合わせて私が462発、榛名が504発。そして今は、続けて飛行場砲撃を行う予定でしたガ、成し遂げられなかった比叡と霧島もいまス」

「…………」

「あの日をもう一度。今度は成功させてみせまショウ」

 

 映姫は航空機を向かわせようとしているようだが、想像以上に航空戦が激しいために不可能なようである。赤城の航空隊は特に優秀で、雷撃機と爆撃機を優先して撃墜させていた。

 航空戦において徐々に追い込まれる映姫。金剛は静かに、そして静かに。

 静かに、主砲を旋回させた。

 

 

 

「35.6cm砲計32門。2000発の無念、受け取って下サイ」

 

 

 

 

 

 

 

 

(うわ、川の岸部デコボコ……水が流入してるし。流れ変わったな)

 

 作戦を終えた艦隊は、長門が率いて先に鎮守府へと向かっていた。現在残っているのは、金剛型四姉妹、それから白露、時雨の6人と咲夜、美鈴である。魔理沙は「案内は果たしたぜ」と言って、さっさと帰ってしまった。上空では、文がカメラを片手に飛び回っている。

 

 岸辺に寝かせた映姫と小町。2人とも怪我はなく、小町に至っては幸せそうな顔でスヤスヤと眠りこけていた。

 対する映姫はというと、倒した時から意識がはっきりしていた。ただ体は動かないのか、青年に上半身を起こされ、少しばかり不機嫌そうな顔で頬を膨らませている。

 見た目は少女のそれであるため大変可愛らしくはあるのだが、身にまとう雰囲気が深海化した状態に比べ、格段に恐ろしいものになっているのは気のせいだろうか。

 

「あ、あの。四季映姫さん、でしたか?」

「先程と比べて全く覇気がありませんね。そんなことで幻想郷でやっていけるのですか?」

「うっ、いやあれはなんというかその……」

「私をキズモノにしておきながらその態度。どう責任を取るつもりなのです?」

「え? いやあの、も、申し訳ない……?」

「……冗談です。そこで謝らないでください。あなたは少し気を遣いすぎる」

 

 映姫は一つため息をこぼすと、改めて見上げるように青年を見た。

 

「あなた方の……あなたの意思は分かりました。それでも、私の立場は揺らぎません」

「……そう、でしょうね」

「ただ、私としては珍しく。本当に珍しいことですが、あなたの進言を聞くことに致しましょう。致し方ありませんが」

「と……いうと?」

「今の彼女たちの罪は、全てあなたのものとします。あなたが死んだとき、改めて裁判を行うことにしましょう」

 

 金剛を始めとする艦娘たちから声が上がりそうになるも、青年はそれを手で制する。

 

「ご配慮に感謝します」

「あなたの魂が、この川を渡って私の元へ来るその日が楽しみです。最も――」

 

 

 

 「そんな日が来なければいいと、個人的には思いますけどね」と。

 

 

 

 小さく不敵な笑みを浮かべて、映姫は語りかける。

 

「閻魔様がそれでいいんですか?」

「待ち遠しくはありますが、彼女たちに恨まれたくはありませんから」

「白黒はっきりつける方にしては、随分と曖昧ですね?」

「何を言っているのですか。執行猶予は立派な判決です」

「ええ……ええっ、違いありません……!」

 

 知らぬうちに、涙がこぼれていたらしい。

 艦娘のためにできることが、自分にもあったのだと。艦娘にとっての幻想郷を、幻想郷にすることができたのだ。

 

 滴る雫は映姫の頬へと落ちていく。しかし、映姫は水滴を拭うこともせず、

 

「ひとまず、私の中から深海棲艦を追い出してくれてありがとうございます」

 

 小さく微笑み、瞳を閉じて、

 

「今日は少し疲れました。ふふふ、私も小町のことを叱ってはいられませんね」

 

 微かな寝息を立てて、安らかな寝顔を見せたのであった。

 

 この審判の日、青年と艦娘はより強固な見えないもので結ばれた。

 その関係にすら何か色を添えようというのは、いささか無粋というものだろう。

 

 

 

 

 

 



ようやく二章まで終わりました。
今後も、不器用な主人公を見守りくださいますよう、よろしくお願いします。

着任
特Ⅰ型駆逐艦二番艦『白雪』
特Ⅰ型駆逐艦三番艦『初雪』
特Ⅰ型駆逐艦四番艦『深雪』
白露型駆逐艦五番艦『春雨』
長良型軽巡洋艦一番艦『長良』
球磨型軽巡洋艦四番艦『大井』
妙高型重巡洋艦三番艦『足柄』
龍驤型航空母艦『龍驤』
祥鳳型航空母艦一番艦『祥鳳』
長門型戦艦二番艦『陸奥』


目前着任:序章:特Ⅰ型駆逐艦一番艦『吹雪』
特Ⅰ型駆逐艦五番艦『叢雲』
特Ⅱ型駆逐艦九番艦『漣』
特Ⅲ型駆逐艦四番艦『電』
白露型駆逐艦六番艦『五月雨』
天龍型軽巡洋艦一番艦『天龍』
司令長官『茅野守連』
第一章:天龍型軽巡洋艦二番艦『龍田』
夕張型軽巡洋艦『夕張』
青葉型重巡洋艦一番艦『青葉』
古鷹型重巡洋艦一番艦『古鷹』
古鷹型受巡洋艦二番艦『加古』
青葉型重巡洋艦二番艦『衣笠』
鳳翔型航空母艦『鳳翔』
球磨型軽巡洋艦一番艦『球磨』
第二章:白露型駆逐艦四番艦『夕立』
特Ⅱ型駆逐艦七番艦『朧』
特Ⅱ型駆逐艦八番艦『曙』
特Ⅱ型駆逐艦十番艦『潮』
特Ⅲ型駆逐艦一番艦『暁』
特Ⅲ型駆逐艦二番艦『響』
特Ⅲ型駆逐艦三番艦『雷』
白露型駆逐艦一番艦『白露』
白露型駆逐艦二番艦『時雨』
白露型駆逐艦三番艦『村雨』
海風型駆逐艦四番艦『涼風』
初春型駆逐艦四番艦『初霜』
球磨型軽巡洋艦三番艦『北上』
長門型戦艦一番艦『長門』
赤城型航空母艦『赤城』
金剛型戦艦一番艦『金剛』
金剛型戦艦二番艦『比叡』
金剛型戦艦三番艦『榛名』
金剛型戦艦四番艦『霧島』
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 楼主| 发表于 2021-11-20 11:07:52 | 显示全部楼层

(小说断更及作者失踪)提督が幻想郷に着任しました 第三章 宵闇の宴

作者:小说:水無月シルシ
视频:イコ(同一人)
为生肉小说,熟肉有谁可以翻译的可以再开一个帖子,谢谢
作者已经失踪,无法联系作者
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序章 東方風神録:
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第一章 紅き狼:https://bbs.nyasama.com/forum.ph ... &extra=page%3D1
第二章 灰かぶりの審判:https://bbs.nyasama.com/forum.php?mod=viewthread&tid=1846286&extra=
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 楼主| 发表于 2021-11-20 11:10:17 | 显示全部楼层
031 決意の日

 博麗霊夢の行方不明が発覚してから半月、16日が経過した。

 三途の川・妖怪の山異変から数日、青年が幻想郷に来て13日を経たその日の鎮守府にて。

 

「じゃあ、始めようかねえ」

「わざわざ来てもらってすみません、小町さん」

「いいってことさ。いっつも昼寝してんだから」

 

 威張って言う事ではないな、と青年は苦笑する。

 目の前に座る女性は小野塚小町、三途の川で戦艦になっていた人物である。死神であり、三途の川の船頭であるという。ツインテールの赤髪に赤い瞳、青い着物に腰巻をつけており、その胸元は豊満であった。

 

(見ないほうがいんだろうけど、視線が吸い込まれる……)

 

 執務室。今回の異変に関わった人物の一部を招き、青年は情報の獲得に乗り出そうとしていた。

 深海棲艦に関わることは全て鎮守府に集める。これは青年の方針の一つで、現在幻想郷を席巻するこの深海化という異変を、早期に解決するために行っているのだ。深海棲艦について理解を深めて戦闘の知恵にならないだろうか、という本音は勿論だが、わざわざ深海化を見過ごす理由はない。予防策のようなものが取れるなら、それに越したことはない。

 

 話し合いが始まる前に、来客全員にお茶が振舞われる。そのお茶を遠慮なく口につけた小町は、配膳した涼風に対し満面の笑みでニッと笑った。

 

「いいお茶だねえ。あたいには勿体無いぐらいだ」

「てやんでい! お客人に茶ですら満足させられないなんて、あたいたちの名折れだよ!」

「お、中々わかってるじゃないか! でも、あたいとしてはお茶より寝床かな」

「あたいはどっちかってえと騒ぎたい方なんだけど……」

 

 ワイワイと二人だけで楽しく盛り上がる涼風と小町だが、ひとまずお茶は全員に配膳された。

 青年もまたお茶を一口すすったところで、話し合いは始まる。

 

「まず、皆さんに今日集まってもらったのは他でもありません。二日前に発生した異変について、少しでも情報を共有できればと思いまして」

「あやや、それで私もですか。茅野さんの望む情報かどうかはともかく、ばっちり話は集めてきたので期待してください」

 

 パタパタと、メモ帳のような紙束を振る射命丸文。その隣では、紅美鈴が申し訳なさそうな顔で座っていた。

 

「私は今回、本来のお仕事である情報収集のためにいるんですけども……あ、これ面と向かって言ってもいいんでしたっけ? 私自身が持つ情報っていうのは少ないですが……」

「いえ、是非ともこの場で聴いてください。紅魔館の方の協力は必要不可欠です。遅れましたが美鈴さん、妖怪の山への対応、鎮守府を代表して紅魔館にお礼を言わせて下さい。ありがとうございました」

「あはははは……大したことはしてないですよ」

 

 小町の両隣に座る文と美鈴。特に文は妖怪の山方面、及び本日欠席した風見幽香とメディスン・メランコリーの分の情報も集めてきてくれたらしい。

 小町もまた、映姫が仕事で来られないというので話を預かってきているとのこと。美鈴は紅魔館から参加した戦力の代表ということで、今回の参加である。

 

(好意的に捉えるなら……無視できない事態になってるってことか)

 

 それは深海化のことについてか。あるいは鎮守府の戦力についてか。

 いずれにせよ、この一連の異変が幻想郷に及ぼす影響は、少なからず多方面へと問題を投げかけてしまっているようだ。

 

 さて、話し合いは進んでいく。まずは、今回の異変について。

 

「……なるほど。やっぱり深海化した時のことは記憶にある、と」

「艦娘がすごく嫌いになる感じでねえ。自分の意識はあるけど、体が自由に動くようで動かないんだよ。気持ち悪いったらありゃしないね」

「あやや。私は青葉さんを始めとして、艦娘さんのこと結構好きなんですよ。でもあの時ばかりは、好きって気持ちがそのまま裏返って嫌いになったような感覚でした」

「四季様も、入り込まれた感覚は同じだって言ってたよ」

 

 深海化の謎は深まるばかり。新たに明らかとなっためぼしい情報はなく、青年はがっくりと肩を落とす。

 

「あたいの能力は“距離を操る程度の能力”。いやあ、死神が本気で死神になるなんて思いもしなかったね」

「ふむ。この長門がいればまだ装甲差でどうにか出来たかもしれんが、他の艦には少し荷が重かったようだ。結局最後は物量差だったからな。駆逐艦より早く、その上接射による想定以上の攻撃力だ。我々にとっては、最も厄介な部類の能力に入るだろう」

「私は“風を操る程度の能力”です。深海化したときは、見事に咲夜さんに封殺されてしまいましたけどね」

「対峙したのが同じく幻想郷の者たちで助かった。風を操るなど、我々の速度も射撃も役に立たないものになっていたに違いない」

 

 能力、戦闘については長門が話を聞く。幻想郷で能力を持つ者の強さは、紅魔館の異変の際によく理解している。艦娘と相性が悪い場合が多いのは致命的であり、今後も深海化が起きるとするならば何かしら有効的な対応策を取らねばならないだろう。

 

「聞いてくれよ! その時四季様がこういったんだ。「小町、その……いつも小言ばかり言っていますが、わ、私は貴女のこと、決して嫌いではありませんから」ってな? わかるかい、この何とも言えない気持ちがさあ!」

