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楼主: wewewe

[转载作品] (小说断更及作者失踪)提督が幻想郷に着任しました 序章 東方風神録

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 楼主| 发表于 2021-11-20 11:29:25 | 显示全部楼层
036 スーパーズ

 人は、いつの時代もロマンを追い求める生き物である。

 何をもってロマンと呼び、何をもってロマンとするか。ロマンに何を見出し、ロマンから何を感じるか。それは人によって異なる。

 人生はロマンの連続であるし、ロマンは人生を豊かにする。日々の虚しさの中に感じるささやかな幸せもロマンであるし、道端を歩いていて転がっている石ころを蹴るのもロマンだし、空を眺めてあの雲って潰れかけのオタマジャクシみたいで風情があるなどと思うこともロマンなのだ。

 ぶっちゃけ、人がそれをロマンと思えば何でもロマンだ。

 

 ありとあらゆる分野で人はロマンを追い求め、ロマンに生き、ロマンに死ぬ。もはやロマンという言葉がゲシュタルト崩壊しそうであるが、そこで一つ問いを投げかけよう。

 

 あらゆる分野にロマンが認められるというなら、兵器はどうだろう?

 戦闘で利用される兵器には、戦闘中のそれぞれの目的を達成するための役割に特化したものが多い。

 例えば戦車。塹壕の突破と陣地破壊、火力支援を目的としているため、強靭な走破性と頑強な装甲、圧倒的な砲撃火力に特化しているといえる。

 例えば戦闘機。航空機という分野で見れば輸送機や攻撃機など用途は分かれるが、戦闘機に求められる条件の多くは、速度と機動性、運動性である。

 

 なら、艦船は?

 圧倒的火力と装甲防護力を持つ戦艦。

 航空機運用能力に全てを賭けた航空母艦。

 圧倒的速度と用途の多様性に優れる駆逐艦。

 いずれも、間違いなく歴史に名を残しているし、知名度も高い。

 

 では、考えよう。

 兵器としてのロマンとは何か? 人類の想像をはるかに超えたヘンテコな設計思想と明確に答える人もいるだろうし、デザイン的な面で正直にダサいと答える人もいるだろうし、約束されたクソと一蹴する人もいるだろう。

 

 もう一度、思い返して欲しい。

 兵器としての、艦船としてのロマン。他を投げ打ち、一つの能力に特化するという形でロマンが発揮されたのなら。

 

 一つの答えには、“潔さ”といったものが当てはまるかも知れない。

 

 

 

 

 

 その日、青年は工廠に呼ばれていた。作戦開始が数日後に迫っているのだが、にとりから急な呼び出しがあったのである。

 レンガ造りの工廠内はところどころ煤けていた。外より熱気のこもりやすいこの環境で、にとりが干からびてはいないかと心配しながらも奥へと進む。

 

 彼女は工廠横の弾薬保管庫にいた。

 結果から言うと、

 

「やあやあ盟友、こいつを見てくれ。こいつを見てどう思う?」

「すごく……多いです」

 

 干からびるどころか、整備地獄に追われているというのにツヤツヤしていた。十分に水分が足りているようで何よりである。

 

「この魚雷の山……どうしたの?」

「一時期魚雷が品薄になったから、独断で急ピッチで増産したんだよ。とはいったものの……なんだかごめんね?」

「……流石に多すぎだね、これは」

 

 見れば、弾薬保管庫のおよそ半分が魚雷の在庫で埋まっていた。保管しきれなかったのか、むき出しの魚雷すら転がっている様は流石に怖い。

 原料となる廃材は、妖怪の山の天狗が幻想郷中から集めてきてくれている。その廃材で資源は賄われているのだが――

 

(どうしよう……無駄に使うわけにもいかないし……)

 

 聞けば、深海化した小野塚小町との戦いの後、魚雷の生産が追いつかなかったことが原因であるらしい。着任した駆逐艦が増えたことも理由の一つであるらしい。

 生産ラインはある程度減らしてもらうとして、在庫をいかに減らしていくか、青年の頭を大いに悩ませることとなったのである。

 

 

 

 

 

 場所は変わって鎮守府執務室。長門は青年に施す教育内容を紙にまとめていた。執務室の机を使っていいということだったため、青年の机を借りていたところ――

 

「てーとくー、遊びに来たよー。ってありゃ、いないじゃん」

「あら、本当だわ。じゃあ北上さん、私たちは私たちで別の場所に……」

 

 本日非番であるはずの北上と大井が、執務室の扉を西部劇よろしく蹴り開けて入ってくる。下手したら艦娘の力では扉が壊れてしまうのだが、そこは加減してくれたらしい。

 

「まったく、行儀が悪いぞ。何か用か?」

「いやあ、提督に用があってきたんだけどさー」

「提督なら今、にとりに呼び出されて工廠にいる。急ぎの用件か?」

「そういうではないのですけれど、重要な話です」

「ふむ……なら、直接工廠へ向かってくれ。私は提督の教育を充実させるべく、試行錯誤の途中でな」

「あ、長門さん。ここの図解はこうした方が……」

「む? おお、確かに! すまんな、助かった」

「じゃあ、工廠に行ってくるよー」

 

 と、二人はにこやかに執務室を去っていった。

 その様子を見届けた長門は、改めて作成中である手元の資料に目を通す。

 

(艦種についての教育だが……重雷装艦は入れるべきだろうか。いや、しかし我々の艦隊には重雷装艦はいないし……。だが敵には重雷装艦がいる……。まあ、教えておくか)

 

そうして、長門は資料作成の続きに取り掛かったのであった。

 

 

 

 

 

「じゃあ、魚雷の生産ラインを半分に減らすよ」

「そこで多分手が余ると思うから、もし良かったら、今後の開発・生産について、ちょっと相談してくれないかな?」

「おお? なんだか面白そうだね、もちろんさ!」

 

 工廠の休憩室にて、青年はにとりと今後の工廠の運営について話していた。とはいえ青年も素人同然。方針を掲げるとして、専門的な立場であるにとりの意見も合わせながら、あーでもないこーでもないと議論を交わす。

 そんな時である。

 

「あ、てーとく見っけ」

「ここにいたんですか。探しましたよ」

「あれ、大井と北上? 工廠……じゃなくて僕に用?」

 

 空いている椅子に座る二人。大井はにとりをチラッと見て、丁度いいとでも言わんとばかりに話を切り出した。

 

「話があります」

「は、はい。なんでしょう……」

「私たちに……もっと魚雷を積んでください!」

 

 瞬間、瞳をぎらつかせるにとり。呆れながらもそんなにとりを制し、青年は丁寧に答えたのである。

 

「元々そうするつもりだったんだけど……」

「へ?」

 

 

 

 

 

 驚いている大井に対して、青年は構わず話を続ける。

 

「ちょっと魚雷を作りすぎちゃったんだ。何かいい方法はないかと思ってたんだけど、そういえば深海棲艦に重雷装巡洋艦がいたなーと思ってね。戦術的にも幅が増えるだろうから、味方にも欲しいと思ってたんだけど――」

 

 「ちょっとごめんね」と言い、青年は大井の手を取った。そして改めて流れ込んでくるのは、大井の過去の記憶。北上と共に重雷装艦として海を駆けた日々の波濤。

 

 素晴らしい。大井のおてて、やわらかい。

 

「なっ――! 何してけつかる!」

「ぐほっ!?」

「って、あ、ご、ごめんなさい!」

 

 手を取ると一瞬空気が止まるが、その後に腹部へと突き刺さる大井ブロー。服をなきものとし、皮膚を、血液を、腹筋を、押しつぶし容赦なく内臓へと圧力が加えられる。

 という想像をしたが、大井が手加減してくれていたのかそんなに痛くない。

 

「いたたたた……鍛えてなかったら大怪我だったかも」

「て、提督も悪いんですよ! 乙女の身体にいきなり触るなんて言語道断です! 私に触れていいのは北上さんと球磨型の姉妹艦だけです!」

「はい、気をつけます!」

 

 北上がやれやれといった表情だが、呆れながらも続ける。

 

「それで提督、どういうことなのさ?」

「ああうん。今は軽巡洋艦だけど、大井と北上の二人は過去に重雷装艦だったよね? うちの艦隊も艦種に多様性が欲しいから、是非二人には重雷装艦になってもらおうと思って、さっきからにとりさんに相談してたんだけど……」

「私たちに相談もせず?」

「だ、だって、艦娘の艤装はほとんどにとりさんがチェックしてるから、まずは技術的にできるのかどうか聞いとかないといけなかったし……」

「ちなみに、艤装の改造はできるよ。仕組みがようやくちょっとだけわかったからね。とりあえず、今回の魚雷マシマシ改装については特に問題点はなさそうだ」

「え……にとりさん一人でできるんですか? 普通はドックに入っていろいろ面倒な手続きがあるものなんですが……」

「まあ、というわけなんだ。あとは君たち次第だけど、どうかな?」

 

 その問いに、大井と北上の二人は、

 

「もちろんです!」

「こっちからお願いしたいぐらいだよー!」

 

 と、満面の笑みで快諾したのであった。

 ついでに、エンジニアの血が騒いだらしいにとりも満面の笑みであった。

 

 

 

 

 

 翌日。にとりが艤装の改装を終えたというので、大井と北上が工廠に呼ばれた。改装を終えた時間を見計らって、青年もまた工廠へと足を向ける。

 しかし、にとりの姿が見当たらない。休憩室にいるのかと思い、その扉を開けた時、

 

「えっ?」

「あれー、てーとくー?」

 

 目に写りこんできたのは、一糸まとわぬ姿で着替えをしている大井と北上の姿であった。

 

「あのっ、そのっ、えっと、こ、これは……」

「うっ、ううううううぅ――」

「てーとくー、とりあえず部屋から出なよ」

「また変なタイミングで入ってきちゃったもんだね、盟友」

「ご、ごめんなさあああああああい!」

 

 数分が経ち入室を許可され、部屋に入った時に出迎えられたのは、涙目で恥ずかしそうに顔を赤らめている大井と、ムッとした表情で自身に平手をかました北上の姿。

 当然服は着ていたため、青年は頬に走る鋭い痛みと共に安堵を覚えるのであった。

 

 

 

 

 

「うぅ、ひぐ、ふっ、ううぅ……」

「よしよし大井っち。恥ずかしかったね?」

「ご、ごめんなさい。まさか着替え中とは思わなくて……」

「技術的に可能とは言え、改装した艤装に適合するかどうかは、生身で一度検証しないといけなかったからさ。何ていうか、みんなごめんね?」

「い、いや、その……ごめんなさい」

「改装のことだけど、特に問題はないよ。無事完了さ」

 

 いつも自信に溢れて強気に振舞っている大井だが、裸を見られてこうも弱々しくなってしまったことに、流石に青年も驚愕した。北上はいつも飄々としているが、今回に限っては完全に自分を悪役とみなしているらしい。

 無論、ノックしなかった自分が悪いのだが。

 

「じゃ、じゃあさ、その重雷装艦の艤装を装備したところがみたいなー、なんて、ははは……」

 

 半ば調子のいいことを言っていると自分でも気づいているが、この空気をなんとか打破しなければと思い口にする。すると、大井が涙目ながらに頷き、北上はムッとした表情を崩さないまま、艤装をそれぞれ装着し始めた。

 

「おお……すごい……」

 

 重雷装巡洋艦とは、旧海軍における遠距離隠密魚雷戦構想を支える立場として生み出された艦種である。連装魚雷発射管を片舷5基20門、両舷合わせて10基40門を搭載した艦種は、歴史上においても大井と北上のみ。

 勿論、艦娘としての重雷装艦である彼女たちにも、その雷撃力には期待せざるを得ない。

 

「なんというか……可愛いらしいね?」

「これ一応武器だけどー? 目が腐ってるんじゃない?」

「いや、なんだろ。うん、可愛いよ?」

「可愛い……ですって……」

 

(まさか、艤装を装備してる女の子を可愛いと思う日がくるなんて……。いやでも、絶対これを可愛いって思う人はいるんじゃないかなあ)

 

 既に艤装との適合は確認済みであり、あとはテストを残すのみである。今後、ちょっとした作戦を考えているのだが、その作戦に参加させるにあたってテストもないまま出撃させるつもりは流石にないが――

 

『提督、応答願ウ』

 

 その時である。鎮守府のサイレンが大きく鳴り響き、長門から電文が届いたのは。

 

 

 

 

 

 球磨率いる警備中の第二駆逐隊、村雨、夕立、春雨、五月雨が、敵の駆逐艦4隻を近海で発見した。長門から一個駆逐隊、又は重巡一個小隊の派遣が具申されたのだが、青年はこれを条件付きで認める。

 その条件というのが、雷巡へと改装を終えたばかりの北上と大井を、実戦投入するといったもので、支援艦隊はあくまでそれを見守る立場であれとの命令であった。

 

 訓練もなく、いきなり実戦に参加させるなど、本来は采配ミスもいいところである。青年自身それはわかっていたし、最初はそんな無謀な策は考えていなかった。

 

 だが、しかし。

 

 

「ねーてーとくー。私たちを使ってよ」

 

「雷巡の強さ、見せつけてあげますから」

 

 

 目の前にいた少女二人だけは、やる気満々だったのである。

 

 結果から言えば、誰も被弾することはなかった。

 というのも、大井と北上の遠距離先制雷撃が、近海に単縦陣で侵入していた駆逐艦2隻をあっという間に沈めたのである。改装により砲戦火力は落ちたものの、駆逐艦より大きいその主砲は、当たれば巡洋艦クラスならば効力射にもなる。結果、残る敵は主砲で掃討し、戦闘はわずか15分で終了したのだ。

 

(うーん、強い……いや強すぎじゃない重雷装艦?)

 

 歴史上では、二人が改装された時点で、既に艦隊決戦より航空戦が主体となりつつあったため、重雷装艦として活躍する機会はなく、輸送作戦等に従事していた二人。

 しかし、彼女たちが望むのであれば――

 

(活躍の場は……用意してあげたいよな)

 

 この幻想郷では自信を持たせてあげたい。その能力は強力であると確信させてあげたい。世界で、たった2隻の重雷装艦なのだから。

 

 帰投した際、二人が朗らかに、しかし誇らしく笑っていた様子をそっと見ていた青年は、改装して良かったと心から思ったのだ。

 そして、報告しに来た時に告げられた言葉。

 

 

「てーとく、ありがとね!」

 

 

「裸を見た件は……その、不問にしますから」

 

 

 時代を超えて、その力を誇示した二人は、勿論可愛いのだが、

 

(……カッコ良かったよなあ)

 

 出撃前にはなかった、重雷装艦としての確かな芯を持ち帰ってきた彼女たちは、可愛くもあり、勇ましくもあり、そしてなにより――美しかったのである。

 

 

 

 

 

 なお翌日。

 提督に初めて全裸を見られた艦娘として、大井と北上が艦娘たちからスーパーズと称えられるようになっていたが、青年の鶴の一声によりそれは一日で終息した。

 

 

 

 

 

 



結論
ロマンは美しい
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 楼主| 发表于 2021-11-20 11:32:40 | 显示全部楼层
037 みょんな鎮守府生活

 銀髪のボブカットに白い肌。白いシャツに青緑色のベストを着用し、腰元には二振りの刀。傍らに白い球状の物体を浮かばせる少女といえば、幻想郷では魂魄妖夢をおいて他にはいない。はず。

 

 白玉楼に住む西行寺幽々子に庭師として仕え、日々剣術の鍛錬と家事とをこなし、幽々子の暴食っぷりに苦笑しながらの生活を送る彼女だが、幽々子のことは憎からず――というより、生涯において仕えるべきは幽々子しかいないと断言するほど、幽々子を深く愛している。

 

 だから妖夢は、剣を振るう。

 

 いたずらが成功した時の無邪気な口元、事あるごとにからかってくるのにどこか優しさを帯びたあの瞳。単純に構われているだけであるというのに、なぜか心地よい。時折見せる憂いを帯びた表情に、何度心打たれただろう。

 

 だから妖夢は、剣を振るう。

 

 幽々子の役目を助け、少しでも力になれればと願ったことは一度や二度ではない。あの人の力になりたい。あの方の笑顔をお守りしたいと、本人の目の前で口にしたことも一度や二度ではない。

 そして、それを受け止めてくれた幽々子だから、妖夢は仕えたいと願ったのだ。

 

 だから妖夢は、剣を振るう。

 

 たとえ、この剣の道の先が暗闇であるとしても。たとえ、幽々子の望む未来が暗闇であるとしても。

 

 たとえ、

 

 

「紫が何か企んでるみたいだから、少し留守にするわ。妖夢は……そうねえ、妖怪の山――守矢鎮守府へ向かってくれる? 帰ってきたとき、美味しいお魚を食べさせてね」

 

 

 主である幽々子が、己を必要としていなくとも。

 足手まといだと遠まわしに言われたのだとしても。

 

 

 自分は、幽々子を求めているのだから。

 

 

 

 

 

 

 守矢鎮守府。幽々子の命により鎮守府へやってきた妖夢は、まず遠目からその異様さに目を疑った。

 

(赤レンガ……だけど、紅魔館とは違う。紅魔館はもうちょっとこう、趣味の悪い赤色してるけど、鎮守府は落ち着いた色合いみたい。白玉楼ほどじゃないけど広いなあ。それにしても……いつの間にこんな建物造ったんだろう)

 

 湖の上では、何やら戦闘行動が行われている。てっきり異変か何かかと思いきや、艦娘同士が撃ち合い――演習を行っている様が見て取れた。日頃から訓練を欠かしていない様子には、妖夢も少しだけ親近感を覚える。

 が、おかしいのはここから。鎮守府の門の目の前に来たとき、湖の上で戦っていたうちの一人が、水上を走ってこちらへ向かってきているのだ。何事かと驚き、近づいて来る人物に目をやれば、

 

 紅魔館で門番をしているはずの、紅美鈴であった。

 

「あれぇー、妖夢さん? どうしたんですかこんなところに?」

「それこっちのセリフ! どうして美鈴が鎮守府に……しかも戦闘まで」

「ああ、私はここの門番で、ついでに演習のお手伝いを――おっとと、失礼。妖夢さん、今日は何か御用があったんでしょうか?」

「あ、うん。実は――」

 

 大まかな情報を伝えると、美鈴は執務室の青年に取り次いでくれた。

 追い返されなかったことに安堵して、妖夢は執務室へ足を進めたのである。

 

 

 

 

 

 このようにして、執務室にて妖夢は青年との面会を取り付ける。紅魔館での宴会や、人里で何度か顔を合わせているこの青年。妖夢にとって、全くの初対面よりかは幾分話しやすかったのであるが、

 

「ようこそ鎮守府へ。確か……コンパクトさん?」

「誰のお胸がコンパクトですか!」

 

 第一印象は、お互いあまり良くはなかったかもしれない。

 椅子にかけ、テーブル越しに話を始める。

 

「失礼しました、魂魄妖夢さんですね。それで、今日はどういったご要件でしょうか?」

「白玉楼のことは知っていますか?」

「ええと。冥界に存在する、幽霊を管理する場所と記憶しています。白玉楼は広い敷地を有していて、管理者の名前が……西行寺幽々子さん?」

「その通りです。実は幽々子様、行き先も告げずにしばらく留守にすると言って出て行ってしまいまして。残る私は、この守矢鎮守府を頼るように言われました」

「…………はい?」

「突然のことで申し訳ないのですが、どうか私をここで雇っていただけないでしょうか?」

 

 苦笑しながら、表情が固まる青年。からくり人形のような動きで首を横に回し、同席していた長門という艦娘に対して首をかしげるも、長門は首を横に振るばかり。

 

 やはりというか予想通りというか。

 幽々子は鎮守府に何も話を通していなかったらしい。

 

「僕らが断ると言ったら?」

「え」

 

 さらに、予想外。

 

 事前に掴んだ情報では、この青年は頼まれたら断れないタイプであるというのだ。基本笑顔だし、お願いされたらホイホイと叶えるという、なんとも人に騙されそうな性格をしている、と。

 そのように文が言っていたのだが、まるで情報がちがう。いや、そもそもその情報を信じる時点でマズかったかもしれないが。

 

「あ、あの、や……雇ってもらえないんですか?」

「いやその、僕らも今聞かされたところでして……」

「こ、困るんです! 断られたら幽々子様に叱られてしまうんです! お願いします、何でもしますから!」

「ん? 魂魄妖夢よ、今何でもと言ったな?」

 

 慌てる青年と妖夢を眺めていたらしい長門が、瞳に肉食動物の如き眼光を帯びた。瞬間、妖夢はなぜか背筋に寒気を感じる。

 何をさせられるのだろう、と思ったのも束の間。長門が青年に耳打ちすると、それを受けた青年が優しく口角を上げた。

 

「では、妖夢さんにいくつかお尋ねします。料理の腕には如何程自信がありますか?」

「料理? 絶品というほどではないですけど、一通りは手早くできますが……」

「もう一つ。腰元の刀はお飾りでしょうか?」

「かざっ――バカにしないでください! 切れないものはない楼観剣、幽霊を成仏させる白楼剣、両方とも名刀中の名刀です!」

「……なら、せめて刀を置いてお話して頂けますか? いきなりやってきて、いつでも攻撃できる状態でお願いを突きつけられてはかないません」

「……あっ」

 

 失念していた。青年の言うことはもっともである。

 あくまでこちらはお願いをする立場。武装解除すらせず話し合いの場についても、誠意を見せるという態度そのものを最初から諦めるようなものだ。

 しかも聞いたところによると、艦娘は幽霊の一種であるらしい。思いがけず白楼剣のことを話してしまったが、青年の顔が青ざめたのは気のせいではない。

 

 なんということだろう。知らないうちに、武力をちらつかせて交渉についていたらしい。

 

 青年の隣に座る長門などは明らかに警戒して、拳をポキポキと鳴らしている。艦娘は、少女の見た目のそれからは想像もつかないほど大きな力を持つそうだ。きっと長門も、ゴリラ並のパワーを備えているに違いない。

 

 決裂してしまったであろう交渉に絶望し、俯く妖夢。

 しかしそんな妖夢にかけられたのは、思いもよらぬ言葉であった。

 

「厨房の人手が足りないから料理と、弾幕を使っての艦娘の演習相手」

「…………。え?」

「人手が増えるのはありがたいです。お給金は少ないですけど、お願いできますか? あ、でも白楼剣って剣は、必要なとき以外こちらで預からせてもらいます。無論、悪いようにはしません」

「あ、ありがとうございます! 頑張りますから!」

 

 訂正。文の情報もたまには当たるらしい。

 白楼剣を預けること自体は別に構わない。乱雑な扱いをされようものならその時点で白玉楼に帰らせてもらうが、少なくとも鎮守府でお世話になる分には、艦娘にとって不安の種となる白楼剣は自身の手元にない方が好ましいだろう。どの道、あの剣は魂魄の者以外使えない。

 

「長門。鳳翔さん呼んできて」

「相分かった」

 

(私は鎮守府と喧嘩しに来てるわけじゃない。白玉楼の代表として、鎮守府と関係を築きに来たんだ)

 

 自身の失敗は幽々子の失敗。自身の恥は幽々子の恥。

 鎮守府が、妖怪の山や紅魔館と友好的であり、今後も徐々に友好的な勢力を味方につけていくというなら。

 白玉楼だけが、取り残されるわけには行かない。明らかにメリットの多いこの関係を、みすみす逃してしまう手はないのだ。

 

(でも、私はこれで幽々子様のお世話から少しだけ解放されるわけですね。こう言っては何ですけど、ちょっと楽ができてラッキーだなんて思っていしまいます)

 

 受け入れてもらったことに安心する妖夢。ホッと一息つき、胸をなでおろしたその時、一人の艦娘が執務室へ入ってきて、妖夢に向かってお辞儀した。

 

「『教育係』の鳳翔と申します。では妖夢さん、私が鎮守府の中をご案内しましょう。重要な区画はご案内できませんけどね」

 

 どうやら、この鳳翔という艦娘が鎮守府や仕事のことを教えてくれるらしい。この優しそうな表情、加えてやり慣れた仕事内容。

 ああ、自分にとってなんと恵まれた職場だろう。幽々子の笑顔は何物にも代え難いが、この鎮守府生活というのはちょっとした気分転換にはなりそうだ。

 

「説明は以上。お仕事は明日の朝から、よろしくお願いいたしますね」

 

 この時の妖夢は、羽を伸ばせるような気持ちでいたのである。

 それが、甘い認識であったとも知らずに。

 

 

 

 

 

『総員起こし』

「…………ほぇ?」

 

 未だ眠気に沈む瞼をわずかに開けると、スピーカーから響くラッパの音が耳をつんざく。朝からプリズムリバー三姉妹が鎮守府に騒ぎに来ているのかと思い瞳を開くが、目に入ったのは見慣れない天井であった。

 はて、ここはどこだろう。とまではいかないが、見慣れない風景を理解するには、妖夢の頭は少しばかりの時間を要したのである。

 

 

 そんな時――

 

 般若の如き表情の鳳翔が、部屋へと入ってきた。

 

 

「妖夢さん。初日からお寝坊されてしまいますと、私たちも困ってしまいます」

「んう……幽々子様ぁ? まだ6時じゃないですか……」

「鎮守府は早朝6時起床。飯炊きは4時には起床です。昨日教えたはずですよ」

 

 布団の傍ら。ほのかに料理の香りを漂わせつつ、わずかに怒気を孕んだ声を上げる鳳翔。部屋の外では、艦娘のものと思われる点呼の声が聞こえていた。

 

「妖夢さん。罰として着替えてから腕立て伏せです」

「ほへ……腕立て伏せ……腕立て伏せ?」

「5秒遅れるごとに1ずつ加算します。1、2、5、30――」

「わあ!? 起きます! 起きますから!」

 

 慌ただしく起きて出来うる限り素早く着替え、廊下に出て鳳翔の前に立つ。近くの部屋では艦娘達がゾロゾロと自身らの部屋へ戻っていく中で、鳳翔は妖夢の服装をジロジロ見てこう言った。

 

「昨日も話しましたが、軍というものは規律と統制を守れてこそ成り立ちます。だらしない人が一人でもいると、練度や士気の低下を招くことになるのです。これは提督にも徹底してもらっています」

「へ……? は、はあ……」

「服のシワが5箇所、靴の汚れが3箇所」

 

 何を言っているのかと思い自身の服装を見直すが、今度は鳳翔は妖夢の部屋へと入っていく。

 どうしたんだろうと思い、部屋の中を覗いてみると、

 

「布団が乱雑、ロッカーの不整頓、及び開け放し、パジャマの放置、床のゴミ、カーテンの開け忘れ、電気の消し忘れ、ドアの開け放し」

 

 何かをチェックしているらしい。何かあったんだろうかと思っていると、鳳翔は部屋から出て自身の前に立つ。

 今度は、仁王のような表情であった。

 

「不備16点、1点につき10回、及び120秒の遅れ。合計400回ですね。さあ妖夢さん、腕立て伏せの姿勢をとってくださいね♪」

「へ……よ、400回!?」

「遅いので100回追加です。腕立て伏せの姿勢をとれ」

 

(こ、怖い……。というより、どどどどうなってるの!? 400どころか500回なんて出来るわけないよ!)

