第36話 あの悲劇をもう一度
今回もグロ注意です
「響ちゃん?」
レーザーが消えた後、響ちゃんは空中に浮いたまま硬直していた。だが、すぐに落下し始める。このままでは頭から図書館の床に叩き付けられてしまう。
「響ちゃん!!」
「全く……しょうがないんだから」
向かおうとした矢先、霊夢さんが呟きながら響ちゃんを受け止めていた。それを見てほっと安堵の溜息を吐く。
「……」
しかし、霊夢さんは難しい顔のまま降りて来る。
「どうした?」
それが気になったのか魔理沙さんが声をかけた。
「多分……響はまだ戦ってる」
「何? どういう事?」
今度はレミリアさんが質問する。
「体は狂気の支配から解かれたみたいだけど……魂の取り合いをしてるみたいなの」
「魂の取り合い……」
携帯に映っていたあの空間はもしかしたら、響ちゃんの魂の中だったのかもしれない。実際、小悪魔さんが持っている携帯の画面は真っ暗だ。フランさんも小悪魔さんの横から携帯の画面を掴んでそれを凝視している。
「私たちに出来る事は!?」
携帯を握りしめてフランさんが霊夢さんに問いかけた。
「ないわ。響を信じるしかない」
霊夢さんの言葉を聞いて私は響ちゃんの顔を見る。その顔はこちらがぞっとするほど無表情だった。
「もう……2時間だな」
「そうですね」
「息はしているようですけど……生きているとは言い難い状況ですね」
「文さん! 不吉な事、言わないでください!」
「あやややや~! ごめんなさい」
ここは紅魔館のとある一室。魔理沙と早苗、射命丸の3人はベッドで静かに眠っている響を看病していた。他の人は動いていた。紅魔館にいる妖精メイドはほとんど動かないので誰かが働かないといけない。しかし、咲夜は足に怪我を負ってしまったので一人では紅魔館の仕事を熟す事が出来なくなってしまい、美鈴、パチュリー、小悪魔、霊夢の4人が手伝っていた。紅魔館に住んでいない霊夢は動いていないと最悪な結末を考えてしまうから働いているらしい。他の人も同じように響の事を心配していた。特にフランドールは図書館の本棚のいくつかを無意識で壊してしまうほど不安定になってしまった。レミリアは姉と言う事もあってフランドールの傍にいた。余った3人が響の傍で様子を見ていると言うわけだ。
「それにしても響さんって強いですね。狂気に取り込まれていたとはいえ、あの時のスピードは私と同等、いやそれ以上かも……」
むむむ、と唸りながら射命丸が呟く。
「それはない。お前の方が速いよ」
だが、魔理沙がそれを否定する。その表情は面白くなさそうだ。過去に幻想郷最速の名前を取られたからだ。
「そうですか?」
嬉しそうに口元を緩ませ、射命丸は言った。
「知ってて言ったろ?」
「あ、ばれちゃいました」
「もう! 二人とも、ちゃんと響ちゃんの看病してください!」
汗を拭うためのタオルを片手に早苗がふざけている二人を注意する。
「だって、早苗がずっとそうしてるから私たち、する事ないんだ」
魔理沙の言う通り、早苗が一人で看病を熟している。魔理沙も射命丸もする事がないのだ。
「それはそうですけど……」
「それよりも私、気になったんですけど」
射命丸がどこからかメモ帳とペンを取り出して早苗に詰め寄る。
「な、何ですか?」
「響さんとどういった関係なんですか? 初めて会ったとは思えません」
「……外の世界で親友だったんです」
早苗の表情は懐かしさ半分寂しさ半分。昔の事を思い出しているらしい。
「親友……ですか?」
「はい。初めて会ったのは神社でした」
「そう言えば、信仰を求めてここに来たんだったな」
魔理沙の呟きに一つ、頷く早苗。それから続きを語り出す。
「あれは……響ちゃんが中学2年生の時です――」
私は境内の掃除をしていました。
「はぁ……」
信仰について悩み始めていた頃で神奈子様も諏訪子様も心配するほど私は元気がありませんでした。そんな時です。
「すみませ~ん。お守りください」
中学校の制服を着た響ちゃんが神社にやって来ました。
「あ、はい! 少し待っててください!」
箒を立てかけて急いで売り場に入りました。
「何のお守りでしょうか?」
「……健康、ください」
お守りを探している途中でふと、響ちゃんの方を見ました。その時の響ちゃんの顔がひどく寂しそうだったのをよく覚えています。
「あ、あの……」
「何でしょう?」
「何かあったんですか?」