「これは……いいことを聞きました! 早速記事を! 青葉さんを呼んでください!」

「うーむ。私は駆逐艦が好きだが、映姫もなかなか……フフ」

「話戻しましょうよ」

 

 ともあれ、会合は進められる。どのような情報であれ、今は深海棲艦のことを少しでも知ることが重要となる。そういった意味では幽香とメディスンにも来てもらいたかったが、来られないのを無理に引っ張ってくるつもりもない。

 粗方話し終えたかと思ったところで、小町がそれまでの緩んだ表情を一転。目つきを鋭くし、声音を少し抑えて話し始めた。

 

「さて、こっから結構重要な話だ。四季様からはあまり広めるべきじゃないって言付かってる。鴉天狗、今から話すことは絶対に記事にはしないどくれ」

「あやや、とりあえず話は聞くとして……もし記事にしたらどうなります?」

「死神の実働部隊が、アンタをお迎えにあがるよ」

「おお、こわいこわい。そうですねえ……カミツレさんどうです?」

 

 文に対して釘を刺す小町。およそ五寸釘ではないかと思うほどの刺しようだが、文は考える素振りを見せたかと思うと、青年に対して小首をかしげる。

 

「ん、僕?」

「艦娘、それから深海棲艦のことについては、幻想郷ではあなたに一任されているといっても過言ではありません。あなたから見て、今までの異変等含めて“一部でも”広報するべきかどうか、判断を伺いたいです」

「僕が……」

「妖怪の山は守矢神社と協力関係にあります。そしてそれは、守矢神社と深い関係にある、あなた方とも協力関係にあるということ。我々は協力相手の意思を尊重したいと思っています。提督という立場からいかがでしょう?」

 

 曲がりなりにも、文の新聞は幻想郷中に情報を伝達する手段の一つである。内容の真偽はともかくとして、今深海棲艦の情報を広めることにメリットはあるのか。広めても問題ないのだろうか。

 

(射命丸さんは……微笑んでるけど何か探ってる目だ)

 

 青年が艦隊運営について素人であることは周知の事実であるが、妖怪の山は関わりが深い分、より理解しているといってもいいだろう。その上で、自分の器を問いたいのだ。

 

 本当に、海を任せるに値する人物であるかどうか。

 

「…………。なが――」

「提督よ、一つ助言だ。誤った情報を広めた場合、それを鵜呑みにする者は絶対に存在する。しかし情報を伝えなかった場合、情報を持ちながらなぜ伝えなかったのかと批判する者も存在する。判断は委ねよう、我々は従うだけさ」

 

 長門に助けを求めようと思ったのだが、逆に迷いを生じさせる助言をもらってしまった青年。しかし、よくよく考えればその助言は確かに事実でもある。

 

(映姫さんが広めるべきじゃないと言うならそれはそうなんだろう。地獄で裁判長をやってるような人だ、話は核心に近いはず……なら)

 

「記事にはしないでください」

「ほほう?」

「いらぬ混乱は避けるべきです。深海棲艦の情報は鎮守府で管理します。ただし、幻想郷内には、それぞれ力を持った勢力がいますね?」

「我々妖怪の山に紅魔館。そうですねえ、永遠亭や白玉楼、不可侵の約定はありますが地底の方々もでしょうか。彼らには話を通すと?」

「はい。また改めてこちらから出向きますので、その際に伝えようかと思います。文さんは妖怪の山の長にだけ伝えてください」

「ふうむ……まあいいでしょう」

 

 少しばかり残念そうな表情の文であるが、徒らに情報を広めるべきではない。今回の決断は長門も賛成なのか、瞳を閉じて頷いている。

 

「決まったかい? さて、じゃあ話そうかね」

 

 湯呑を一気にあおり、お茶を飲み干したところで小町は口を開いた。

 

「はっきりと言おう。幻想郷はこのままだと――深海勢に飲み込まれる」

 

 

 

 

 

「まず、四季様のことについて話しておこうかね。“白黒はっきりつける程度の能力”を持つお方で、幻想郷担当の裁判長。ここまではいいね?」

「はい、先日咲夜さんからも伺ってます。自分の中に絶対的な基準を持って判決を下すと聞いていますが」

「ならよし。この白黒はっきりつける程度の能力なんだが、そもそも四季様が特殊でね。精神的な位相が人とはズレてるんだ」

「んん? なんだかいきなりオカルトですね?」

「幻想郷がオカルトだよ。で、四季様の精神波なんだけど、位相がズレてるからこそ絶対的な審判が下せる。とりあえずここまで理解したかい?」

「え、ええ、なんとなく」

「ズレた精神波には、同じく精神波のズレた者しか干渉できない。そして、深海棲艦は四季様にかつてないほど綺麗に干渉した。つまりね、」

 

 

 「深海棲艦って、四季様と同じような存在なのかもしれない」と。

 

 

「同じ……ような?」

「精神波がズレてるから、言葉も含めて精神的な干渉は受けない。自身の中の信念に従って行動する。そこに四季様と比べて善悪の違いはあれど、ね」

「……なら、艦娘の皆は」

「四季様が言うには、本質的には同じだけど、精神波が人と同じ正常な位相に戻った存在じゃないかって。逆説的に言えば、深海棲艦は人じゃない――のはわかると思うけど、もっと人とは違う本能的な存在さ」

 

 例えば紅魔館の時はどうだっただろう。美鈴らが、レミリアらが、深海棲艦と化した異変。精神を乗っ取られた、あるいは融合したのだとしたら、本人の意思を保ちつつ深海棲艦の意思に呑み込まれてしまうことは十分考えられるだろう。言葉を介しながら話が通じないなど、まさしくそれを裏付けていると言える。

 深海棲艦の曲がらぬ信念とやらが艦娘に関わるものであるならば、艦娘への敵意というのも納得はできる。

 

「もっと言うとね、四季様もあたいも能力にまで干渉されたのさ。あたいは能力が強化されたように感じて、距離を短くするどころかほとんど瞬間移動にも近いことができたんだ。でも四季様は違って、むしろ干渉されて能力が弱くなったらしい」

「弱く……?」

「絶対的な意思に支えられていたのに、深海化で力も判断力も低下したのさ。物事の判断がつきにくくなってたって、かなり反省してたよ」

 

 なら仮に、もしも本当に精神波の位相のズレが存在するのであるとすれば、能力の強弱も精神波に依存するとなればどうだろうか。

 話を黙って聞いていた美鈴が、その時ばかりは声を上げる。続けざまに文も。

 

「あ、私もどちらかといえば強化されていたように感じます。普段以上に体が動くと言いましょうか。確かお嬢様も同様とのことでした。誤差の範囲だったり気のせいかも知れないということで、混乱を避けるために伝えてませんでしたが」

「そう言われてみれば……。鴉天狗は普通、ある程度風を操ることが出来るので風に対する抵抗力があるのですが、その抵抗力を奪えるぐらいには、私も強くなっていたような気がします」

 

 例えば文、美鈴とレミリア。深海化により精神への干渉を受け、より本能の赴くままに活動するとなればどうか。精神波が深海棲艦のものと合わさって合成波となり、より強力な波長になったなら、同時に能力も拡充されたなら。

 そして映姫。精神波の位相が似た存在である、と小町は言う。だが逆に、位相がまるで逆であったならどうだろう。映姫と深海棲艦の精神の合成波が互いを打ち消し合い、同時に能力を打ち消されて意思のみが残留したのなら。

 

(でも、深海化が解けた後の映姫さんの威圧感が増してたのが気のせいじゃないなら、本当に精神も能力も弱ってたってことになるよな)

 

「深海化で強化されたならともかく、映姫さんは弱体化ですか。面倒な事例ですね」

「そもそも四季様に勝てる存在なんて、数えるぐらいしかいないだろうからね」

「ふむ、わかりました。とりあえず、深海棲艦は精神波がズレていて、映姫さんにも他の存在にも精神的に干渉できるということ、干渉はつまり深海化、ということでいいんですね?」

「ひとまず、一つの可能性には行き着いたんじゃないかい?」

 

 過ぎた仮定は良くないが、確定しているであろう事実はひとまず受け止めるべきである。どれだけ考えたところで、今は深海化を防ぐ術などないのだから。

 

「うん、それでだ。これが一番広められたくないことなんだけど」

「……何でしょう?」

「今回の異変ね、実は四季様が事を大きくしちゃったのさ」

 

 

 

 

 

 夕日が差す中、鎮守府から去っていく小町と文を見送り、青年は先ほどの小町の言葉を思い出した。

 

 

『四季様ね、実はお休みだったから幻想郷に遊びに来てたんだ。で、三途の川を渡ろうとしたところで深海棲艦を見つけたらしくて。最初はその存在があまりにも“歪”だったから、説教しようとしてたみたい』

『深海棲艦相手に説教とは……なんというかすごい気概ですね。職業病ですか?』

『そうじゃなきゃ閻魔なんてやってられないだろうからね。で、説教を始めた時は、まさか自分に干渉できると思わなかったみたい。説教してるうちに気づいたら攻撃されてて、気づいたらいつの間にか深海棲艦に呑まれてたらしいのさ』

『それだけ……ではないんですね?』

『察しの通り。深海化した四季様は周辺にいた深海棲艦の全てを指揮して、艦娘がいる鎮守府に向けて侵攻させたんだ。自我をコントロールできなかったとは言え、このことについては四季様も本当に悪いと思ってるみたい』

『……悪いと思ってるなら、映姫さんに深海棲艦の征伐を協力してもらうことは――』

『それはあんたが背負うと言ったんだろう? もし四季様が深海棲艦に手を出すことになるなら、必然的に艦娘にも同じものが向けられる。もし四季様との約束を破りたいってんなら、あたいが率先して艦娘に引導を渡してあげるよ』

『……違いありません』

 

 

 艦娘と共に生きる覚悟、深海棲艦を滅する覚悟。今一度その意思を問われた気がして、青年は瞳を閉じた。

 

(大丈夫だ。深海棲艦は皆と一緒に――倒す)

 

 そして、最後に小町が語っていた言葉を思い出す。

 

 

『深海棲艦の正体。間違いなく怨霊なんだけど、なんか違うんだよねえ……。何が違うかはわかんないけど、幻想郷に現れたなら片っ端から倒さないと、気がついたら周りが皆深海棲艦になってました、なんてことになってるかもしれない』

 

 

 その言葉を聞いて、青年は少し考えたのだ。

 艦娘は実体化以外にカードの状態にも変化できる。ならば、いつも遭遇する深海棲艦が実体化の状態であるとして、深海棲艦にとってのカード化は存在するのか。存在するとするならばどのような状態であるのか。

 例えば、魔法の森で遭遇した幽香とメディスン。映姫はこの二人の深海化に全く関わっていないという。つまり、全くの独立した内陸部において深海化が発生したことになる。考えられる理由があるとすれば、それはおそらく――川。

 艦娘のカード化に類する状態が深海棲艦にもあると仮定して、川と何らかの関係性を持っている可能性。これがおそらく、現在では最も可能性が高いだろう。

 

(でも、本当に机上の空論なんだよなあ……)

 

 青年としては非常に気の滅入る状況である。いつどこで深海棲艦が現れ、幻想郷の住人が深海化してしまうともわからないのだから。

 ポリポリと頭を掻いて悩んでいるところへ、長門が肩を叩いてきた。

 

「提督よ、そろそろ日も落ちる。今日は守矢神社に帰るのだろう?」

「あ、うん。昨日は艦娘の皆の対応に追われて帰れなかったからなあ」

「入渠する金剛たちや弾幕に被弾した者たちはまだいいのだ。にとりと夕張が嘆いていたぞ。『もう魚雷なんか作りたくない』とな」

「あはは……まあ川が埋まるぐらい撃ってたからね」

「責任の一端は……まあ感じなくもない」

 

 傍らに立つ長門の微笑みは、夕日に綺麗に照らされていた。その精悍ながらも女性らしい柔和な表情は、少なからず青年の心を鳴らす。

 

「どうした提督よ、私の顔に何か付いているか?」

「ああ、いや、その、綺麗なもんだなあって」

「……私が?」

「あ……うん、長門が」

「フフフ、口説く相手を間違えているのではないか? が、褒め言葉として受け取っておくとしよう。私は長門だからな」

 

 満更でもなく照れた笑みを浮かべる長門。その表情にまた青年は目を逸らすのだが、伝えようとしていた言葉をようやく漏らす。

 