 

 妖夢の慌ただしい鎮守府生活は、こうして幕を開けた。

 なお、腕立て伏せは50回で勘弁してもらえたが、起きがけに動いたためか、眠気など完全に吹き飛んでしまった。

 

 

 

 

 

 以降のことはよく覚えていない。初日はとにかくよく疲れたのだ。一日中厨房や諏訪湖で身体を酷使して――その時の会話を少々覚えているくらいである。

 

 

「妖夢さん。部屋と服装、すぐに直されたようで良かったです」

「は、はい……。そんなことで腕立てはしたくないですし……」

「朝ごはんはちゃんと食べましたか?」

「あ、食べました。鳳翔さんが作ったんですか? とても美味しかったです」

「うふふ、ありがとうございます。では、まずは洗い物を一緒にしましょうか」

「え……艦娘に美鈴と私で46人分!?」

 

 

 

 

「洗い物は終わりましたね。では、お昼ご飯の仕込みにかかりますよ」

「ええ!? ま、まだ9時ですよ!?」

「お昼は提督合わせて47人分の食事を作ります。仕込みも大変ですし、妖夢さんは炊事以外にもすることがあるのでしょう?」

「よ、47人分……幽々子様の分より多い……」

「正確には、よく食べる子もいるのでそれ以上ですけど」

「…………」

 

 

 

 

「お昼ご飯は食べましたか? では、洗い物をしましょう」

「よ、47人分……ご飯はおいしかったけど……」

「洗い物のあとは夜ご飯の仕込みですよ」

「また仕込みかあ……。あっ――。……すみません、手を滑らせました」

「……お皿3枚ですか。怪我はありませんか? 私が掃除しますから、そのまま洗い物を続けてください」

「うう……はい、ごめんなさい」

「終わったら1枚につき10回の腕立て伏せですからね♪ モノは大事にしなければなりませんから」

「…………」

 

 

 

 

「午後は演習の相手、ですか。ようやく厨房から解放されました……」

「お昼ご飯……いい味付けだったわ。あなたも作ったのでしょう?」

「お昼とても美味しかったです、妖夢さん、ありがとうございます」

「確か……加賀さんと赤城さん? ありがとうございます!」

「妖夢、今度あなたに特製カツカレーの作り方を教えるわね!」

「私としてはもう少し量をだな。何しろ燃費もビッグセブンだから」

「ご飯の話ばっかり……」

 

 

 

 

「ちょちょちょ待って! 砲弾大きいよ! 砲弾斬るの怖い! 戦艦!? 戦艦ナンデ!?」

「む、外したか。では水偵を出そう」

「装備換装を急いで!」

「第二次攻撃隊、発艦はじめ」

「このコウクウキって、スズメバチみたいですね! シッ! ハァッ!」

「め、美鈴が鳥みたいなのを叩き落としてる……なら私も斬って――」

「進入速度よし、投下します」

「へぶっ! うわ、前が見えない!?」

「あっ、演習用爆弾の中身はイカ墨です」

 

 

 

 

「ご飯……おいしいよぉ」

「ちょっと妖夢さん、こぼしてますって」

「美鈴は門番してていいなあ。立ってるだけでいいなんて」

「しかも半分位寝てますからね。フッフッフ」

「食事の時間がこんなに楽しみになるなんて思わなかったよぉ……」

「……ダメみたいですね」

 

 

 

 

「さあ、最後の洗い物ですよ」

「よ、よし! 頑張りますよ鳳翔さん!」

「うふふ、随分とやる気でよろしいじゃないですか」

「当然です! これが今日の最後の仕事なんですから!」

「あら、まだ明日の朝の仕込みもありますよ?」

「…………」

 

 

 

 

「つ、疲れたあ。お布団がこんなに愛しいのは久しぶりかも……」

『長門より達する。鎮守府近海に深海棲艦が現れた。支援艦隊として右の者は出撃用意を実施せよ――』

「サ、サイレン? それに今の放送は――」

「妖夢さん。戦闘糧食を作ります、急いでください」

「もうやだああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 

 こうして、魂魄妖夢の慌ただしい初日は幕を閉じたのである。

 

 

 

 

 

 翌日、妖夢は厨房にて昼食の仕込みをしていた。鳳翔は食材を取りに行ったため、現在一人ぼっちで包丁を握っている。

 

(ううう――幽々子様ぁ。白玉楼に帰りたい……)

 

 初日を終えただけで、すっかり精神的に参ってしまった。今日は起床時のミスこそなかったが、初日のストレスと疲労で瞼もずっしりと重くなっている。

 鎮守府がこんなに厳しいところだとは知らなかった。整頓は細かすぎるし、料理の量が尋常ではないし、自己鍛錬をする時間はないし、相当時間に厳しいし、長門はゴリラだ。

 今までの幽々子との生活がどれだけ緩かったのか、時間に余裕があったのか、それを一日で思い知らされたと言ってもいい。

 美鈴は既にこの生活に慣れたと言っていたが、一体どれだけ図太く生きているのだろう。

 

(帰って幽々子様に謝ったら許してくれるかなあ――って、しばらく留守にするんだった……)

 

 しかも、鎮守府で働くというのは幽々子の命令なのだ。愛してやまない主の命令を、自分が耐えられないなどという情けない理由で破るわけにもいかない。

 

(でも……つらいなあ。こんな生活が続くと思うと)

 

 幸い、鳳翔をはじめとする艦娘たちはいい人ばかりである。鳳翔は厳しい部分こそあるが、改めて考えれば、指摘された部分は自身の弛んだところであるとわかる。

 辛いのは自分だけではない。自分が厨房で苦しんでいる間にも、艦娘たちは命をかけて深海棲艦と戦っている。陸を、幻想郷を深海棲艦から守ろうとしている。

 

 

 霊夢を――探そうとしている。

 

 どうして自分だけが泣き言を言えよう。

 

 

「鳳翔さんおはようございます……っていないや」

「あれ? えっと、て、提督でしたか?」

「あ、魂魄さん、お疲れ様です。提督ではなく茅野守連です、どうぞお好きに呼んでください。鳳翔さんはどちらに?」

「妖夢でいいですよ。鳳翔さんは今、食材を取りに行っています。もうすぐ戻ってくると思いますけど」

「なら、ここで待つことにしましょう」

 

 と、厨房に入り、手を洗う青年。

 

(艦娘は皆、この茅野さんに従ってるんだっけ。全員が従うほど、すごい何かを持ってるのかな? 気のせいか、以前宴会や人里で会った時よりも余裕があるような……)

 

 まな板と包丁を取り出した青年は、妖夢の隣で食材の皮をむき始める。

 

(圧倒的なカリスマ? 絶対的な判断力? 別にイケメンってわけでもないし……茅野さんはどうして艦娘を従えてるんだろう――って)

 

「な、何してるんですか?」

「えっ……ジャガイモの皮むきですよ?」

「そ、そうじゃなくて! どうして茅野さんが皮むきを!?」

「いや、ただ待ってるのも暇なのでお手伝いをと」

「ええっ!? い、いいのかな? いやでも、一番偉い人の言うことだし……でも一番偉い人がジャガイモの皮むきって……」

「あ、鳳翔さん」

「あら提督、小腹でも空きましたか? 手伝いは結構ですといつも言っていますのに」

「いえ。今日は、長門が鳳翔さんから航空戦について教わって来いと」

「あら……でしたら、折角なのでお手伝いをしてもらいながら教えましょうか」

 

(受け入れちゃうの!? 幽々子様が皮むきしてるようなものなのに!)

 

 鎮守府は妖夢の知らないことばかりであった。

 

 

 

 

 

 全ての仕込みが終わったのは数時間後。青年も協力していたため、作業自体は早く終了した。また、それと同時に鳳翔が行っていた、青年への口頭での教育も一区切りとなる。

 妖夢もそれをじっくり聞きながら作業していたのだが――生憎と制空権だの戦闘機だの、爆撃機だの攻撃機だの言われてもピンと来ない。演習を経ていた妖夢がわかったことと言えば、鳳翔が航空母艦という艦種で、航空機を飛ばす能力を持っているということぐらいである。

 

 航空機。幻想郷に生きるものとしては、航空機の戦闘は弾幕そのものに近い。無論、艦娘の放つ砲弾も弾幕以上の速度であるし、ほぼ狙撃するように狙ってくるしで、主砲弾による攻撃自体も油断することはできない。

 だが、航空機はそれ以上である。速度は砲弾に比べれば段違いに遅いが、弾幕ではありえない空中機動に加え、これまた正確な攻撃。追尾は当たり前のようにしてくるし、攻撃の回避も余裕だし、更には編隊を組んで挑んでくるしで、相性は正直最悪である。

 

 例えるなら。小型化した大量の博麗霊夢が霊夢同士でチームを組み、弾幕戦闘を仕掛けてくるようなものだ。決して、分裂した伊吹萃香ではないところがミソ。勝ち目を考えるとかそういう水準ではなく、どう生き残るかを考えさせられるものであるといえよう。

 

「ひとまずは以上、でしょうか。あとはまた午後にお教えしましょう」

「丁度仕込みも終わりましたね。いつもありがとうございます」

「うふふ、好きでやっている部分もありますから」

「妖夢さんも、ありがとうございます」

「ひへっ――!?」

 

 ひと仕事終えて疲れたなあと思っていたところへ、青年から声がかかる。まるで油断していた妖夢は、思わず変な声が出てしまった。

 

「作戦前だから、皆訓練に励んでいるんです。そんな中、厨房を安定的にこなせて、戦闘訓練もできる妖夢さんが来てくれた。最初は流石にちょっと警戒しましたけど、僕たちは本当に助かっているんですよ」

「え、そ、そそそうですか?」

「昨日は大変だったそうですね。でも、妖夢さんの料理は本当においしかったです。鳳翔さんに負けず劣らずいい勝負です。まあ、僕の舌はあまりアテにならないらしいですが」

「あら提督、私の料理にご不満でも?」

「いえまさか。それで、妖夢さんはどうなんですか? 随分すごい人のようですが」

「本当によくやってくれています。厨房では積極的に腕を振るっていますし、演習で相手をした艦娘からも、攻防共に高評価です。一度指摘した規律は完璧に守っていますね。疲れもあるでしょうし、今日は午後には切り上げて妖夢さんには休んでもらおうと思ってます」

 

(えっ、褒められてる……というか休み!?)

 

 疲労困憊の妖夢の瞳に光が差す。自分の知らないところで自分が評価されていたことに、思わず呆けてしまった。自分の苦労は無駄ではなかった。体を酷使しただけの評価は、ちゃんと得られていたらしい。

 精神的に打ちのめされていた状態からの救済の言葉。勝手に、瞳から涙がこぼれ落ちる。

 

「…………。おっと、妖夢さん」

「ふぇっ? はっ! み、見ないでください!」

「いえ、顔の汗を拭こうかと……これで良しですね」

「へっ? あ、あ、ありがとうございます……?」

「…………。あらあら。提督、妖夢さんが可愛いからって手を出してはいけませんよ?」

「ははは、そんなことしませんよ」

 

(…………。わかった……気がする)

 

 この青年が艦娘に慕われている理由が。艦娘がこの青年に従っている理由が。

 立場を気にせず、優しさを振りまき、他人が嫌がることをしない。どこか一歩引いたようで、どこか親しみやすさを感じさせるこの人柄。

 幽々子とは違う。だが、上司としての器の広さは幽々子の上を行くといってもいい。

 妖怪の山も紅魔館も永遠亭も、もしかしたらこの青年にやられたのだろうか、と。違うのだとしても、この青年のお人好しなところは、必ず各勢力に見えない形で侵食しているだろう。じわじわと、“毒”のように。

 

「妖夢さん」

「は、はい!」

「ここでの仕事は勝手も違うので大変かもしれません。ですが、妖夢さんのように素晴らしい方を迎えられて、鎮守府としては本当に感謝しています。僕だって嬉しい」

「……えっ?」

「慣れるには時間もかかるでしょう。ただ、無理はしないでくださいね? 辛いときは辛いとおっしゃってください、僕たちも甘えてしまいます。知っていますか? 笑わない子供って、ろくな大人にならないんですよ」

「…………」

 

 自分はもう子供ではないのだが、というツッコミはさておいて。

 逃げ出したいと立ち上がっていた精神が、意思を伴って座り込む。その優しさによって、まだ頑張れると心が奮起する。

 朗らかな笑顔を向けられ、妖夢はうつむきながらも小さな声で「はい」と応えた。

 

(茅野……さん、か)

 

 艦娘は既に、この毒にかかっているのだろう。どういった繋がりがあるのかはわからないが、それこそ立場からもそれを受け入れて。死線を共にくぐり抜けて、信頼を預けて、運命を共にして。

 

(カミツレさん…………か)

 

 そして妖夢もまた、この瞬間毒に蝕まれた。その優しさに付け入る隙を与えてしまって。ボロボロの精神を侵蝕されて尚、その毒に抗うことはできなかった。

 

 この気持ちは一体何なのだろう。

 恋? 違う。

 愛情? ますます違う。

 

 もっと単純明快。複雑さなど微塵も持たず、一言で言い表せられる関係。

 

 “信頼を相互に交わす”ことが、これほど甘美なものだったとは露とも思わなかったのである。
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 楼主| 发表于 2021-11-20 11:34:59 | 显示全部楼层
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038 発令、『霊一号作戦』

 正式に、紅魔館に水雷戦隊を派遣してから3日が経過した。

 様子見をと思って青年は紅魔館を訪れるのだが、見せてくれたのは変わらぬ笑顔。龍田、暁、響、雷、電。いずれも元気そうであり、レミリアのところに預けたのは正解だったらしい。

 

 レミリアと顔を合わせ、艦隊の現状や今後のことについて相談を交わす。

 滞在する艦隊は、紅魔館に滞在はしているが仕事内容が違うため、昼間はレミリアたちとほとんど顔を合わすことはない。しかし、紅魔館に帰還してからは、妖精メイドがサボりがちな掃除や整頓などを手伝ってくれる為、非常に助かっているという。

 青年もレミリアも、艦娘にそこまでは頼んでいないのだが、

 

 

『お世話になっているからには、このぐらいさせてもらうのです!』

 

 

 電を始めとして、皆頑なに譲らない。

 サボりがちな妖精メイドと違い、わざわざ進んで働きたがる艦娘に対し、レミリアは不思議そうに苦笑するも、悪い気はしていないらしい。代わりに、妖精メイドたちは咲夜に喝を入れられたそうで、少しずつだが渋々仕事に手を付けるようになったのだとか。

 

 このことについて、青年はレミリアになぜか礼を言われたのだが、額面通りに受け取るのも何か違う気がして、礼は艦娘に直接言ってくれと促すことで終幕した。

 

(まさか、艦娘の皆を派遣しただけで紅魔館と仲良くなれるなんて)

 

 紅魔館と親交を深めるのは自分の役目だったはずだが。

 どうやら、彼女たちに任せる方が上手く事が運びそうである。

 

 

 帰りがけに、青年は紅魔館のエントランスにて仕事中の咲夜と遭遇する。

 モップと、雑巾をフチにかけた水入りのバケツ。エントランスだけでも広々としているためやる気も失せそうなものであるというのに、咲夜は鼻歌など歌っていた。

 随分と気分が良さそうである。それを害するのも申し訳ないが、折角会ったというのに声もかけないでは礼に悖るだろう。

 

「こんにちは咲夜さん、なんだか上機嫌ですね」

「ひゃっ!?」

 

 が、どうやら驚かせてしまったらしい。

 小さく悲鳴を上げた咲夜は肩を竦ませ、少しだけ躓きながらこちらに振り返る。戸惑いの表情を浮かべていたが、声をかけていたのが自分だとわかると、途端に頬を紅潮させた。

 

「え、あ、その、驚かせてすみません」

「ふ……ふふ、ふん、カミツレだったのね。別に驚いてないわよ」

「随分と可愛らしい悲鳴でしたが……」

「似合わないなんて思ってるでしょう。雄叫びの方が良かった?」

「それは嫌ですよ。咲夜さんはもう少し大人な印象でしたので、予想外だっただけです」

「ああもう、人が恥ずかしがってる所をつっついてくるのやめなさい」

 

 モップを杖のようにして立ち、ため息をつく咲夜。濡れ雑巾でも投げつけてくるかと思ったが、流石にそこまでしてこないようだ。

 

「それで、今日は様子見に来たの?」

「うん。皆元気そうで良かった。咲夜さんから見て、あの子達はどうかな?」

「どうも何も、うちの妖精メイドより働いてくれるから助かってるわよ。性格は多少癖があるけど真面目だし、礼節も十分。正直なところ、私が一番頼りにしてると思うわ」

「役に立ててるなら良かった。でも――」

「無理はさせないように、でしょう? 言われなくてもわかってるわよ」

「咲夜さんもね?」

「はいはい」

 

 手をひらひらとさせてあしらう咲夜。苦笑せずにはいられないが、彼女なら上手くやってくれるだろうということを信じよう。

 しゃがんで、雑巾を絞る咲夜。スカートが捲れてチラリと伺える美しいラインを描く太ももが目に入るのだが、なるべく見ないようにと、青年は顔を赤くしながら目を逸らす。

 が、隣にいる長門には気づかれてしまったようで、ジトっとした眼差しを送られてしまった。

 

「そういえば、お嬢様に少し聞いたわ。霊夢を探そうとしているみたいね?」

「ええ。先ほどそのことについても話していました。もっとも、レミリアさんは既に勘付いていたようですけど」

「フフ、流石はお嬢様ね。それで? 私にも何か聞きたいことがあったんじゃないかしら?」

 

 床に四つん這いになり、雑巾片手に床にこびりついている汚れを探す咲夜。お尻がメイド服と共にフリフリと揺れるのだが、青年はまたもや目を逸らしながら答える。

 長門は、そんな青年のお尻を軽くつねっていた。

 

「イッ……。博麗霊夢さんがどんな人なのか、捜索はどの程度したのか、かな」

「……まあ、話しましょう。『空を飛ぶ程度の能力』を持つ人間で、博麗大結界を司る巫女よ。ここまではいい?」

「はい。萃香さんにも聞きましたから」

「現状、博麗大結界はほつれ一つなく健在ね。でも、それにも関わらず“海”が現れた。結界に何かしらの干渉がなかったとは考えにくいけれど、もし仮に干渉があったのなら。霊夢はいち早くそれに気づいた可能性があるわ」

「海が現れるより前に動いていた……? となると、陸上にいる可能性は確かに薄まりますね」

「それでも探したわ。幻想郷広しといえども、空を飛べる者が数名もいれば捜索は数日で終わるわよ。結果は大外れ」

「残るは海、ですか」

「結界に異常なし。海が現れて、霊夢は消えた。しかも海には深海棲艦。霊夢を探していて、たどり着いた結論がわからないわけないわよね?」

 

 考えたくはなかった。だが、厳然としてそこに可能性がある。

 

 最悪の事態、とはどういった事柄を示せばよいのだろうか。

 博麗霊夢が既に死んでいるかもしれないこと? 幻想郷に海が定着してしまったこと?