それを見て何故か放っておけなくなり、気付いたら話しかけていました。
「まぁ……はい」
「聞かせてくれませんか?」
「……父が病気で今、峠なんです」
「そうなんですか……何かすみません」
「いえ、謝る必要なんて……」
沈黙が流れました。
「お名前は?」
でも、その沈黙を破ったのは響ちゃんでした。
「こ、東風谷早苗です」
「早苗さんですか。俺は雷雨らいう 響です」
「ちょ、ちょっと待て!」
そこで魔理沙がストップをかける。
「何ですか?」
「響の苗字は『音無』だ。どうして、『雷雨』なんだよ」
「……父親の苗字です」
早苗はそれだけ言った。
「……あ、そう言う事か」
だが、魔理沙は理解したらしい。それ以上、何も言わなかった。
「う……あ」
「「「ッ!?」」」
早苗が続きを話そうとした時、響がうめき声を上げた。
「響ちゃん!」
「射命丸! 皆に……ってもういないぜ」
早苗は響の元へ駆け寄り、魔理沙は射命丸に指示を出すが射命丸はもう部屋にいなかった。響の事を働いている皆に伝えに行ったのだ。
「あ……ああああああああああああああああああああああああッ!?」
突然、響は絶叫する。体を苦しそうに震わせ、ベッドから落ちそうになった。
「きょ、響ちゃん!?」
「早苗! そっち、押さえろ!」
「は、はい!」
ベッドから落ちないように響の体を押さえる早苗と魔理沙。その間も響は叫び続けた。そのせいで喉が傷つき、口から血が垂れる。
「お、れは……」
叫びの中で響が何かを言った。
「な、何ですか!?」
「俺は……お前らを、お前ら……ああああああああああッ!?」
「お前らって誰だよ! 響!!」
魔理沙は響に質問するが響は叫ぶばかりで答えようとしない。いや、聞こえていないだけだ。
「響!」
その時、霊夢が到着する。咲夜、美鈴、パチュリー、小悪魔がその後に続く。
「どういう事なの!?」
「私だって聞きたいぜ!」
霊夢が響を押さえるのを手伝いながら魔理沙に問いかける。しかし、魔理沙も今の状況に混乱しているのだ。答えられるはずがない。
「あああああああああああ、あ……」
その時、急に響が叫ぶのをやめ、暴れなくなった。
「……響?」
霊夢が名前を呼ぶが返事はない。
「響! 大丈夫!?」
皆が呆然としている所にフランドールとレミリア、射命丸がやって来た。
「さっきまで絶叫してたんだが……それが急に」
魔理沙が三人に状況を説明。
「狂気の気配が……」
フランドールがぼそっと呟く。
「どうしたの? フラン」
一番、近くにいたレミリアが聞いた。
「響の中にいた狂気の気配が消えた……ううん。小さくなったの」
「小さく?」
「うん。多分、響は狂気に勝ったんだと思う」
フランドールの言葉を聞いて皆、ほっとしたようだ。
「……」
だが、霊夢とフランドールだけは何故か困った顔をしている。
「霊夢さん?」「フラン?」
それに気付いた早苗とパチュリーがそれぞれの名前を呼ぶ。
「ねぇ? フラン」
それを無視して霊夢がフランドールに話しかける。
「何?」
「響は勝ったんでしょ?」
「うん」
「だったら……どうして顔から生気がなくなっていくの?」
そう、響の顔がどんどん真っ青になっていくのだ。まるで、寿命が尽きようとしている老人のように。
「……」
フランドールは黙って響に近づく。そして、その小さな手で響の頬にそっと触れた。その刹那――。
――響が寝ている部屋が真っ赤に染まった。その色は紅魔館と言う言葉に相応しい色だった。
「きゃ、きゃあああああああああああああああああッ!?」
早苗の悲鳴が響く。その顔に紅くて生暖かい液体が付着している。
「な、何が……」
魔理沙は戸惑う。その服は紅く染まっていた。
「きょ、響……」
霊夢が奥歯を噛む。霊夢は知っていた。こうなるような気がしていたのだ。だから、悔しかった。知っていたのに止められなかった事を。
「ま、まさか……また、私……」
フランドールは己の震える右手を見つめながら目を見開く。その目には恐怖しか浮かんでいなかった。
他の人も同じように顔を、服を紅く染めて放心していた。
響の体が何かにズタズタに引き裂かれ、その衝撃で体内の血が大量に外に吹き飛んだのだ。昔、フランドールに壊された時と同じようにその姿はもはや、肉としか言えなかった。
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