「長門、その……僕を、“提督”として教育して欲しい」

「ふむ? 言われずとも元々そのつもりだったが……一体どうした?」

「異変の時の映姫さんの言葉がね、胸にグッサリと突き刺さるんだ。『深海棲艦の罪も背負う』こと。簡単なことじゃないし、艦娘の皆の協力も必要になるし、頼りたい」

「……我らのために、我らを頼る、か」

「だから、もっと皆の上に立つのに相応しくなりたい。お飾りってだけじゃもう耐えられない。少しずつでいい、絶対に僕は“提督”になってみせる」

 

 もう頼ってばかりではいられない。頼られる人物に、頼られる提督に。

 艦娘を信じると、そう決めたのは他ならぬ自分自身であるのだから。

 

 

「任せておけ、心配するな。私は――連合艦隊旗艦、長門だからな」

 

 

 夕日を背に受けて振り返るその姿。一つの芸術の如き美しさを目の当たりにし、その荘厳さに息を震わせて。胸の高鳴りは、一つの興奮と覚悟を帯びる。

 彼女――彼女たちの誇りを、正しく受け継ぐ決意と共に。
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 楼主| 发表于 2021-11-20 11:16:29 | 显示全部楼层
032 かみさま

 鎮守府での諸々の雑務を終え、守矢神社に帰ってきたのは日も暮れて夜の帳が降りた頃。虫たちがオーケストラを奏でる中、青年は神社に到着する。

 夜も少し冷え込んでくるようになった。もう夏も終わりだろう。一つの季節が終わるのは寂しいものだが、次には秋が控えているのだ。もし夏を惜しむというなら、次の夏を待てばいい。

 また来年も、この夏を感じよう。“皆”と一緒に。

 

「茅野です、ただいま帰りまし――」

「カミツレさーん!」

 

 境内に足を踏み入れたところで、真正面から何かが青年に向かって飛び込んできた。同時に、上半身にかかるのは人一人分の衝撃。

 

「うおっ!? さ、さなちゃん!?」

「一日ぶりのカミツレさんです……スーハースーハー」

「ちょちょ、今絶対臭うから! 昨日お風呂入ってないし!」

「私は一向に構いません!」

 

 胸元に頭をこすりつける仕草は猫さながら。とはいえ、早苗は良くとも自分の羞恥心が許さない。胸をくすぐるのは、何も早苗の髪の感触ばかりではない。

 さらに、形容しがたいふんわりが、自分の腕に収まる場所で穏やかではない自己主張をしているのだ。いかに日頃鎮守府で美少女を眺めているとは言え、感触だけは慣れようもない。

 

「お風呂にしますか? お風呂にしますか? それともお・ふ・ろ?」

「それもう臭いって言ってるよね」

「子供の頃だったら洗いっことかできたんですけどね。流石に今はその……い、一緒には入れませんごめんなさい!」

「頼んでないよ!」

「どうしてもというのでしたら神奈子様に頼んでください! あ、でも神奈子様は免疫がないので、私的には諏訪子様の方がオススメです! つるぺたボディでも満足してもらえると思います!」

「あれ、ここっていかがわしいお店だったっけ……?」

 

 ともあれ、こうして青年は守矢神社への帰還を果たしたのであった。

 

 

 

 

 

「早苗―、ワサビとって」

「はーいどうぞ!」

「カミツレよ、次めんつゆ貸してもらえるか?」

「あ、注ぎますよ」

 

 神社の縁側にて、一家揃って素麺をすすっている。夜の闇を月が照らし、風がさわさわと肌をなでる中、さっぱりとした口当たりが心地よい。

 

「いやぁ~、やっぱりワサビは最高だね。こんなに美味しいのに、どうして早苗はワサビが嫌いなの?」

「同じ髪色だから同族嫌悪してるんです」

「え、嘘?」

「嘘ですよ。鼻にくるのが苦手なんです……」

「好き嫌いは良くないぞ、ちゃんと食べないとな」

「ワサビが食べられないぐらいじゃ人は死にません!」

「でもワサビって美容にいいらしいよ? さなちゃんには必要ないかもだけど」

「そ、そんなに食べて欲しいなら仕方ありませんね!」

 

 と、強がりながらワサビの刺激に顔をしかめる早苗を見て、青年、諏訪子、神奈子が笑みをこぼす。「笑うなんて酷いです!」と頬を膨らませる姿も、鼻を赤くしたままでは微笑ましいだけだ。

 

 こんなささやかな安心、こんな些細な幸せが。

 永遠に続いてくれればいいのに、と青年は願う。

 

 食事を終え、早苗が食器を片付けるために台所へと向かった。3人が縁側に残されるのだが、

 

「カミツレ、風呂は沸いているか?」

「ええ、僕が先ほど頂きましたので。お湯が残ってますが……」

「構わん、私も入るとしよう」

 

 神奈子が浴場へと向かったので、必然的に諏訪子と二人きりになってしまった。

 お腹いっぱいになり、青年は眠気とともに月を見上げる。諏訪子に至っては、身体を縁側に投げ出して寝転がっていた。

 

「牛になりますよ?」

「これがホントのウシガエル……なんちゃって。それはともかく、こうして二人で喋るのも久しぶりだねえ。ちゃんとお風呂も入るようになったみたいで嬉しいよ」

「ええ、本当に。まさか紅魔館の宴会の翌日に異変が起きるなんて思いもしませんでしたから。ここのところ忙しかったですし」

「鎮守府はうまく機能してるのかな?」

「はい、おかげさまで。今回も艦娘が増えましたが、まだまだ艦娘寮には余裕がありますし。本当に感謝しています」

「いいってことさ。家族だからね」

 

 そう言って、諏訪子は寝転がりながら月を見る。ギラつく月は姿を隠すことさえせず、この神社を隅々まで見通すように照らしていた。

 

「こっちに来てようやく半月かあ。カミツレ君も、人里で信仰集め頑張ってくれたみたいだね。妖怪の山で戦った時、思ったより力が戻っててびっくりしたよ」

「いえ、僕こそお世話になってますから当然です」

「まだカタいなあ。早苗とはどうなのさ」

「どう、とは?」

「ちゅーぐらいしたの?」

「ぶっ!」

 

 予想外の言葉に思わず吹き出す青年。むせる中、ニヤニヤと笑う諏訪子を見ながら青年は困惑の表情を浮かべる。

 

(諏訪子さんの中で……僕らどういう関係になってるの……?)

 

「さなちゃんとはそういうのじゃありませんよ。お互い友達って思っての、わかりきってるじゃないですか」

「友達ィ……?」

「……し、親友です」

「親友ゥ……?」

「な、何ですか……? さなちゃんだって、僕のことを親友ぐらいには思ってくれてるんじゃないかなって……期待しすぎですかね」

「あーいいや。私はしばらく静観させてもらうよ。ただし、」

 

 鋭い目つきになったりパタリと澄ました顔になったりと表情豊かな諏訪子。言葉を止めると、縁側に腰掛ける青年の腰元に腕を回す。

 

「早苗を悲しませた時の約束は覚えてるね?」

「悲しませるつもりはありません。諏訪子さんが僕を殺すことはないでしょう」

「ま、そうだろうね。君は人のために行動できる子だ。進んで早苗を悲しませることは……まあ多分ないんじゃないかな?」

「信用なりませんか?」

 

 そう尋ねる青年の腰を、諏訪子が腕で締め付けた。

 痛くはない。だが、これが警告であることなど理解に容易い。

 

「自分の魂を閻魔と取引するような子だからね、信用なんてしてられない」

「……死後の話ですから。結果的に丸く収まったので勘弁してください」

「…………。んー……、まあ、いいや。とにかく早苗を大事にしてね? 鎮守府が可愛い女の子ばっかりだからって、デレデレしないように」

「ぜ、善処しますとも」

 

 最後の方は半ば引き攣りながら笑みを浮かべていた青年であったが、腰に抱きついた諏訪子が青年の脚に頭を乗せて寝息を立て始めたのを見ると、恐怖も薄れる。

 

 諏訪子の言いたいことはわかるのだ。幼い頃お互いに心の支えとなっていた、自身と早苗に仲良くして欲しいという魂胆ぐらい。

 だが、幻想郷に来てどうだろう。前に進むと決めた早苗は既にあらゆる交友関係を築き、自らの道を歩み始めている。そこに自身の介入する余地はあるかないかで言えば存在はするが、既に自分という支えを必要としなくなってきているのだ。

 無理に、自分という鎖に縛られるのは良くないのではないか。もっと新たな刺激や視野を受け入れるべきではないかとも、青年は考えるのだ。そしてそれは、青年自身にも。

 

 しかし、早苗が嫌いかと問われても。

 そんなことはないと、胸を張って言えるだろう。

 

 

 

 

 

 しばらくして早苗が台所から戻ってきた。戻ってくるや否や、

 

「あああああああッ! 諏訪子様ずるい!」

 

 これまでに聞いたことのない、子供のような絶叫を放つ。

 

(んーと……? 膝枕は親愛の証ってことでいいのかな?)

 

 なにぶん、友達付き合いなど、今までほとんどなかったのである。親しい友達同士がすること、といってすぐに思いつくことはあまりない。握手? 握手とかだろうか?

 加えて、青年なりに早苗との関係をどう築くべきか悩んでいたからこそ、その言葉が口から勝手に出る。

 

 

「さなちゃんもする?」

 

 

「…………は、へ?」

「だから、膝枕」

 

 鳩が豆鉄砲をくらったような、とは正にこのことだろう。呆けたような、しかしそれでいて驚いて目を見開き口を開けて固まっている早苗。

 その顔が青色に染まる。しかし次の瞬間には赤く染まり、再び青く染まったかと思えば、もう一度赤く染まった。

 

「わ、私何か悪いことしたんでしょうか? カミツレさんがドッキリを仕掛けてくるなんて」

「え、あの、え?」

「それともこれは頑張ってる私へのご褒美……? いえ、でもカミツレさんが進んでそんなことをするなんて考えにくいですし」

「もしもし、大丈夫?」

「もしや、これは諏訪子様の罠……? 諏訪子様がカミツレさんに何か吹き込んだんでしょうか? ありえない話ではありませんね。そもそもカミツレさんは――」

「余計なお世話だったみたいだね……やめとこう」

「いえお願いします!」

 

 喜色満面の笑みを浮かべて。

 早苗は諏訪子の反対側の膝へゴロンと寝転がり、その頭を膝の上にポフッと乗せた。美しい緑色の長髪が、川を流れる流水のごとく床へと伸びる。

 

 東風谷早苗は可愛い、それは間違いない。百人に聞けば百人がそう答えるだろうし、自分の目から見ても群を抜いて美人である。長い睫毛も、プルッとした桃のような唇も、人を惹きつけて離さない宝石のような瞳も、全てが彼女を引き立たせる魔性の輝きなのだ。

 だが、それでも。

 「えへへ」とニヤケ顔を浮かべて、「ヌフフ」と笑いながら髪を服に擦りつける様子には、流石の青年も頬を引きつらせる。

 

「……生まれてきて良かったです」

「そんな大げさな。大丈夫? 脚硬くない?」

「この硬さがいいんです。おっきくて硬くて……すごく立派」

「まあ、気に入ってもらえたなら良かった」

 

 理解しての発言かどうかわからないが、青年はひとまず早苗が満足しているようなので一息つく。早苗は鼻歌など歌ってご機嫌な様子である。

 

「なんだか随分機嫌がいいね?」

「カミツレさん、頭なでてください!」

「え……じゃ、じゃあ撫でるよ?」

 

 勢いのまま、早苗が捲し立てるように言うので、仕方なく青年は早苗の髪に触れる。

サラサラとした髪は撫でる事に手から水のようにこぼれ落ち、それでいてふわふわとした触り心地はまるで風に触れているかのよう。柔らかな甘い香りが漂うのもまた、青年に頭を撫でるのをやめさせない。

 

「私は今、世界で一番幸せです」

「そこまでのことかなぁ……?」

「カミツレさんと触れ合ってるんです。お姫様抱っこもいいですけど、カミツレさんが自分から触れてくれるんですよ? 嬉しいに決まってます」

 

 まるでもっと触れて欲しいとでも言わんばかりの言葉。だが、青年にはその発言の意図がどうしても掴めず、そして頭によぎったかつての疑問が、撫でる手を止めさせる。

 月はうっすらとした雲に隠れ、その輪郭をおぼろげに映していた。

 

「あのね……僕はさ、今までずっと聞けなかったことがあるんだ」

「聞けなかったこと……ですか?」

「さなちゃんが、僕を恨んでるんじゃないかって」

 