 “幻想郷が被る被害”としては、それら自体は実は大したことはない。

 

 では、最も幻想郷にとって望ましくない事態とはどういったことだろうか。

 霊夢が死んでも、紫が急ぎで次世代の博麗の巫女を育成すれば良し。海が定着しても、その利益と上手に付き合っていけば良し。

 

 大切なのは、幻想郷が壊滅的な被害を受けないこと。壊滅的な被害の詳細な事例については議論する部分も多くあるだろうが、おおよその問題は管理者たる八雲紫によって解決が可能と言えるだろう。

 これまで異変が起きれば博麗霊夢が解決してきたし、霊夢に準ずる能力を持つ者も多く存在する。

 

 

 そう、だから。

 

 

 『博麗霊夢の深海化』は、考えうる限り最悪の事態なのだ。

 

 準ずる者はあくまで、準ずる者でしかないのだから。

 

 

 八雲紫の懸念しているであろう事象が、一つわかったような気がする。

 博麗霊夢が“幻想郷の敵”に回ると仮定した場合、打ち崩す方法はほとんどない。

 

 咲夜は雑巾をバケツで洗って絞りフチにかけ、モップとバケツを持って立ち上がった。

 

「ねえ、一つお願いがあるの」

「ん、なんでしょう?」

「霊夢を見つけて。あの娘がいないと、幻想郷が静かになってしまうもの」

「……最善を尽くします」

「当日、私も手伝いに向かうわ」

 

 そろそろ掃除に戻るわね、と立ち去る咲夜。

 自分たちも鎮守府に帰ろうかと思って、紅魔館の玄関口へと足を向けたとき。

 

 

「ちょっと待ちなさい」

 

 

 大図書館の主が、背中から声をかけてきたのである。

 

 

 

 

 

「えっと……パチュリーさんでしたか。どうかしました?」

「用事があるのはあなたじゃないわ。そっちの戦艦よ」

 

 長い紫色の髪をリボンでまとめ、薄紫のゆったりとした服。三日月模様があしらわれた帽子をかぶるこの人物は、紅魔館に住む魔法使い、パチュリー・ノーレッジである。

 先の紅魔館の異変では軽空母に深海化し、青年の艦隊の手に余る航空機群を運用してきたことは記憶に新しい。

 

 レミリアを通して、深海化や艦娘のことについて図書館で調べてもらっているのでそのことについての話かと思ったが、彼女の要件は自分ではなく長門に対するものらしい。

 長門は戸惑いながらも、小首をかしげて応える。

 

「む……私か?」

「あなた、戦艦長門で間違いないわね?」

「ああ、私は長門型戦艦一番艦の長門だ。好きなものは小さくて可愛いもの全般、嫌いなものはカミナリとお化けだ」

「案外乙女なのね……」

 

 若干呆れ気味のパチュリー。その気持ちはよくわかる。青年も同じ気持ちだ。

 気を取り直したのか、彼女は懐から何かを取り出す。

 

「ほう……それはなんだ?」

「魔法媒体……宝珠よ。ちょっとこれを持ってくれないかしら?」

「ん、こうか?」

 

 つるんとした真球型の、無色透明なこぶし大ほどの物体。長門が手に取ると白い輝きを帯び、柔らかな光を放出し始めたのだが、それを確認するとパチュリーは満足したのか、一つ頷いて手のひらを差し出した。

 

「……ありがとう、もう十分だから返しなさい」

「あ、ああ……。今の行動に一体何の意味が?」

「知る必要はないわ。でも、貴女たちの不都合になるようなことじゃあないから安心して」

「む、……うむ」

「艦娘や深海棲艦についての調べ物については、近いうちに報告できると思うわ。気をつけて帰りなさい」

 

 

 「これで『神様の宿る器』は解決ね」と、呟きを残し。

 

 

 宝珠を受け取ったパチュリーは、地下に帰っていった。

 青年は首をひねりつつ、当事者の長門はさらに首をひねりつつ、紅魔館を後にしたのであった。

 

 

 

 

 

 鎮守府に帰還した青年。

 時間はお昼前。少し勉強をしてから、午後は今後の事について長門や赤城と相談をしようかと思っていたその矢先。

 鎮守府に入ろうとする前に、門番をしていた美鈴が慌てた顔で近づいてくる。

 

 

「カミツレさん、大変です! 実は――」

「え……行き倒れ!?」

 

 

 執務室の青年のベッドに寝かされていたのは、一人の少女であった。前髪を右に流したショートへアに、ロップイヤーと呼ばれる兎の垂れ耳。どこかでその服装に見覚えもあった気がするのだが、残念ながら思い出すことはできない。

 鳳翔が甲斐甲斐しく世話をしながら、経緯について説明をしてくれる。

 

「この子、鎮守府の前を通りがかって、倒れた際に誤って湖に飛び込んでしまったようです。先ほど体は拭き終えましたが、どうやら弱っているようでして」

「うちの医療設備は……入渠ドックくらいしかないか」

「困りました。看病だけならできますが、この子が何かしらの病気にかかっているなら、その治療は私たちにはできませんし……」

「……よしわかった、長門!」

 

 

 

 

 

「ということで連れてきたのですが……途中で気づきましたけどこの子、永遠亭に何か関係があるんじゃ……」

「……よく連れてきてくれたわね、ありがとう」

 

 永遠亭にて、長門とともに急患を連れ込んだ青年は、そのまま永琳と面会することに。竹林ですぐにてゐを見つけられたのは幸いであった。鈴仙に抱えられて行ったあの少女は、どうやら別室で看病するらしい。

 そこでようやく気づいた。連れてきた兎耳の少女の服装が、鈴仙と同じであることに。

 

 改めて、目の前に姿勢正しく座する永琳と向き合う。

 

「お久しぶりです。こうして直接お会いするのは少しぶりですね」

「ええ、少しはまともな顔つきになったみたいで安心したわ」

 

 そう言って、永琳はふんわりと優しく微笑む。その笑み一つで青年はまた顔を赤くするのだが、隣に座る長門に太ももをつねられたことで正気に戻る。

 

「また異変を解決したそうね。博麗の巫女の力もなく解決するなんて、あなた英雄よ?」

「それは言い過ぎです」

「褒めすぎだと思う? でも周りはどう見るでしょうね。それで、また何か企んでいるようだけれど……」

 

 どうやら、作戦を計画中であることは知られていたらしい。どこから情報が漏れたのだろうかと首をひねるも、永琳は小さく微笑むだけである。

 

「――と、言うことになりました。できれば、永遠亭からも戦力を派遣してもらいたいのですが」

「ふうん…………」

「あ、あの、お願いできますか……?」

「ふうん…………」

 

 展開予定の作戦について軽く説明し、紅魔館からも協力を得られたことを話したのだが、いかんせん永琳の反応が望ましくない。何か気に入らないことがあると、あからさまに言っているような態度である。

 

「一つ、貴方に話しておきたいのだけれど」

「……は、はい」

「私たち永遠亭は貴方たちの鎮守府と、高速修復材と魚の取引の関係はあるけれど、紅魔館のお子様吸血鬼のように、同盟を結ぶまではしていないわよ?」

「……霊夢さんの捜索が目的であっても、ですか?」

「勘違いしているわね。うどんげは確かに霊夢の捜索に協力しているけれど、あれはあの子が時間を見つけて個人的に手伝っているに過ぎないわ。永遠亭としては、この件に関しては一切手をつけていない」

 

 てゐによって出されたお茶をすする永琳。その回答に少し驚いた青年は同様にお茶をすするのだが、それを小さく吹き出してしまう。よくよく中身を見れば、お茶と思っていたこの飲み物は青年のものだけ青汁であった。

 お茶ではなかったが、思ったより美味しいななどと思いながら青年は疑問をぶつける。

 

「ちなみにそれは……なぜ?」

「博麗の巫女に関わることは、全てスキマ妖怪の責任だから。でも個人的な捜索にまで口出しするほど、私は狭量ではないわ」

「なら、永遠亭は鎮守府にも協力せず、博麗霊夢の捜索はしないと……?」

「“今は”ただの取引相手。それだけよ」

 

 そう話す永琳は、やはりどこか不機嫌である。何か機嫌を損ねるようなことをしてしまっただろうかと考えるのだが、青年にはこれといって特に思いつかない。

 ふと、隣に座る長門を見る。長門はチラリと青年に視線を送っており、何かを求めるような表情であるため、戸惑いながらもぎこちなく青年は頷いてみせた。

 

 すると、である。

 

「八意殿、拗ねるのはそれまでにしてもらいたい」

「……拗ねてないわ」

「先ほど紅魔館に艦娘を派遣したという話をしてから、ずっと眉が小刻みに震えているではないか。大人気ないことをするものではないと思うが」

「……拗ねてないわ」

 

 どうやら長門の指摘はあたっていたのか、永琳は珍しく表情を崩して唇を尖らせていた。そのような細かい点にまでよく気づいたなと思うのだが、長門はさらに続ける。

 

「ひとつ質問がある。先ほどそちらに預けた、ウサギっ子のことだ」

「……何も話せないわね」

「八意殿、我らは同盟関係ではない。よって全ての情報共有が叶わないことも私は理解している。だが、同時に取引関係であることを忘れないでもらいたい。“答えられない”ではなく、“話せない”ような者を連れてきたことで、貸しの一つもあると思うのだが」

「……わかったわよ」

 

(……さすが長門だなあ)

 

 何やら鋭い指摘をしたことで、永琳が一歩譲歩したようである。青年としては永琳を少々苦手に思っていなくもなかったために、この交渉術には非常に感謝させられた。

 

「永遠亭は守矢鎮守府に、正式に同盟を申し込むわ。これで満足かしら?」

「それでは貸しを返したことにはならない。公平とは言えないだろう。優秀な人員を借りたい」

「……うどんげを連れて行ってもいいけれど、診療所としての永遠亭が十分に機能しなくなるわ。変なことはしないから、艦娘さんを何人かお借りできない?」

「ほら、提督。あとは提督の領分だ」

「え? あ、うん」

 

 先程から、表情こそ崩していないのだが永琳が不機嫌であると分かる。永琳を相手に一歩も退かない姿は、格好いいといえば格好いいのだが――

 

(代わりに、永琳さんが僕を見る目が半端なく怖い……)

 

「え、えっと、今のところ艦娘を紅魔館以外に派遣するほど余裕がなくて……」

「うどんげを使うのは、艦娘が外洋に出ることで生じる鎮守府の守りの穴を埋めるためでしょう? なら、あの子を貸し出せるのはその作戦期間中のみとしましょうか」

「あ、で、でも、これから艦娘が増えることがあれば派遣は可能ですよ!」

「ひとまず、今回の借りはうどんげの短期派遣で返しましょう。同盟関係としての人員派遣については、また相談ということで」

「あー、えー、その、…………はい」

 

 「まだまだね」と、永琳が少し愉快そうに微笑む。長門から交渉を引き継いだ途端にこれである。まだまだ自身は甘いなと、青年自身も微笑みながら自覚することとなった。

 残念ながら交渉は望み以上にはならなかったが、青年は一つ、また別件を思い出す。

 

「そういえば、一つ聞きたいことが」

「あら、何かしら?」

「紫さんが今何をしているかご存知ないですか? しばらく会えてないんですよ。できれば接触したいんですけれども」

「ああ、あの妖怪なら――」

 

「何か色々企ててるみたいよ」、と。

 

 ひとまず長門の活躍により、永遠亭との同盟と鈴仙の協力を取り付けられたのであった。これで作戦中は、鎮守府の警備を減らすこともできるだろう。

 本日分の高速修復材を受け取って、青年は鎮守府に帰投するのであった。

 

 

 

 

 

 そして、5日後の早朝。

 

「提督よ。艦娘は食堂に集合完了した。咲夜、鈴仙も到着し、魔理沙は上空で待機している。妖夢も厨房の仕事は終えたそうだ」

「了解。とりあえず全員集まったかな?」

「あー! 私を忘れるなんて酷いですよカミツレさん!」

「さなちゃん朝からずっといるじゃん」

 

 長門からの報告と早苗からのブーイングを受けて、青年はひとつ頷いた。

 鎮守府の食堂に集まるのは艦娘、及び今回の作戦に参加する協力者たちである。あくまで個人の参加ということにはなっているが、彼女たちのバックを考えれば心強いものを感じずにはいられない。

 

 そして心強い協力者は、今挙がった名前以外にもう一人。

 

「おいカミツレ、まだ深海棲艦とやらは攻めて来ないのか?」

「萃香さん、今回は攻め込むのは僕らの方からです」

「ちぇっ……なんだよ、つまんないな」

 

 と、唇を尖らせるのは伊吹萃香。おそらく現状では、作戦に協力してくれる人物の中で最も強力な戦力だろう。

 彼女にはあまり好ましく思われてないのではないかと思っていたのだが、霊夢の捜索を口に出すと一変。今回の作戦についても、非常に協力的である。

 

「哨戒は天津風が旗艦の、叢雲、白露、時雨、涼風の混成駆逐隊が行っている」

「よし、作戦を発令しよう。事前に通達した艦隊を組むよ」

「その前に提督、今回が初の攻勢作戦となる。我々の士気も考え、一つ演説など語ってはどうか? 意気込みなど聞かせて欲しいものだ」

「うぇ? そ、それって絶対しないとダメ?」

「逆に提督よ。作戦内容だけ伝えてその後は我らを放置するつもりか? 酷いお人だ、せめて提督の思うところぐらい聞かせてくれてもよかろう?」

「あ……うん、わかった」

 

 意を決して、艦娘や協力者たちの前に出る。長門の「傾注!」という言葉により、その瞳の全てが自身に集まることで緊張するのだが、青年は一度目をつむり、呼吸を整えてからその視線たちに向き合った。

 

 大丈夫だ。この作戦のために、ずっと準備をしてきた。勉強はまだ途中だが、自分なりに考えて作戦を立案したのだ。

 誰のために? 何のために? そもそも自分は、なぜこの艦隊を率いているのだろう?

 その想いを言えばいいさ。馬鹿にする者など、ここには一人も居はしない。

 

 

「僕が幻想郷に来てから……もうすぐ一ヶ月が経とうとしてる。最初はね、幻想郷に来て不安だったんだ。誰でもみんな好き勝手に自分の意見言うし、選択の余地なんてあってないようなものだし、さなちゃんは……昔より変になってるし」

 

「それは抗議します!」

 

「滝壺に落とされてさ。海に出たら深海棲艦に襲われるし、吹雪が突然出てくるし。事態がわからないまま、幻想郷に残るか外の世界に帰るか選べだよ? そんなの、いくら外の世界が嫌でも帰りたくなるに決まってる」

 

 突如幻想郷と艦娘を否定するようなことを言ってしまったためだろうか。艦娘は不安そうな顔に、咲夜などは目つきを鋭くさせている。

 

「でもね、さなちゃん、神奈子さん、諏訪子さん、それと紫さんは、形はどうあれ僕を呼び止めてくれた。艦娘の皆は僕の意見を尊重してくれた。僕に……道を選ぶチャンスをくれた」

 

 一つ深呼吸。

 

「幻想郷はとてもいいところだ。みんな僕を受け入れてくれた。挨拶一つにも返してくれて、ご飯を一緒に食べてくれて、何気ない会話をしてくれた。ひどく当たり前のことかもしれないけど、その当たり前が、僕には本当に嬉しかったんだ。だって、ずっと欲しかったものだったから」

 

「今なら言える。幻想郷に来て良かった、僕は幸せだよ。僕を大事にしてくれる守矢神社の家族も、僕を想ってくれる艦娘のみんなも。意外と親切な紅魔館の皆さんも、ちょっと怖いけど優しい永遠亭の皆さんも、なんだかんだ協力してくれる妖夢さんも、お酒に溺れるばかりじゃない萃香さんも、この場にはいないけど、誰より霊夢さんを心配している魔理沙ちゃんも――」

 

 

「みんな、大好きなんだ」と。

 

 

 震えながら、拳を握り締めながら、声を絞り出す。

 幻想郷の当たり前が、自身の当たり前をいとも簡単に突き崩したこと。幻想郷での常識が、自身の常識を完膚なきまでに屈服させたこと。

 そしてそれが、過去の自分をいかに乗り越えさせたか。忘れたくても、最早烙印のごとく押し付けられたこの感情は忘れようがない。

 

「博麗の巫女、博麗霊夢さんという人がいる。幻想郷において多くの人から信頼され、愛されてる女の子だ。今現在、霊夢さんは行方不明。幻想郷の中で霊夢さんのいる可能性があるのは、残るは海のみ」

 

 ゴクリと、誰かが喉を鳴らす。

 

「今回の皆の任務は博麗霊夢さんの捜索。鎮守府近海よりさらに離れた、まだ未知の海域に進出してもらうことになる。これまで近海だけの警備を任せていたのは、危険が有るのと捜索の両方を兼ねていたから」

 

 拳を、握り締める音が聞こえる。

 

「だけど近海にはいない。危険を承知で、皆には航海に出てもらうことになった。幻想郷にお世話になったんだ。僕は……幻想郷に恩を返したいと思う。その為の、霊夢さんの捜索だ」

 

 艦娘から視線を外し、協力者たちを真っ直ぐに見つめた。

 

「艦娘の多くが出撃することになるので、あなた方には沿岸の警備をお願いします。駆逐隊の哨戒はありますが、もし近海に突如現れた場合、火力不足を補うためにはあなた方の力が必要です」

 

 咲夜、妖夢、鈴仙、萃香が、一つの躊躇いもなく頷いた。

 改めて艦娘たちを見つめて、瞬き。

 

「繰り返すようだけど、皆の力を貸してほしい。でも、無理をさせるつもりはない。この場で言うのも気は引けるけど、靈夢さんの捜索よりはまず君たちの命だ。先の海域が謎である以上、君たちの安全を第一に進めたい」

 

 萃香の表情が多少動くが、それは承知済みで協力してもらっている。

 だからあとは――

 

「皆に言っておくことがある。君たちは強い。間違いなく、それこそ世界を変えられるほどに。でもこの幻想郷では、沈んでしまうような戦いはしないで欲しいんだ」

 

「む…………?」

 

「必ず帰って“こい”。それだけが僕の命令だ。帰ってきて、また僕に笑った顔を見せて欲しい。僕に恩を返させてほしい。僕の大好きな君たちなら、必ず成し遂げられると信じてる」

 

 

 「以上」と。半ば震えながら演説を閉じた。

 元より、スピーチの経験などほとんどない青年。己の駄弁りのような世迷言が、果たして受け入れられているのか不安になった結果。

 反応を見ることすらなく、恥ずかしさと申し訳なさに包まれてその場から立ち去ろうとする。

 

 しかしその試みを読まれていたのか、長門に肩をガッチリと掴まれてしまった。

 

「敬れ――言うまでもなかったか。提督よ、言葉を受け止めた我らの意思、一瞥すらせずに去ろうというのか」

「えっ……?」

 

 尋常ではなく強い力で引き止めてくる長門。艦娘と人間の力の差など知っていようものなのに、ここまで引きとめようとする理由は何か。

 恐る恐る、青年は自身に従ってくれる部下たちに目を向けると――

 

 

 艦娘全員が、統率の執れた敬礼を自身に向けていた。

 

 

 不動。腕や肘の角度まで全て統一され、どの眼であろうとも自身を逃そうとはしない。

 逃げようとした自分が情けなくなって。それでも彼女たちに向き合おうとした自分が頼もしく感じて。

 

 恐る恐る。ゆっくりとした所作ながらも力強い答礼を返した。

 ようやく、艦娘に自分の気持ちが伝わったような気がする。

 

 協力者たちの表情も、緊張した糸のように張り詰めていた。妖夢に至っては鎮守府生活にすっかり染まってしまったのか、艦娘同様に敬礼を送ってくれている。

 

 

(みんな本気なんだよな……。でも、僕だって本気だ――)

 

 

 まだ見ぬ少女のため。幻想郷への恩返しとしての第一歩のため。

 青年は表情を一変させ、気持ちを冷静に仕立て上げたのである。

 

 

 

 

 

「茅野守連より全艦娘に達する。本作戦は、戦艦を中核とする一個艦隊と、空母を中核とした二個艦隊による大規模威力偵察を実施し、博麗霊夢を発見することを目的としている。まずは第一艦隊――金剛型戦艦4名!」

「私たちの出番ネー!」

「第一艦隊は高速戦艦を主軸とした打撃部隊になる。金剛型を基幹とし、愛宕、鳥海。護衛の水雷戦隊には天龍と初霜、第十一駆逐隊!」

 

 

 

連合『高速水上打撃部隊』

  戦符『第三戦隊』

  ――戦艦『金剛』『比叡』『榛名』『霧島』

      重符『第四戦隊第一小隊』

      ――重巡『愛宕』『鳥海』

        ――軽巡『天龍』

          ――駆逐『初霜』

            駆符『第十一駆逐隊』

            ――駆逐『吹雪』『初雪』『白雪』『深雪』

 

 

 

「第二艦隊と第三艦隊は、今回の作戦の要である航空偵察を行ってもらう予定だ。先に空母の割り振りから――。第二艦隊は赤城、及び加賀! 第三艦隊の空母は鳳翔――さん、龍驤、祥鳳!」

「ここは譲れません」

「長門、青葉と加古、長良、第七駆逐隊を第二艦隊。陸奥、足柄、衣笠と古鷹、球磨、第二駆逐隊を第三艦隊付きとする。水雷戦隊旗艦として、第二は長良、第三は球磨。雷巡に改装した大井と北上はそれぞれに配置!」

「北上さんと……別れる? ブッ飛ばすわよ」

「……戻ってきてからどうぞ」

 

 

 

連合『空母機動部隊』

  空符『第一航空戦隊』

  ――空母『赤城』『加賀』

    ――戦艦『長門』

      ――重巡『足柄』

        重符『第六戦隊第一小隊』

        ――重巡『青葉』『加古』

          ――軽巡『長良』

            ――雷巡『大井』

              駆符『第七駆逐隊』

              ――駆逐『朧』『曙』『漣』『潮』

 

 

 

連合『空母機動部隊』

  空符『第一航空戦隊』

  ――軽空母『鳳翔』『龍驤』

    ――軽空母『祥鳳』

      ――戦艦『陸奥』

        重符『第六戦隊第二小隊』

        ――重巡『衣笠』『古鷹』

          ――軽巡『球磨』

            ――雷巡『北上』

              駆符『第二駆逐隊』

              ――駆逐『夕立』『村雨』『五月雨』『春雨』

 

 

 

「第一艦隊を先頭、第二と第三がその大きく後ろ、間を空けて左右に展開し航空機による偵察を実施する。三角形を描く陣形の最後尾、菱形の頂点となる位置に、艦隊の背後を警戒する艦隊として、夕張と睦月型!」

「あ、今回私も出るんでしたか」

 

 

 

水雷『第六水雷戦隊』

――軽巡『夕張』

    駆逐『睦月』『如月』『弥生』『卯月』『菊月』『望月』

 

 

 

 今の艦隊に出せるほぼ全ての戦力。混成駆逐隊が近海、紅魔艦隊が霧の湖を警備し、鎮守府へ繋がる水路を完全に封鎖して後顧の憂いを絶つ。

 

 準備は万端だ。さあ、はじめよう。

 

 青年が幻想郷に着任して26日。博麗霊夢が消息不明となって29日が経とうという日。

 これは幻想郷にとって、深海棲艦に対する最初の進撃となるだろう。

 

 

 

「只今を以て、博麗霊夢捜索作戦――『霊一号作戦』を発令する!」
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 楼主| 发表于 2021-11-20 11:37:01 | 显示全部楼层
039 海原へ

 幻想郷初となる、深海棲艦に対する攻勢作戦、『霊一号作戦』。概要を大まかに述べるならば、戦力の集中投入による制海権の拡大である。博麗霊夢の捜索は、その副次的な効果によるところが大きい。

 

 場合によっては幻想郷の対海上戦力を一挙に失ってしまう可能性のあるこの作戦。にもかかわらず、指揮を執るのが幻想郷に来て一ヶ月の若者だというのだからおかしな話だ。知らない人が耳にすれば、八雲紫は気でも触れたかと誰しも考えるだろう。

 だが、この青年は無理矢理に強制されてこの作戦を打ち立てたわけでも、自分しかいないからと悲観して指揮を執っているわけでもない。

 

 

 好きなのだ、この生活が。

 守りたいのだ、この安らぎを。

 だから青年は、“平和な幻想郷”を望む。

 

 

 あくまで艦娘にできることは、海上の航行と深海棲艦との交戦である。海上、それもだだっ広い海域を細かく捜索するとなれば、相応の労を要する。しかも捜索したとして、行方不明になってから一ヶ月が経とうという時期に、博麗霊夢が今更海面でバタバタしているなど考えられないだろう。

 博麗霊夢は『空を飛ぶ程度の能力』を有する。幻想郷に現れた海の上では飛行できないというのは周知の事実だが、博麗霊夢の能力ならばこれを無効化できる可能性があるのではないだろうか、と誰もが考えた。八雲紫が干渉できない為に、その可能性そのものは低いのだが、“霊夢なら”やってくれる、と誰もが期待する。

 

 しかし、一ヶ月も不眠不休で空を飛び続けられるはずがない。霊夢が海にいる可能性があるとすれば、海上に人が休めるだけの上陸可能かつ食料を確保できる『島』があるか、霊夢が『深海化』しているかのどちらかである。

 願わくば、博麗霊夢が無事に見つかることを祈ろう。誰も、『幻想郷の英雄』と事を構えたくはない。

 

 

 場所は鎮守府執務室。青年が地図を見ながら作戦内容について振り返っていたところ、自身の護衛として傍に控えている早苗が落ち着かない様子で口を開く。

 

「カミツレさん、その……」

「ん?」

「いえ、この作戦なんですが……どうしてそこまで霊夢さんに固執するのかと思って」

「これで霊夢さんが見つかったら、艦娘の皆の株が上がる。あの子達が幻想郷で暮らしていくために必要なことだよ」

 

 隣に立つ早苗に見向きもせず、考えながら答える。その態度に少しばかりムッとした表情を浮かべ、早苗は青年に体を寄せながら同様に地図を見た。

 

「あの……近いよ?」

「作戦についてもう一度教えてください!」

「ああ、うん。今回の作戦だけど――」

 

 本作戦の最終的な目的は博麗霊夢の発見である。

 現在編成中の艦隊は6つであり、このうち一個艦隊は紅魔館近傍の『霧の湖』、一個艦隊は鎮守府近海にて哨戒を行っている。諏訪湖へと通づる水路を塞ぐこの二個艦隊はいわば、鎮守府防衛のための艦隊といえる。

 

 残る4個艦隊が、本作戦の要となる威力偵察艦隊。水上打撃を付帯任務とする第一艦隊を全艦隊の先頭に、予備水雷戦力として後方に控える第四艦隊。その二個艦隊を頂点とし、さらに菱形を形成するように左右に展開するのが、作戦を支える第二艦隊・第三艦隊の空母機動部隊である。

 基本的には第二・第三艦隊の空母機動部隊の航空機、及び随伴艦の水上偵察機による大規模広域航空偵察に主眼が置かれ、四個艦隊が主軸となって制海権外へと進撃する。航空偵察に主眼を置くため、艦隊総旗艦は第二艦隊旗艦の赤城が勤めていた。

 

