| 第16話 再会と蒸発 
 「――」
 
 「――」
 
 階段を下りて1階に到着する。居間の方から女の子の声と男の声が聞こえた。
 
 (望と刑事か……)
 
 心臓がバクバクしている。1週間ぶりの帰宅。更に俺は失踪している事になっているから当たり前だ。
 
 (大丈夫。あれだけの困難を乗り越えたんだ。いける!)
 
 居間へと繋がる扉へとゆっくりと近づき――。
 
 
 
 ――コンコン
 
 
 
 怖くなってノックした。
 
 (うわっ!? 俺、ダサ……)
 
 「え!? な、何!?」
 
 「落ち着いて。遅れて来た私の部下かも」
 
 ノックしなきゃよかったと望と刑事の会話を聞いて後悔する。
 
 「あ、あの~……」
 
 刑事が扉に近づいて来る気配がしたので自らの手で開けた。
 
 「「……」」
 
 俺の姿を見た2人は呆然と俺を見ている。
 
 「の、望。ただいま」
 
 「お、お兄ちゃん!?」
 
 「あ、ああ……俺だ」
 
 「え、嘘? 急に? 夢じゃない?」
 
 「ああ、夢じゃない」
 
 「ふ、ふにゅ~……」
 
 「の、望!?」
 
 安心したのか驚いたのか望はその場で気を失ってしまった。前のめりに倒れて来たので両手で受け止める。
 
 「貴女が……お兄さん?」
 
 明らかに疑いの目で俺を見る刑事。
 
 「男ですよ?」
 
 望をソファに寝かせてから言い張る。
 
 「いや……」
 
 「男ですよ?」
 
 「……失礼。しかし、貴女は――」
 
 「男ですよ?」
 
 「……貴方はどこへ行ってたんだい?」
 
 「えっと、ですね――」
 
 さすがに幻想郷の話をするわけにはいかないので適当に近くの山で遭難していた事にした。
 
 「それは……よく生きていたな」
 
 刑事は苦笑いしながらそう言った。
 
 「はい、あれは苦しかったです」
 
 (主にコスプレがな!)
 
 「まぁ、無事だったからよかった」
 
 「ありがとうございます」
 
 「でも……母親が」
 
 「え?」
 
 そう言えば、母の姿が見えない。
 
 「実は……蒸発したようで」
 
 「今、なんて?」
 
 「2日前、貴方を探しに世界中を飛び回っていたがそこで運命の人と会った、と妹さんに電話が来たらしい。で、行方知れず」
 
 「あのバカ母が……」
 
 少し複雑だが、説明しておこう。今の母親は俺の本当の母ではない。この母を『母親1』と名付けておく。つまり、望とは血が繋がっていない『義妹』なのだ。母親1と再婚した今は亡き父親もまた俺の本当の父親ではない。この父親を『父親1』とする。母親1と再婚する前に俺の本当の母親――『母親2』はこの父親1と再婚した。そして、母親2と最初に結婚したのが『父親2』なのだ。
 
 整理しよう。まず、父親2と母親2の間に俺が生まれた。理由は分からないが離婚し母親2の方について行くことになった。
 
 そして、母親2と父親1が再婚。だが、すぐに喧嘩別れし、今度は父親1の方へ引き取られる。
 
 最後に父親1と母親1が再婚。先ほど言ったように父親1が病気で亡くなり、今に至る。
 
 (今度は蒸発かよ……とうとう親がいなくなりやがったのだ)
 
 「私たちも出来るだけ協力させて頂く。問題はお金なのだが……」
 
 「それは何とかなると思います」
 
 「バイトでもするのかい?」
 
 「そんなところです」
 
 妖怪の会社に入ったなどと言えるはずがない。
 
 「そうか……まぁ、今日のところはここらへんで。何かあったらここに電話してくれ」
 
 刑事さんは名刺ケースから1枚だけ名刺を出し、テーブルの上に置いた。
 
 「ありがとうございました」
 
 「これも我々の仕事だからね。妹さんによろしく」
 
 「はい」
 
 こうして、刑事さんは帰って行った。
 
 「蒸発か……」
 
 何とも言えない気持ちになった。運命の人と言っていたがどんな人なのだろうか?
 