 高校に入学後、一度たりとも神社に足を向けることはなく、結果として再会したのは年後の現在。中学を卒業した日、『また、ここに来てくださいね! 約束です!』と交わした約束は、それまで毎日のように会っていたことを考えれば破られたも同然。

 

 故に、青年は今でもどこか恐怖している。

 早苗は自分を、心の底では“憎んで”いるのではないかと。約束を破りながら、今こうしてヘラヘラしている相手を軽蔑しているのではないかと。

 しかし、

 

 

 

「カミツレさんは……私のことが嫌いなんでしょうか?」

 

 

 

 その瞬間、早苗はひどく怯えたように、肩を竦ませて震え始めた。

 驚愕する青年。しかし、その動揺を早苗に感じ取らせないように、不安にさせないようにと、“態度を取り繕ってしまう”。

 

「嫌いじゃ……ないよ?」

「そうですか……良かったです」

 

 「でも」と、早苗は上半身を起こし、相対して瞳を見つめてきた。

 その瞳が悲しみに包まれているのは、その時初めて知ったのだ。

 

「私がカミツレさんを恨むことは絶対にありません。私の方こそ不安だったんです。私が何か、いつもみたいに“また”おかしなことをしてしまったせいで、カミツレさんも私から離れていってしまったんじゃないかって」

「それは違う。さなちゃんといるのは本当に、あの頃の僕にとっては一番楽しかったんだ」

「私も……一番楽しかったんです。こうしてまた会えて、私がどれぐらい嬉しいか、誰にも話せません」

「そう……なの?」

「幻想郷に来る時だけではなく、私がカミツレさんに会う度、何を考えていたかわかりますか?」

「……いや」

「今度は嫌われないように、とにかく嫌われないようにって。明るくて誰にでも好かれるような、誰からも愛されるような女の子を……“演じて”いたんですよ?」

 

 早苗の瞳は前髪に隠れて見えなくなる。声音は悲痛さを帯び、その肩は震え、小さな体はなお小さく姿を変える。

 

 

「でも、僕はそれでもさなちゃんが……眩しかった」

 

 

 だが、再び彼女が顔を上げた時、それを伺わせる表情はしていなかった。

 

「私はいけない子です。カミツレさんが思ってるほどいい子じゃありません。でも、ですよ? カミツレさんのためなら、私は頑張れたんです」

「僕は…………」

「私と友達になりたいと言ったのは、カミツレさんからだったじゃないですか」

 

 慈しみにあふれた笑みを浮かべて、早苗は人差し指を立てる。

 

「いいですかカミツレさん? 魔理沙に咲夜さんに艦娘の皆さん、美鈴さんや他の人とも、確かに私は仲良くなりました。心から笑い合える友達になれたと思ってます」

「…………」

「でもカミツレさんは『特別』なんです。神奈子様とも諏訪子様とも違って、私にとっての『特別』。一番最初で、一番大切で、一番特別で……愛しい」

「……僕も、さなちゃんのことは本当に『特別』だと思ってる」

「――――っ! そ、それはとても嬉しいです!」

 

 変わらない、のだろう。いくら時が過ぎようと、いくら環境が変わろうと。

 早苗にとっての自分は『特別』で、自分にとっての早苗も『特別』であることは。

 

「……つまらない事聞いたね、ごめん」

「いえ、いいんです」

「これからも――特別な親友でいよう」

「はぁー…………。どうせそんなことだろうと思いました。カミツレさんにはガッカリです」

「え!? 何か悪いこと言った!?」

「もう寝ます!」

 

 途端に表情を変えた早苗。プリプリと怒っているのだが、本気で怒っているわけではないらしい。先ほどの曇った表情が消えただけでも、青年としては心底ほっとする。また何か新しく怒る理由を作ってしまったようだが……とりあえず早苗の望む言葉は吐き出せたらしい。

 

 早苗は立ち上がって諏訪子を背負い、そのまま縁側を歩いて行く――直前、

 

「カミツレさん」

「あ、うん」

 

 

「おやすみなさい。“また明日”、いい日を過ごしましょうね」

 

「うん、おやすみ。“また明日”」

 

 

 就寝の言葉を告げて、早苗は去っていった。

 青年もそろそろ部屋に戻って就寝の準備をしようかと思い、立ち上がろうとした時、

 

「おーい、風呂上がったぞー」

 

 風呂上がりの神奈子が、縁側へと戻ってきたのである。

 

 

 

 

 

 髪から漂う湯気と共に優しい香りが伝わり、それは青年の真横へと腰を下ろす。すぐ傍で感じさせる蒸気した香りは、青年のもやもやを一挙に溶かした。

 

「なんだカミツレだけか。早苗と諏訪子はどうした?」

「諏訪子さんが寝てしまったので、さなちゃんが部屋に連れて行きました。さなちゃん、そのままお風呂に行くと思いますよ」

「ふむ……カミツレはどうする? もう寝るか? 私はしばらく涼もうと思うが」

「僕でいいなら、お話し相手ぐらい」

 

 「それはありがたいな」と、神奈子は口元に手を当ててクスリと微笑む。

 

「早苗とはどうだ? うまくやっているか?」

「ええ、特別な親友ですから」

「親友……うーん、まあいいや。信仰集めだが、よくやってくれているみたいだな。非常に助かっている」

「いえ、当然のことです。あ、今回の異変でも動いてもらってすみません。おかげで助かりました」

「なあに、気にすることはない。カミツレは私にとっても……ふむ、まあ、特別であるからな」

 

(うん、それはどういう――?)

 

 と疑問を口にするより前に、神奈子はハッとした表情になり、取り繕うように慌てた。

 

「すまん、今のは忘れてくれ」

「えっと……?」

「カミツレが知ることではないさ」

 

 そう言うと、神奈子は肩をくっつけるほどの距離に詰めて座り直し、青年の肩を抱くように掴む。

 突然のボディタッチに戸惑う青年。しかし抵抗する暇もなく、その手は頭へと伸び、神奈子の肩へ頭を乗せさせられた。

 

「えっ? あ、あのっ?」

「聞いたぞ、閻魔相手に喧嘩をふっかけたそうじゃないか。あまり心配をさせないでくれ」

「その……諏訪子さんは許してくれましたが」

「あいつは何でも早苗中心に考えてるから、あんまりそのあたりは気にしていないんだろう。だが、私はお前のその行いを、笑顔で許してやるわけにはいかない」

「……すみません」

「いい子だ。閻魔は怖い存在でな、私だって勝てるかわからない。もっと自分を大事にしてくれ。早苗だけではなく、私や諏訪子も悲しい。約束だぞ?」

「……はい、ごめんなさい」

 

 口調は怒っていながらも、それでいて頭を撫でる手は子供をあやすように優しい。自身は成人であり、その自覚もあるのだが――

 この時ばかりは、まるで自身が子供に戻ってしまったような気持ちに染まってしまった。

 

「人里には行ったんだろう? 外の世界と比べてどうだった?」

「ははは、何もないところですよ。何も……。……僕に向ける偏見だってない。あ、でも友人はできました。森近霖之助さんといいます」

「そうか、良かったな。幻想郷ではちゃんと過ごせているようで安心した」

 

 頭から手を離し、包み込むような笑みを浮かべる神奈子。

 その表情と、この気持ち。慧音の家で思い出した記憶を振り返り、青年は意を決して、神奈子に対して唇を震わせながら問う。

 

「あの、神奈子さんって……『かみさま』、ですよね?」

「ん? 今更だな。そうだ、私が神だぞ」

「いえ、そうではなく――」

 

 早苗と出会うより前、死ぬことすら考えていた孤独だった頃。

 

 

 

『いつも来てくれているのに、願いを叶えられなくてすまない』

『だれ……かみさま……?』

『辛い時はここへ来ていい。うんと泣くといいさ』

『……うん』

 

 

 

 孤児院で、一人肩を抱いて震えていた頃。

 

「さなちゃんと会うより前に、神社で寝てしまった時に夢に出てきた『かみさま』。あれ、神奈子さんですよね?」

「…………」

「やっと思い出せたんです、『かみさま』。さなちゃんと同じぐらい、貴女にも会いたかった」

「ふ、む……」

 

 微笑みから一転、少し悩むような表情を浮かべ、神奈子はもう一度青年の頭に手を載せる。ポンポンと気持ちを落ち着けるように叩かれるも、青年は緊張に呑まれていた。

 

「カミツレ、お前が早苗と会うより前のことは、まだ話せない」

「“まだ”、ですか。それにどうして……」

「いかにも私は、お前の言う『かみさま』で間違いない。これで十分だろう?」

「……わかりました、今は諦めます」

「かしこい子だ、賢明だな」

 

 ようやく神奈子が手を離したので、青年は元の座る姿勢に戻った。様々な感情が織り混じって心臓が自己主張しているが、話を蒸し返す気はない。例え疑問は残ろうと。

 

「さて、長門から色々と学ぶそうだな?」

「はい、忙しくなるでしょう。なるべくなら守矢神社に帰るようにはしますが、もしかしたら昨日のように帰れない日もあるかもしれません」

「戻れる時は必ず戻ってきてくれ。早苗も諏訪子も、もちろん私も寂しいからな」

「はい、必ず」

「八雲紫が話していた博麗霊夢の捜索期限、そこまで時間に余裕はないだろう。幻想郷で確たる信用を得たいなら、まずは博麗の巫女の発見が第一だな。私も調べたが、博麗の巫女は幻想郷においてなくてはならない存在らしい」

「そのつもりです。各方面に協力を依頼することはあるでしょうが、そのときはまた、お願いできますか神奈子さん?」

「ああ、任せろ。お前は私の家族だ」

 

 再び姿を現した月明かりを眺め、神奈子の顔を見ないまま立ち上がる。

 不満などないと言えばそれは嘘だ。話してくれないことに、知っていながら教えてくれないことに、どうしてやきもきせずにいられよう。

 

 諏訪子の場合はまだ、早苗を中心に考えていることがわかる分いいのだ。

なら、神奈子は一体何だというのか?

まるでわからない。自分を信用させて、何をしたいのだろう。

 

「カミツレ」

「はい」

 

 だがそれも、ふんわりとした神奈子の優しい声を聞けば、ひとまず思考の外側に置くことができる。

 どの道、疲れきった今の頭では答えなど見つからないだろう。だから、今は神奈子が話してくれるのを待とう。別に敵というわけではないのだから。

 

「おやすみ」

「おやすみなさい」

 

 その日は、本当に良く眠れた。
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 楼主| 发表于 2021-11-20 11:20:13 | 显示全部楼层
033 ある日の青年

 守矢神社での早朝。日課であるランニングを終え、境内にて待つ早苗からタオルを受け取った青年は、汗を拭きながら呼吸を整えた。

 夏は終わる。だが、暑さが突然なくなるわけではない。残暑となって、徐々に徐々に気温が下がり、いつの間にか熱が失われていくのだ。

 

「ねえ、カミツレさん」

「ん……どうしたの?」

 

 思いつめた様子の早苗。しかし、それを振り払うようにかぶりを振ると、早苗はとびっきりの笑顔を見せてくれた。

 

「やっぱり私、カミツレさんの前では“いい女の子”でいたいんです」

 

 その発言の意図が、わからないのはなぜだろう。

 なぜ、自分はわからないフリなどしているのだろう。

 

 何も言葉を返すことができないまま、青年は早苗と共に神社へ戻るのであった。

 

 

 

 

 

 青年の朝は早い。朝5時に起床し、運動を実施した後に6時に朝食。支度を整えた後に、早苗に見送られて鎮守府へと向かうのだ。

 鎮守府に到着したならば、門番の美鈴と一言二言交わした後に執務室へ。

 

「おはよう」

「おはよう、提督」

 

 長門に迎えられ、青年は執務室にて報告を受ける。艦娘の健康状態に異常なし、周辺海域の警戒も問題なし。

 異変こそあったが、こうして再び無事に鎮守府が機能していることを確かめた後に、青年は口を開く。

 

「じゃあ、今日も仕事を始めようか」

 

 時刻は朝の7時。青年の朝は早い――。

 

 

 

 

 

「そういえば、異変の時に合流した艦娘の皆のことを知っておかないとね」

「そうだな、まずはそこから始めよう」

 

 異変の際に入手したカードは全部で19枚である。

 特Ⅰ型駆逐艦より、二番艦『白雪』、三番艦『初雪』、四番艦『深雪』。

 長良型軽巡洋艦より、一番艦『長良』。

 妙高型重巡洋艦より、三番艦『足柄』。

 龍驤型航空母艦より、『龍驤』。

 祥鳳型航空母艦より、一番艦『祥鳳』。また、

 