 しかし、艦娘を全て作戦に運用してしまうと、鎮守府そのものには艦娘が一人もいなくなる。そこでその穴を埋めるために、陸上では飛行可能なことから深海棲艦に対して有利に戦える魔理沙、咲夜、鈴仙、妖夢、萃香を鎮守府近辺に配置。早苗を青年直近の護衛として、本拠地の守りを固めたのである。

 

 作戦の終了条件は、艦娘に一人でも大破者が出ること、残りの弾薬が3割を切ること、博麗霊夢の発見。いずれか一つでも条件にあてはまる、もしくは大破せずとも大規模な被害や予想しない万が一の事態が発生した場合も、作戦続行の是非は問うことになるだろう。

 

『艦隊旗艦赤城ヨリ提督ヘ。敵艦隊発見、航空攻撃ノ許可ヲ乞フ』

「これで6度目か。『許可スル』」

 

 当然ながら、道中は深海棲艦とも会敵する。そのほとんどが、自艦隊の空母5隻から編成された攻撃隊によって沈むのだが、一度だけ敵の空母とも交戦した。もっとも、その空母も1隻と随伴艦だけであったため、5隻の前では形無しであったが。

 

『戦闘終了――ナラズ。偵察ノ間ヲ抜ケ、敵水雷戦隊接近中』

『第一艦隊前進、コレヲ迎撃セヨ。敵航空機ノ索敵ヲ行イツツ、艦戦ハ第一艦隊直掩ニ回セ。第四艦隊ハ第一艦隊後方ニテ待機』

『了解』

 

 そして、仮に艦隊に接近してくる艦隊がいたとしても、金剛型から編成される高速打撃部隊が、艦隊前面を過剰とも言っていい戦力でカバーする。陣形の穴は、第四艦隊がそれを補助すればいい。

 我ながら中々いい出来なんじゃないか、とも思うのだが、この日のために長門をはじめとする艦娘から教育を受けてきたのだ。これで結果を残せなくては情けないにも程があるだろう。どのような結末になろうと、決して自身のみに賞賛が送られるべきではない。

 

『敵艦隊撃滅、我ガ艦隊勝利』

「良かった……『被害状況送レ』」

『第一艦隊ノ深雪小破、サレド士気旺盛。其他異常ナシ』

『残弾』

『五割弱ヲ消費。博麗霊夢ハ確認セズ。想定以上ノ制海権拡大ヲ完了ナレド、現戦力ニヨル維持ハ困難』

「そっか……。いや、『進撃セヨ』」

『御意』

 

 予想以上に深海棲艦の抵抗が激しい。今回だけで霊夢を見つけられるとは思っていないが、何か手がかりぐらいは掴みたいところである。

 見つけられなかったとしても、今回手に入れた制海権は鎮守府近海から少し手の届く範囲で維持をする予定だ。それが様々な面で鎮守府の利になることは勿論であるし、今回もカードを多く回収しているらしい。人数的な不安も少しは解消されるだろう。

 

「カミツレさん、いっぱしの提督さんみたいですね」

「まだまだ。何かするたびに自分の至らなさにガッカリしてるよ」

「そんなことありません! でも、一つ聞いていいですか? どうして今回、鎮守府から艦娘さんを全員出撃させてしまったんでしょう? 近海と紅魔館にはいるそうですが、私たちだけで戦いきれなかったら……」

「ああ、それはね――」

 

 確かめたい事があるんだよ、と。

 主張する鼓動を押さえ込みながら、青年は艦隊からの続報を待った。

 

 

 

 

 

 総旗艦を務める赤城は緊張していた。潮風と共に鼻を抜ける鉄の香りや、自身の手足である艦載機の風を切る音が懐かしさをもたらし、肩を並べた戦友に護衛されているにも関わらず、である。

 緊張している理由を言い当てるのはそう難しいことではない。幻想郷の命運がかかっている、一大作戦の旗艦を任されているためだ。

 

 己の力量などわかっている。これでもかつて、世界の頂点に立った機動部隊の一員だ。行動の一挙手一投足が戦闘に甚大な影響を与え、味方からは歓喜の敬意が、敵からは畏怖の憎悪が送られる。

 

 だから、空母は強く在らねばならない。

 だがあえて言おう。自分は強い。大戦初期から実働航空部隊を駆り、あらゆる空をくぐり抜け、磨き抜かれたこの心身。まこと一本の刀の如く鍛え上げられたこの誇りは、何人たりとも侵せるものではない。

 

 艦隊に赤城あり。艦隊に一航戦あり。それは等号で、勝利が決定された戦いを示す。

 この身を大飯食らいと笑わば笑え。だがその分、昔も今も血反吐を吐いて己を高みへ登らせた。誰よりも努力と信念を重ねて、空の支配者を目指したのだ。

 

 ゼロに描かれた赤の線は不敗神話の証。

 

 この赤は、そう簡単に堕ちないぞ。

 

 

 帰還した艦載機を着艦させながら、赤城は無線で各艦隊と連絡を取る。

 

『総旗艦赤城ヨリ各艦隊旗艦ヘ。状況報告送レ』

『第一艦隊金剛。水偵ニヨル索敵中、変化ハ見ラレズ』

『第三艦隊鳳翔。先ノ戦闘以降音沙汰ナシ』

『第四艦隊夕張。艦隊後方警戒中、異常ナシ』

「ふむ……」

 

 計6度にもなる接敵を凌いだが、その対処は文字通り余裕である。空母5隻、それでなくとも合わせて43隻の大艦隊が強行偵察しているのだ。真正面から挑もうにも高速戦艦4隻、脇腹を突いたとしても大型戦艦と重巡多数、雷巡を擁する護衛艦隊が迎え撃つ。

 そもそも広域航空偵察をしている最中だ。敵はまず、空母の猛攻をどのように凌ぐかを考えねばなるまい。

 

 敵艦隊の接近は断続的に発生する。いずれも小規模な艦隊であり、倒しにかかって来ているようには見えない。この艦隊と戦うのであれば潜水艦によってじわじわ攻撃していくか、大量の航空機による攻撃を行わなければならないが、空母も今出てきたのは1隻のみ。

 考えなしに小規模艦隊が突っ込んできているのか、それとも大規模な艦隊が控えているのか……。

 

「加賀さん、どう思いますか?」

「赤城さんとまた一緒に戦うことができて嬉しいわ」

「ええと、その、私も嬉しいですがそうではなく」

「第一・第四艦隊は対潜哨戒、第二・第三艦隊は第三警戒航行序列による航空戦力運用中ね。仮に……もし深海棲艦に指揮官がいるなら、先程の近接戦闘でこちらの空母の数は知られてしまったかもしれないわ」

「潜水艦も未だに発見できず、ですか。提督がどう思っているかはわかりませんが、私はもっと反撃があるものだと思っていました。拍子抜けです」

「深海棲艦は思ったほど数がいないのかしら」

「……どうでしょうか。鎮守府近海への侵入は少なからずありますし、少なくとも継戦できるだけの数はいるかと思いますが」

「あるいはこちらの様子を伺っているだけ、と?」

 

 この作戦を立案したのは青年である。素人が考えたにしては中々どうして良くできたものだと感心するも、一方で穴がある。

 制海権外の情報が全くない事。地形、敵の数など含め、あらゆる情報が不足している。無論、それを強引に押し通すための4個艦隊ではあるのだが、現場としては非常に気が滅入る。せめて日頃から制海圏外の情報を積極的に収集していたならば、取っ掛りもあったのだが。

 

 深海棲艦の動向も掴みどころがない。行動を予測できれば対策の立てようがあるが、残念ながら理解するには程遠そうである。そもそも人の言葉を理解できるのだろうか。

 

(半日経ちましたか……随分鎮守府から離れてしまいました。ひとまず進撃を続けるとして、一度提督に相談してみましょう)

 

 と、無線を介して青年と連絡を取ろうとした時、鳳翔からの連絡が入る。

 

『敵機確認11時ノ方角。数20、戦闘機ノミ』

「戦闘機のみ……? 『各空母、戦闘機発艦用意。敵空母ノ可能性アリ。戦闘機発艦後、攻撃隊発艦ヲ用意セヨ』」

 

 これで7度目の襲撃か、と思いながら、

 

『赤城ヨリ提督ヘ。敵航空隊ト会敵、交戦許可ヲ』

『許可スル』

 

 ひとまず、会話はそれだけに留めた。

 

 

 

 

 

『鳳翔ヨリ赤城ヘ緊急入電! 敵戦闘機隊後方ニ新タナ航空隊。戦闘機100、敵攻撃隊100。我ノ航空隊反転中!』

「えっ…………えっ!? なっ――」

「赤城さん、指示を!」

『全艦対空戦闘用意! 空母ハ全戦闘機ヲ速ヤカニ発艦! 全戦艦及ビ重巡洋艦ハ三式弾装填!』

『装填完了ネー!』

『発艦用意ヨシ!』

『対空戦闘始メ! 第一・第四艦隊ハ輪形陣ヘ転換!』

 

 可能性として考えてはいた。しかし、どこかで起きないで欲しいと思っていたこの事態。

 そう。敵空母群による、大規模な航空攻撃である。

 

 赤城は素早く指示を飛ばすも、心はまだ冷静さを欠いてはいない。全空母の戦闘機隊が連弩の如く次々と発艦していく中、正確かつ早急に全艦隊の状況を掌握する。

 

 艦隊の三式弾が一斉に火を噴いた。戦艦6隻、重巡7隻による三式弾は空中で花火のように炸裂し、敵の航空隊をまるで盾で受け止めるかのごとく撃墜する。

 次弾が発射。もう一度空中で盾が形成されたのを遠目に見届けると、金剛から入電。

 

『第一艦隊、戦闘機10、雷撃機及ビ爆撃機10撃墜』

「思ったより少ないですね……仕方ありません。我々空母の本領発揮といきましょうか」

「赤城さん。こちらの艦戦は全部合わせて125機、偵察中の機体を除けばおよそ100機です。それに……」

「それに……?」

「深海棲艦の航空隊の練度は、今までの経験からすればはるかに未熟。機体性能も差があります。戦闘機数は同等ですが、油断さえなければ」

「多少の被害は止むなしですね……仕方ありません。加賀さん、勝ちますよ」

 

 これだけの数を飛ばしてくるとなれば、敵にはどの程度の空母がいるのだろうか。自身らと同じかそれ以上の数がいると見て違いないだろう。

 

 

 そして――

 

 

 航空戦が始まる。

 

 

「敵機が集団で移動している戦闘機を見かけたら、対空火器で撃ち落とすか散開させてください! あとは我々の間合いに持ち込みます!」

「高度を下げてくる敵機は必ず落とせ! 魚雷も爆弾も寄せ付けるな!」

 

 航空線を指揮する赤城の声に応えるように、長門が三式弾を連射した。

 上空を埋め尽くすかのような敵の航空隊の中へ、自軍の戦闘機隊が突入していく。孤立している敵機から順に巴戦に持ち込み、追い回し、その抜群の機動力によって次々と撃墜する。

 

 

 ――はずだった。

 

 

「くっ――、堕とせないなんて!」

 

 

 練度不十分と見ていた敵の練度は同等に高く、性能不十分と見ていた性能は渡り合うには十分。

 油断はない。自身らに落ち度もないというのに――

 

(……強いですね。私や加賀さんでも1対3で手一杯なんて)

 

 敵の攻撃隊は、撃墜を恐れることなく真っ直ぐに突き進んでくる。爆弾を、魚雷を投下するために最適なルートを取り、是が非でも攻撃するという鬼気迫る信念が伝わってこようというもの。

 

 

「皆さん、あの提督の笑顔が見たいでしょう! その程度で提督が守れますか!」

 

 

 良くも悪くも、この艦隊は青年が中心である。青年は艦娘が大好きだし、艦娘だって青年が大好きだ。

 『帰ってきて、また僕に笑った顔を見せて欲しい』とのたまった彼の演説。なるほど結構なことではないか。それが青年の望みというのならば、いくらでも笑顔を見せつけてやろう。

 

 だがそれ以上に、艦娘が望んでいるのは青年の笑顔。我ら軍艦など被弾することが当たり前であるというのに、それに顔をしかめてくれるのがあの青年。

 故に、艦娘に被弾は許されない。そして、傷つかないだけで得られる笑顔を受け取ることに満足してはいけない。

 

 成果を持ち帰ろう。

 博麗霊夢を発見してやるのだ。“提督”としての青年の初陣であるこの作戦を完遂させてみせるのだ。

 そうして得られた笑顔にこそ、艦娘は価値を感じるのだから。

 

 だから、やり遂げたその暁には。

 『流石は僕の自慢の艦隊だ』と、どうか胸を張ってくれないだろうか。

 

 赤城のかけた発破により艦隊が踏ん張り始めた。

 これなら乗り切れると勢いづいたその時に。

 

 

 ――一本の電文が、赤城の元に届く。

 

 

『提督ヨリ赤城ヘ。鎮守府近傍ノ内陸部ニ敵機動部隊見ユ。数12。貴艦隊ハ作戦ヲ継続セヨ。繰リ返ス、貴艦隊ハ作戦ヲ継続セヨ』

 

 

 肝を冷やした赤城。

 世界に音が感じられない。視界に色を読み取れない。

 胸がグルグルと息苦しくなり、生暖かい吐息が肌をくすぐったその直後。

 

 

 

「敵機直上――赤城さん!」

 

 

 

 上空を見上げれば、爆撃機が急降下を始めていて。

 己の瞳には、自身へ向けて吸い込まれるように投下される爆弾が映っていた。
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 楼主| 发表于 2021-11-20 11:39:41 | 显示全部楼层
040 唯一の手がかり

『提督ヨリ天津風ヘ。混成駆逐隊ハ警備ヲ続行、増援ニ警戒セヨ』

『天津風ハ提督ノ幸運ヲ祈ル。怪我シタラ承知シナイワヨ!』

「ハハハ、そっかそっか。さなちゃん、連絡は取れた?」

「上空で待機していた魔理沙に頼みました。今頃、萃香さんが急行している頃だと思います」

「敵のいる位置は妖夢さんに担当してもらってる場所か。3人いれば大丈夫だと思うけど……」

 

 執務室で未だに椅子にかけたままの青年は、無線から手を離し一つ息をついた。

 懸念の理由は他でもない。鎮守府近辺に突如現れた敵の機動部隊のことだ。

 

 おずおずと、早苗が上目遣い気味に問いかけてくる。

 

「あ、あの、カミツレさん。私は向かわなくていいんですか?」

「さなちゃんは僕の傍にいて欲しいんだ」

「な、あっ――――! ……録音しておけば良かったです」

「ん? あの、鎮守府に直接殴り込まれたとき、僕のこと守ってくれる?」

「当たり前じゃないですか! 任せてくださいね!」

 

 苦笑しながら、青年は鎮守府近辺の地理を示した地図に目を落とす。この地図の作成だけでも艦娘に協力してもらいながら2週間はかかったのだが、このような形で役に立つ事態は、できれば来ないで欲しかったものである。

 

「空母1、重巡2、駆逐3が2個艦隊、か。萃香さんが本当に強いなら問題ないとは思うけど……」

「……やっぱり、艦娘さんをある程度残しておいた方が良かったんじゃないですか? いくら私たちがいるとは言え、鎮守府がガラ空きなんて危ないですよ」

「あー……うん。僕が確かめたかったのはそこなんだ」

「さっき言ってたことですか。確かめたかったことって?」

 

 早苗が不思議そうな顔で、青年の顔を覗き込む。それどころではない青年は、

 

 

「深海棲艦に、指揮官みたいな存在がいるのかどうか、ね」

 

 

 内心舌打ちしながら、この状況にため息をついたのであった。

 

 

 

 

 

 魂魄妖夢は流石にうんざりしていた。

 鎮守府にやってきてもう一週間にもなろうという妖夢だが、この一週間は時間のなさが猛攻を仕掛けてきていたのだ。朝早く起きては食事を作り、食事をしては食事を作り、演習の手伝いをしては食事を作り、食事をしては食事を作り、自己鍛錬の時間もないまま食事を作り、食事をしては食事を作る生活。

 

 正直に言おう。人手が足りない。

 作戦前だから厨房に回す人数を極力少なくして訓練も増やしているそうだが、これを日常と捉えてしまっている妖夢はたまったものではない。

 ひょっとしたら食事を軽視しているから厨房の人数が少ないのではないかとも思ったが、青年の生い立ちを聞いて涙してしまった妖夢はすぐさまその考えを捨てた。そもそも軽視しているならば、作戦の要である鳳翔をずっと厨房に置いておくはずがない。

 

 休みは一日だけもらった。しかし、休みの日に何をしようかと思ってのんびりしている間に、休みが終わってしまったのだ。あの絶望感と申し訳なさたるや、まるで幽々子に叱られた時と同様の気分である。

 だから、妖夢は固く決意する。

 

 

(この戦いが終わったら私、もう一日だけお休みをもらうんだ……!)

 

 

 空を飛びながら、諏訪湖から流れ出る河川に展開する敵艦隊を視認し続ける。時々敵空母から戦闘機が発艦してくるのだが、それを刀で撃墜しながらため息をまた一つ。

 

(幸い、艦娘さんとの演習で戦い方はなんとなくわかるけど……)

 

 深海棲艦から向けられているのが、明確な敵意だというのは言うまでもない。途中で魔理沙が合流したものの、流石に魔理沙と二人では相手をできないため増援の到着を待っているのだが、鎮守府へ向けて進み続けるのを黙って見続けるというのも歯がゆいものである。しかも、発艦した敵の航空機は、何機か逃がしてしまった。

 

「霊夢…………」

 

 魔理沙もこのハエタタキに協力してくれればいいのにと思うのだが、当の魔理沙は箒にまたがって敵艦隊をじっくり眺めているだけである。作戦が始まった当初からなのだが、どうやら霊夢への想いが面倒なほど頭の中でこんがらがっているようで、時折霊夢の名を呟くだけでほぼ上の空だ。

 

 そんな時、ようやく助っ人が登場する。

 

「うぉいひよっこ侍、私が来たからにはもう大丈夫だ」

「萃香かぁ……私の出番なさそうだね。行くよ、魔理沙」

「うぉお!? お、おぉわかった!」

 

 深海棲艦の撃退。内心、妖夢はあまり乗り気ではない。しかし、これも幽々子のため。そして、なんだかんだお世話になっている鎮守府のためだ。

 あの青年から鎮守府を守るに値するという信頼をもらっているのだ。それに報いてこそ、己の剣も輝くといえよう。

 

 返還された白楼剣を握る妖夢は、敵艦隊へと急降下を開始した。魔理沙と萃香もそれに追従する。

 妖怪の山での迎撃戦は、こうして始まった。

 

 

 

 

 

 遠くに聞こえる戦闘の音を感じながら、青年は考えに耽る。

 

 敵機動部隊の迎撃は始まった。妖怪の山にも既に援軍を要請済みであり、少し時間が経てば天狗の救援も翔けつけるだろう。

 深海棲艦に指揮官がいるのはおそらく確実である。ガラガラになった本拠地を狙うことの価値を理解しているのなら。それゆえに、空母という強力な艦まで出してきた可能性が高い。

 だが、同時に考えるのはその指揮官の正体。鎮守府が空くというのを知っていなければ、今回のような攻撃も取ることはできない。

 

 考えうるとすれば――

 

(誰かが情報を漏らした、無意識に漏れてしまったか、指揮官本人が鎮守府にいるか。はたまた誰にも気づかれずに情報を入手できる人物か)

 

 いずれにせよ、今後はもっと情報管理を徹底しなければならないらしい。外部に協力を仰ぐ場合も、その人物に関係のある人物は全て洗わなければならないだろう。

 

(このことを誰かに相談――いや、守矢神社か艦娘の皆しか無理だな)

 

 その時である。早苗が、執務室の窓から遠目に見える敵の艦載機を発見したのは。

 

「あ、カ、カミツレさん、敵がきました! ええっと、10機ぐらいです!」

「あー、こっちにも来ちゃったか……どうしよっかな」

 

 どうやら、妖夢だけでは凌ぎきれなかったらしい。

 現状で取れる手段としては、早苗が迎撃に出るのが望ましいだろう。弾幕による航空機の撃墜。全てを撃墜することが叶わずとも、鎮守府への被害は最小限に止められるはずだ。

 

 だがそこで、青年は思いつきにも近い策を実行に移す。

 

「工廠にはにとりさん……そうだ! さなちゃん、そこの緊急サイレン押して!」

「サイレン!? これですか!」

 

 壁際に設置されたサイレンのスイッチに対して、早苗が握りこぶしを叩きつける。瞬間、鎮守府中にサイレンが鳴り響いた。

 

 

 これ自体は、至って普通に警報としての効果しか持たないサイレンであるが。

 

 今回の作戦時に限っては、鎮守府では別の意味を持つ。

 

 

 瞬間、幾拍かの軽快な機動音が響いたかと思えば。

 

 砲撃音が敵機の“機数分”だけ鳴り渡り。

 

 

 瞬く間に、敵が全滅したのである。

 

 

(み、耳が……)

 

 間近で放たれたその砲撃音に顔をしかめつつ、青年は早苗にもう一度サイレンを押すように頼む。

 早苗も耳を押さえながら魂が抜けたような表情になりながらも、説明を求めてきた。

 

「カ、カミツレさん、今のは……」

「……鎮守府に設置した防空システムでね、にとりさんが幻想入りしてきた設計図を元に勝手に作っちゃったんだ。この執務室の上に設置したレーダーで航空機を捕捉、武器管制と射撃管制で瞬時に敵機に砲を向けて発射する……この鎮守府のいわゆる盾だよ」

「え、あの……。外の世界で似たようなもの聞いたことがありますけど、それって艦娘さんの兵器に比べて性能が……」

「代わりに仕掛けが大掛かりになりすぎてるから、工廠の地下を丸々使ってるんだよね。艦娘の艤装には応用できないってさ。しかも、あんな砲撃音してるけど、発射してるのは弾幕らしいんだ」

「にとりさんって……すごいんですねえ」

 

 これで、鎮守府の秘密を一つ明かしたことになる。これを知ったのは、早苗とにとり、それから深海棲艦を迎撃中の3人ぐらいだろう。この情報が漏れたなら、そのうちの誰かを探ればいい。

 

(疑いたくはないんだけどなあ……)

 

 こうして、鎮守府に接近した敵機は迎撃に成功したのであった。

 

 

 

 

 

 一方、迎撃組はというと。

 

「オラオラ、そんなもんかよ!」

 

 萃香が、一人で敵艦隊と対峙していたのである。魔理沙は巻き込まれるのが面倒なのか空中へ避難し、妖夢は、

 

(さっき鎮守府で変な音がした……。あ、逃がした敵の航空機を墜としたのかな? でも……どうやって?)

 

 同じく、空中で待機していた。萃香の大立ち回りを傍観しながら。

 

 事態は戦闘開始から既に起きていた。萃香が『密と疎を操る程度の能力』により、少し体格を落として12体に分身。深海棲艦体12体にガチンコの殴り合いを仕掛けていたのである。それを避けるために、妖夢と魔理沙は上空へ逃げざるをえなかったと言おうか。

 結果、敵の駆逐艦6隻は瞬く間に殴り倒された。同時に萃香の分身も6人分へと戻るのだが、すると身体が多少大きくなる。その状態で重巡洋艦4隻も沈め、あっという間に空母が2隻残るのみとなったのだ。萃香は既に2体へと戻っている。

 

「もっと楽しませてくれないか? 私はまだ余裕だぜ?」

「――――ッ」

 

 空母は萃香に対して距離をとりながら戦っているが、萃香がどうしても距離を詰めようとするため、航空機を発艦させた。距離も近く、爆撃機などは既に爆撃態勢に入っている。

 しかし、それに対して萃香は。

 

「――――!?」

「そんなのんきな速さで、私が捕まえられるかな……?」

 

 霧状に変化し、航空機の攻撃から逃れる。爆弾の爆発に対して風のように舞い、霧となって全ての航空機を包み込むようにし――

 

「おらよ!」

 

 どこともなく声が聞こえたかと思えば、霧の中にいる航空機は全てが何らかの打撃を受けたのか、ひしゃげて墜落してしまった。

 全ての航空機を撃墜されたのか、空母は何をするでもなく逃げ始める。

 しかし、そんな敵に対しても萃香は霧の手を伸ばして。

 

 この迎撃は、青年が想定していたものよりも、あっけなく終了したのである。

 

 

 

 

 

「ゴホッゲホッゲホッ! ――ん隊! ガハッ、対空戦闘を続行!」

 

 中破しながらも、赤城は指示をやめない。総旗艦である以上は艦隊の命は自身が預かっているのだ。

 たかだか甲板が破壊された程度で、この誇りをどうして失えよう。

 

「敵戦闘機はかなり数が減っています! 畳み掛けてください!」

 

 機体性能、搭乗員の技量共にほぼ拮抗し、敵味方数百の戦闘機、爆撃機、攻撃機が入り乱れ、対空砲火が花火のように打ち上げられるこの空襲は、正しく泥仕合であったといえよう。

 特に航空戦だが、両航空隊とも損耗が非常に激しい。戦闘機の数では勝っていても、こちらの戦闘機は敵の攻撃機も相手にしなければならない。総数上は劣勢も劣勢の状況でありながら何とか戦い抜いているのは、少なからず自身と加賀がいるからであるという自負もある。

 一機で攻撃機三機を相手に追い回しながら、向かってきた戦闘機二機を巴戦に持ち込む。爆撃機が爆撃のために低空へ降下してきたところをすれ違いざまに堕とし、満身創痍になりながら海中へ没していく赤城の戦闘機。

 

 彼はエースだった、というわけではない。そもそも、赤城の航空隊に特別なエースの妖精など居はしない。鍛え、磨かれ抜いた彼らを、エースという陳腐な言葉で片付けることなど出来ようものか。

 

 しかし、それでもその言葉を使うのであれば。

 

 赤城の戦闘機隊は、全員がエース。自慢の精鋭しか揃っていないのだ。

 

 

 そして、加賀の航空隊もまた。

 

 精強の証たる赤色の線をまとっているのだから。

 

 

 だが、そんな消耗戦も終わりを迎える時が来る。

 

(次の目標は――!? 撤退……していく?)