 「……東ひがし 幸助こうすけね」
 
 あの刑事の名前を確認した後、名刺を適当な小物入れに仕舞った。
 
 (そういえば……)
 
 短パンのポケットに手を突っ込み、紫から受け取った物を取り出した。
 
 「け、携帯?」
 
 一昔前の折り畳み式の携帯だった。機種もかなり古い。開くと待ち受け画面が紫だった。スキマに腰掛けて右手に顎を乗せながらこちらに向けて微笑んでいる。
 
 「えっと……」
 
 辺りを見渡し、テレビをこの携帯のカメラで撮影。瞬時に保存し待ち受けにした。ここまで約10秒。ほとんど本能で動いていた。
 
 「私よりテレビの方がいいのね」
 
 「うわっ!?」
 
 背後から急に話しかけられたので思わず、声を出してしまう。振り返るとスキマから顔を出している紫がいた。
 
 「ゆ、紫!? どうしてここに!?」
 
 「様子を見に来たのよ。そしたら、丁度待ち受けをテレビにしていたのよ」
 
 「す、すまん……」
 
 「……まぁ、いいわ。大丈夫そうだし帰るわね」
 
 「え? もう?」
 
 「妹さんに見つかったら面倒なのよ。それから連絡はその携帯でね。私の番号はもう登録しておいたから」
 
 「あ、ああ」
 
 「じゃあね~」
 
 紫は帰って行った。嵐のような人――妖怪だ。
 
 「これでか……」
 
 紫から貰った携帯を観察していると裏面にローマ字でロゴがあった。
 
 「えっと……『スキーマフォン』」
 
 数秒間、硬直してしまった。まさかのパクリだった。しかも、あっちはタッチパネル式なのに対し、こっちは古ぼけた折り畳み式。スマートフォンに失礼だと思う。
 
 「略せば『スキホ』か? おい」
 
 そう呟いた途端、スキホが震えだした。
 
 (何だ?)
 
 どうやら、メールのようだ。送り主は紫。
 
 『八雲紫:パクリじゃないわよ? 外にいても幻想郷にいる私に連絡出来るからそう名付けただけよ?』
 
 読み終わった後、辺りを見渡すが誰もいなかった。
 
 「まぁ、いいか……」
 
 ――ピーンポーン
 
 溜息を吐くと急にインターホンが鳴った。
 
 「は~い」
 
 スキホをポケットに突っ込んで玄関へ向かう。
 
 「どちら様ですか~?」
 
 来客に問いかけながらドアノブを回し、開ける。
 
 「「……」」
 
 そこには大きなカバンを持った悟がいた。
 
 「あ、あれ? 帰って……来たのか?」
 
 「おかげさまでな。で? その荷物は?」
 
 怪しい。怪しすぎる。
 
 「こ、これはあれだよ! 東方だよ!」
 
 「はぁ? 東方?」
 
 俺をコスプレさせた元凶だ。
 
 「望ちゃんの悲しみを紛らわせようと思って持ってきたんだよ」
 
 「悲しみ?」
 
 「お前とお前の母さんがいなくなった事だよ」
 
 「……でも、俺は帰って来た。だからそんな物、いらない」
 
 「待て待て! これは望ちゃんに頼まれた事でもあるんだよ!」
 
 (頼まれた?)
 
 「何か暇つぶし出来てクリアするのが難しいゲームはないかって聞かれたんだ」
 
 「だから、東方なのか?」
 
 「ああ、難しい。はっきり言って全クリは不可能だ」
 
 「ふ~ん……まぁ、上れよ。望は今、気絶中だけど……」
 
 「……何があったの?」
 
 悟を無視して居間に戻った。
 
 
 
 「――よし! これで全部、インストールしたぞ!」
 
 居間にあるテーブルの上には乱暴に置かれた東方のケースとノートパソコンがあった。
 
 「一体、いくつあるんだよ……」
 
 重なっていてよく見えないが5本はある。
 
 「えっと、『紅魔郷』、『妖々夢』、『永夜抄』、『風神録』、『地霊殿』、『星蓮船』、『神霊廟』。後は変則的な奴がいくつかだな。生憎、旧作は持ってない」
 
 (旧作まで……)
 
 「やってみるか?」
 
 「やらん」
 
 適当に断って望の様子を伺う。熱はない。顔色も良い。それに口元が緩んでいる。良い夢でも見ているのだろう。
 
 「オレも何度か挑戦したけど無理だ。霊夢は精密な動きが出来るが集中力が必要で性に合わない。魔理沙はパワーがあるが操作を1つでもミスれば弾に突っ込んじゃうんだよ」
 
 「へ~霊夢と魔理沙が自機なんだ」
 
 確かに今思えば霊夢は主人公っぽいし、魔理沙は色々な事に首を突っ込んでそうだ。
 
 「……知ってるのか? 他には?」
 
 「紫、藍、橙、アリス、慧音、妹紅……ハッ!?」
 
 望の様子を見るのに夢中で無意識で答えていた。急いで悟の方を振り返るとニヤニヤしていた。
 
 「何だよ~! あんなに無関心そうだったのに調べてんじゃん!」
 
 「い、いや! 違う!」
 
 「大丈夫だって! 東方はキャラを知ってから始まるんだ!」
 
 「意味がわからん!」
 
 望が目覚めるまで俺と悟との口論は続いた。
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