「朝方、妖怪の山より使者がカードを届けに来た。妖怪の山での戦闘の際に、救援が到着するまでの間に倒した深海棲艦から入手したらしい」

 

 睦月型駆逐艦より、一番艦『睦月』、二番艦『如月』、三番艦『弥生』、四番艦『卯月』、九番艦『菊月』、十一番艦『望月』。そして、

 

 姫海棠はたてから、白露型駆逐艦五番艦の『春雨』。

 射命丸文から、陽炎型駆逐艦九番艦の『天津風』。

 メディスン・メランコリーから、球磨型軽巡洋艦四番艦の『大井』。

 風見幽香から、長門型戦艦二番艦の『陸奥』。

 小野塚小町から、高雄型重巡洋艦二番艦の『愛宕』。

 四季映姫・ヤマザナドゥから、加賀型航空母艦の『加賀』。

 

 実に多くの仲間が増えたものである。しかしそれでいて未だに艦娘寮に余裕があるのだから、諏訪子の先見の明は大したものだ。

 

「多いね……僕に指揮が執れるのかな?」

「それをできるようにするのが、この長門の仕事だ。既に各艦娘には一通り仕事を振ってある。提督は心配せず、学んでくれればいい」

「長門が全部指揮したほうが早いような気がしてきた……けどそれはダメなんだよね?」

「うむ。いくら上に立った経験があるとは言え、私もたかが艦娘の一人。知識はあれど、その運用については提督が判断するのが望ましいからな」

「戦う人と指揮する人は違うってこと、かな?」

「それで正しい。だが、私に指揮ができない理由としてはもう一つ。我々が軍艦ではなく艦娘であるからだ」

「ああ……人型だから、既存の知識じゃ今まで通りにはいかないと……」

「良く気づいたな。そういった意味では、ある意味素人である提督の方が柔軟な指揮ができると言えよう。だから、私が教えるのはあくまで基本や鉄則まで」

 

 戦術・戦略的な基本事項、艦隊運用から人員の管理に至るまでを、青年は長門や他の艦より学ぶ。長門曰く、それらを踏まえて、幻想郷における艦娘の戦い方を模索してほしいというのだ。

 青年は軍人でもなければ管理職に立ったこともない。やはりこの道は険しいのだと知るも、むしろ負けん気さえ湧き出るかのよう。かつて、ここまでやる気に満ち溢れたことはない。

 

「そういえば長門、姉妹艦の陸奥とは話したのかな?」

「あれは私の自慢の妹でな。会って、久しぶりに説教をされてしまったよ」

「説教? どうして?」

「まあ、過去のことで色々とな。それより続けよう」

 

 かくして、午前中はひたすらに長門から指南を受けたのであった。

 

 

 

 

 

「ねえ司令官、如月とぉ……イイコトしない?」

「お昼ご飯を一緒に? もちろんいいよ」

「あ、ずるい! 夕立も提督と一緒に食べるっぽい!」

「わ、私も一緒に食べたいです!」

「あの、私もご一緒してもよろしいですか?」

「ははは、嬉しいよ。みんなで一緒に食べようか」

 

 お昼時。食堂へ向かえば、主に駆逐艦たちが角砂糖に群がるように青年に近づいてきた。自身は別に甘いわけでも旨みがあるわけでもないのだが、こうして自身と仲良くしてくれようとしてくれることは素直に嬉しい。

 新しく着任した子にも、自身を理解してくれようとしているのか、隙あらば話しかけられるのだ。お互いに理解しようとする姿勢が共有できていること、これほど幸せなことがあるだろうか。

 

「ぱんぱかぱ~ん! 提督ぅ~、今日も皆にモテモテね」

「あはは、そんなにからかわないでよ」

「提督、今日は私、足柄特製のカツカレーよ! 後で味の感想聞かせてほしいわ!」

「お、それは楽しみだね」

 

 料理を受け取り、テーブルにつく青年。ふと視線をやると、近くには加賀と赤城が座っていた。

 冗談のように盛られたカレーと共に。それはまさにマウンテン。

 

「赤城も多いけど……加賀さんはそれ以上に多いなんて」

「私の顔に、何かついていて? 」

「あ、ご飯粒」

「――――ッ! これは……油断しただけよ」

「加賀しゃんもぐもぐ、食事といえど慢心はいけませんもぐもぐ。常に日常の中で気を張ってこそもぐもぐ――ふぅ。一航戦の誇りは保たれるのです」

「赤城さん、その……ご飯粒が頬に沢山……」

 

 今日も鎮守府は平和である。

 

 

 

 

 

 午後も同じく、長門より教えを受ける。

 この教育は、基本だけとはいえおよそ二か月を目安としている。無論、青年の理解度次第では短縮されることもあれば延長されることもある。

 長門の教え方のミソは、とにかくみっちりと詰め込むことにある。青年は勿論大変なのだが、教える長門も大変だろう。だが、艦娘のためを思えば苦には思っていられない。自分の一分一秒が、今後艦隊を左右することになるのだから。

 

「ふむ……頭の回転は悪くないし、筋もいい。私は教え方にはそれほど自信はないが、なかなかよく呑み込めていると思う」

「そう……かな?」

「ああ。ひょっとすると、教育期間の短縮もできるかもしれ――」

「テートクー!」

 

 と、その時、執務室に突然飛び込んできたのは金剛……型の四姉妹。扉を開いた金剛はそのまま、机に座る青年に勢いよく飛びつく。

 ――寸前で、長門が金剛を受け止めた。顔面を、腕一本のアイアンクローで。

 

「フガ、長門! 後生デス! テートクと話させてくだサイ! 食堂では駆逐艦に囲まれてるからお話できないのデス!」

「今は教育中だ。この艦隊にとって、提督の教育はいわば急務。深海棲艦だけではなく、いつまた幻想郷で異変が起きるとも限らないんだぞ」

「そんなのワタシが解決しマス! テートクもワタシと話したいですよネ!」

「えっ……うーん。話すのは嬉しいけど、今はお仕事優先かな……って」

 

 瞬間、この世の終わりが来たかのような表情の金剛。みるみるうちに元気がなくなり、そのままおばあちゃんになってしまいそうである。

 

「お姉様、先程も言ったではありませんか。提督もこれから忙しくなるのですから、邪魔をしてはいけないと」

「uh――、仕方ありまセン。テートクとTea timeを一緒したかったノニ……」

 

 ショボンと、落ち込む金剛。その表情を見れば今すぐにでも勉強を中断して金剛たちと話したい衝動に駆られるのだが、自分も今はこれが仕事である。割り切らねばなるまい。

 トボトボと、執務室の扉へ重い足取りで向かう金剛。残る三人もそれについていくのかと思いきや……榛名はその場から動こうとしなかった。

 

「提督。私は貴方にお礼を言わなければなりません」

「ん……僕、何かしたかな?」

「私たちをもう一度引き合わせてくれた……のは森近さんですが、私たちを受け入れてくれたのは他ならない提督です。私たちを……受け止めてくれてありがとうございます」

 

 ほんわかとした笑みを送る榛名。それに倣って、比叡が照れながら、霧島も真面目そうに頭を下げる。

 

「金剛お姉様はああ見えて繊細なんです。提督に受け入れてもらえて嬉しいのに、それをどう表現していいのかわからないんですよ」

「……そうなの?」

「ですから、ちゃんと優しく接してあげてください」

 

 と、諭すようにニッコリ微笑む榛名。

 妹たちから一様にそう思われているとは、金剛も中々愛されている。金剛型の長姉の人望を垣間見た瞬間、だろうか。

 そんな時。部屋を出て行った金剛を尻目に、霧島がメガネをクイっと持ち上げた。

 

「ところで長門さん、提督の教育は順調ですか?」

「ああ、提督も地頭は悪くない。嘆くべきは、詰め込むことしかできない我が身の教え方の悪さだな」

「フフ……比叡お姉様、出番ですね」

「はいっ!」

 

 メガネを光らせて口角を上げる霧島と、元気よく返事をする比叡。

 何が始まるのかと思えば、比叡は小動物のようなそそくさとした動きで青年の傍の椅子に座り、長門を押しのけた。

 

「えっ? あ、あの?」

「私に任せてください! 私、実は練習戦艦ですから!」

 

 主に教育に携わる艦種、練習艦。比叡のその教え方は、長門の数倍は上手だったと言える。ちなみに、比叡は登録上は練習戦艦のまま沈んでいる。

 その日の予定を大幅に早く終えた青年は、喜色満面の金剛とゆっくりお茶をすることができたのであった。

 

 

 

 

 

 夜の19時。日も沈んだ頃に、青年はようやく守矢神社へと到着する。神社では、いつものように早苗が出迎えてくれた。

 

「茅野です、ただいま帰りました」

「おかえりなさいカミツレさん。お風呂にしますか? ご飯にしますか?」

「諏訪子さんも神奈子さんも待たせてるよね? ご飯にしよう」

 

 いつも通りに縁側で食事をとり。

 

「ねー早苗ー、ワサビとって」

「あの……何にでもワサビをつけるのはやめませんか?」

「お、カミツレも早苗を食べるのか。あ、間違えたワサビだ」

「とんでもない間違いですねそれ」

 

 食事を終えれば、風呂へ。

 

「あ、バスタオル忘れた」

「カミツレ君、バスタオルここに置いとくよ?」

「あ、助かります諏訪子さん。おかげで、裸でウロウロしなくて済みました」

「あ、やっぱバスタオル持っていくから」

「待ってください!」

 

 そして、縁側で談笑した後に、自身の布団へと。

 

「カミツレさん、もう寝ますか?」

「うん、また明日も早くから勉強しないといけないから」

「今のカミツレさん、なんだかすごく生き生きしてます」

「さなちゃんがそう言うなら、間違いないんだろうね」

「うふふ、やっぱりカミツレさんは格好いいですよ」

「ははは、お世辞はいいから」

「頑張って下さいね。おやすみなさい。また明日、いい日を過ごしましょう」

「うん、おやすみ。また明日」

 

 大変ではあるが充実したこの日々。外の世界で、虐待を受け続けていた日々に比べればまるで天国のよう。

 何のために生まれて、何のために生きて、何のために死ぬのか。誰しも一度考えたことはあるだろう。その問は未だ終わることはないし、おそらく今後も問い続けるだろう。

 だが、

 

(これも答え、なのかもしれない。多分一つじゃないんだ)

 

 生きているという実感は、痛みじゃなくとも感じられるらしい。

 

 

 

 

 

 



着任
睦月型駆逐艦一番艦『睦月』
睦月型駆逐艦二番艦『如月』
睦月型駆逐艦三番艦『弥生』
睦月型駆逐艦四番艦『卯月』
睦月型駆逐艦九番艦『菊月』
睦月型駆逐艦十一番艦『望月』
陽炎型駆逐艦九番艦『天津風』
高雄型重巡洋艦二番艦『愛宕』
加賀型航空母艦『加賀』


目前着任:序章:特Ⅰ型駆逐艦一番艦『吹雪』
特Ⅰ型駆逐艦五番艦『叢雲』
特Ⅱ型駆逐艦九番艦『漣』
特Ⅲ型駆逐艦四番艦『電』
白露型駆逐艦六番艦『五月雨』
天龍型軽巡洋艦一番艦『天龍』
司令長官『茅野守連』
第一章:天龍型軽巡洋艦二番艦『龍田』
夕張型軽巡洋艦『夕張』
青葉型重巡洋艦一番艦『青葉』
古鷹型重巡洋艦一番艦『古鷹』
古鷹型受巡洋艦二番艦『加古』
青葉型重巡洋艦二番艦『衣笠』
鳳翔型航空母艦『鳳翔』
球磨型軽巡洋艦一番艦『球磨』
第二章:白露型駆逐艦四番艦『夕立』
特Ⅱ型駆逐艦七番艦『朧』
特Ⅱ型駆逐艦八番艦『曙』
特Ⅱ型駆逐艦十番艦『潮』
特Ⅲ型駆逐艦一番艦『暁』
特Ⅲ型駆逐艦二番艦『響』
特Ⅲ型駆逐艦三番艦『雷』
白露型駆逐艦一番艦『白露』
白露型駆逐艦二番艦『時雨』
白露型駆逐艦三番艦『村雨』
海風型駆逐艦四番艦『涼風』
初春型駆逐艦四番艦『初霜』
球磨型軽巡洋艦三番艦『北上』
長門型戦艦一番艦『長門』
赤城型航空母艦『赤城』
金剛型戦艦一番艦『金剛』
金剛型戦艦二番艦『比叡』
金剛型戦艦三番艦『榛名』
金剛型戦艦四番艦『霧島』
特Ⅰ型駆逐艦二番艦『白雪』
特Ⅰ型駆逐艦三番艦『初雪』
特Ⅰ型駆逐艦四番艦『深雪』
白露型駆逐艦五番艦『春雨』
長良型軽巡洋艦一番艦『長良』
球磨型軽巡洋艦四番艦『大井』
妙高型重巡洋艦三番艦『足柄』
龍驤型航空母艦『龍驤』
祥鳳型航空母艦一番艦『祥鳳』
長門型戦艦二番艦『陸奥』
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 楼主| 发表于 2021-11-20 11:23:41 | 显示全部楼层
034 紅魔泊地案