 

 敵の航空隊、残りおよそ80機程度が反転、引き返していったのだ。それを見て、赤城は追撃を許可しないよう指示を下す。

 

『警戒ヲ厳ニ。各艦隊、被害状況送レ』

『第一艦隊金剛ヨリ。初雪、深雪ガ中破。天龍ト吹雪ガ小破デス』

『第三艦隊鳳翔。衣笠中破、全駆逐艦小破』

『第四艦隊。我、旗艦夕張小破。睦月及ビ菊月ガ中破』

 

 なんということか、と赤城は頭を痛める。

 提督から預かった艦隊がこの被害である。43人のうち、中破6人、小破7人と考えれば被害は大したことがないようにも見える。確かに、あれだけの航空機の攻撃を受けて尚、これだけの被害で済んでいるのは奇跡とでも言おうか。

 

 しかし、

 

「赤城さん。空母5隻の航空機の残存数、戦闘機はたった50機しか残っていません」

「撤退していったのは戦闘機40機と攻撃機30機……。よく落としたものですが、痛み分けとは言い難いですね。しかも加賀さん、気がつきましたか?」

「……ええ。てっきり空母群を相手にしているかと思っていましたが、敵の航空隊は“陸上機”でした。でも、近くに島のようなものは見当たりません。航続距離任せのアウトレンジ攻撃でしょうか。それなら、撤退したことにも納得はいきますが」

「……どうでしょう。偵察に出ている機体はかなり遠くまで飛ばしています。もし島があるなら見えそうなものですが……。それとも、私たちの想像もつかない何かがあると?」

「我々も今までの知識にこだわりすぎています。もっと柔軟に考える必要がありそうですね」

「……まだまだ、幻想郷でゆっくりできそうにありません」

 

 その時になってようやく、赤城は青年からの無線を受けていたことを思い出す。

 ひとまず艦隊の安全を最優先したためにこの海域での迎撃を選択したが、肝心の青年の安否はまだ確かめていない。

 

『提督! 連絡乞フ! 返事ヲ!』

『ビックリシタ』

「な、何を呑気な……。でも、ご無事そうですね。『状況送レ』」

『迎撃完了。我ガ方ニ被害ナシ。赤城艦隊ノ情報求ム』

「…………はぁ」

 

 電文を通して経緯を説明する。既に空母の数を活かしきれなくなっていること、弾薬が残り3割を切ってしまったこと、被害を受けた艦も多数存在すること。

 これらを報告すると、青年は――

 

『撤退セヨ』

「即断ですか……。『コレヨリ撤退ス』」

『帰投後、赤城及ビ長門ハ執務室ヘ。赤城ハ修復材ヲ許可スル』

「…………。『了解』」

 

 怒られるのだろうなあと、赤城は気落ちする。いや、あの青年が怒るのかどうかは知らないが、少なくとも今回の艦隊指揮については自身で反省しなければならない。

 最後の航空戦などは、もっとやりようもあったのではないかとため息をついた。

 

「長門さん、帰還したら私と一緒に執務室に来るようにと……」

「わかった。あと、あまり落ち込むなよ」

「これは私の慢心が引き起こした事態です」

「違う。旗艦が落ち込んでいては艦隊全体の士気に関わるのだ」

「……わかりました、すみません」

 

 全艦に指示を通達。各艦はその場にて回頭、第一艦隊を最後尾として鎮守府を目指す。第四艦隊は対潜哨戒しつつ、他の艦隊は引き続き敵の航空機を警戒した。

 

 破壊された飛行甲板を眺めて、赤城は重たい息をつく。空母としてもお荷物になりつつある自分が、航空戦力を削られた空母主体の艦隊に指示を出す、我が身として、これほど腹立たしいことがあるだろうか。

 しかも、博麗霊夢を捜索するという主目的も達成できなかった。海にいるという確証はないのだが、総旗艦として責任を感じつつ、そんな自身を情けなく思ってしまったのである。

 

 

 その時――

 

 

「あの、赤城さん」

「潮さん? どうかしましたか?」

「えっとその、海にこんなものが」

 

 第二艦隊随伴の潮に声をかけられる。何かを差し出してきたため、航空戦において撃墜した敵機の残骸かと思ったのだが、

 

「これは……なんでしょうか? 私ではわかりませんね」

「これ、海に沢山落ちているんです。今までこんなの見たことありません。回収しておいた方がいいですか?」

「ちょっと待ってくださいね。『全艦ニ通達、海上ニ不審物アラバ報告セヨ』」

『ペラペラノヤツネ? 見渡ス限リ相当数アリマース』

「『可能ナ限リノ回収ヲ望ム』。ひとまず、正体はわかりませんが、何か深海棲艦と繋がりがあるのかもしれません」

 

 不審物の正体は気になるが、今はそんなことよりも艦隊が無事に帰還できるように指揮を執らねばならない。航空戦力も弾薬も少ないのだから、なおさらの警戒が必要だろう、と。

 

 この時は、この事をそれほど気にも留めていなかった。

 

「第二艦隊、おもーかーじいっぱい。鎮守府へ帰投します。半日かかるので着く頃には夜です。疲れも溜まっているかもしれませんが、決して油断のないように」

 

 

 だが、気落ちした赤城は知る由もない。

 
 この“赤色の御札”の発見こそが、幻想郷の運命を変えることを。
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 楼主| 发表于 2021-11-20 11:42:54 | 显示全部楼层
041 作戦終了

 時刻は深夜0時を回っている。にも関わらず、青年は執務室にて窓の外を眺めていた。

 遠くにぼんやりとした明かりが見える。それは徐々に鎮守府内に吸い込まれていき、しばらくすると諏訪湖近辺が騒がしくなった。

 

 霊一号作戦における、主力艦隊の帰還である。

 

 居ても立ってもいられなくなった青年は、執務室を飛び出した。

 湖の近傍にて、青年は艦隊を迎え入れる。

 

「艦隊が帰投しました」

 

 いつもの抑揚で、いつもの温もりで。

 最初に報告をしてくれたのは、旗艦である赤城であった。

 水上にて敬礼。服も艤装もボロボロになりながらも、責任感を感じさせてくれる強い瞳を持つ彼女だが、この時ばかりは少しだけ頬を緩ませていた。

 赤城もこの重大な作戦を任されて、相応に緊張していたのだろう。

 

「赤城、お疲れ様。それから……」

 

 こうやって水辺で艦隊を迎えるのは、最初の出撃以来だろうか。そう考えると、駆逐艦5人しかいなかった艦隊が、よもやこれほど大きくなるなど誰が想像しよう。

 赤城同様に水上、彼女の後ろに控えるのは、総勢43名の大艦隊。水上にて一糸乱れぬ統率による敬礼を向けてくれている彼女たち。ボロボロになっている者、まだまだ余裕そうな者、疲れを顔に出している者。

 多種多様な表情の彼女たちであるが、この大きな作戦を無事に終えてくれたことに対して、まずは礼を言わねばならない。

 

「みんな、“ありがとう”」

 

 全員の双眸と意思を交わして。

 青年は、最上の敬意を以て答礼したのであった。

 

 

 

 

 

「本当にお疲れ様。これからの指示を出すからよく聞いておくように。まず、被害の大きい子から順番に入渠を。しばらく大きな作戦はないから、ゆっくり疲れをとってね。弾薬については順番に補給、ただし艦載機は祥鳳を優先的に補給」

「私ですか? それは確か、以前言っていた……」

「うん。祥鳳は明朝、霧の湖を抱える紅魔館に派遣して龍田たちと合流。周辺の航空偵察に就くことになるからそのつもりで。急ぎだし、帰ってきたばっかりで悪いけど、お願いしたい」

「はい、任せてください!」

 

 そう言って、祥鳳は疲れを感じさせない笑みを浮かべて頷いた。

 

「補給を済ませた子については、食堂に夜食が用意してあるので食べるように。紅魔館の咲夜さんと、うちの妖夢さんが作ってくれたので、しっかり頂いてください」

「じゅる」

「赤城は高速修復材を使用した後に、長門を伴って執務室まで」

「……はい」

「今もまだ、天津風の駆逐隊が警戒にあたってる。被弾していない駆逐艦のうち、余裕のある者は申告して欲しい。交代の艦隊を組むことになるけど、無理を押して出撃をさせるつもりはないので、本当に余裕のある子だけ補給後に交代をしてもらいます。その子達については、その警備終了後の休みについても配慮するので安心してください」

 

 若干がっかりした顔の赤城が肩を落とすが、それはさておき。

 

 妖夢は既に就寝し、協力者も一部は帰した。

 結果から言えば、この作戦で制海権が相当に広がったといえる。無論、全てを管理するわけではなく、艦娘の人数に合わせた広さを警備することになる。空母も警備にあたらせる必要が出てくるだろう。

 しかし、艦娘も少なくない被害を出している。全ては最後の大空襲によってもたらされたものだが、制海権を広げた代償としてはなかなかに手痛い被害だ。

 

 だが、なんといっても今回の作戦のそもそもの目的だが――

 

「おい長門それ! 間違いねえ、霊夢の札だ!」

「魔理沙落ち着け、ひとまず手がかりは得たのだ。今日はもう遅い。一度帰って、また明日にでも来るといい。鎮守府としても、今後の方針についてはまだ決まっていないんだ」

「でも――! いや、そう……だよな。悪い、お前らに怪我までさせちまってるのに」

「我々はまだ会ったことはないが、お前が博麗霊夢のことを思う気持ちは重々承知しているつもりだ。当たり前だが、悪いようにはしない。だから、くれぐれも焦ったり、先走ったりすることだけはやめてほしい」

「……わかった、今日は帰るぜ。その……ありがとな」

「礼を言うのはこちらの方だ。我々が不在の間に鎮守府を守ってくれたこと、感謝する。今日はゆっくり休んでくれ」

 

 博麗霊夢を発見すること、だったのだ。

 

 博麗霊夢本人は見つかっていない。しかし、彼女のものと思われる所持品、『御札』は大量に見つかったのだ。行方不明となって一ヶ月が経過しようとしているのにも関わらず、霊夢が生きている可能性を探し出すことができた。これを僥倖と言わずしてなんと言おう。

 魔理沙はフラフラと帰っていく。流石に疲れたのかと思ってその表情を一瞥したのだが、むしろ魔理沙は安堵した表情で、泣きそうになりながら空へ旅立っていったのだ。

 

 博麗霊夢本人は見つからなかった。制海権は広がったが、艦隊は被害を受けた。

 

 それでも、

 

(この作戦は……間違ってなかった。そう信じたいよ)

 

 内容に詰めるべき部分があったことには自分で鞭打っていくとして。

 

 この作戦を実行したことで、喜ぶ者がいたということは。

 それは小さな一歩でも。ほんのわずかなものであっても。

 

 青年の自信へと、確かに繋がったのであった。

 

 

 こうして、霊一号作戦は終了する。

 

 

 

 

 

 

 

 深夜。鎮守府内、特に食堂が騒がしくなってきた頃。

 執務室にて、作戦が終わっても気を抜かず、机で勉強に励む青年。そんなところへ、艦娘がやってくる。

 

「航空母艦赤城、入ります。作戦の報告に参りました」

「戦艦長門、入るぞ。呼び出しに応じたが」

「お疲れ様、座っていいよ。お茶淹れるからゆっくりしてて」

「提督、お茶ぐらい私が――」

「いいからいいから」

 

 と、青年は執務室の会議用テーブルに二人を座らせた。咲夜が夜食のついでに自分に作ってくれたクッキーもあるため、お茶と一緒にそれを差し出す。

 

「じゃ、報告を聞こっか」

「ボリボリボリ、はい、ボリボリボリ」

「はしたないぞ赤城、ボリボリボリボリボリボリ。……うーむ、止まらん」

「ご、ごめん、夜食もまだなのに……」

 

 咲夜のクッキーがものの一分でなくなってしまったところで、話は本題に入る。

 最初は、艦隊旗艦である赤城の報告から始まった。

 

「では報告します。作戦目的である霊夢さんの捜索ですが、半分成功といったところでしょうか。本人は見つけていませんが、本人のものと思われる御札を発見しました」

「うん、これは快挙だね。幻想郷の歴史が変わるかもしれない」

「からかわないでください。我々の被害状況ですが、これは無線を通して説明したとおりです。最後の空襲で多くの被害が出てしまいました。申し訳あり――」

「赤城はよくやってくれたよ。責めるつもりはないし、むしろ褒めたいぐらいだ。作戦目的は霊夢さんの捜索だけど、そのための条件は覚えてる?」

「全員の……帰還です」

「そう。ありがとう、よく帰ってきてくれたね」

「……すみません」

 

 忘れもしない、早朝に長門に半ば強制されて語った演説。思いの丈をぶつけたが、その中でも全員の帰還というのは絶対に外せなかったのだ。

 再び、全員の無事な顔を見ることができた。霊夢を見つけるよりも、喜びはそっちの方が何倍も上だ。

 

「作戦の中での戦い方の反省はみんなに任せるとして、僕からの相談。深海棲艦についてわかったことがあるんだ」

「む? ひょっとすると私を呼んだ理由はそれか?」

 

 椅子にかけた長門が腕を組み、首をかしげて尋ねてくる。

 

「うん。まず、深海棲艦には指揮官みたいな立場にある人物がいるかもしれないってこと」

「六度目の交戦、水雷戦隊との戦闘が終わった際、加賀さんも話していました。敵に指揮官がいるならば我々の艦隊、特に空母の数は知られてしまった可能性がある、と。そして、その後にあの空襲戦です」

「なるほど。鎮守府が空なのがバレたのって、そっちの可能性もあるのか……」

「どういうことだ?」

 

 長門の訝しむような表情を受け、青年はため息をつきながら話す。

 

「実はね、情報が漏れている可能性があるんだ。全艦を鎮守府から出撃させて、戦力的には空になったよね? 鎮守府への攻撃は、それを知っていた上で行われたんじゃないかって思ってる」

「情報がダダ漏れだというのか? ……過去と同じことを繰り返してしまうとは」

「いつ情報が漏れたのかはわからない。鎮守府内で作戦を発表したすぐ後に、紅魔館にも永遠亭にも気づかれてたみたいだから。でも紅魔館の場合は、レミリアさんの能力のせいなのかも。情報の出処については全く見当がつかない」

「ふむ……」

 

 あらかじめ大規模な艦隊が出撃することを知っていたならば、鎮守府へと別働隊を送り込むことも可能であり、戦力をかき集めて航空戦力を充実させることもできるだろう。

 しかし問題であるのは、海と幻想郷をつなぐ水路は全て塞いでいるにも関わらず、別働隊が鎮守府へと直接攻撃を仕掛けてきたこと。それと、航空戦力がおそらく一つの基地から出撃してきたこと。この2つだろう。

 

「三途の川は?」

「小野塚小町が善意で確認していて、先ほど報告に来た。怪しい影は見なかったそうだ」

「となると、やっぱり深海棲艦も、いつも見てる姿以外の形態があるってことなのかな?」

 

 艦娘にカード化の形態があるように。

 深海棲艦にも同様の、もしくはまた異なった形態があるのかもしれない。

 

「航空戦での敵機は全て陸上機。そして御札が落ちていたことを考えれば、霊夢さんは……」

「……“霊夢さんは深海化している”。多分間違いないだろうね。しかも陸上型かな?」

「先ほどの魔理紗さんの話では、弾幕としての御札の数に限りはない、と」

「へ……? 嘘って言ってよ」

「仮にまた攻め込んだとしても、少なくとも航空戦の時と同等、多ければそれ以上の数の航空機を扱ってくるでしょう。機体性能も我々と同等、搭乗員の熟練度もそれほど差はありません」

「……二号作戦はしばらく先になりそうかな」

「それがよろしいかと。それまではできる限り、手に入れた制海権を管理しましょう」

 

 何ともふざけた戦力である。航空戦力が無限大であるなど、霊夢だけで軍隊が作れるではないか。

 さらに、他の深海棲艦との関係である。航空戦とほぼ同時に、鎮守府が攻め込まれた。連携を取って指揮系統をも乱そうとしていた。これを仮に、霊夢が指揮していたというのなら。

 

 

(霊夢さんが深海棲艦の指揮官……? なら、この海の異変は一体どこから始まったんだ?)

 

 

 そのまま、赤城から報告を受ける中で。

 執務室の扉が、勢いよく開く。

 

 

 

 

 

「お邪魔するよ盟友……って、ありゃ、お話中だったかい。ごめんよ?」

「にとりさん? いやいやこっちこそ、遅くまでごめんね?」

 

 堂々と入ってきたのはにとりであった。が、青年が赤城や長門と共にテーブルを囲っているのを見て、申し訳なさそうな表情をしていた。

 

「それで、どうしたの?」

「いやうん、その、ちょっと困ったことになってね」

「困ったこと……とは?」

 

 もしや防空システムが早速バレたのだろうか、あるいは魚雷をまた作りすぎてしまったのだろうか、などという考えがよぎる。

 が、にとりからの答えは、

 

「一応言われたとおり、祥鳳っていう美人さんには艦載機を補充しといたんだ」

「う、うん……?」

「で、おしまい」

「おしまい? ……って、まさか」

「材料がないんだ。航空機、もう一機も作れない」

 

 更なる受難に、青年は頭を抱えることとなった。

 心のどこかで、『ああやっぱりか』などと思ってはいたが。

 

 基本的に、艦娘の艦載機を生産する際、必要となる素材はアルミニウムである。とは言っても、幻想郷では純粋なアルミニウムというのはなかなか手に入れにくいもので、鎮守府の工廠で使用する金属類の多くは、妖怪の山の天狗たちが幻想入りしたものを拾ってきてくれるのに頼っているのが現状だ。その対価として、鎮守府は海産物を提供する。

 鉱石状態のボーキサイトからもアルミニウムは精製可能だ。しかし、妖怪の山の天狗はボーキサイトについて詳しくはないようだし、仮に手に入れられたとしても少量。にとりが自分で所有していたボーキサイトも提供はしてくれたのだが、それでも微々たるものだという。

 

 今までは拾ってきたものだけで十分に足りていた。しかし、ここへ来て急激な艦載機の消耗が、アルミニウムの供給を大幅に上回ってしまったのだ。

 今回の空襲戦による被害が予想外の出来事だったとはいえ、今後も同様の事態が起きないとは限らない。空母の数も増えた今、アルミニウムがさらに必要となってくるであろうことは、想像するに難くない。

 

(どうにか安定してアルミを……いやその前に、今は目の前のアルミ不足からだ)

 

 既に赤城は顔が真っ青だ。航空機の重要性をよく理解する彼女だからこそ、この事態が危ういことを察したのだろう。

 

「にとりさんの力でどうにか……流石に無理か」

「こればっかりは私もね。今の天狗のペースだと、全機補充と予備機の確保に少なくとも1ヶ月、ってとこかな」

 

 お茶を飲もうとする赤城。が、コップを握る手が震えてしまって、テーブルの上が大洪水だ。

 

「……わかった。アルミニウムの件は僕の方からもちょっと動いてみる」

「うん、お願い。ふあぁあ……そろそろ私も寝ようかな。おやすみ~」

「おやすみ。いつもありがとうね」

 

 眠そうな声でそう言って、にとりはあくびをしながら執務室から出て行った。

 今回の出撃で使用した弾薬を補充するために、にとりもこの時間まで必死に生産ラインを回していたのだ。また今度、人里できゅうりを買って差し入れるとしよう。そろそろきゅうりだけでは申し訳なくなってきた気もするが。

 改めて、青年は長門と赤城に向き直る。

 

「じゃあ、今後の方針を決めよっか」

「最終目的を博麗霊夢の捜索……いや奪還として、当たり前だが軍備の増強が必要だろう」

「まず、手に入れた海域の制海権を維持しましょう。次回からの攻略も、ある程度は楽になります。それに伴って、海岸線の封鎖は確実にしたいですね。仮にそれでも内地に潜入されるとしても、いくらかはマシになると思います」

「内地に仮に入られた場合はどうする? 各地に艦娘を配置して対応させるか?」

「となると、艦娘の数が足りませんね。ある程度は制海権外に出て戦闘し、カードを積極的に回収する部隊があってもいいかもしれません」

「幻想郷の者にある程度協力を要請するとして、拠点の候補も選出せねばなるまい。幸いにも、幻想郷は艦娘の航行可能な河川が入り組んでいる。移動や輸送は楽だが、広域偵察には空母がやはり必要だろうな」

「あ、はい。えと……じゃあそんな感じでまとめときます」

 

 やはり、2人とも歴戦の艦なだけあって、その知識と戦略的な視野の広さには脱帽するばかりだ。こうも次々に案が出てくるのは、伊達に実艦時代に海軍の根幹的部分を担ってはいなかったということだろう。

 

「ですから、やはり安定した食事のためにも人里は重要かと」

「子どもを守るためには人里は重要な拠点だな、うむ」

 

 自分の欲求にも忠実なようで何よりである。

 

 

 

 

 

 気を取り直して、青年は赤城に尋ねる。

 

「それで赤城、人数の話をしてたけど、今回の作戦でカードを拾ったんだって?」

「あ、そうでした。どうぞお受け取り下さい」

 

 今回の作戦で合流した艦娘は十四名である。

 睦月型駆逐艦から、五番艦の『皐月』、七番艦の『文月』。

 特Ⅰ型駆逐艦から、九番艦の『磯波』、十番艦の『浦波』。

 特Ⅱ型駆逐艦から、一番艦の『綾波』、二番艦の『敷波』。

 初春型駆逐艦から、三番艦の『若葉』。

 陽炎型駆逐艦から、一番艦の『陽炎』。

 川内型軽巡洋艦から、一番艦の『川内』。

 高雄型重巡洋艦から、一番艦の『高雄』。

 千歳型水上機母艦から、一番艦の『千歳』。

 蒼龍型航空母艦から、『蒼龍』。

 飛龍型航空母艦から、『飛龍』。

 

 それから、給糧艦の『間宮』。

 

 現状では、幅広い役割を持たせることのできる駆逐艦と、限られた航空戦力を補うことのできる航空母艦の増強は本当に心強い。上手く運用していきたいところであるが、まだまだ勉強もしていかなくてはならないだろう。

 

 そして、青年が一番気になったのは――

 

「えっと、間宮さんっていうのは?」

「食糧を艦隊に供給する艦を給糧艦と言ってな、艦内に巨大な冷蔵庫、冷凍庫だったり食料だったりを運搬するのは勿論、お菓子なんかを作っていたぞ。特に羊羹などは絶品でな、しばしば競争が起きたものだ」

「へー? なら厨房を任せようかなあ……」

「間宮さんのご飯が毎日食べられるんですか? 賛成です」

「暗に妖夢さんのご飯が美味しくないって聞こえるけど……?」

「ああいえっ! 妖夢さんのご飯も美味しいんです……。はっ、両方食べれば解決ですね!」

「まあ、そのぐらい人気があったんだ。“あいどる”のようなものさ」

 

 そう話していると、流石にお腹がすいてきたらしい。長門と赤城のお腹が同時に鳴り、ついでに青年のお腹も鳴る。

 与えられた考えをもとにして青年が方針を考えておくということで、会議は終了した。その後は食堂に移動して、全員で食事をとる。

 警備以外の艦娘が寝静まった頃。青年は一人でひっそりと全員分の皿洗いを済ませてから、執務室のベッドで眠りについたのであった。

 

 霊夢へ至る道筋が見えたこと、鎮守府として幻想郷で受け入れられ始めていること。

 提督として初となる大きな作戦を、形はどうあれ完遂したことに。

 

 底知れない、安堵を覚えて。

 

 

 

 

 

 



着任
睦月型駆逐艦五番艦『皐月』
睦月型駆逐艦七番艦『文月』
特Ⅰ型駆逐艦九番艦『磯波』
特Ⅰ型駆逐艦十番艦『浦波』
特Ⅱ型駆逐艦一番艦『綾波』
特Ⅱ型駆逐艦二番艦『敷波』
初春型駆逐艦三番艦『若葉』
陽炎型駆逐艦一番艦『陽炎』
川内型軽巡洋艦一番艦『川内』
高雄型重巡洋艦一番艦『高雄』
千歳型水上機母艦一番艦『千歳』
蒼龍型航空母艦『蒼龍』
飛龍型航空母艦『飛龍』
間宮型給糧艦『間宮』

目前着任:序章:特Ⅰ型駆逐艦一番艦『吹雪』
特Ⅰ型駆逐艦五番艦『叢雲』
特Ⅱ型駆逐艦九番艦『漣』
特Ⅲ型駆逐艦四番艦『電』
白露型駆逐艦六番艦『五月雨』
天龍型軽巡洋艦一番艦『天龍』
司令長官『茅野守連』
第一章:天龍型軽巡洋艦二番艦『龍田』
夕張型軽巡洋艦『夕張』
青葉型重巡洋艦一番艦『青葉』
古鷹型重巡洋艦一番艦『古鷹』
古鷹型受巡洋艦二番艦『加古』
青葉型重巡洋艦二番艦『衣笠』
鳳翔型航空母艦『鳳翔』
球磨型軽巡洋艦一番艦『球磨』
第二章:白露型駆逐艦四番艦『夕立』
特Ⅱ型駆逐艦七番艦『朧』
特Ⅱ型駆逐艦八番艦『曙』
特Ⅱ型駆逐艦十番艦『潮』
特Ⅲ型駆逐艦一番艦『暁』
特Ⅲ型駆逐艦二番艦『響』
特Ⅲ型駆逐艦三番艦『雷』
白露型駆逐艦一番艦『白露』
白露型駆逐艦二番艦『時雨』
白露型駆逐艦三番艦『村雨』
海風型駆逐艦四番艦『涼風』
初春型駆逐艦四番艦『初霜』
球磨型軽巡洋艦三番艦『北上』
長門型戦艦一番艦『長門』
赤城型航空母艦『赤城』
金剛型戦艦一番艦『金剛』
金剛型戦艦二番艦『比叡』
金剛型戦艦三番艦『榛名』
金剛型戦艦四番艦『霧島』
特Ⅰ型駆逐艦二番艦『白雪』
特Ⅰ型駆逐艦三番艦『初雪』
特Ⅰ型駆逐艦四番艦『深雪』
白露型駆逐艦五番艦『春雨』
長良型軽巡洋艦一番艦『長良』
球磨型軽巡洋艦四番艦『大井』
妙高型重巡洋艦三番艦『足柄』
龍驤型航空母艦『龍驤』
祥鳳型航空母艦一番艦『祥鳳』
長門型戦艦二番艦『陸奥』
第三章:睦月型駆逐艦一番艦『睦月』
睦月型駆逐艦二番艦『如月』
睦月型駆逐艦三番艦『弥生』
睦月型駆逐艦四番艦『卯月』
睦月型駆逐艦九番艦『菊月』
睦月型駆逐艦十一番艦『望月』
陽炎型駆逐艦九番艦『天津風』
高雄型重巡洋艦二番艦『愛宕』
加賀型航空母艦『加賀』
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 楼主| 发表于 2021-11-20 11:45:15 | 显示全部楼层
042 東方地霊殿

 翌朝のことである。

 

(……なんかボーッとするなぁ)

 

 視界がぼやけ、視点が定まったかと思えばそこから動かせない。体が動くことには動くが、ダルさというか億劫さというか、動くにも気合を入れなければ動けないような状態。

 身に覚えはある。この重たい頭の正体は、間違いなく風邪だ。

 

 寝苦しかったので目を覚ましたが、どうやらいつもの起床時間だったらしい。が、どうしても動く気になれず、頭痛に悩まされながら横になっていると、ジャージ姿の長良が心配そうな表情で執務室へ入ってきた。

 

「司令官、おはようございます! 今日もランニング……って、どうしたの?」

「あー……ああ、長良か……。おはよう……」

「すごい顔が赤いよ、大丈夫?」

 

 そう、いつもならばこの後、長良と共にランニングをするのだ。当初は一人で黙々と走っていたのだが、長良が艦隊に加わってからは彼女と一緒のランニングが毎朝の日課になった。一緒に励む人がいるだけでこうも楽しいものになるというは甚だ予想外であり、青年の知らない知識であった。

 この辛さも長良の顔を見れば乗り越えられるかな、なんて戯けたことを思いながら長良の顔をチラっと見てみたのだが、残念ながら可愛いだけで体の不調は治りそうにない。

 

「……ごめん、今日はやめとくよ」

「ちょ、ちょっと待ってて! 鳳翔さん呼んでくるね!」

 

 そうしてやってきたのは、朝食を作っていた鳳翔。寝たままで話すのも申し訳ないと思い体を起こそうとするのだが、ボーッとするために首が据わっていない。

 鳳翔が抜けて厨房は大丈夫なのかと思ったが、給糧艦の間宮も着任したのだ。多少なら大丈夫なのだろう。

 

「あら……これは……」

「うう……すみません、なんだか熱っぽくて……」

「……ふふ、一つ区切りがついたから、安心して疲れが出たのかもしれませんね」

「子供ですか僕は……」

「詳しいことは永遠亭のお医者様に聞かなければならないとは思いますが……どうしましょう?」

「あの……か、艦隊の指揮をとりま――」

「休みたい? わかりました、今日は休んでください。私たちは非番の日がありますけど、提督はお休みが今までありましたか? まずは体調回復が優先です。長良さん、守矢神社まで提督の護衛をお願いします」

 

 こうして、青年は神社へと担がれて緊急搬送されたのである。

 かろうじて紅魔館へ追加派遣される祥鳳の見送りをしたのだが、逆に祥鳳から心配されるという情けない始末であった。

 

 

 

 

 

「ありゃりゃ、カミツレ君大丈夫かい?」

「カ、カカカカミツレ! 大丈夫か!? 熱!? 熱なのか!?」

「あの、神奈子様落ち着いて……」

 

 長良におんぶされて守矢神社へ運ばれた青年は、すぐさま自分の部屋へと寝かしつけられる。枕元でじっと顔を覗き込んでくる早苗、布団の周りでオロオロと口が塞がらない神奈子と、中々眠りづらい状況であるが。

 

「あったよー、外の世界から持ってきてた薬」

「諏訪子! そ、それ効くのか!?」

「神奈子、病は力だよ。いや気からだったっけ? 薬に頼るだけじゃなくて、本人の病気への抵抗力も上げないといけないのさ」

「……医者じゃないのに詳しいな?」

「前に見たテレビでそんなこと話してた」

「神の知恵はどこへ行った!」

「あ……あの、うるさいです……」

 

 部屋にいるのはいいが、せめて静かにしてもらいたいと切に願うのであった。ボーッとして耳が遠い気はするのだが、不思議なことに耳元で叫ばれているようにガンガン頭に響くのだから。

 と、思う中でも、青年は鎮守府のことを思い出す。

 

「あ、す……諏訪子さん」

「ん? どしたの?」

「ボ、ボ……キ……」

「ん、んんー? やだなあカミツレ君。そういうのは他の子に頼んでね」

 

 違う、そうじゃない。

 

「いえ……こ、鉱石のボーキサイトって……知ってますか?」

「…………。ふーん、アルミニウム足りないんだ?」

「は、はい……」

 

 仰向けに寝ながら頭だけ動かし、諏訪子の方を見る青年。諏訪子は顎に手を当て、少しだけ考える素振りを見せたかと思うと口を開く。

 

「私が創ってあげてもいいけど……一つ助言をしてあげるよ」

「な、なんです……?」

「この幻想郷の“地下”、良質なボーキサイトの宝庫なんだ。使わない手はないんじゃない?」

 

 その言葉を聞くと青年は安心し、まぶたが重くなったのを感じたのであった。

 

 

 

 

 

 さらに翌日。すっかり体調も回復した青年は、改めて早苗たちや艦娘たちに礼を言う。鳳翔にもう少し休んでいていいと言われた時は、戦力外通告でも受けたのかと思ったが、自分の体力を心配してくれていただけであるらしい。

 体調が酷くなるようなら永遠亭に連行される予定だったそうだが、それには及ばず。いずれにせよ、快方に向かったようで何よりである。

 

 そんな青年は今、どこにいるのかというと――

 

「おい鴉天狗、相変わらず変な新聞出してるみたいだな」

「ヒェッ……、あ、あの、萃香さん、ご勘弁を……」

「霊夢のことは記事にしたのか?」

「い、いえ、する予定はないですよ。霊夢さんが行方不明なのは人里でもチラホラ知れ渡っているようですが、おおっぴらに伝えることでもないかと……」

「カミツレの指示か。細かいことは私にゃわからんがな」

「そ、それであのー……、いつまで我々の山に居座るつもりなんでしょう?」

「霊夢が見つかるまで、と言いたいが、神社の掃除も私がしてやらないとな。鎮守府もすぐには動けないみたいだから、私がその穴を埋めるつもりだ」

「あやや……できれば早く出て行ってもらえないかなーと」

「ああ!? 懐かしさを感じさせる暇も与えねえってのか!」

 

 現在、妖怪の山の上空を飛行中である。青年は魔理沙の箒にまたがり、妖怪の山での序列について揉めている文と萃香を傍目にして。

 

「私は今回、地獄谷の入口までしか案内できませんからね。というよりしませんよ。 地底との約定があるんですから」

「わかったわかった、ヘタレ天狗の代わりに、そっから先は私が見ててやる」

 

 何かと喧嘩腰でぶつかり合う二人。萃香の方が序列としては上にあたるらしいが……文も伊達に千年を生きていないのか、のらりくらりと言葉をかわしては針を突き刺すように口撃する。

 一方、萃香が古巣である妖怪の山に戻っただけだろ、と我関せずな態度を貫く魔理沙は、一見二人に比べれば随分とおとなしくしているようにも見える。が、霊夢のことについて、青年に対してひたすら質問を続けていたというのが実態である。

 

「次の作戦まで一ヶ月ぅ……? もうちょっと短くならねえの?」

「ごめん無理だ。無理を押したまま出撃しても艦隊に被害が出るだけだし、そもそも今のままじゃあの航空機群を突破できないからね」

「……やっぱ、霊夢は深海化してるんだな」

「驚かないの?」

「そんな気はしてたさ。一ヶ月も行方不明で、さらに深海化するなんて異変が起きてるんだ。死んでないとなれば……流石に、な」

「そっか……」

「こうなった以上は完全にお前ら任せだ。協力もするし、戦力にだってなる! だからさ、霊夢を……あいつを……」

 

 取り返してくれ!

 

 冷静な風を装おうとしていたようだが、気持ちが上手くコントロールできないようだ。魔理沙は跨る箒を握る力を強め、うつむきながら言葉を絞り出した。

 その悲痛に、寂寥に染まった淡い声に。

 

 

「必ず」

 

 

 力強い声色を、返したのであった。

 

 

 現在、幻想郷における地下――地底へと繋がる地上の入口、『地獄谷』を目指して飛行中である。案内人として文、護衛として魔理沙と萃香がついてきており、青年のポケットにもカード状態の艦娘を忍ばせている。希望者1名を募ると山ほど募集が来たため、あみだくじの結果、榛名が見事に護衛の座を勝ち取ったのである。

 今回の目的は、地底に眠るボーキサイトをめぐっての交渉。交渉相手は地底を管理する『地霊殿』の主だが、訪問することなど全く伝えていない。そもそも伝えようがないのだ。

 

 これは幻想郷内での取り決めなのだが、幻想郷内において妖怪は2つの勢力に分かれている。大きく分ければ、地上の妖怪と地底の妖怪だ。

 地底に住まう妖怪は、地上の人間に嫌気が差した者、忌み嫌われ封印された者、地上を追い出された者など、多くは地上との間に何かしらの因縁を持つ者が多い。種族的な因縁、というのもあるようでないようなものなのだが、数百年前に鬼が築き始めたと言われる地底の社会に“力”を感じ始めた地上の賢者たちが、ある約定を定めた。

 

 それが、地上の妖怪の地底への不可侵である。

 

 人里の子供でも知っているこのお話は、割と最近まで青年の耳には入ってこなかった。人里で水産物の販売をしていれば自然と様々な情報が入ってくるものなのだが、人里の人、あるいは妖怪にとって、この情報は当たり前であるから話のタネにもならなかったためだ。

 しかも、地底についてわかるのはここまで。自分たちでどうにか調べはつけたが、ほとんど成果らしい成果を得ることはできなかったのは間違いない。

 

 そうして、一行は地獄谷の入口までたどり着く。ゴツゴツとした岩が隆起したり陥没したりしている地盤の中に、その洞穴は姿を現した。

 

「そこから先には地底が広がっています。地上を追われた妖怪たちの住処です。約定がありますので、私はここから先には行けません」

「萃香さんはいいの?」

「私は元々地底に住んでたんだ。で、その前が妖怪の山な。私が地底に戻る分には問題ない……んじゃないか」

「で、人間の僕と魔理沙ちゃんは大丈夫らしいと」

「いい加減にちゃんを外せよな」

 

 そして、ジメジメとした薄暗い洞窟の中へ。

 不気味さを感じながらも、足を進めたのであった。

 

 

 

 

 

 が、しかし、

 

「――――」

「カミツレ危ねえッ!」

 

 しばらく進んだところで、ジメジメとした洞窟の天井から何かが落ちてきた。その何かは青年のうなじをかすめ、その姿を捉えさせることなく影を消す。

 

「え? え? え?」

「……釣瓶落としか。それに――」

 

 そして再び、その人物――いや手に鎌のような刃物を持った桶が姿を現す。その隣には、蜘蛛のようにお腹の部分が丸く膨らんだスカートを着用する少女。

もしやと思ってうなじを触れば、手に血がうっすらと付着していた。

 

「く、黒ひげ危機一発!」

「おお? 人間とは珍しい。何が目当てなのかな? この黒谷ヤマメさんに会いに来てくれたの?」

「あ、えっと、地下の妖怪の代表の方にご挨拶を、と思いまして。地霊殿、でしたか? ……先にとんでもない挨拶を頂きましたけども」

 

 出会い頭に暗殺されるなど、よもや誰が考えよう。魔理沙が咄嗟に吹く事引っ張ってくれなければ、今頃首は胴体から離れていただろう。

 

「ふーん? 帰りなよ、人間なんて食べられるのがオチさ」

「そ、そこを何とか!」

「やだよ。さっきのキスメのは警告。早いとこ帰りな」

「土蜘蛛じゃん、懐かしいねえ。こいつを地霊殿まで送りたいんだが、私の頼みでもダメか?」

「……鬼ィ? 友好的な来訪者ではなさそうだね」

 

 その瞬間、妖怪の少女二人の雰囲気が険悪なものに変わる。どうやら、萃香をけしかけに来たと思われてしまったらしい。

 

「なんだ、私とやろうってのか?」

「約定は知ってるよね? 私は追い出すだけさ」

「嫌いじゃない。かかってきな」

「あんまり舐めてると痛い目みるよ――」

「あーもう……ちょっと待ってください!」

 

 あくまで護衛という立場を忘れてしまったのか、萃香も萃香で乗り気だ。ヤマメと名乗った妖怪の少女も不気味な雰囲気を纏いながら腰を低くするのだが、青年が頭を痛めながらその状況に待ったをかける。

 結局、その日は地底の妖怪のことを考慮し、ボーキサイトの交渉のことを考えると事を構えるべきではないとして、大人しくヤマメの言葉を聞き入れて撤退することになった。

 帰りがけに萃香がしょぼくれた顔で謝ってきたのだが、それはまた別の話。

 鎮守府に戻った榛名が青年のポケットの中の温もりについて自慢していたのも、また別のお話。

 

 

 

 

 

 数日後。

 艦娘も全員が全快となり、鎮守府の運営体制も元通りになってきた。数日間は漁を見送っていたので、人里からそろそろ魚くれと熱烈な打診があったのだが、ようやくそれも実行できそうである。

 しかし、未だに航空機の生産は追いついていない。防衛のみであれば萃香もいるため今の数で何とかなるのだが、攻勢に出るのはやはり厳しいと言わざるを得ない。

 

「そんでよ、咲夜の奴がメイド服持ってレミリアを追っかけ回して……」

「ははは、意外と咲夜さんお茶目だね」

 

 そんな鎮守府の状況を察してくれているのか、魔理沙も手伝いに来てくれた。手伝いというよりも、ただ執務室に来てのんびりしているだけなのだが。勉強の時間は邪魔しないため問題はないのだが、果たしてここにいて魔理沙は楽しいのだろうかとも少し思う。

 休憩中のひと時、魔理沙はチラチラと青年の様子を伺うように問う。

 

「あのさぁ」

「ん? どうしたの?」

「航空機っていうのは……やっぱりまだ足りないのか?」

「……そうだね。時間を置けば全員に補充できるけど、やっぱり地底にあるボーキサイトの供給があればありがたいかな。次回作戦を起こすにしても、その時また航空機が補充できなくなりました、では鎮守府も面目が立たない。諏訪子さんは……どうもこの件は乗り気じゃないみたいだし」

「地底の……ボーキサイト」

「どうしたの? 鎮守府の運営に興味でも湧いた?」

「そんなんじゃねえ。ハン、今日は帰る」

「お、怒った?」

「怒ってねえよ」

 

 やはり女の子は何考えてるかわからないなと思いながら、青年は勉強に戻るのであった。

 

 

 

 

 

 そして、その翌日の夜。

 勉強を終え、そろそろ神社に帰ろうかと思っていた頃である。

 

「え、魔理沙ちゃんが来た? こんな時間にどうしたんだろ……いや、通してあげて」

 

 待つ間、執務室の窓から暗い空を見上げる。

 静まった空気が肌を癒し、点々と輝く星々はさながら宝石のよう。外の世界に比べて星がよく見えるなと思っていると、魔理沙が扉を勢いよく開けて入ってきた。

 

「おう、遅くに邪魔するぜ!」

「ははは、元気がいいね。今日はどうしたの?」

 

 魔理沙は箒を床にドンと突き、自信満々に。

 そして、初めて自分に笑顔を見せながら答えてくれた。

 

「いやー疲れたぜ。あいつら人の話聞かねえしな」

「魔理沙ちゃんも中々話聞かないと思うけどね。あいつらっていうのは?」

 

「聞いて驚け! 地霊殿の連中から、お前と話がしたいっていう言質を取ってきたぜ!」

 

「…………へ?」

 

 ニカッと笑う魔理沙。

 突然の話に頭がついていかず、青年は混乱する。地霊殿が自分と話をしたいとどういうことなのか。なぜ魔理沙はそのような真似をしたのだろう。

 

「これで、霊夢のやつを探すのも早まるだろ?」

「え、ちょ、え? あ、つまりどういうことなの?」

「なんだよわかんねえのか。いいか? 私は今日――」

 

 地底に殴り込みをかけて、地霊殿を攻略してきたんだぜ、と。

 魔理沙は胸をドンと叩いて、誇らしげにしていた。



目前着任:序章:特Ⅰ型駆逐艦一番艦『吹雪』
特Ⅰ型駆逐艦五番艦『叢雲』
特Ⅱ型駆逐艦九番艦『漣』
特Ⅲ型駆逐艦四番艦『電』
白露型駆逐艦六番艦『五月雨』
天龍型軽巡洋艦一番艦『天龍』
司令長官『茅野守連』
第一章:天龍型軽巡洋艦二番艦『龍田』
夕張型軽巡洋艦『夕張』
青葉型重巡洋艦一番艦『青葉』
古鷹型重巡洋艦一番艦『古鷹』
古鷹型受巡洋艦二番艦『加古』
青葉型重巡洋艦二番艦『衣笠』
鳳翔型航空母艦『鳳翔』
球磨型軽巡洋艦一番艦『球磨』
第二章:白露型駆逐艦四番艦『夕立』
特Ⅱ型駆逐艦七番艦『朧』
特Ⅱ型駆逐艦八番艦『曙』
特Ⅱ型駆逐艦十番艦『潮』
特Ⅲ型駆逐艦一番艦『暁』
特Ⅲ型駆逐艦二番艦『響』
特Ⅲ型駆逐艦三番艦『雷』
白露型駆逐艦一番艦『白露』
白露型駆逐艦二番艦『時雨』
白露型駆逐艦三番艦『村雨』
海風型駆逐艦四番艦『涼風』
初春型駆逐艦四番艦『初霜』
球磨型軽巡洋艦三番艦『北上』
長門型戦艦一番艦『長門』
赤城型航空母艦『赤城』
金剛型戦艦一番艦『金剛』
金剛型戦艦二番艦『比叡』
金剛型戦艦三番艦『榛名』
金剛型戦艦四番艦『霧島』
特Ⅰ型駆逐艦二番艦『白雪』
特Ⅰ型駆逐艦三番艦『初雪』
特Ⅰ型駆逐艦四番艦『深雪』
白露型駆逐艦五番艦『春雨』
長良型軽巡洋艦一番艦『長良』
球磨型軽巡洋艦四番艦『大井』
妙高型重巡洋艦三番艦『足柄』
龍驤型航空母艦『龍驤』
祥鳳型航空母艦一番艦『祥鳳』
長門型戦艦二番艦『陸奥』
第三章:睦月型駆逐艦一番艦『睦月』
睦月型駆逐艦二番艦『如月』
睦月型駆逐艦三番艦『弥生』
睦月型駆逐艦四番艦『卯月』
睦月型駆逐艦九番艦『菊月』
睦月型駆逐艦十一番艦『望月』
陽炎型駆逐艦九番艦『天津風』
高雄型重巡洋艦二番艦『愛宕』
加賀型航空母艦『加賀』
睦月型駆逐艦五番艦『皐月』
睦月型駆逐艦七番艦『文月』
特Ⅰ型駆逐艦九番艦『磯波』
特Ⅰ型駆逐艦十番艦『浦波』
特Ⅱ型駆逐艦一番艦『綾波』
特Ⅱ型駆逐艦二番艦『敷波』
初春型駆逐艦三番艦『若葉』
陽炎型駆逐艦一番艦『陽炎』
川内型軽巡洋艦一番艦『川内』
高雄型重巡洋艦一番艦『高雄』
千歳型水上機母艦一番艦『千歳』
蒼龍型航空母艦『蒼龍』
飛龍型航空母艦『飛龍』
間宮型給糧艦『間宮』
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 楼主| 发表于 2021-11-20 11:47:20 | 显示全部楼层
043 知らない心

 時は、地底から追い出され、魔理沙が地霊殿に殴り込みをかけるまでの数日の間。

 昼下がりに香霖堂を訪ねれば、優しい笑みを浮かべた霖之助が迎えてくれた。ホコリをかぶったテーブルに対面して座り、お茶をすすりながら会話を深める。

 

「いや、無事で良かったよカミツレ君。しばらく音沙汰がなかったものだから、どうしたのかと思っていたところだ」

「す、すみません。近頃バタバタ忙しくて……」

「気に病むことはないよ。君が多忙の身であることぐらいわかっているさ。こうして、わざわざ顔を見せに来てくれただけでも嬉しいものだよ」

「ははは、僕もいろいろ話したいことはありましたから」

 

 霖之助と会うのは、三途の川の異変以来だろうか。異変以降顔を合わせていなかったのだから、霖之助の心境も推して知るべしというものだろう。

 