 『紅魔館』は妖怪の山の麓に位置する、吸血鬼の住処である。山頂の諏訪湖から流れ出る河川は海方面だけではなく、麓へ向けても流れているのだが、その河川は紅魔館の近傍にある『霧の湖』にも繋がっている。枝分かれした細い川は他にも玄武の沢などにもつながっているのだが、それはさておき。

 鎮守府の座する諏訪湖はほど広く、艦娘の演習などにも利用されている。近海での演習も勿論あるが、取り立てて諏訪湖での演習に特別さを見出すなら――それは紅美鈴の存在だ。

 

『艦娘さんの演習のお相手を? 私で良ければ構いませんが……』

 

 幸いにも、鎮守府の門が見える位置に諏訪湖はある。弾幕、スペルカード、格闘術など駆使し、一対多という圧倒的不利な演習にも関わらず、美鈴は来客の有無を確認しながら相手をこなしているのである。

 正直に言ってしまえば強い。紅魔館の異変の時、どうして勝てたのだろうと思えるくらいには。

 

 さて、そんな紅美鈴は紅魔館から人材の派遣という名目で鎮守府の門番を勤めている。基本、紅魔館と情報をやり取りする際は彼女を通して先触れを出すのだが、急ぎの用件や大事な案件は直接艦娘や青年が出向くことも珍しくない。

 

 では、どのようにして?

 勿論諏訪湖から、霧の湖直通の河を伝って。

 

 

 

 

 

 長門にお姫様だっこされ、河を下って紅魔館の入口へ向かう青年。気恥ずかしさは早苗の時とどちらがマシだろうか。

 こうして到着した紅魔館であるが、不在のはずの門番の座には、新たな門番が居座っていた。驚きながらも、青年はその可愛らしい門番に近付いてにこやかに微笑む。

 

「おい、オマエ何の用だ?」

「お疲れ様。門番をしているのかな?」

「おーそーだ! 仕事中に寝ないことをジョーケンに、アタイは門番として雇われたんだぞ!」

「おおそうなんだ。仕事中に寝ないなんて、美鈴さんとは大違いだね!」

「えへへ、アタイ偉いかー? あ、思い出した! オマエ、確かカミツレだったな! 今日は何の用だよー?」

「レミリアさんに用があるんだ。今日はいらっしゃるかな?」

「確かサクヤに追いかけられてたぞー。なんでも新しい服を続けて着せ替えさせられるのが嫌とかで」

「ああ……うん。じゃあチルノちゃん、通してもらってもいいかな?」

「オマエはフブキ達の仲間だからな。仕方ないから通してやるよー!」

 

 小さな門番は、力いっぱい笑ってくれた。

 

 

 

 

 

 紅魔館に入り、エントランスで待つこと数秒。瞬間移動でもしたかのように突然目の前に現れた十六夜咲夜が、訝しげな表情でエプロンドレスを揺らす。

 

「あら、カミツレ? 今日は来る予定だったかしら?」

「ああいや。ちょっと急で悪かったけど、レミリアさんにお話があって」

「ふうん……? わかったわ、お嬢様の予定を調整しましょう」

「ありがとう、助かるよ」

 

 こうしたことは多々ある。あらかじめ伝えておくべきだとは青年もわかっているのだが、ほとんどの場合、レミリアや咲夜が都合を合わせてくれるのだ。それに甘えてしまうのも良くはないが、訪れるたびに驚きながらも嬉しそうに顔を合わせてくれるのが、少しだけ嬉しく思わないでもない。

 また、元門番であった美鈴からも、

 

『カミツレさんなら顔パスでいいんじゃないですか? いつでも』

 

 と、許可のようなものも貰っている。これに効力があるかは知らないが。

 

 応接室に通され十数分後、バルコニーでお茶を飲みながら面会すると言われ、咲夜に連れられて、青年は長門を伴ってバルコニーへと移動した。

 

 

 

 

 

 晴天の中、強い日差しにさらされるバルコニー。吸血鬼であるレミリアは本来夜行性。強い日差しを好まず、直射日光に触れることすらためらうそうだが、今回お茶をするにあたっては、小洒落た白いテーブルを覆うような大きな日傘を立てて対策していた。

 スキンケアは日焼け防止から、ということらしい。

 

「宴会以来ね。また異変を解決したそうじゃない」

「艦娘の皆の力あって、そして紅魔館や多方面からの助けあってのことです。お礼を言わせてください」

「ふぅん……そうね。今のお前はただ上に立っているだけ。異変も、艦娘の力押しに頼っているだけみたいじゃない。美鈴や咲夜からの報告を聞く限りではね」

「……ええ、本当に」

「いつの日か、本当にお前の指揮で艦娘が動く日が来るのを楽しみにしているわ。やっぱり人間は面白いわ……フフフ」

 

 ティーカップを傾けるレミリアから、容赦のない言葉が降り注ぐ。可愛らしい見た目だけではなく、観察眼に優れているのがこの吸血鬼の恐ろしいところである。本当に、見た目だけなら駆逐艦と変わりないのだが。

 青年もティーカップを傾ける。空になったそれを置いたところへ、咲夜が言葉もないままにおかわりを注いだ。

 

「用件を聞くわ。顔を見る限り、ただお茶を飲みに来たわけではないようね」

「ええ。今日はお願いがあって来ました」

 

 言葉を告げるのに勢いをつけるために、もう一度ティーカップを空にする。そこへすかさず、咲夜がおかわりを注ぐ。

 締まらないなあなどと思いながら、青年は半ば諦め気味に口を開いた。

 

 

「紅魔館に、艦娘を駐留させる許可を頂きたいのです」

 

 

 

 

 

 

 

 レミリアがティーカップを口につけ、長い時間が過ぎる。ティーカップを下ろしたかと思えばため息をつき、青年を物色するかのごとく睨みつけた。

 ゴクリと、息を呑む青年。話が突飛すぎたと思い、慌てて口を開くのだが。

 

「えっと、突然のことですので説明したいと思います。まず――」

「いいわよ」

「駐留させる理由が……は?」

「別に何人でもいいわよ。あ、代わりに少しは食料を融通してちょうだいね」

「え、ええ、それは勿論ですが……いいんですか?」

「伊達に大きな館を抱えてないわよ。フランも喜ぶでしょうし」

 

 当のレミリアはまるで気にしていない様子。

 スコーンをかじりながら、小さな吸血鬼はすまし顔で告げる。

 

「興味はあるわ。美鈴から報告はあるけれど、艦娘のことをこの目で確かめたいのよね」

「は、はあ……。一応、駐留するのは一個水雷戦隊。5、6人を予定していますが、まだ人員の候補は絞っていませんね」

「センカンとかいうのは来ないの? 強いと聞いてるから楽しみにしてるわ」

「いえ。水雷戦隊というのは魚雷や爆雷を使う水雷戦を行う艦隊ですので、軽巡洋艦と駆逐艦が主になります。戦艦は含まれません」

「……そ、そう。残念だわ、ええ……」

 

 紅魔館に派遣するのは一個水雷戦隊。沿岸での対応は鎮守府で行うとして、紅魔館の部隊は内陸部で河川を中心とした偵察を行う予定である。

 沿岸を押さえていても、深海化が発生する可能性がある。それを調査するための部隊であるといえよう。偵察しつつ、異常を発見したならばそれに対処、可能ならば原因を突き止めるところまで。

 何も起きないならばそれに越したことはないが、鎮守府には現在艦娘が一定数集まっているのだ。より多くの情報を得ようとした上での判断であるが、この一歩が吉と出るか凶と出るか。

 長門にも相談したところ、快い同意を得られた。

 

「事情はわかったわ。艦娘を預かる以上、私たちも深海化の調査には協力しましょう。紅魔館の周辺は任せてちょうだい」

「緊急時にはレミリアさんの指示に従うように伝えておきます」

 

 ちなみに紅魔館の場合、守矢神社や鎮守府のように艦娘の傷を癒す入渠施設はない。よって、戦闘が発生して被弾した場合は、一度鎮守府に戻ってこなければならない。ただし、妖怪の山と紅魔館は距離もそれほど離れていないため、艦娘の回復についてはそれほど心配していない。

 大型の艦種を派遣しない理由もそこにある。紅魔館周辺で戦闘が発生しても、鎮守府から支援艦隊を送り込めばすぐに到着するため、いわば時間稼ぎだけで事足りるのだ。

本当ならば軽空母を一人追加する予定であったが、残念ながら現在考案中の作戦を踏まえるならば、派遣することはできない。

 

「……まあ本音を言えば、全員紅魔館に住んでくれるのが一番ありがたいわね」

「それは無理な相談です」

「わかっているわ。それで、いつから受け入れをすればいいの?」

「そちらで用意が出来次第、こちらから送り出しましょう」

「なら3日よ。準備はしておくから、3日後以降に艦娘を連れてきなさい」

「ご配慮に感謝を」

 

 このように、レミリアの即断によって、紅魔館への艦娘の配備が決まったのであった。

 

 

 

 

 

 夕食時、食堂にてほぼ全員が集まっているところへ通達する。

 

「えーゴホンゴホン。突然のことだけど、君たちの中で異動したい人はいるかな?」

 

 派遣を予定するとはいえ、人員の調整は済んでいない。一個水雷戦隊を派遣するのであれば、軽巡洋艦一人と一個駆逐隊あたりが妥当だろうか。尚、今回は試験的な運用であるため、ローテーション等はまだ考えていない。

 

「異動先は紅魔館。もし希望する人がいれば、手を挙げてくれるかな?」

「長門だが……一言いいか? 提督よ、その言い方では誰も手を挙げない。考えても見ろ、皆に少なからず好かれているのはいくら提督でもわかるだろう。わざわざ離れたいと思う者がいるものか。夕食がまずくなってしまう」

「あ、そ、そう……なんだ」

 

 確かに、言葉を伝えた先に見えたのは、該当する艦種の艦娘たちの不安そうな顔であった。もしかしたら、いらぬ誤解を与えてしまったかもしれないと思い、青年は言葉を変える。

 

「聞いて欲しい。幻想郷では、僕らの艦隊は深海棲艦に対する重要な戦力になる。いずれ色んなところに派遣して、幻想郷全体をカバーしたいと思ってる。その為の第一歩として、まず紅魔館に派遣してうまく運営できるか試したいんだ」

「ひとつ補足をすると、優秀かつ信頼のおける者でなければ任せられない。我々の艦隊はまだ日が浅いが、その中でもより付き合いの長い艦が一人はいてくれれば助かる。ある意味では栄転と考えてもらっても構わん」

 

 相変わらず優秀だなあと、青年は長門を見て思う。自分の言葉足らずな部分を完璧に補足してくれるのだから。

 などと、考えているうちに一人目の手が挙がる。

 

「ならぁ、軽巡洋艦は私が行こうかしら~」

「お、おい、いいのか龍田?」

「誰か行かないといけないのでしょう~?」

 

 軽巡洋艦から志願したのは天龍型二番艦の『龍田』。水上偵察機の運用は難しいが、軽巡洋艦としても経歴の“長い”彼女ならば、上手く駆逐隊を導いてくれるだろう。

 

「ありがとう。駆逐隊はどうかな?」

「なら、電たちが行くのです」

「電……いいの?」

「電は吹雪ちゃんたちと一緒に、最初に司令官さんの所にやってきたのです。司令官さんのこと、ちゃんとわかってるつもりですから」

「……ありがとう。頼りにしてるよ」

 