「ふーむ、地底は受け入れてくれなかったか。当然といえば当然かもしれないが……」

「実は、地底で採れる鉱石がどうしても必要でして。ボーキサイトというんですが」

「……生憎と、ウチには望みのものはないな。確かに、地霊殿は地底、旧地獄を管理する立場にあるといえばある。鉱石の存在も把握していてもおかしくはないだろう」

「参りましたよ。このままじゃ本当に、次の作戦まで一ヶ月以上かかってしまいます」

「霊夢の御札を見つけてくれたそうだね。ひとまず、霊夢がいることはわかったから良かったよ。ありがとう。ひと月以上経っているにも関わらず博麗大結界も健在なんだ、何らかの方法によって生きてはいるんだろうさ」

 

 そう話す霖之助は、本当に安心したように表情を緩めていた。

 だが、青年も話すことはできない。霊夢が深海棲艦になっている可能性があるなどと。

 魔理沙も霖之助にそこまでは話していないようであり、伝えない方が霖之助の心を乱さないだろうと考えたのだろうか。

 

「そういえば霖之助さん。三途の川の異変の時、調べたいことがあるって言ってましたよね? 聞いていいのかわかりませんけど、何を調べていたんです?」

「ん? そうだな……うん、君には話しておこう。実は僕が調べていたのは、他でもない地底のことなんだ」

 

 と、霖之助はテーブルに投げ出されていた本を手にとった。ボロボロな状態を見れば、おそらくかなり年季の入ったものと思われる。

 

「無縁塚でカードを拾ってから僕も気になってね。深海棲艦というのはおそらく“怨霊”だという話を魔理沙から聞いて、いろんな文献を漁ったんだ。そして出た結論がこれだ。ここを読んでくれ」

「『地霊殿は灼熱地獄跡の真上に建てられている。旧地獄は地獄としての役目を終えたが、未だ蔓延る怨霊を管理する役目を地霊殿が負っているとみられる』。これ……本当ですか?」

「おそらくは本当だろう。妖怪の山の妖怪や八雲紫あたりはひょっとしたら知っているかもしれないから、もう君も知っていたんじゃないかと思ったが……」

「いえ、妖怪の山の皆さんも旧地獄と不可侵の約定を結んで長いので、それほど詳しくはないと。紫さんは……しばらく会っていません」

「ふむ。何はともあれ、話はここからだ」

 

 霖之助はお茶を一気にあおり、苦々しい表情で告げる。

 

「まず一つ。妖怪はね……怨霊にとり憑かれると死んでしまうんだ」

「なっ――!? いえ、待ってください! 妖怪の皆さんが深海化した事例はいくつかありますし、全員死んでません!」

「ああ、だから僕は仮説を立てた。二つ、とり憑かれても妖怪が死なないなら、深海棲艦は怨霊ではない」

「で、でも、怨霊っていうのは色んな人から情報を貰ってますよ? 神奈子さんも紫さんも、映姫さんも小町さんも皆さん怨霊だと……。怨霊じゃないなら一体?」

「三つ。外の世界の軍艦というのは、艦内に神社を奉っていたそうだ。ほぼ全ての軍艦が勧請し、どれだけ小さくとも神棚が置かれていたらしい」

「それは……一応知っています。例えば、長門は住吉神社を祀っていたって」

 

 艦内神社とは、その艦の海上交通の安全を祈願する為に設けられていた。船魂信仰とも相まって、その艦の乗組員の氏神としての意味もあったらしい。

 

「この三つを踏まえた仮説だ。まず艦娘と深海棲艦に共通する部分として、双方とも霊的存在である。しかし同時に、神でもある、と」

「半分霊で半分神……半神半霊ってことですか?」

「いや違う。霊ではあるんだが、『神的領域』を内包しているんじゃないかって思うんだ。聞いた話では、艦娘の艤装には付喪神が点在しているそうだね?」

「え、ええ……」

「付喪神がその神的領域を守ろうとする行為、それすなわち戦闘行動だとしよう。存在そのものは霊であるが、艦娘も深海棲艦も神的領域によって人のような形、意思を形成しているんじゃないか、というのがまず一つ」

「……深海棲艦は憑依した時しか喋りません。そもそもあれは自分の意思なのか憑依された素体の意思なのか……」

「まあ待つんだ。霊というのはそもそも喋る存在ではない。西行寺幽々子は知っているかい?」

「えっと、妖夢さんが仕えている方ですよね? 宴会の時にちらっとお話した程度です。食べるのに忙しそうでしたので……。」

「あれは霊だよ。しかし、霊としてはその“存在”が強すぎるがゆえに、自我を保ち言葉を介することができる。これが指す意味がわかるかい?」

「言葉を話せる艦娘は……深海棲艦より“存在”が強い?」

「話す言葉が誰の意思はともかく、憑依した際にその“存在”を補完しているならば、話せる理由も説明がつく。もしかしたら、憑依する理由はそこにあるのかもしれない」

「……何かを伝えようとしている? まるで新しい考え方です、今まで思いつきませんでした。なら、妖怪の皆さんがとり憑かれても死なないのは?」

「神的領域を保有しているから、としか。現状ではここまでしかわからないんだ。そりゃ予想なんかは、思いつくけど、確定といえるだけの説明ができるほど情報がない」

「……ちなみに、僕もあまりわからないんですけど、その“存在”というのがそれまでより格段に強くなる、なんてことはありえるんですか?」

「ふむ……。これも説明はできないが、過去にそういった事例が全くないわけではない。だから答えとしてはひとまず、“ありえる”とだけ」

 

 ならば、深海棲艦を倒して艦娘のカードが現れるということは――。

おそらく、そういうことなのだろう。

 深海化した者への攻撃が、深海化から解放した時に無傷になるというのも、なにかそのあたりが関わっているのだろうか。だがそうすると、妖怪が深海化した場合、放っておくと霊的領域に侵されて本当に死んでしまう可能性も考えられる。

 

(……謎ばっかりだなあ)

 

 霖之助の話に疑問が残る部分は勿論何点もある。だが、情報が少ない今、こうして有益な知恵を絞り出してくれた霖之助に感謝こそすれ、これ以上を求めるのは酷というものだろう。

 

「……頭がパンクしそうです」

「あくまで仮説さ。少し休憩しよう。ほら、彼女たちも準備が出来たようだ」

 

 そう言って霖之助は、二人のもとへお茶とお菓子を運んでくる二人の女性へ、少しだけ嬉しそうに目をやった。

 

 

 

 

 

「司令司令! 魔理沙と一緒にお菓子作りましたから食べてくださいね!」

「比叡、ありがとう。何を作ったのかな?」

「へっ、私と比叡の特製クッキーだ! お茶も追加で淹れてきたぜ!」

 

 比叡が恐るべき手際でテーブルのホコリを拭き取ると、そこへ魔理沙がお菓子とお茶の載ったお盆を置く。素早く、しかしそれでいて優雅さを失わない比叡の動きは、ホテルのオーナーもびっくりの流麗さである。

 お茶とお菓子を前に、まずは霖之助がお茶に手を付ける。香りを楽しんだ仕草をした後に口を付け、ティーカップを置いて窓から外の景色を眺めていた。

 

「ふーっ、今日もいい天気だ」

「曇ってますけど」

「やはり魔理沙の作ったクッキーは美味いな。しっとりとしていながらサクサク感を損なわない、甘さも控えめで上品な味だ」

「いえ、それ私が作りました」

「ココアはバンホーテンのものを使用しているのかい?」

「おいおい、九番茶だぜ」

 

 なお、本日香霖堂は閉店している。

 

「しかし、比叡さんは元気で可愛らしいのに料理も上手なんだね。そうも魅力的なら、里の男たちが放っておくまいに」

「あはは……、ありがとうございます。でも、私は金剛お姉様一筋ですから」

「ふむ、カミツレ君。フラれてしまったよ」

「手が早いんですね」

「冗談さ。僕も色事に興味がないわけではないが……」

 

 と、霖之助は僅かに視線を動かし、すぐに戻した。その意図は読み取れなかったが、霖之助がその一瞬で視線を向けたのは――金髪の少女。

 その白黒の魔法使いは、霖之助の視線には気付かなかったようで、話の途中から涙をこらえてプルプルと震えていた。

 

「まあ、まだ早いようでね」

「…………そういうことでしたら」

「そういうカミツレ君こそ、どうなんだい?」

「どう、とは?」

「僕も直接会ったことはないが……東風谷早苗さんだったかな? いい仲と聞いているが」

「ブハッ!」

「毎日艦娘を侍らせてイチャイチャしているとか。里の男たちの間では血涙を流してそうな者が沢山いるぞ」

「ちょっ、部下に手を出してることになってるんですか!?」

「人里を歩くときは気をつけたまえ。ある意味では妖怪より恐ろしい者で溢れているよ。なあに、一つ屋根の下で女性と暮らしているのなら、そういうこともあるだろうさ」

 

 そう話す霖之助はニヤニヤと不敵な笑みを浮かべている。これはからかっているに違いないとわかっているのだが、噂とはかけ離れた話を想像してみて、ありえないと思いながらも心の中で吹き出してしまった。

 

(イチャイチャどころかスパルタなんだけどなあ……勉強とか)

 

 艦娘に好かれてはいるのだろう。金剛などは最たる例であるし、陸奥などは色気でからかってくることもある。紅魔艦隊の視察に行けば抱きつかれるし、ツンツンしていた曙でさえ最近は体調を気にしてくれるようになっている。

 そういえば、最近艦娘からのスキンシップが増えている気がする。勉強中に膝の上に座ってくる駆逐艦、廊下を歩いていると突然手を握ってくる軽巡、腕を取って胸を当ててくる重巡、それを真似する龍驤、食事の際にあーんとしてくる空母や戦艦たち……。

 

(僕って……一応上官のはずじゃ)

 

 勉強中、あの堅物そうな長門が頬をプニプニしてきた時は流石に反応に困った。

 それ以外はどうだろうか。美鈴は鎮守府で一番最初に笑顔を向けてくれるし、妖夢はお菓子の試作を一番に持ってきてくれるし、二柱は何かと気にかけてくれて非常に好意的だ。

 つまり、だ。

 

「普通に仲がいいだけですよ、やっぱり」

「そうなのかい?」

「ええ。そもそも、僕と恋仲になりたい人なんているんでしょうか?」

「ふーん……? まあ、そういうことならそういうことにしておこう。だが、友人として一つ忠告だ」

「え? は、はい」

 

 霖之助は笑顔のまま、顔をズイと寄せてくる。何事かと思いはしたが、霖之助が耳元で囁くので、それを聞き入れたのだが。

 

 

 

「予防線を張るのもほどほどにしないと、いつか自分の首を絞めることになるよ」

 

 

 

 それだけ言って、霖之助は再びお茶に口をつける。忠告の意味は、青年にはついぞわからなかった。

 

 わからないのに――何故だか冷や汗が止まらない。

 

「ところで魔理沙、このバンホーテンの九番茶だが」

「比叡にこーりんとられた……。こーりん……」

「し、ししし司令! 司令ってもしかして女性に興味がないんですか!?」

 

 呆れながら咥えたクッキーは、不思議なことに苦く感じた。

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 神社の縁側にてお茶をすすっていた青年は、その視線を宙に浮かぶ月に向けたまま、同じようにして隣に座る早苗に尋ねる。

 

 霖之助との会話が、頭から消えてくれなくて。

 

「さなちゃん、ってさ」

「はい」

「僕のことどう思ってるの?」

「はい?」

 

 早苗の視線は、月を離れて自身へ注がれた。が、青年は変わらず月を向いたまま。

 

「あの……私の口から言わせるんですか?」

「だって知りたいんだもん」

「い、いきなりですね。そりゃあ私、カミツレさんのこと――」

 

 一拍間を置いて、

 

「その……好きですけど?」

「うん、僕も大切な友達……大切な家族だと思ってる」

「一体何を考えてるんですかこの人は全くもう。人の決意を何だとぶつぶつ……」

 

 早苗の言葉がどういう意図で発せられたのかわからなくて。

 自分がどういうつもりで早苗にそれを聞いてのかすら不鮮明で。

 

 そんな中でも、霖之助の言葉が心にとぐろを巻く。

 

「だから、ね」

「ええ」

「あの時――神社で会った時。話しかけてくれてありがとう」

「…………っ! ええ、お互い様ですよ。カミツレさん、ありがとうございます」

 

 だが、やはり自分には――。

 この大切が壊れてしまうのが怖くて。

 この大切が当たり前でなくなることを恐れて。

 

 何より、この感情が自分自身でもわからないがために。

 

 

「だから」

 

 

 張り裂けそうなほど膨らむ情けない不確かな心を押さえ込み、くすぶっていた心にもない虚飾を増長させてしまったのだが。

 

 

 

「僕が死んだら――もう僕のことは全部忘れて欲しい」

 

 

 

 その返答は、

 

 

「――あんまりです」

 

 

 冷たく鋭利で、ささやくような呟きであった。

 

 

「二度とこの話題を持ち出さないでください」

 

 

 その瞳に圧倒されて。

 

 小さく弱い本心は灯火を消す。

 

「ごめん」

「代わりに面白い話、いっぱいしてくださいね?」

 

 不自然な関係は不自然なまま凝固し。

 

 いつしか脆く崩れ往くその時まで。

 

 

 二人は、決して変わることはないのだろう。

 

 

 少なくとも青年は、早苗のその態度、返答に。

 

 自身は恋愛対象ではないだろうという疑問を、確信へと変えてしまったのだから。
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 楼主| 发表于 2021-11-20 11:49:24 | 显示全部楼层
044 妖精さん

 青年がヤマメに追い返された後の、ある日のことである。

 

「むきゅー……」

 

 パチュリー・ノーレッジは紅魔館を出発し、鎮守府へと向かっていた。真昼間に出かけるなど自分自身でもそうそうないと自覚はあるのだが、用事があるのだから仕方ない。

 しかし、日光がこんなにも辛いとは思わなかった。いつから自分は吸血鬼になったのだろうと自嘲しながらも、やはり引き篭り過ぎかと嘆息する。ここ最近、鎮守府から送られてくる魚がおいしいのも相まって、体重も増えている気がするのだ。近いうちに対策を練らなければならない。

 

「むきゅっ」

 

 鎮守府に到着する。その門番は、よく知っているチャイナドレスをまとっていた。

 

「あれ、パチュリー様? どうしましたこんな昼間に?」

「ちょっと用事よ。茅野守連と河童にね」

「わかりました、取次ぎますね」

「ここに来ても貴女の門番姿を見ることになるなんてね。私はそんなに見慣れてはいないけれど」

「代わりにここ、厳しいからお昼寝とかできないんですよねえ。門番して演習して美味しいご飯食べて寝るしかできないんですよ」

 

 随分と健康的である、そもそも門番は昼寝が仕事ではない、などのツッコミはさておき。

 この天然妖怪に付き合っていては日が暮れてしまうため、パチュリーは美鈴に取次を急がせるのであった。

 

 

 

 

 

「こうして対面してじっくり話すのは初めてでしょうか。改めまして、茅野守連です」

「なんだか……少し雰囲気が変わったかしら?」

「あはは。まあ、提督として相応しい振る舞いを、という名目で教育を受けてまして」

「パチュリー・ノーレッジよ。鎮守府から持ちかけられていた、深海化についての調査の件で来たわ」

「ご来訪、歓迎いたしますパチュリーさん」

「丁寧な出迎えに感謝しているわ」

 

 執務室内。テーブルに対面し、金剛より配膳された紅茶を一口。その味に満足し、パチュリーは早速話に入る。

 

「本題から入ると、艦娘も深海棲艦も霊であって霊ではないわ」

「神的領域を内包している、と霖之助さんに伺いました」

「あら、なら大方知っているのかしら? であれば、文献を漁ってわかったことを報告するわ。今回調べたのは艤装について」

 

 紅魔館との同盟を利用して、鎮守府が持ちかけてきた相談があった。それが、大図書館で艦娘や深海棲艦についての調査、及び自身の頭脳による見解を求めるというもの。

 レミリアは快諾し、代わりに戦闘に関する情報の共有化を求め、青年はこれを認める。そして、パチュリーはレミリアの密かな計画――月へ行くための魔術式のロケット建造と並行しながら、これを調べた。

 

 レミリアとは長い付き合いである。だが、レミリアがどこまで考えて鎮守府と懇意にしているのかは、パチュリーにも読み取れなかった。

 

「艤装は各艦娘の過去の艤装が象徴化したものを、付喪神がコントロールしてる。その付喪神は艦娘からの命令で動くわ。付喪神がいなくては艦娘は艤装をただ運ぶだけになるし、逆に付喪神だけでは適切な戦闘は行えない」

「深海棲感も同様、と考えたほうがいいんでしょうか。深海勢に付喪神のようなものを見たという報告はありませんが」

「そこはわからないわね。艦娘に限って言えば、適性があれば艤装を換装することは可能よ。付喪神は艤装に憑いているから、換装した後は付喪神との意思伝達が取れればいいだけ。このあたりは技術的な問題も関わってきそうね」

「ふむふむ」

「一番興味深かったのは空母の艤装。弓、または札によって航空機を具現化、しかも一機一機に付喪神がついているんだもの」

「彼らは搭乗員ですからね。ただ興味深いことに、彼らは撃墜されると機体への熟練度は失うようなんですけど、不思議なことに復活するんですよ。まるで幻想郷の妖精さんみたいだと思いませんか?」

「ふうん……?なら、彼らのことはひとまず『妖精さん』と呼びましょうか」

 

 それを踏まえて、パチュリーは自身が深海化した時のことを話す。

 異変が解決してすぐあとは、喪失感のようなものに見舞われてロクな思考ができなかったが、今なら深海化した時の記憶もなんとなく思い出せる。そして自身が他の者と違った点として、弾幕の航空機化があった。陸上基地と変貌した四季映姫も、どうやらそのような力があったらしい。

 

 結論から言えば、航空機へと変化する理由はわからない。しかし、航空機をある程度意のままに操れていた気がするのは確かである、といったものである。

 そして、深海棲艦の航空機を撃墜し、霊夢の札が現れた。仮に霊夢が深海化しており、弾幕を航空機に変えられるとするならば――

 

(……まあ、まず勝ち目はないわね。そもそもが強すぎるのに)

 

 加えて、物理的に飛行禁止の海という条件付き。スペルカードまで使われるとなれば、手も足も出ないだろう。

 そう、“仕方ない”のだ。博麗霊夢を相手に勝てる者などいない。いかに艦娘が優れていようとも、博麗の巫女には敵わない。誰もがそう思うし、それを受け入れるだろう。

 

(でも、知ってか知らずかこの男……)

 

 目の前に座る青年からは、諦めるような表情など微塵も感じられない。以前見かけた魔理沙も、希望をまるで失ってはいなかった。霊夢への理解がない無知故か、それとも知って尚助けようとしているのか。

 レミリアは――もしかしたらこれを楽しんでいるのだろうか。もっとも、パチュリーの知るレミリアは、ただ純粋に霊夢を心配するという面も持ち合わせているとわかっているのだが。

 

 彼女は、この先にどんな運命を見出しているのだろう。

 

「……興味深い」

「え? な、何か言いました?」

「何でもないわ。にとりのところに行きましょう」

 

 そうして、パチュリーは執務室を後にした。金剛へは、紅茶の礼を伝えながら。

 

 

 

 

 

「やあやあ、もやしっ子が出てくるなんて珍しいね」

「ワン〇―こあとか作れない? 図書室の文献に取扱説明書が紛れ込んでいたのだけれど」

「ワ〇ダーこあ? ああ、とうとう君もダイエットを決意したんだね」

「そ……それほど太ってないわよ。健康維持のためだから」

「そんなの使うより全身運動がおすすめさ。一緒に水泳しようよ!」

「あなたみたいに息継ぎなしで一時間なんて無理に決まってるでしょう!」

「あの……用件済ませましょう」

 

 と、青年の呆れ混じりの声が聞こえたところで、パチュリーは我に返る。

 にとりへの用事というのも、実は艦娘の艤装関係についてであった。魔法の見地からすればどう感じるかというにとりからの依頼である。

 

「以前言っていた、艦娘の艤装の換装、一応理論上は可能よ。付喪神――妖精さんがそれを受け入れればね」

「お、そりゃ良かった。技術上は可能ってわかってたけど、万が一を考えたら気が引けてね。雷巡の人は魚雷増やすだけだったからまだ何とかなったけどさ。でもそうなると、私なんかが艤装を装備しても使うことはできなさそうだね」

「……ちなみに、妖精さんは喋ったりしないの?」

「ん? そりゃ付喪神だし喋るよ? 艤装の修復なんかは助言してもらいながらやってるからね。しっかし、妖精さんって随分パチュリーらしいメルヘンな呼び方だね」

「そ、そんなことないわよ! 最初に言いだしたのはカミツレよ?」

「ファッ!?」

 

 飛び火した青年には悪いなと思いながらも、パチュリーはその後も報告を続けた。

 艦娘自身が強くなることで、艦種として更なる“存在”の強化が可能になること、艤装そのものの改修については特殊な工作機械とその為の知識が必要なこと、艤装を取り上げれば艦娘はただの幽霊のような女の子であること……。

 

「ま、こんなところかしら。また何かわかれば教えるわね」

「うん、これでまた効率よく修復なんかもできそうだ。工廠の人手も増やそうと思ってたところだし、非常にありがたいね」

「難儀なものね。幽霊なのか神なのか、存在さえはっきりしないのに、艦娘たちは戦うことを強いられるなんて」

「……そういえば盟友。盟友の能力についてもう一回教えてもらっていいかい?」

「え、僕?」

 

 戸惑い気味の青年であったが、特に嫌がるわけでもなく説明してくれた。

 

 曰く、こうである。紫の名付けた『軍艦を指揮する程度の能力』は、艦娘の記憶を読み取り、彼女たちに命令を与えられる能力である、と。

 

「え……それだけ?」

「特にそれ以外聞いてないですけど……」

「それは怠慢が過ぎるわ。自分の能力よ? もっと可能性を広げようとは思わなかったのかしら?」

「えっと……はい、すいません」

「……とりあえず、情報がある程度出た今、あなたの能力について分かることといえば――」

 

 艦娘は神的領域を内包した幽霊である。触ることで個体ごとの記憶を理解し、命令を確実に与えることができるのが青年の能力となる。

 付け加えるならば、“艦娘側は命令を命令と思っておらず、ただ青年のために行動している”つもりであるという。また、艦娘も青年の記憶を知ることが出来る、とのこと。

 

 つまり、幽霊ということが理由なのか、神的領域を有していることが理由なのか。もしくは、本当に艦娘にのみ効力を持つ能力であるのか。少なくとも、カード化及び実体化は青年にしか行えない。

 

「……思ったのだけれど」

「はい?」

「艦娘に命令を与えられるなら、ほとんど同じような存在の深海棲艦にも命令は与えられるんじゃないかしら?」

「…………。いやいやご冗談を、記憶を知ろうにも怖すぎて触れませんよ。それに、深海化したなら分かっているはずです。深海棲艦は、艦娘への憎悪と攻撃心を持っていると。つまりそのトップにいる僕なんかは格好の的なわけですよ」

「試したことはあるの?」

「……ないですけど、異変の度に深海化した人と話して、反論やら反感もらってますよ?」

「となると……、あなたの能力って本当に艦娘に対してだけなのね」

「可能性とは一体……ぐぬぬ」

 

 落ち込む青年を尻目に、パチュリーは傾き始めた太陽を見つめる。

 

「さて、そろそろ帰るわ。にとり、腹筋ベルトよろしくね」

「それぐらいなら作るけど……プルプルするのはスライムとかでもいいかい?」

「はあ、僕の能力かあ……。いっそ、誰かもう一人指揮する人がいてくれたらなあ」

 

 との、青年の一言に。

 

「盟友、そりゃないよ。艦娘の過去を一人一人知ってるのは盟友だけだし、提督としての教育を受けてるのもそれをこなしてるのも盟友だけなんだよ?」

「ははは、わかってるよ。冗談冗談。ただ、こうも責任が重いとね。鎮守府にとって万全の体制整えてたら、いつの間にか色んな人たちと関わってるんだもん」

「ま、私はこうして機械いじれるだけで楽しいんだけどね。外の機械にここまで触れるチャンスなんてそうそうないし。おまけにきゅうりもついてくる」

「ちゃんと保存してあるからね。にとりさんには本当に感謝してるんだよ? あ、でも弾薬ときゅうりを間違えたりとかはしないでね」

「以前眠い時に一回やりそうになったんだよね! 攻撃機がきゅうりぶらさげてるんだもん、爆笑ものだったよ!」

 

 

「――私がやってあげようか?」

 

 

 と、言葉を返す。

 

(まあ、この提督がそれを望んでるならやってあげても……)

 

「え……パチュリーさん、その?」

「だから、提督の手伝いをやってあげましょうかって」

「あの、その……ほ、本気で言っているんですか?」

「本気も何も、あなたがそう言ったから――んん?」

 

(なぜ私がそんなことをしないといけないの?)

 

「いえ、何でもないわ。ただのジョーク」

「じょ、ジョークですか。やだなあ、顔に出ないんですからははは……」

 

 青年の乾いた笑いは、パチュリーの耳には届かない。

 なぜ自分は、青年の何気ない呟きに反応してしまったのだろうか。青年がそれを冗談交じりに望んだことはわかるが、自身がそれを叶えてやる必要はまるでないというのに。

 

(なんだか、自然と叶えてあげたい気持ちになったけれど……私も丸くなったのかしら? ちょ、誰が太ったっていうのよ!)

 

 首をひねりながら、パチュリーは今度こそ鎮守府を後にしたのであった。
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 楼主| 发表于 2021-11-20 11:51:28 | 显示全部楼层
045 心をあかす者

 天井の岩は暗いというのに、目前に広がる古い町並みは真昼のように明るい。鬼が築いたこの旧都であるが、妖怪や地霊たちは皆活気に溢れ過ごしていた。

 そしてそんな中、大通りを歩く青年とヤマメ。自身に視線が突き刺さるのを肌で感じながら、青年は足を動かす。

 

「意外と平気そうだね」

「とんでもない。内心いつ襲われるのかとドキドキしています」

「そいつを顔に出さないのはなかなかのもんさ。ここにいる妖怪たちは皆、地上を追われた奴らだ。能力も力も、アンタを殺すぐらい造作もない奴らなのに」

「だからこそ、念の為に金剛をポケットに忍ばせているんです。表立った護衛は連れていませんし、僕は今回、脅しではなくお話に来たんですから」

「ふうん……? やっぱり変な人間だね」

 

 そうして、歩みを進める中で。

 ヤマメの案内により、青年は地霊殿へ到着する。

 

 

 

 

 

 見た目は立派な西洋風の屋敷であり、その中も見事なものであった。様々な色で彩られた市松模様の床に、ステンドグラスで造られた天窓。エントランスの階段の踊り場には、薄紫色の癖っ毛をした少女がいた。

 

(可愛らしい子……ここで暮らしてるのかな?)

 

 ジロジロ眺めるのは失礼だと思いながらもその少女の様子を伺っていると、案内として共にいたヤマメが踵を返してしまう。

 

「じゃ、私はこれで」

「ヤマメさん、案内ありがとう。ああ、そんなことありません。私に会うのも嫌でしょうけど、私はあなたのこと嫌っていませんよ? ふふふ、そうですか」

「あーあー、じゃあね!」

 

 と、独り言を話すように微笑む少女。その態度に、ヤマメは「フンッ」とでも言うかのようにさっさと地霊殿を出て行ってしまった。

 

 取り残される青年。が、今の会話で理解する。

 

(そうか……この人が――)

 

「ええ、私が古明地さとりです。よろしくお願いしますね、提督さん?」

 

 『心を読む程度の能力』、古明地さとり。

 地霊殿の主は、外見相応にはしゃぐような笑みで迎えてくれた。

 

 

 

 

 

 客室に通され、青年はひとまずソファに腰掛ける。するとホコリが宙を舞い、青年を容赦なく襲った。

 何かのイタズラか、歓迎されていない証なのかと思いきや、対面して座るさとりも同様であった。

 

「ゲホッゲホッ! すみません、お客人を招くことなど久しぶりでしたもので、客室の掃除を長年怠っていました」

「ゲホッ、いえそれは構いませんけど、どれくらい掃除していないんです?」

「かれこれ7年ほどになりますか。ふふふ、独り身と笑いたくば笑ってください」

「そこまで思ってませんが……」

 

 と、しれっと告げるさとりに案内され、掃除された別の部屋にて再び対面して座る。

 

「こちら、お土産の魚です。どうぞ地霊殿の皆さんで召し上がってください」

「あら、これはご丁寧に。もてなす側だというのに、掃除も行き届いておらず申し訳ありません」

「いえ、お気になさらず。こちらこそ、魔理沙ちゃんがどうやらご迷惑をおかけしたようでして」

 

 その一言に、魚を受け取って微笑んでいたさとりは視線をジロリと青年に向ける。

 

「あの魔女はあなたの部下なのですか?」

「いえ、協力関係でしょうか。古明地さんとは段階を追って接触しようと思っていたのですが、魔理沙ちゃんが足早に行ってしまいまして……」

「なら、あなたが謝る必要はないでしょう。人間のあなたにとって地底が危ないというのは確かですので、むしろその点で、追い返したヤマメさんを責めないであげて欲しいものです」

「それは構いませんが……」

 

(……仲間想い、なのかな?)

 

「そういうわけではありません。これ以上、地底の妖怪が嫌われないよう努めているだけですから」

「う……は、はい」

「やはりこの能力には驚きますか? まあ、同じ地底の妖怪にすら疎まれるものですからね」

 

(そ、そんなことないけど……なんて言えばいいんだろ。下手なこと考えられないのは間違いないけど、どう説明しようか。能力ならそれはそれで仕方ないんだろうし……)

 

「ふふふ……お気遣いありがとうございます。では本題に入りましょうか。私に用事があると聞いていますよ」

 

 話さずとも会話ができることに違和感こそ感じつつも、少なくとも話はできる人物だろう。青年はそう思い、話を広げ始める。

 

「では、まず怨霊について質問します。今地上では海が現れ、それに伴って深海棲艦が攻め込んでくるという異変が起きています。その深海棲艦というのは怨霊と見られていて――」

「あなたの推測は、残念ながら当てはまりません。確かに地霊殿――というより私は、この能力を利用して怨霊を管理する立場にありますが、あなたの考える深海棲艦のような怨霊は、今のところ見たことはありませんよ」

「…………。なら――」

「地上で起きているその海の異変についても、ある程度は知っています。しかし、地底に蔓延る怨霊が関与していないことは確かです」

「そう……ですか」

「その怨霊だけなら大したことはないでしょう。八雲紫や博麗の巫女もいるんですから、じきに解決するのではありませんか?」

「いえ、それが――」

 

 それを話そうと、考えた瞬間。口に出そうと、頭の中で話す内容をまとめた瞬間。

 それまで微笑んでいたさとりが――

 

「博麗の巫女――霊夢さん、行方不明になっているんです。厳密には、深海化している可能性がありまして――」

 

 一変して、表情を冷徹なモノへと変貌させたのだ。

 

 

 

 

 

(えっ……?)

 

「あの魔女の頭の中は間違いなかった――あ、いえ、私としたことがごめんなさい。何でもありません」

 

 しかし、それがまるで嘘であったかのように、再び柔らかく微笑むモノへと戻る。

 

「博麗の巫女がまさか、そのようなことになっているとは思ってもいなかったのです。確かに、それはあなたも大変そうですね」

「え、ええ……」

 

先ほどの表情は一体何だったのだろうかと思いながらも、何かおかしなことを考えればすぐさとりに気づかれてしまう。故に、青年はそれをひとまず思考から消し去った。

 

「それで、鎮守府をまとめるあなた――提督さんは、私や地底に何を求めているのでしょう?」

「あ、はい。こちらで掴んだ情報なのですが、地底は良質なボーキサイトの鉱脈があると伺っています。良ければ、鎮守府に融通してもらいたいと考えているのですが……」

「ボーキサイト……?」

「えっと、赤茶色の鉱石で――」

「ああ、『鉄ばんど』ですか。旧都では色んな所から出てきますよ。正直使い道もないので、引き取って頂けるのであれば願ってもいない話ですが……」

「ほ、本当ですか!? ありがとうございます! 実は、艦娘の航空機の整備にどうしても必要でして」

「あら、空を飛ぶ乗り物ですか。外の世界にはそんなものもあるのですね」

「ちなみに、勿論タダとは言いませんよね?」

「私たちとしては価値もないものですので、特に対価は求めませんが……。そうですね、鉱夫を雇うことと輸送の手間賃、旧都に流通させるためにも、魚を頂ければそれで構いません」

「そんな条件で……。ありがとうございます!」

 

(これで地霊殿での要件は終わったも同然か。しかも古明地さん、人の話すことを先回りする以外は普通に話せる人じゃん)

 

 ニコニコ顔で、青年は猫耳の生えた妖怪から出されたお茶を飲む。さとりも笑みを浮かべており、要件が終わった為か場は一気に和やかなムードへと変わった。

 

「ふふ、それにしても。外の世界からいらっしゃったのでしょう? いきなりそんな大役を押し付けられるなんて、大変じゃありませんか?」

「ええ、確かに大変です。でも、外の世界に比べれば――、やりがいもありますし、それに僕は恩を返したいですからね」

「恩返し?」

「僕に生きる楽しさを教えてくれた神社の人達と、艦娘の皆に」

「ふふふ、そうですか。私もあなたほどではありませんけれど、少しペットの管理に困っていまして」

「ペットですか? いいですね、和やかで」

「先ほどお茶を配膳した猫や、鴉などもいます。確かに、友達のいない私にとっては家族のようなものですからね」

 

(家族、か……。そっか、僕にとっての神社や鎮守府みたいに……)

 

「…………。――――ッ!? ふ、ふふ……そういう……」

「ん? 古明地さん?」

「いえ、失礼しました。そういうあなたこそ、艦娘とはいえ女の子に毎日囲まれて気分もいいのではありませんか?」

「僕そんなこと考えてましたか!? あはは……、そりゃ僕も男ですから、そういうことは意識しないでもないですけど……」

「部下相手にそんな目を向けるなんて考えたことはない、ですか。残念でしたね戦艦さん?」

「え?」

 

 微笑むその表情とその視線は、自身ではなくポケットへ向けられていた。

 なんだバレてたのか、などと思うより先に。その後、さとりが僅かに瞼を閉じてから。

 

 しっとりとした、色香を帯びた表情を自身に向けてくる。

 

「艦娘さんの力、この幻想郷においても本当に強大ですね。個の力もさておき、集団で、組織で戦うとなれば相当なものです。深海棲艦に対抗する戦力として、私も期待するところではあります。が――」

「…………が?」

 

 

 

「その力で、幻想郷を支配しようとは思わないのですか?」

 

 

 

 まるで肉食動物が獲物へ向けるような視線。それまでのさとりの雰囲気からまた一つ変わり、探ろうとする態度を隠そうとしていない。

 それを警戒して濁すでもなく、バカ真面目に真正面から否定するでもなく。

 

 

(幻想郷の……支配?)

 

 

 青年は、そこで初めて思考に入った。

 

 

(……支配しようと思ったこと……ないなあ)

「ほう?」

(外の世界から来たし、もしかしたらその辺を警戒されてるのかも。でも、本心を言うなら――)

 

 “そんな面倒くさいことはしない。”

鎮守府が人里で認められ始めて、他の勢力との対話も始まって、ようやく霊夢を捜索する体制が整ったのだ。神社の信仰も、ある程度安定して得られるようになっている。

 なぜ今更、全方位に喧嘩を売ることをしなくてはいけないのか。そもそも自分には、幻想郷を責める理由などないというのに。

 

 ――これが外の世界ならまだしも。

 

「そう――ですか」

 

 わずかに寂しげに微笑んださとり。

 覚り妖怪ではない青年に、さとりが何を考えているのかなどわかりようもなかった。

 

 

 

 

 

 沢山話しこんでしまった。気づいたころには、時刻も夕方である。

 帰り際。地霊殿のエントランスにて、青年は猫の妖怪からお土産を受け取る。玄関の扉に手をかけたところで、見送りに来ているさとりが口を開いた。

 

「本日はありがとうございました。またお時間があれば遊びに来てください。あなたならいつでも歓迎しましょう」

「こちらこそ、ボーキサイトの件はよろしくお願いします。古明地さんこそ、いつでも鎮守府にいらしてくださいね」

「ええ、地上の妖怪との約定も、少し見直すことにしましょう。それから、老婆心ながら一つだけ“あなた個人”に忠告を」

「はい?」

「失礼ではありますが、私でさえもあなたの歩みを惨めに思ってしまうのです。どうか、真実を知ることがないよう祈っています」

「は、はあ……? よ、よくわかりませんけど、ありがとうございます」

 

 不思議な少女である。敵対心を向けるでもなく、親交を求めるでもなく、鎮守府に協力してくれる。一線を維持しているというのに、自分に対しては忠告まで送ってくれるのだ。

 掴みどころがない、というよりわからない。彼女が何を求めているのかを、この会合で推し量ることは叶わなかった。

 

 突如、さとりが再びあの表情をする。

 色っぽく熱を帯びた、しかし底の深さを感じさせないミステリアスな雰囲気を。

 

「……ねえ、世界や神を恨んだことはある? 憎んだことは――?」

「どうしてそんな質問を?」

「ただの世間話です」

「……あるかないかで言えば」

 

 ありますよ。

 声に出すことなく、青年はそう答えた。

 

「そう……。旧都の妖怪にはあなたに手を出さないよう、すでに伝えてあります。最後までポケットの艦娘を出さないでいてくれたこと、感謝していますよ」

 

 そして、青年は。

 不思議な忠告をもらったなあと思いながら、地霊殿を後にしたのであった。

 

 

 

 

 

 青年が地霊殿を去った後。地霊殿のエントランスにて、さとりは一つため息をつく。

 するとそこへ、火車である火焔猫燐が不思議そうな表情をした。

 

「うにゃー? さとり様、ため息なんて珍しい」

「お燐、おもてなしありがとう。久しぶりにお客を迎えたから緊張してしまったわ」

「さとり様でも緊張するんですね?」

「私は感情を失っているわけではないもの。ああ、でもあの茅野さんは――」

 

 酷かったわね、と。

 呟くように、彼のからくり仕掛けのような感情を思い出す。

 

(優しくしているように見せかけている……? かなり不安定な思考だったけれど。それに、“まだ”ヒトの上に立つ者の器じゃないわね)

 

「彼が外の世界のことを思い出しながら話してくれたから、過去の記憶を断片的に“読む”ことができたわ。幻想郷に来てこそ緩和されたみたいだけれど」

「じゃあ、さっきのはそのことについて?」

「違うわ、もっと昔。断片も断片、だって自意識にほんの僅かに浮かび上がってきた、本人でさえ認識していない赤子の時の記憶だもの。読めたのは運が良かったわね」

「うにゃー……、人間も大変ですね」

「だからこそ――茅野さんを“味方に引き入れられる”可能性がある。茅野さんの断片的な記憶が確かなら、鎮守府と守谷神社の関係はとても――」

 

 歪なものよ。

 さとりは、望まずして不遇な過去を得ることになった青年へ、僅かながら共感を覚えた。

 

(――帰り際の質問に肯定を返した。そこに付け入る隙がある)

 

「それで、鉄ばんどの供給は本当にするんですか?」

「するわ。そこは協力して損はないもの。私たちは要らないものを処分する代わりに、地底に新たな食材と、“鎮守府との繋がり”を手に入れることができるんですもの。それに――」

「それに?」

「……いえ、何でもないわ」

 

 航空機に限った話ではない。ないのだが。

 空を飛ぶ“モノ”たちが、疎まれ地底を這いずる自身らの助けを必要としている。これほど滑稽なことがあるだろうか。地上の者が皆ほとほと困っていると考えると、さとりは一人心の中でほくそ笑んだ。

 

「それよりお燐。本当に深海棲艦は地底にはいないの?」

「あたいも妖怪だから取り憑かれたくないんで必死です。今のところ地底じゃ見たことないですし、報告も上がってないですよ。地上にこっそり出たときに見かけたことはあるから、あんなの見間違えようもないです」

「そう……今のところはね」

 

 もう一度、さとりは深くため息をつく。

 

「地上との約定も一部見直し……。最終的にあたいたち、どこへ向かうんでしょうね」

「仲良しごっこだけではやっていけない。鎮守府に協力しているという者たちも、何か腹に抱えているでしょうね。私たちで言うなら――」

「“博麗の巫女が不在という好機を逃すわけにはいかない”、ですよね?」

「あなたはいつから覚り妖怪になったのかしら? まあ私はともかく、この地底――旧地獄には、地上のモノたちに恨みや憎しみを持つ者たちがいる。追い出された者は特にね」

「タイミングは間違えられないですね」

「……できれば茅野さんは巻き込みたくはないけれど、まず無理ね」

「さとり様、随分とあの人間に入れ込んでません?」

 

 からかうようなお燐の態度に。

 さとりは冷徹な心でもって返す。

 

「勘違いしないことね」

「ひぃっ――」

「私が茅野さんに少しばかりの同族意識を持っていることは認めるわ。ただし、不要なら見捨てる、それは当たり前の考え方よ。お燐――あなたもね?」

「うっ……、うぅ……あたいは……」

「――ごめんなさいね。やっぱりあなたたちペットを見捨てるなんてできないわ。それより、今は喜びましょう。折角、茅野さんが地上の面白い情報をいっぱい持ってきてくれたんだから。話してくれなくても、わかったことは沢山あったもの」

「これから忙しくなりそうですね。お空もいつの間にか強くなってましたし」

「ええ」

 

 これほど感情が昂ったのはいつ以来だろうか。地霊殿に、地底にようやく天が巡ってきた。

 この機会を逃すほど、さとりは甘い妖怪ではない。

 

 

 

「我らを地底に追いやった、八雲紫に一矢報いねば」

 

 

 

 自然と、口から高笑いが漏れていた。

 

 

 

 

 

 守矢神社へ帰った時には夜であった。料理中の早苗の「おかえりなさい」を聞いて「ただいま」を返し、青年は神奈子と諏訪子の元へ報告に向かう。

 

「おかえり」

「ただいま戻りました」

「で、地底に行ってきたの?」

「はい。ボーキサイトの交渉もつつがなく終わりました。金剛、金剛から見てさとりさんはどうだった?」

「uh――部下はダメだなんて、テートクなんて知りまセン……!」

「え、なんで!?」

 

 何か悪いことを言ってしまっただろうかと思いながらも、報告を続けた。

 すると、その中で神奈子がポツリと呟く。

 

「あ、そういや地底行ったことあるよ私」

「へっ?」

「あれは確か――そう! 幻想郷に来たばっかの時だよ。カミツレと艦娘がいるから風呂もしっかりしたものにしようと思って」

「……思って?」

「地獄鴉に八咫烏の力をプレゼントさ。奴の力でいいお湯が出るわ出るわ」

 

 満面の笑みを浮かべた神奈子。が、それと反比例して、諏訪子の表情は般若面の如き怒りを浮かべる。

 

「ちょ! そんなことしてたの!? 信じられない! ただでさえ信仰少ない時だったのに!」

「お前だってライフライン整備だけは力入れてたじゃないか! 水道引いて『これで漫画に集中できる』ってボヤいてたの忘れてないぞ!」

「風呂沸かすのにフツーは神の火なんて使わないよ!」

「漫画読むのに神の力はいいのか!?」

 

 ギャーギャーと騒ぎ立てる神たち。金剛がその隙に自身の服の端をつまんでいじけていたのだが、料理ができたのか早苗が呼びに来た際、引き剥がされてしまった。

 

 

 神奈子と諏訪子の言い合いは止まない。場所を変え、食卓においても、

 

「だからさ、神奈子はいっつもそうじゃん! 自分のことばっか優先して思いやりってもんがないよ!」

「外の世界にいた時もゴロゴロしてばっかりだったお前に言われたかないね!」

 

「oh――、今日は散々デス……」

「ちょっとお二人共! 食事時くらいやめてください!」

 

 

 更に場所が変わり、浴場においても、

 

「は! ゴロゴロしてばっかりだから胸も背も小さいのさ! 蛙ほど胸も跳ねないとは可哀想ににな!」

「乳と気だけデカい奴が何言ってんの! 乳自慢したいなら人里で御柱挟んでくればいいじゃん!」

 

「一緒に風呂入ってるのに喧嘩してるデース……。しかも居間にも聞こえてくるほど怒鳴るなんテ……」

「しかもあのお二人、毎日あれで背中流し合ってますからね……」

「神様怖いなあ……とづまりすとこ」

 

 

 まだ場所を変え、寝室でも、

 

「ほら神奈子先に寝っ転がってよ! 布団があったまんないじゃん!」

「何言ってんだ! 一緒に寝ないとお前の匂いを楽しめないだろうが!」

「もーバカ! 大好きだよ!」

「私もだバーカ! このっこのっ!」

 

「寝室からイチャイチャ声が響いてくるデース……」

「ししししかも艶っぽい……!」

「あの、そろそろ自分の部屋に帰ってね? 金剛は鎮守府だよ?」

 

 結局、青年は報告を途中のままその日は寝たのであった。

 

 

 

 

 

 翌日の夜。業務を終えた後。

 朝からずっと顔がツヤツヤしている二柱に、報告の続きをすることに。

 

「まあ、以上です」

「ともあれ、地底と繋がりができたのはありがたいな。深海棲艦も、地霊殿は関与していないとわかったわけだし」

「はい、本当に」

「でもさあ、ボーキサイト手に入るのはいいけど、それを加工するのはどうするの?」

「えっ?」

「いくら大量に手に入るって言っても、アルミニウムに加工するときは沢山電力が必要になるんだよ?」

「電気……」

 

 ボーキサイトの加工には、大量の電気が必要となる。にとりから報告は受けていたはずであったのに、ボーキサイトのことばかり考えていて、すっかり失念していた。

 開口して呆ける青年に苦笑しながらも、神奈子と諏訪子が口を入れてくれた。

 

「まあ、そこは私たちでどうにかしてやろうじゃないか」

「神奈子、八咫烏の力を授けたって言ってたよね?」

「ああ、それがどうした?」

「発電施設を作って、人里にも供給しない? このあたりの地盤と地底の状況を考えたら、間欠泉使うのが一番良さそうだけど」

「神の火の炉……、温泉でも始めるか。河童と山にも協力を要請して、『地下間欠泉センター』といったところか」

「と、いうわけでカミツレ君」

「書をしたためてもらえるか?」

「は?」

 

 

 

 

 

 数日後。遥か下層、地霊殿にて。

 さとりは紅茶など飲みながら、ゆっくりとした時間を過ごしていたのだが。

 

「さとり様―、お手紙届きましたよ」

「あらお燐、ありがとう。手紙なんて何十年ぶりかしら?」

「送り主は……ありゃ、提督殿ですね」

「茅野さん?」

 

 お燐から手紙を受け取るさとり。ボーキサイトの礼でも書かれているのだろうかと考え、律儀な人だなと一瞬思う。

 が、要約するとこうである。

 

 

『電気と温泉作るので、鳥さんの力を貸してください』

 

 

「…………は?」

 

 コミュニケーションに関連することに、少なくとも自身にわからないことはない。そう思い、能力にも自信を持っていたのだが。

 

「――――は?」

 

 青年のこの手紙を送ってきた魂胆はまるでわからない。意外なところで、さとりは自身の能力の及ばない弱点を見つけてしまったのであった。

 

 

 

 

 

 神社にて、協力を受けるとの旨が記されている地霊殿からの手紙を開けると、ひとまず青年は胸を撫で下ろす。神奈子と諏訪子も、これには安心したらしい。

 

「建造と試運転含め1週間から2週間てとこだね。これでまた、守矢神社の理想に一歩近づくわけだ」

「守矢神社の理想……? そういえば、僕は信仰を集める手伝いしかできてないですけど、神奈子さんや諏訪子さんは、信仰集め以外にも何か目的があるんですか? いつものんびりしていますけど」

「ん? ああ、早苗には内緒だぞ。幻想入りの時、スキマ妖怪に敵意こそないと答えたが――」

 

 

 

「最終的な目的は、幻想郷全土を信仰圏内とする――支配することだよ。君たちを無理に巻き込むつもりはないけどさ」

 

 

 

 そして、3週間後。

 偵察を行いつつカードも積極的に回収する威力偵察艦隊、『ダブルスカウター』を編成・運用し始めると、制海権内の情報を集まりつつ艦娘の数も増えた。艦載機の補充も完了し、空母勢に笑顔が戻る。

 

(……内外問わす気にかかることはある。でも今はやるしかない)

 

 結局は当初予定していた通りの一ヶ月後の作戦開始となったが、戦力は前回より充実しているといってもいいだろう。

 幻想入り後58日目、2ヶ月が経とうとしていた時。

 

「現時刻をもって――霊二号作戦を発令する」

 

 博麗霊夢の捜索は、再び開始された。
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