 電が率先して挙手したことで、姉妹艦の暁、響、雷らも納得したような表情を浮かべる。不満など持たなかったようで、駆逐隊は第六駆逐隊に決定した。

 長門の話を聞いてからではもっと決まるのに時間がかかるかと思ったが、想像以上に早く決まってしまう。異動の決まった艦娘が他の艦娘から励まされる中。

 青年は彼女たちへの敬意を表して、指示を告げる。

 

「3日後に紅魔館に派遣する。それまでに準備をしておくように」

「はいっ!」

「貴女方は……僕の、僕たちの誇りです。こうして自分から名乗りをあげてくれたこと、本当に嬉しく思います。でも、怪我にだけは気をつけてください。万が一があっても、紅魔館よりは貴女方が生き延びることの方が大事ですから」

 

 食堂が、シンと静まり返る。

 駆逐隊の4人が、唇を引き締めて敬礼する姿だけが場の空気を動かした。

 

 

 

 

 

 そして3日後、鎮守府にて。

 

 

水雷『第十一水雷戦隊』

――軽巡『龍田』

    駆逐『暁』『響』『雷』『電』

 

 

「みんな大丈夫~? 忘れ物はないかしらぁ?」

「準備万端なのです!」

「レディにミスなんてあるわけないわ!」

「紅魔館で生活か……楽しみだよ」

「司令官、辛かったらいつでも私たちを頼ってね!」

「うん、気をつけて。なるべく様子を見に行くから」

 

 これからみんなと離れ離れになるというのに。

 誰一人として辛そうな、寂しそうな表情は浮かべていなかった。

 

 

 

 

 

 電は少しばかり緊張していた。艦隊旗艦こそ軽巡洋艦である龍田が務めているが、艦隊の中では古株である自身が、青年の意思を汲み取って艦隊運営を行わなければならないためだ。

 

(司令官さんは……いい方向に変わってくれたのです)

 

 当初会ったばかりの頃は、なんと悲しい人物だろうかとも思った。自分の中に閉じこもって、頑なに人を信じなくて。それが今や、立派に前を向いて、現実を受け止めて、自分たちのためにと行動してくれる。時には自身の苦痛さえ顧みずに。

 

(長門さんがいるから、もう大丈夫だとは思うのですが……)

 

 それでも、電は青年を心配する己の心を隠しきることはできない。あの青年には一部の常識が欠如しているとでも言おうか。今後、何かとんでもないことをしでかしてしまうのではないかと不安でたまらない。

 だから、長門が積極的に青年の元についている。本来ならば、最初から隣にいた吹雪がそのまま青年の傍につくはずだったのだが、長門に率先して青年を支えるように頼み込んだのだ。それは勿論、歪な青年をある意味矯正するために。

 

(どの道、私たちじゃ司令官さんに何もできませんでした。ただ無理をさせてしまうだけだったのです)

 

 かつて世界を席巻せんとする軍の頂点にいた長門ならば、青年を支えられる。正しい方向に、導くことができる、と。吹雪も叢雲も、漣も五月雨も、皆で長門の元へお願いしに行ったのである。

 それは、複雑な表情とともに了承された。

 

 

 

『私は敗戦した軍の代表だぞ? 私は……私では、“また”失敗してしまう』

『ならこの幻想郷では、司令官さんを正しく導いて欲しいのです』

 

 

 

 霧の湖に到着した艦隊は水辺から上陸し、生活用具一式を持ちながら紅魔館の門を訪ねる。夏場だというのに涼しさを撒き散らす妖精の案内で紅魔館に入り、

 エントランスで出迎えてくれたのは、余裕たっぷりの表情に不敵な笑みを浮かべる、いかにも雰囲気を“作っている”レミリアの姿であった。

 

「私がこの紅魔館の当主、レミリア・スカーレット。話はカミツレから聞いている、よろしく頼むぞ」

「あ! レミリア!」

「うげっ!? 暁を寄越すなんて……あの男」

「レミリア! そんな言葉遣いじゃいけないわよ? レディならもっとお淑やかな言葉を使わないと! 一緒に鎮守府の掃除をした仲なんだから、私の注意も聞いてよね!」

「そーだそーだ暁の言うとおりだぞー」

「さて着いたわね! まずはお掃除かしら? 私に任せて!」

「うふふ~、十六夜さん。騒がしいけれど、よろしくお願いするわぁ~」

「全く……賑やかになりそうね」

 

 今はあの心優しい提督が、少しでもまともな感性を取り戻してくれることを祈るしかない。そのためには、長門の教育に加えて自信をつけさせることが最重要。

 例えば、艦娘を紅魔館に派遣するという判断が間違っていなかったことを証明する、などの手段で。

 

(私だって――司令官さんのために頑張りたいのです)

 

 これはただの艦隊派遣ではない。幻想郷の河川を調べるためでも、紅魔館との関係を良好にしようとするためでもなく。

 青年の提案を、行動をもって肯定するための『作戦』なのだから。

 

 

「お世話になるのです、よろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 

 なお、派遣するまでの間のある日の午後。

 

「司令官! あっち行こ!」

「司令官、その、おんぶがずり落ちそう」

「司令官、何か私にしてほしいことはなあい?」

「こ、こらこら。いっぺんに喋ったら誰かわからないよ」

「司令官さん、おやつを一緒に食べるのです」

「駆逐艦の子は元気ねぇ、天龍ちゃん?」

「うっぐ、ひっぐ、た、龍田ぁ……」

「あらあらどうしたの? この世の終わりみたいな顔してるわよぉ?」

「だ、だって、折角また会えたのに離れ離れだなんてよぉ……」

「嬉しいこと言ってくれるわねぇ、やっぱり天龍ちゃんは可愛いわぁ」

 

 青年が教育を受けているはずの執務室では、移動予定の艦娘と天龍が遊びに来て無法地帯となっていた。長門は長門で、駆逐艦を追いかけてあしらわれている。

 

「僕の……教育……」

「しばらく会えなくなるんだから、これぐらいは許してよねっ!」

「司令官、次は抱っこだよ」

「何、今日のノルマは既に終えている。だから提督も、思う存分駆逐艦を愛でるがいい」

「長門さん、廊下で天津風が寂しそうにしてたわよ?」

「何っ!? 今行くぞ!」

「龍田ぁ……龍田ぁ……うわああ――っ」

「あ、あらあら。提督、少し落ち着かせてくるわねぇ」

「あ、うん、お大事に……?」

 

 この日青年は、夜が来るまでこの艦娘たちと戯れ、話し、遊んだのであった。

 ふと、電と目があった時。

 

「なのですっ!」

 

 何やら優しげな微笑みを送られたことは、青年の心にいつまでも残り続ける気がした。
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 楼主| 发表于 2021-11-20 11:27:12 | 显示全部楼层
035 その名は

 これは、紅魔館に艦隊を派遣するまでの間の出来事である。

 

 妖怪の山、守矢神社近傍の諏訪湖に腰を据える鎮守府は、通称『守矢鎮守府』と呼ばれている。鎮守府の存在を知らない人がいたとしても、『守矢』と名がつくからには妖怪の山となにかしら関連があるのだろうと思わせることはできるだろう。もっとも、まず守矢神社が人々に知られていなくては意味もないが。

 

 さて。そんな守矢神社、ひいては鎮守府を広報する方法の一つに、人里での海産物の販売がある。これを実行するまでにも、制海権の確保をした上で、警戒しつつの漁、高速で持ち帰っての保存、妖怪を退けながらの輸送といった苦労は避けられない。

 

 しかしこれらの任務、意外と馬鹿にできないものである。漁はともかくとして、高速航行はそれ自体が機関に負担をかけるものであるのだが、不調がないということは艦娘も安心して全力で航行できるということ。にとりの整備力の高さを再確認するという意味では、これ以上ない訓練なのだ。いざという時、ためらいなく全速を出せるという強みは大きい。

 また、妖怪の山から人里への輸送。人口の最も多い人里で何かあった場合に備えて、地理を把握しておくという意味では非常に重要性が高い。道中に襲撃してくる野良妖怪も、幻想郷における弾幕を利用した戦闘を経験する、という意味では非常に有用的な実戦だろう。

 ちなみに、永遠亭から供与される『高速修復材』、通称バケツであるが、これは人里で受け取っている。当初は人里で因幡てゐと待ち合わせ、受け取るようにしていたため理由もなく人里へ向かわなければならなかったのが、こうして人里に艦娘の居場所ができた今、受け取りは輸送部隊が担う運びとなったのである。

 

 最初は、ポワンと思いついただけの人里での海産物販売。これが形になってみると、案外幻想郷での最初の一手としては上々だったのかもしれない、と青年は息をつく。

 

 そんな青年はというと、現在鎮守府の執務室で次々に舞い込む報告を聞いている最中であった。

 

 

「混成駆逐隊の天津風よ。美鈴との演習、終わったから報告に来たわ」

「お疲れ様。どうかな、幻想郷の人との戦いは?」

「あなたの考えだったの? その、いいと思うわ。私みたいな着任したばかりの艦娘でも、艦娘としての戦い方や弾幕の戦闘のコツは掴めるし……」

 

 

「提督。第七駆逐隊、旗艦の朧です。鎮守府周辺海域の偵察から帰投しました」

「お疲れ様。首尾はどう?」

「周辺に深海棲艦は見当たりません。発見した場合は……いつも通りですね?」

「連絡を入れてもらって、鎮守府から大型艦を派遣……でも、偵察してる戦力だけで対処できそうならそのまま戦ってもらうよ。期待してるけど、無理はしないように」

「はい!」

 

 

「司令官、第十一駆逐隊、吹雪帰還しました! 今日もお魚大漁です!」

「お疲れ様。にとりさんの冷蔵庫にはもう運んだのかな?」

「はい! 本日分の資源は、白露型の第二駆逐隊の子たちが明日、人里へ運ぶ予定です!」

「ふむ……」

 

 

 様々な報告を受けるのだが、その中で考えたことが一つ。

 

(人里……そういえば、霖之助さんに改めてお礼言わないとな)

 

 思い立った青年は居ても立ってもいられず、その日の教育を早々に終わらせて人里へと繰り出したのであった。

 

 

 

 

 

 が、教育を終えて人里についたのは夕刻より少し前。この時間から訪ねるのは流石に失礼かと思い、人里に設置されている海産物の販売所を手伝っていた。

 本日の販売員は、第六戦隊より青葉と衣笠である。二人共笑顔に定評があり、今日の販売は大成功だったらしい。

 

「司令官。そろそろ戻らないといけないんじゃ……?」

「ん、もうそんな時間かあ」

「私たちは川を伝って戻りますけど、司令官は徒歩でここまで来たんですよね? 早く帰らないと早苗さんに怒られますよぉ?」

 

 守矢神社と人里の間にはなかなかの距離がある。青年は飛べるわけでもなければ水上を進むこともできないため、いつも走って移動しているのである。ランニングがてらとはいえ、流石に距離が距離であるため移動も一苦労であるが。

 暗くならないうちに帰らなければ、妖怪に襲われてしまう可能性は倍増する。妖怪の山の圏内であれば言わずとも天狗の護衛があるのだが、そこを外れれば青年にとって未知の領域。襲われないことを祈って毎度のごとく川沿いを走るのだが、不思議と襲われたことはない。

 後で知ったことだが、どうやら艦娘の迎撃が鉄壁過ぎて、野良妖怪たちの間で川は艦娘のテリトリーという認識が広まりつつあったために、近づいてこなかったらしい。

 

「前々から言おうと思ってましたが……移動する時は護衛をつけてください」

「うーん。自分で指示しておいてなんだけど、皆忙しそうだからさ。個人の都合で振り回すのも悪いし」

「それで司令官の身に何かあった時のほうが問題です! 今回は私たちで協力して運びますけど、今度からは誰か一人、常に傍に置いて行動してくださいね? 『秘書艦』を決めるべきだと具申します」

「あ、はい、ごめんなさい」

「では、これから帰る準備をしますから、少しぶらついていてください」

 

 青葉にこってり絞られ青年。襲われなかったという慢心は、やはり甘い認識であったようだ。この至らなさは、やはりまだまだ引き締める余地が有るということだろう。

 少しだけ沈んだ表情になった青年は、トボトボと人里を歩き始めたのであった。

 当然、霖之助に会うのはまたの機会である。

 

 

 

 

 

(うん? あれは……)

 

 夕方ということもあり、人気も少なくなり始めた頃。誰もいない道の真ん中に、少し背の高い一本の花が眩く咲いていた。

 風に吹かれたのか、所々砂や泥も付着しているが、それでも茎は折れずに太く伸びていた。

 

(根性あるなあ……。でもあそこじゃ蹴られるかもしれないから、道端の方に移動させておこうかな)

 

 ただの気まぐれだったのだろうか。

 それとも、花に何かを感じたのだろうか。

 どちらでもない。ただ青年は、花を見て思ったことをそのまま実行しただけ。言わば、そのときは何も考えていなかったのである。

 

(道端の方に先に穴を掘っといて、根っこを傷つけないように周りから丁寧に……。あとは移し替えて穴を埋めて……よし、おしまい!)

 

 近くの水路から手で水を掬い、土回りを馴染ませれば完成である。心なしか、移し替えた花は誇らしげに風に揺れているような気がした。

 

「よしよし。じゃあ、これからも強く生きなよ?」

 

 独り言にも近い声を花に対してかけたところで、背後から足音。

 と共に、鈴の音のように清らかな声がかけられる。

 

 

「あら、移し替えてくれたのね」

 

 

 独り言を聞かれていたのかと思い、恥ずかしさと共に振り返ると。

 背後に立っていたのは、小さなスコップを持つ無表情の風見幽香であった。

 

 

 

 

 

「私が移そうと思っていたのだけれど……あなた、優しいのね」

「そう……ですか?」

「道の花なんて、見向きもされずに踏まれていくことが多いもの」

 

 一陣の風が吹き、彼女の髪を撫でていく。夕日に照らされて映り出すその顔は、どこかミステリアスな雰囲気を感じさせつつも神秘的な美しさを放っていた。

 

「…………? 顔が赤いわよ?」

「ああ、夕日のせいです。それより、風見さんはどうしてここに?」

「…………? 私のことを知っているの?」

 

 どうやら彼女は自分のことを知らないらしい。と思ったが、深海化した状態で遠距離から交戦し、倒した後も川辺に寝かせていたのだ。知っているわけもない。

 少しだけ、彼女に対する恐怖心を抱きながらも口を開く。

 

「僕は……艦娘をまとめる、提督というものをやっていまして」

「ああ……あなたが“提督”。その節は世話になったわね」

 

 幽香は一瞬だけ、歯を見せるように不機嫌そうな表情を浮かべる。

 

「あ、あの、風見さん?」

「ああ、ごめんなさいね。あなたや艦娘さんたちに恨みはないのよ。本気で戦ってみたいという気持ちがないではないけれど、本当よ? ただ、私の中に勝手に入り込んできた深海棲艦というのは――」

 

 「気に入らない」と、その瞳がギラつく。

 流石にその表情には背中が凍りついたため、青年は話題を変えた。

 

「か、かか、風見さんはどうしてここに?」

「夕食を買いにね。あなたの所の子から、お魚を買わせてもらったわ。あの青葉って子、鴉天狗と同じ匂いがするわね。人のことを根掘り葉掘り……」

「そ、それはそれは。今後共ご贔屓に」

「私なんて皆怖がって誰も近づかないのに、あの子は勇気あるわね」

「えっと……後で叱っておきますね?」

 

 青葉何やってるんだ、と思いつつも、青年はなんとか怒らせないようにと幽香の言葉に相槌を打った。

 

 実は魔理沙から、

 

 

 

『幽香ぁ~? あいつは見かけたら近づかないほうがいいぜ。手当たり次第に襲いかかるとんでもなく危ない奴だからな』

 

 

 

 と言われていたのだが。

 

(……時々怖い。怖いけど――)

 

 青年は悪意には敏感だ。幼い頃から精神的にも肉体的にも悪意に晒され続けてきたし、その証拠は今も身体から消えることはない。表情の機微一つで悪意の有無を理解し、言葉の抑揚一つで悪意の強さを認識する青年からすれば、他人が向けてくる悪意を読み取るなど造作もないこと。

 

 では、風見幽香についてはどうだろう。

 

 怒るときは怒る。嫌なものは嫌と言う。これは誰しも同じことだし、あって当然の感情だ。

 元の表情が固いのかそれほど温かみは感じさせないが、不機嫌さだけはその冷徹そうな見た目と相まってより強調される。かといって笑えば邪悪さを感じさせる笑みになってしまうだろうし、楽しそうな表情など浮かべようものなら残虐な仕打ちを想像してしまうだろう。

 

 なら、悲しい表情は?

 どんなに表情の固い人でも、悲しい顔だけは隠しきれない。表情筋は動かせずとも、眉が八の字になるのを止めることはできないのだ。

 

 だから。

 「皆怖がって」と話した彼女の本心は、高圧的に接しようとした結果などではなく。

 勇気を出して笑いを持たせようとした、彼女なりの自虐だったのかもしれない。

 

 彼女が、自身が怖がられていることに悲しむ心を持つというのなら、

 

(思ったより、優しそうな人で良かった)

 

 どうやら、命を危惧するほどのことでもなさそうである。

 自分への悪意など、微塵も感じさせてくれないのだから。

 

「そういえばあなた、どうしてその花を移してくれたの?」

「どうして、ですか? 理由を聞かれても難しいですね。強いて挙げるなら、蹴られちゃうのを考えると嫌だったから、でしょうか」

「そう…………」

 

 少しばかりの間目を伏せて、幽香はもう一度ゆっくりと瞳を開く。

 

「道端に咲く花って、あなたはどう思う?」

「……いきなりですね。見向きもしないということはないですよ。確かに根を張って生きているんですから、力強いと思います」

「一般論として……群生する花に比べると、美しさは見劣りすると思わない?」

「うーん……数年前の僕なら頷いていたかもしれません。でも、しおれたり枯れたりすることなく、誇らしげに咲いてるのっていいと思いません? 見向きされなくても、一輪だけ頑張ってるのは応援したくなるというか……」

「…………ふうん」

「どんな場所でも花は咲きますし、根を張って生きてるのは同じです。沢山の花も勿論美しいです。けど、ポツンと花開いているのも、風情があるんじゃないかなって……僕は思いますよ?」

「ええ。本当に」

 

 青年が植え替えた花の元にしゃがみこみ、その花びらを指先でなでるように触れる幽香。その表情は、実に慈愛に満ち溢れていた。

 

「四季折々、ありとあらゆる場所で、花は私たちに語りかけてきてくれるわ。時には形を変える感謝を、時には秘密にしたい感情を、時には過去の思い出を、時には心からの愛情を」

「花言葉、でしょうか? すみません、花の名前って実はそれほど詳しくなくて」

「花言葉は別に定められているものではないわ。その時その人によって変わるもの、あなたにとっても……例えば桜に対する印象ぐらいはあるでしょう?」

「ええ。綺麗とか、可愛いとかぐらいは」

 

 名残惜しそうに花びらから指を離し、幽香は立ち上がる。

 

「大切なのはその心よ。惑わされず、己を信じ、自分の信じる花への愛情を大切に、毎日を花に囲まれて――花を愛して生きる。ねえ、これって素敵なことだと思わない?」

「ええ。それはとても……幸せそうです」

「ふふ、わかってくれるのね」

 

 まるで愛玩動物を愛でるかのような幽香の視線は、青年に向けられた。

 大人の女性のような落ち着いた雰囲気を醸し出す彼女。しかし、この時の語り、この時の微笑みだけは、まるでおとぎ話に憧れる少女のよう。

 満足そうに頷いた幽香は、その表情を崩さないまま口を開く。

 

 

「あなたと――いいお友達になれそうよ」

 

 

 図らずして、青年は新たな交友関係を築いたのであった。

 

 

 

 

 

「もう陽が暮れてしまうわね。興が乗って随分と話し込んでしまったけれど、あなたこんなところにいていいのかしら?」

「あ――そういえば青葉たちを待たせてる」

 

 幽香と話し込んでしまい、結構な時間が経ってしまった。青葉と衣笠を待たせてしまっているが、おそらくカンカンだろう。

 

 打ち解けた頃には、幽香から感じられる殺気のようなものは完全になくなっていた。友人と称してくれたことからも、敵対的な心情というものはおそらくなくしてくれたのだろう。

 というより、それすらも青年の勘違いだったのではないかの思うほどに、幽香は青年に美しい笑みを向けてくれるようになったのだ。邪悪さなど一欠片も感じさせず。

 

「すみません、今日はここまでのようです」

「そういえば、ちゃんと自己紹介をしていなかったわね」

「あ、言われてみれば……」

「私は風見幽香。“花を操る程度の能力”を持つ妖怪よ。幽香でいいわ。花を雑に扱ったら、命はないものと思いなさい」

「あはは……肝に銘じておきます。僕は守矢神社にお世話になっている茅野守連です。神社の傍の湖で鎮守府を運営して、艦娘の皆と一緒に深海棲艦と戦っています。僕のことも自由に呼んでください」

「カミツレ……?」

「ええ、カミツレといいます」

 

 突如として、その瞬間幽香が顔色を変える。

 だが青年は。その時、その表情の変化にだけは――気づくことができなかった。

 

「カミツレ…………。ええ、“忘れることはないでしょう”」

「お、大袈裟じゃないですか?」

「別にそんなことないわよ、カモ君」

「カモ君!? あっと……すみません、そろそろ戻りますね」

「ええ、また会いましょう」

 

 気をつけてね、と後ろからの声を聞いた青年は、ちょっとだけ心が温かくなるのを感じた。

 まさか幽香とこのように仲良くなるなど、少し前の自分なら考えもしなかっただろう。

 

 

 

 戻ると、青葉たちが文句を垂れながら青年を待っていた。衣笠に至っては欠伸をしながら呆けてしまっている。

 

「どこに行っていたんですか司令官! 妖怪に襲われてないか心配したんですよ!」

「ごめんごめん。ちょっとお花がね」

「あっ、そ、その……ト、トイレなら仕方ないですね……」

 

 その後、なんとか青葉たちをなだめながら、青年は鎮守府へと帰ったのであった。

 またもや艦娘にお姫様だっこされながら帰るのか、と思っていたが、二人の輸送方法は簡単な筏を組み立ててそれに青年を乗せ、二人が引っ張って運ぶという酷く現実的なものであった。

 

 別にお姫様抱っこを期待していたわけではない。

 別に。

 

 

 

 

 艦娘たちの元へ戻っていく青年の後ろ姿を見送り、幽香は足元に元気に立っている花を見る。

 

(何だか、不思議な子だったわね)

 

 悪い子ではないのだが。

 自分もこの花の位置は気になっていた。動かそうと思った矢先に、あの青年が踏まれない場所へと植え替えてくれていたのだ。

 

 彼自身は自然が好きと話す。だが、自然というより――“世界”が好きなように感じ取れた。話している時の表情の輝きも可愛らしいものであったが、時折見せる沈んだ表情を、幽香は見逃さない。

 

(艦娘、深海棲艦、提督……。あの子も大変だわ)

 

 深海棲艦のその悪辣性は、この身に体験しただけあってよく分かる。知らないうちに心の隙間に入り込み、いつの間にか蝕まれているのだ。

 それに対抗する能力を与えられた青年と、艦娘。他人事ではあるが、あの好きな青年だけならば応援してやらないこともない。

 艦娘については、強さという点で正気の状態で戦ってみたいという気持ちはあるが。

 

(それにしても、カモ君……カミツレ君ね)

 

 しゃがみこみ、足元の花にもう一度触れる。

 

 

 花からリンゴのような香りを漂わせる白い花。害虫予防にも利用され、素朴でありながらハーブとしても名高いこの花の名前は――カモミール。

 

 和名を『カミツレ』という。

 

 

(あの様子じゃ……自分の名前のこと知らないんでしょうね)

 

 名前を聞いた直後は、まさか道端の花の話で自画自賛しているのかとも思ったが、どうやらそうではなさそうだ。

 だが、その名付け親はどういうつもりでその名を与えたのだろう。

 

(カモミールは地面を這うように生えて、踏まれれば踏まれる程強く育つ。その生命力とたくましさから、一般的な花言葉は――)

 

 

『苦難に耐えて』

 

 

 一体、彼はどのような苦難を迎える事になるのだろう。あるいは、これまでどのような苦難が彼を翻弄したのだろうか、と。

 

(でも、カモミールの花言葉はもう一つ)

 

 

『逆境の中で生まれる力』

 

 

 願わくば、花の名を冠するあの不思議な青年が、花が好きなあの友人が、人生の中で襲い来る苦しみを乗り越えることを祈ろう。幸多からんことを、花好きの一人として応援しよう。

 

(久しぶりに面白い人間に出会えたわ)

 

 カモミールの花びらに指先で触れる。

 澄ました顔で立ち上がり、幽香は静かに帰途についた。
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